表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
89/102

【青嵐編】88:xx19年5月5日

演奏会自体は終えることは出来たものの、なんとも後味のおかしい終わりを迎えた。


創が上機嫌に立ち去ったあとも、状況の飲みこめないフロアメイトたちは

創を知っている隼人やましろに説明を求めたが、彼らとて創の行動には理解が遠い。

静は心底疲れたようにがっくりと項垂れ、翔は頭を抱え、

渦中の乃亜はというとひたすらに混乱の一途だった。


翔と隼人が用事があるとのことでその場を離脱したのを皮切りに、

いささか強引にその場は締められ、

乃亜は静とともにましろの部屋に来ていた。


 「いや、創のああいう様子は、まぁ、初めてじゃないけどさ……」

 「確かに初めてじゃないが、本当にあのバカの奇行はなんなんだ……」

 「はぁ……」


先ほどの創の一件について、どうしても消化しきれないための愚痴のためである。


ましろの部屋は明るいオレンジや深い赤、黄色といった暖色に彩られた

どこかエスニックな雰囲気の部屋だった。

少し黄色みのある白に、深い赤の糸で刺繍されたマンダラ柄のベッドカバー、

オレンジや黄色のクッションがその上に並び、

床にはえんじ色を基調とし、黄色や藍色が使われたキリム柄のカーペット。

ビビットな色使いながらも落ち着きのある部屋であった。


その中に、ましろはベッドの上に腰かけ、

乃亜と静はローテーブルを囲いそれぞれが溜息を深く吐いている。


 「あの、私はどうすれば……」

 「どうもしなくていい。いや、学科棟でなるべく鉢合わせないようにしろ。

  あのバカは一度スイッチが入ると完全にそっちに振り切れる。

  お前になにかを強制することはないと思うが、それでもなるべく接触をさけろ」

 「そうは言われても私、講義取ってるんですけど……」

 「………」


そうだった、というように静は深々とため息を吐き出した。

その静の様子を膝に肘を突いて苦笑いで見てるましろに視線を向ける。


 「ん?なに、乃亜」

 「あ、いえ……その……」


先日創と話したときの様子を思い返すと、創はましろを想っているようだった。

先ほどの話とてそうだ。

太陽が隠れた、と言っていた。あれはきっとましろのことだ。

乃亜が言いよどんでいるとましろは苦笑いを深くした。


 「私のことなんか言ってた?」

 「あ……いえ、直接、言われたわけでは……」

 「まぁ、私も直接告白されたわけじゃないからねぇ」

 「え、そうなんですか?」


つい身を乗り出して尋ねてしまった。

静がまたひとつ小さく息を吐いた。

ましろはベッドに両手をついて少し遠くを見るように天井を仰ぐ。


 「さっき空良たちに話してたことは聞いてたと思うけど、

  創は静にライバル心というか、対抗心があったんだよね。

  中学でも逸材って呼ばれて、うちの道場でも誰にも負けなくて

  天才って呼ばれてもてはやされてさ。

  まぁ、そういうの、うちの父さん嫌いだから、道場内で表立って言う奴はいなかったけど。

  でも静が入って、中学になって、公式試合で静に負けてね」

 「はい……」

 「結構手の平返しみたいなの食らったみたいだけど……、

  でも創はべつに静を嫌ってないよ。

  むしろそれで火が付いたみたいだったし。ねぇ?」

 「まぁ、それを境に良くも悪くもよく話すようにはなったな。

  面倒な性格だから疲れもしたが……」


静もまた思い出すように目を伏せた。

その口元には小さく笑みが浮かんでおり、

様子からして、決して苦いばかりではないのは分かった。


 「中学高校と静に公式戦で勝てなくて、大学進学して、

  さぁ、今度こそって思ってたろうけど、静は高校で引退したでしょ。

  さらに言うと、翔のこともあったと思う」

 「翔さん?」

 「前に話したと思うが、翔は怪我で引退せざるを得なくなった。

  創にとって、翔は数少ない友人だし、認めてる相手でもある。

  俺は引退したが、翔がいたことで、まだ剣道への情熱は残っていただろうが

  翔が怪我で引退して、あいつはいよいよその情熱を燃やせなくなったんだろうさ」

 「成程……だから、不完全燃焼と……」

 「加えて、ましろのことだ」


ため息交じりに静が言うと、ましろは苦い笑みになった。


 「あいつがましろに惚れたタイミングなんぞ知らん。

  だが、少なくとも、俺がましろに告白した時にはもうそうだったと思う。

  あいつが何故なにも言わないでいるのかは知らないけどな」

 「創だからね、なにかしらの美学があるんだろうけど」

 「だからまぁ、あいつからしたら、知らないうちに俺がましろを

  かすめ取ったようなものだ。

  知ったこっちゃないがな」

 「まぁ、静からしたらそうだよねぇ」


つまるところ、彼は自分の中にあった強い思いが

両方きちんと消化されず終わったのだろう。

剣道への情熱は中途半端に終わり不完全燃焼に、

ましろへの恋心は伝えることなく終わりを告げた。


   " 俺の世界はずっとどこか色あせていた "


   " だが君のおかげで、その世界に色が戻ったんだ "


自分の演奏のなにが創の琴線に触れたのかは分からない。

分からないが、なにかを感じ取り、それによる結果が先ほどのことらしい。


静は何度目か分からない溜息を吐いた。

いよいよため息ばかりで乃亜も苦笑いを浮かべてしまう。


 「しかし、あのバカは本当に突拍子もないな。なんだアリアって」

 「あー……ね」

 「でも、その、別に私個人には興味ないっておっしゃってましたが……」

 「それがいよいよ俺には理解できないんだが、どういうことだ?」

 「や、私に聞かれても……まぁ、言葉通りなんでしょ。

  乃亜個人じゃなくて、あくまで乃亜の演奏が好きってことなんじゃないの?」

 「相変わらず面倒な……」


長く知る二人でさえそういった感想が出るのだから乃亜としては押して知るべしである。

今後の講義や大学生活にそこはかとなく不安を感じてしまう。

正座した足の上に置いていた手に視線を落とした。

まるで壊れ物にふれるような手つきで握られた手。

少し冷たい、けれど固い掌の手だった。

真正面からじっと見つめられたこともそうだが、

正直あまりいい気分はしていない。


 「ともかく、乃亜」

 「あ、はい」


顔を上げると、苦笑いを浮かべた兄が頭を撫でてくれた。


 「そう不安そうな顔はしなくていい。

  アレコレ言ったが、俺もましろも創のことは知ってる。

  お前に危害を加えたり、嫌がるようなことを無理にさせるような奴じゃない。

  ただ少し、……少し?……、あーかなり変わってはいるからな。 

  お前の心情に気付かずあれこれ言うかもしれない。

  そこでお前が明確にいやだと言えればいいが、お前はそういうの苦手だろう?」


さすが兄である。よくお分かりだ。

乃亜は自分でも理解しているその指摘にうなずくほかなく、首をすくめた。


 「だからなるべく接触しないようにするのがいい。

  まぁ、講義は取っているからゼロにするのは難しいだろうが、

  講義が終わったらすぐに出るとかな。

  定期演奏会についてはもう正直どうにもならんだろうが、

  俺やましろ、それに煉矢、誰かしらは近くにいるだろうし、

  一人にならないようにしておけ」

 「はい……」

 「煉矢ね……創と煉矢が会ったときが怖いよ、私は」

 「言うな、俺も想像したくない」

 「う……」


それについては三人の意見は完全に一致を見た。

一番感じているのは乃亜である。

想像するだに冷や汗が出てくる。


そんな乃亜をよそに、ましろは手元のスマートフォンを見る。

時刻は16:30をすぎていた。

この話についてはこれ以上なにかここで話すこともない。

区切りと言う様子で、ましろはベッドに座り直した。


 「さて、じゃあこのあとどうしよっか。

  静、今日は午後は休み取ったんでしょう?」

 「ああ」

 「都心の方にでも出て、少し早いけど、ご飯にでも行く?

  せっかく静もいるし、たまには三人で」

 「そうだな、今の時間からならちょうどいいくらいだろう」

 「あ、私は、このあと予定があるので」


二人の視線が向く。

そう、このあと大切な用事があることを乃亜は忘れていない。

ある意味では演奏会よりも緊張することである。

ここにきてぐっと緊張感を感じ始めている自分に気付いた。

そんな乃亜をよそにましろが小首をかしげる。


 「あれ、そうなの?」

 「はい。煉矢と、……食事、なので」


とてもではないが彼の家に行くなど言えない。

思い出したそれのせいか内心ばくばくとしつつそれを取り繕うように言うも、

やはり兄にだけは誤魔化しはきかないらしい。


 「……乃亜、今なにか詰まらなかったか?」

 「え、いえ、別に」

 「……………乃亜?」

 「……………」


じっ、と訝し気な視線が刺さる。

乃亜はつい視線をそらした。

それはどうやら大失敗だったらしく、

静は眉を寄せ、スー、と深く息を吸い込み額を抱える。

やがて持っていたスマートフォンを取り出した。


 「……ちょっと煉矢に釘を刺しておく」

 「え、に、兄さん……?」

 「お前たちのことをとやかく言う気はないが、これはお前の保護者としての責務だ」

 「えぇ………」


そうして静はスマートフォンにてCORDアプリを起動する。

目を泳がせる乃亜を後目に、静は煉矢へ釘を刺すメッセージを打ち込み送信した。


 『節度は守れ。少なくとも20歳まで手を出すな』


尚、それを見た煉矢は吹き出した。



交際に反対はしないけどそれはそれとして釘は刺す。


-------------------

★毎週木曜11:30・日曜19:00頃更新予定★

-------------------

★アルファポリスでも連載中★

https://www.alphapolis.co.jp/novel/598640359/12970664

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ