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【青嵐編】90:xx19年5月6日

ふ、と乃亜は目を覚ました。

うすぼんやりとした意識の中で、なにか身体が心もとないような感覚に陥っている。

ぼやけた視界が少しずつピントが合い、室内の薄暗さを感じる。

しかしそれ以上に見えてきたそれに、乃亜の意識は急速に覚醒した。


 「っ?!」


叫ばなかった自分を心底褒めたい。

目の前に静かに寝息を立てる煉矢の顔があった。

身体にかかる布団、その上の重みは煉矢の腕だ。

いつもと違う部屋の匂い、布団やベッドの感触。

そしてなによりも、自分の身体の異常。


身体に心もとなさを感じたのは当然だ。

なにひとつ、それこそ下着に至るまで身に着けていなかった。

そのことに気付くと共に、昨晩のことが一気に思い返されたのである。


   ___わ、わたし、あ、あんな……あん、な……っ!!


両手で顔を覆いながら必死に叫びたいのを我慢する。

昨晩、入浴も済ませたあと、リビングで煉矢と並んで穏やかな時間を過ごしていたが

それは互いの想いを深く交差させたようだった。

そのまま彼にキスをされた。

ただのそれではなく、深く、まるで呼吸さえ止まるほどに情熱的なものだった。

それだけでも思い出すと頬が熱くなるが、

彼にそのままソファに押し倒され、そして。


   " 俺だけが知るお前を見せてくれ "


深い熱を帯びた瞳で告げられ、そして乃亜もそれを受け入れた。

その後寝室まで連れられ、身体の隅から隅まで見られ、触れられた。

そのたびにあのような醜態を晒した。

彼の温かく大きな手で触れられるたびに、あのような。


そこで乃亜の思考はショートした。

本当に熱が出そうになり、乃亜はくらくらとしつつ

ひとまずなにか着なくては、と考える。


煉矢を腕から逃れるように、けれど起こさないように、

少しずつ身体をずらして起き上がる。

上半身を起き上がらせ気づいたが、二の腕や胸元に、いくつもの赤い印がついていた。

それをみると昨晩のことがいよいよ思い出され、どきりと心音が高鳴る。


   ___……本当に、煉矢の所有物になったみたい……。


ふるふると小さく振り思考を切り替える。

片手で胸元を抑えながら、床に脱ぎ捨てられた自分の肌着や服を見つけた。

少しほっとしてベッドから抜け出そうとしたその時だった。


ぐっと腰が抱えられ、バランスを崩し、そのまま後ろへと倒れこんだ。


 「どこに行くんだ?」

 「っ?!」


耳元でささやかれた声にざわりと背中に電流が走った。

後ろから抱きすくめられ、肌が密着する。

思わず振り向くと、やわらかく微笑む煉矢の顔があった。


 「おはよう、乃亜」

 「お……はよう、ごさいます……」


発した自分の声は思った以上に掠れていた。

これも昨日の弊害だろうか。

あのような声を出したことがないのだから仕方ない。

そう思うといよいよ顔から火が出そうである。

後ろから抱きしめる煉矢はその乃亜の様子に小さく笑い、

うなじへとキスを落とした。

ぴく、と身体が否応なく反応する。


 「折角の朝なんだ、横にいてくれ」

 「い、え……、あの、ふ、くを……その……っ」

 「ああ、寒かったか?」

 「あ、いえ、寒い、わけじゃ……」

 「なら、もう少しこのままいさせてくれ」

 「は……い……」


耳元でささやかれるその声は、気のせいでなければ普段よりもはるかに甘い。

そのような声で言われてはなにも言えない。

身体はそもそもしっかりと腰を抱えられ、動くことも出来ない。

背中に感じる彼の体温に、心臓がおかしくなったかのように鼓動が喧しかった。


顔どころが全身から火が吹きだしているかのように熱い。

しっかりと腰、肩と抱きすくめられ、甘えるように髪に感じる吐息。

触れ合う肌が否応なく昨日のことを思い出してしまう。


 「あ、の、ご……ごめんなさい……っ!」

 「?なんの話だ?」

 「だ、だって、あ……っあんな、みっともない、姿、で、私……っ!」


忘れよう、思い出さないようにしようとしても無理だ。

身体に走った感覚さえも忘れようがない。

恥ずかしすぎて泣きそうにさえなっていると、

後ろからふっと笑う声がした。


 「っわ……!」


声がしたと思ったが早く、抱きすくめられていた身体がベッドに落とされ、

煉矢が覆い被さるようにこちらを見下ろしてきた。

ベッドのスプリングの音にはっとして、

胸元を隠すように両手を鎖骨あたりで組んだ。

真正面で微笑む煉矢の姿にどきりとした。

昨晩はまったく余裕がなかったが、男性にしては白い肌に、細くともがっしりとした体格、

上裸の姿に目眩がしそうなほどくらくらする。

目をそらしたくとも頬に触れる手が、射抜くような眼差しがそうさせてくれない。


 「みっともないわけあるか」

 「で、で、も……!」

 「可愛かった。というか、今もそう思ってる」

 「っ、そ、な、こと……!」

 「ある。可愛い」


愛しげに頬が撫でられ。目を細められる仕草から

それがこの場限りのものではなく、真実そう思っているのだと伝わって来る。

あんな姿を見てもそんなことを言ってくれることにも、

その瞳から溢れるような愛情にも、なんだか泣きそうになり眉を寄せ、息を飲んだ。


 「……そんな可愛い顔を見せるな」

 「え……」

 「昨日の続き、したくなる」

 「っ?!」


大きく目を見開くと共に、また強く顔が熱くなった。

く、と煉矢はそれに笑った。


 「冗談、じゃないが、また次の楽しみにしておく」

 「……っ、も、もう……」

 「ははっ」


こつん、と額が重なる。

互いの視界に映っているのは互いだけ。

吸い込まれそうな赤い瞳に、頭が朦朧とする。


 「"最後"は、どこぞの過保護な兄への義理で取っておくが、

  俺も、お前を無理にもらいたいわけじゃないからな」

 「そっ、わ、私、む、無理、なんて……っ」

 「分かってる。だから、そう遠くないうちに、

  お前の"全部"を貰うから、そのつもりでいてくれ」


彼は、理解している。

乃亜は自分の心が、大きすぎるほどの互いへの想いに追いつけていないことに。

だから待ってくれるというのだ。

彼のすべてを受け入れることに躊躇いはない。

けれど、今でさえ、乃亜の心は半ばパニックを起こしているのも事実だ。


   ___……本当に、この人は、私を想って、愛して、くれてる……。


どこまでも深い愛情が混乱していた心を落ち着かせてくれる。

思い返せば泣きそうなほどに恥ずかしいけれど、

それを見せても、彼は受け入れてくれている。

生まれて初めて誰かに見せる自分の姿を、他でもない、彼に見せることができた。


乃亜はようやく、煉矢のぬくもりに、

共に朝を迎えられたという事実に、幸福を感じ微笑みを浮かべた。

微笑む乃亜に煉矢も同じように笑みを深める。

吐息すら感じる距離をさらにゆっくりと縮め、もう一度口づけをかわした。





その後、もうしばらく二人はベッドの上で横になっていたが

時刻がすでに9:00を過ぎ、名残惜しさを感じながらもそれぞれベッドから起きる。

それぞれに身支度を整え、朝食というよりもブランチとして

二人並んで簡単に食事をこしらえる。

作ったのは、昨日スーパーで買った市販のロールパンを使ったサンドイッチだ。

胡瓜や卵、ハムにレタス。

シンプルだがブランチにはちょうど良い。


まだ少し照れ臭さもあるが、それでもいくらも自然に、

昨日よりもずっと、互いを近くに感じられている。


ダイニングテーブルについてブランチを済ませ、コーヒーを啜る中

煉矢がカップをテーブルに置いて言った。


 「乃亜、このあと、以前行った横浜の公園に行かないか」

 「……あ、ホワイトデーに、一緒に行ったところですか?」

 「ああ。少し調べたが、この時期、薔薇が満開だそうだぞ」


乃亜が薔薇を好きだということを覚えてくれているらしい彼は

テーブルの上に置いていたスマートフォンを操作し、こちらに画面を表示した。


ローズフェスティバルと題されたそこの景色は、

確かに以前行った公園であるが、赤や黄色、白にピンクと、

色鮮やかな多種多様な薔薇が咲き誇っていた。

思わず口角が上がる。


 「行きたいです……!」

 「よし、支度をしたら出掛けよう」


少し頬を赤らめて笑う乃亜に、煉矢も同じく笑い返した。


そうして決まった予定。

二人は食事の片づけをし、乃亜は帰り支度も済ませる。

少しだけさみしさを感じるが、こればかりは仕方ない。

長かったゴールデンウィークも今日で終いだ。


家を出て、二人は来た時と同じように車に乗り込む。

幸い天気も良い。

明るい陽射しに少し暑いくらいの気候だった。

ゴールデンウィーク最終日ということもあり、道はさほど混んではいない。

通常の土日程度の車の往来を助手席から眺める。


前日から乃亜の服は同じだが、幸いさほど問題はなさそうだった。

白の七分袖のワンピースに薄紫色のカーディガンを羽織りながら

運転する煉矢の横顔を盗み見し、なんとも言えない幸福感を抱いた。


近くのパーキングに車を停めて、公園へたどり着いた二人を満開の薔薇が出迎えた。

ホームページで見た通りの光景である。

空は雲一つないほどの青天であり、眩しい陽射しが影を濃くしながらも

色鮮やかな薔薇の花びらを輝かせている。


 「満開ですね……!」

 「ああ、見事なものだ」


遠目から見てもその色や、風に運ばれてくる薔薇の芳香に頬が緩む。

赤や白、黄色にピンク、それぞれの薔薇によってその濃淡も違う。

その美しさに笑みを浮かべていると、

繋がれている手にぎゅっと力がこもった。

隣の歩く煉矢を見上げると、彼は目を細め微笑んでいる。


その手の意味は分かる。

だから乃亜も指を絡ませ繋ぐその手を握り返した。


かつてのように、離れないように、あるいは不可抗力で、という言い訳はいらない。

前回歩いた時、自分たちの関係に名前はなかった。

手をつなぐこともなかった。時折肩が触れ合うだけだった。

けれど、今はしっかりと指を絡ませ合うように握りあって歩くことができる。


そのことに喜びを感じながら、二人は薔薇の咲き誇る道をゆっくりと、

時に立ち止まって眺め、すすんでいく。

ピンク色の薔薇のアーチは下を通るだけで濃い香りがした。

乃亜は嬉しそうに、咲く薔薇に指先で触れる。


 「お前は薔薇なら何色が好きなんだ?」

 「そう、ですね……白、でしょうか」


あえて言うならば、という但し書きが付くが

それでも白い薔薇は美しいと思う。


 「でも、深い赤も好きですし、

  ピンクから白にグラデーションがかかっているものも好きです」

 「なる程、覚えておく」


なにか少し照れ臭い。

乃亜は苦笑いを浮かべるが、ふと、同じようなことを尋ねてみたくなった。


 「煉矢は好きなものというか、どういったものを好みますか?」

 「そうだな……あまりあれこれ執着をもつ質ではなかったからな」


少し困ったように笑う。

実際彼は特に趣味や、好みはあまりないと話していた。

しかし本当にそうなのか、少し気になったのだ。


 「例えば、色とか……食べ物とか……」

 「好むというか、よく買いがちなのは部屋を見てわかるように、

  モノトーンが殆どだし、せいぜい赤か。

  食事なら、特にこれというものはないな」


確かにそうか、と思ったが、同意の言葉は飲みこんだ。

共に過ごすことができるようになってから、一緒に食事も何度もしている。

その経験によって気づいた。


 「でも、お魚とか、海鮮は好まれてませんか?」

 「……そうか?」


意外だったのだろう。煉矢は目を丸くした。


 「以前、アメリカでもよく作っていましたし、

  一緒に出掛けて食事でも、そういうものをよく注文していたような気がしますけど……」

 「……、……言われてみれば、確かに、そうかもな」


もちろん常にではないが、それでも食事で選ぶのは肉よりも魚系の方が多いように思える。

好みがないというわけでは恐らくない。

時折だが、乃亜は煉矢が執着がないわけではないのだと思うことがある。

ただそれがとてもささやかであったり、分かりにくいだけ。

だから自分でも気づいていないだけではないだろうか。


煉矢はふっと笑う。


 「クラシックを聴くようになったことといい、

  お前のおかげで、俺も好きなものが増えそうだ」

 「……それは、私もです」


繋ぐ手にどちらともなく力が入り、二人はもう一度微笑み合った。




楽しい時間は瞬く間に過ぎていく。

昨晩から共に過ごしていたが、否応なしに時間は過ぎ、時刻は19:00を回ってしまった。

夕食も共にして、いよいよ一緒にいるための言い訳が見つからず、

乃亜は学生マンションに帰らなければならなくなった。


互いに現実から目を背けられず、気付けば乃亜を乗せた車は

学生マンションの近くに到着していた。

昨日の夜からあまりにも瞬くような時間だった。

一瞬の美しい花火のように、輝くそれはもう消える。

互いにそれを感じ取っているからだろう。

帰路についてからというもの、いつしか車内は沈黙が支配し、

車が停止したことでエンジン音さえ消え、完全なる無音だけが二人の間に落ちた。


しかし乃亜も煉矢もなにもいわず、動かないでいる。


なんということはないのだ。

またいつでも互いに会いたいと一言言えば逢瀬は叶う。

難しくとも、CORDでの連絡は容易い。

第一、恋人という関係性になってからもういくらか時間は経過しており、

デートも幾度もしてきた。

楽しい二人の時間を過ごし、また今度、と次回を楽しみにしながら別れるなど、

今に始まったことではない。


しかし、今までとは違う。

甘く深い繋がりを得てしまった二人にとって、

いつもどちらともなく告げていた、また今度、の一言が出ない。


車が止まって5分ほど。

振り切るように動いたのは、乃亜だった。


 「……あの、昨日から今日まで、ありがとうございました。楽しかったです」

 「ああ……」

 「……では、また」


助手席のドアに手をかけたその時、右手を取られ引き寄せられた。

体勢を崩し倒れ込みかけた身体は煉矢の胸により支えられ、

背中に腕が回される。

驚き顔を上げた瞬間、キスが落とされた。


 「……また、すぐに連絡する」

 「……はい……」

 「いずれ、こうして別れることもなくなる」

 「そ……れは……」

 「だから、今は、『また今度』な」

 「……はい」


名残惜しさをこめるように、

もう一度だけ触れるようなキスをされ、身体は煉矢から離れた。

乃亜はその言葉に深く微笑みかけ、

気持ちがまた揺れないうちに車から降り、ドアを閉めた。


車はやがて走り出し、乃亜もまた、それに背を向け、

自分の帰る家である学生マンションへと足を向けた。


今は、まだ。


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★毎週木曜11:30・日曜19:00頃更新予定★

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★アルファポリスでも連載中★

https://www.alphapolis.co.jp/novel/598640359/12970664

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