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【潮目編】100:xx19年7月31日

2026年GW中毎日更新です。

思い返せば7月の頭。

煉矢は旅行について計画を恙なく立て、良い宿も見つけ、予約も済ませることができたところで

念のため、というように、CORDを起動していた。


並ぶチャットルームの中、タップしたのは自分の親友であり

愛する恋人の、過保護な兄である。


 『7/31~8/2で乃亜と旅行に行ってくる。一応伝えておく』

 『お前本当にあいつが一人暮らししだしてから遠慮というか節度がないな?!』

 『なにか問題でもあるか?どうせ8月はおまえのところに帰るんだろう』

 『そういうことを言ってるんじゃないんだが。

  お前ここ数年性格変わったんじゃないか?』

 『さてな。まぁ、我ながらここまで独占欲が強いとは思わなかったが』

 『お前二度と俺に対して独占欲が強いだの執着しすぎだのというなよ……。

  今のお前にだけは言われたくない』

 『それじゃ、伝えたからな』

 『……ああ』


そんなやりとりをしたのが最後だ。


静は非常に多忙にしているとは言っても、愛する人をないがしろにするような男ではない。

何事もきっちりと線引きを行い、

休む日を明確に設けることを徹底している。

それは簡単なようで簡単ではない。

煉矢とて、急に仕事が入ってくることはない話ではない。

しかし静はそういったことはあまりないのだから、

煉矢としては内心、静の優秀さには敵わないと白旗を上げている。


だからこそ、ましろと二人で過ごす日も、

おそらく夏に設けているのだろうとは思っていた。


思っていたが。


先ほど思い浮かんだ言葉をもう一度言いたい。

何故被る。こんな偶然あるのか。

煉矢は心底そう思った。


隣の土産物屋から姿を現したのは自分の親友とその恋人、

そして同時に、乃亜の兄であり友人であった。


 「え、乃亜に煉矢?」

 「ましろ、兄さん……え?」


乃亜が驚いた様子でこちらを見上げてくる。

冤罪である。

意図したことであるどころか想定すらしていない。

おそらく自分も同じような顔をしているのだろうが、

静はひどく苦い顔をして溜息を吐き出した。

隣の乃亜はひたすらに驚いている。こんな時、最初に覚醒して率先して動くのは。


 「え、っと、とりあえず、移動しよう……こんな店先じゃ迷惑だ……」


ましろはそう言って、店の正面から少し移動することを促した。

本当に彼女には頭が下がる。

四人はなんとも言えない空気をまといながら、店先から離れた場所へ移動した。

そこで改めて、ましろが言った。


 「乃亜たちも来てたの」

 「え、ええ……。ましろたちも、その、旅行ですか……?」

 「そう。昨日から」

 「そ、そう、なんですね……。……こんなことあるんですね」

 「本当にそれ。……え、静たち仕組んでないよね?」

 「仕組むメリットがどこにある。全くの偶然だ」


腕組みをしつつ渋い顔で静が答えた。

本当にその通りだ。

四人で出かけるという目的で旅行に行くのであればまったく異論はないが、

二人きりで旅行に行く、という目的の中で、どういった関係であっても

知り合いに出くわすのは正直複雑である。

そしてまさか、という思いが浮かぶ。


 「……まさか宿までかぶっていないだろうな」

 「まさか、……俺たちの宿は向こうだが」


静が示したのは自分たちが宿泊する宿とは反対側だ。

ひとまず偶然が奇跡に発展しなかったことに安堵した。


 「それなら私たちとは逆ですね、私たちの宿は坂の上ですから」

 「さすがにね、そこまでのことはない、と思うけど」


さしものましろもこのような偶然のあとだ。

少し声色は頼りなかった。

ともかく、偶然の出会いについては片付いた。

四人は次の問題を、それぞれ同時に脳内に浮かべている。


これからどうしよう。


これに尽きた。

四人の縁、もはや絆のようなものは決して軽くはないのだ。

きっかけは乃亜のことだったが、今は乃亜を抜きにしても、それぞれ自然と繋がっている。


乃亜にとって静は兄であり、ましろは親友とも呼べる友人だ。

煉矢にとっても、静は親友であり、ましろはこの兄妹を巡る同志のようなところがある。

果たしてどうしたものか。四人それぞれ、言葉を選びかねているのが見て取れる。


そしてやはりこういう時の覚醒は彼女が一番早い。


 「はぁ、とりあえず、私たちは夕飯の店選びがてら、と思っていたんだけどね。そっちは?」

 「ええ、同じです。夕飯をこの辺りで食べようと……」

 「それなら一緒に行く?

  このまま別れても、お互い変な空気というか、妙な気まずさが残るでしょ」


全く持ってその通りで、静も煉矢も何も言えない。本当に本当に、ましろという女性は強い。


 「そうだな、そうするか……」

 「まぁ、いい。夕食を終えた後に解散だな」

 「乃亜もそれでいい?」

 「はい。驚きましたけど、二人に会えたのは嬉しいので」

 「ふふ、私も」


女性二人は楽し気な様子を見せている。それにいくらか救われる気分だ。

そうと決まればはやく、西日の差し込む温泉街の中で、

夕食の店を探しながら歩く。


乃亜とましろは二人で並んで歩き、その一歩後ろを静と煉矢が歩いている。

二人が食べたいものを選べばよいという考えなのは、静も煉矢も同様だ。


 「……煉矢、明日はどこに行く予定だ」

 「明日?」

 「俺たちは裏草津、ここから少し徒歩で行ける範囲を回る予定だ」

 「ああ、そういう話か。西の河原の方を考えている」

 「それなら問題なさそうだな。そこは今日行ってきた」


静はもう被るのはごめんだ、とばかりに肩で溜息を吐き出している。

まったくの同感だ。


 「まさか旅行先が被るとはな……」

 「お前たちが旅行に行くことは聞いていたが、さすがに場所まで聞かないしな……」

 「かといって毎回行き先を伝えるのはごめんだぞ」

 「同じくだ。……が、こういうことがあるとな」

 「……」


そうそう同じことはおきやしないだろう。

そう喉まで出かけたが、こうして起きている状況に陥っている今、

否定はどうにもしがたく、煉矢は口を噤むしかなかった。


一方、ましろと乃亜は朗らかに会話を重ねていた。

何を食べようか、という話や、旅行に決まった経緯などだ。


元々二人で旅行でも、という話は6月ごろにはもう出ていたらしい。

静もましろもそれぞれ、夏休みだからといって即時間ができるわけではないため、

あらかじめ予定をしっかりと合わせ、

どこに行くかも計画してのことだったと。

それが普通である。

乃亜は自身の境遇を思い返して苦笑いを浮かべた。


 「ところで気になっていたんだけど、その簪可愛いね。

  乃亜にとてもよく似合ってると思うよ」

 「あ……、はい、ありがとうございます」


二人でどれがいいかを話しながら選んだ時間を思い出し、

乃亜はふと口元に笑みが浮かぶ。

ましろはそれを見、微笑ましそうに目を細めた。


 「ふふ、仲良くやってるみたいだね」


楽し気に、けれど嬉しそうに笑うましろだが、乃亜としてはこちらの言葉である。

大切な家族である兄が、自身の幸せのために、

愛する女性と絆を深めていっている。

その事実はただ乃亜にとって幸福だ。


ましろは素敵な女性だ。

同性としてひどく憧れているのは、彼女と出会ってからずっとだ。

155cm程度の自分に対して、彼女は10cm以上背が高く、女性にしては長身だ。

同性として羨ましいほどに豊かな体型をしていて、同時に足はすらりと長く細い。

彼女は剣道一筋であるが、モデルだと言われてもさほど違和感はないほど、

彼女のプロポーションは美しい。


今隣を歩く浴衣姿も大変に艶やかだった。

白い生地に、赤と黒の金魚が流麗に泳ぐ図の浴衣に、

黒い兵児帯で細い腰をとどめている。

まっすぐに伸びた背筋には自信が満ちており、

歩く姿はまさに百合のように凛として美しい。

一方で長くまっすぐな髪を、今は緩く首元で編んで、

右側に垂らしていることで、少し全体にかわいらしさすらあった。


その耳光るのは、金細工のピアスだ。

細いワイヤーがピアス孔を通って曲線を描き、小さな蝶が留まるようにあしらわれている。


 「……そのピアス、素敵ですね」

 「ああ、うん。まぁね」


耳に髪をかける仕草とともに、その目元が柔らかくなる。その様子に、乃亜は気が付いた。


「贈り物、ですか?」


ましろはこちらを見て、大きく破顔し、口元に人差し指をあてがう。

その笑顔は、普段の凛とした美しさではなく、どこか少女のように愛らしかった。




その後四人は共に食事をとるべく、温泉街にある蕎麦屋に入った。

混んではいたが、幸い30分ほど待つだけで入店は叶った。

それぞれが好きなものを注文し、話題は当然、この旅の道中のことだ。


 「二人は昨日こちらに来ていたんですよね。どのあたりを観光していたんですか?」

 「昨日はほとんど観光してないんだよ。着いたのが18時くらいだったし」

 「ずいぶん遅かったんだな」

 「稽古とか、実習とかがあってね」

 「俺も研究がな」


2人とも多忙な中時間を作ってきているようだ。

ましろは将来の資格取得のために、夏季休暇中に実習があると言っていた。

同時に大学生活は剣道を全力で取り組むとも話していた。

先の夏の大会では、彼女は個人戦では3位という華々しい成績を残している。

静に関しては言わずもがなだ。

特に夏は忙しくなると言っていたため、この旅行のあとは

一層その忙しさに拍車をかけることは明白である。


乃亜は心の深いところで、またなにかがうずいたような気がした。

どうやらそれはごくわずかだったらしく、三人は気づかないでいてくれた。


ましろはお冷を口にして続ける。


 「だから観光は今日からなんだよね。

  西の河原ってあたり行ってきた。なかなか面白かったよ」

 「乃亜たちは明日行くんだろう?下手に話さないほうがいいんじゃないか」

 「え、そうなんですか?」

 「は?」


間の抜けた声が兄の口からこぼれた。

そう言われても初耳なのである。

乃亜が思わず聞き返して隣の席の煉矢を見ると、いかにも苦い顔をしていた。


二人の様子を見た静とましろは顔を見合わせる。

ややあって察したらしく、静は呆れたように、ましろはおかしそうに煉矢を見る。


 「……お前」

 「煉矢、また乃亜になにも伝えてないんだ」

 「………」


眉をよせて黙り込みお冷を飲むことで胡麻化している。

乃亜は目を瞬かせた。

どうやら自分は明日、その西の河原なる場所へ行くらしい。

初めてこの旅行でスケジュールらしいものを聞いた気がする。

静は頬杖をついて呆れた眼差しのまま溜息を吐いた。


 「乃亜、大方今回の旅行も事後報告だったんだろう?」

 「え……、と、ええ……まぁ……」

 「こいつは昔からこうだぞ。

  勝手にこちらの状況を把握して勝手にすすめて、

  関与しているなどまったくこちらが気づかないまますべて終わって、

  さらにしばらくしてから事後報告だ」

 「あぁ……」

 「乃亜、納得するな」

 「いえ……納得せざるを得ないといいますか……」


この旅行にしても、今までともに過ごしてきた中でも、

煉矢の周到さには舌を巻くほかない。どうやら兄も同様だったらしい。

ましろはくつくつとおかしそうに笑っている。


 「あれでしょ、その上乃亜は反応が可愛いから、クセになってるでしょ」

 「えっ」

 「否定しない」

 「まぁ、それは分からないでもないが」

 「え、どういう意味ですか……?」

 「そういう意味だよ」


先ほどまで煉矢に対して呆れた様子を見せていた兄が、何故か煉矢に同意を示し、

ましろはひたすらに楽しそうだ。

そういう意味、と言われても分からず、乃亜は疑問符を顔に張り付けるほかない。

それに三人が和む様子を見せたところで、四人の前に注文した食事が届いた。


その後は食事を楽しみ、店の前でそれぞれ別れた。

時刻は間もなく19:00になる。

すっかり外は暗くなっているはずだが、足のつま先に至るまで

一切暗さを感じないのは、湯畑が美しくライトアップされているからだ。


青や紫の照明に、周囲を白くさせるほどの湯気が照らされている。

どこか幻想的とさえいえる光景にため息が漏れた。

多くの人がその光景に、写真をとったり眺めたりとしている中、

乃亜と煉矢もまた湯畑を取り囲む柵に近づいて眺めることにした。


 「綺麗ですね、予想以上でした」

 「なかなか壮観だな。写真で見るより、ずっと迫力がある」


事前にこの辺りのことも確認していたのだろう煉矢の感想に、

乃亜は少し思うところを打ち明けることにした。


 「煉矢、あの、色々決めて連れてきてくれるのは嬉しいんですが……、

  出来たら次は、一緒に、考えたいです」


煉矢が自分のことを気遣いながら、

色々と計画を立ててくれていることは本当に嬉しい。

突然知らされる驚きと喜びも決して嫌ではない。

ただ、ましろたちの話を聞いていて思ったことがある。

横を見上げる。彼は少し目を丸くしていた。


 「きっと、一緒に考える時間も、楽しいと思うので」

 「……ああ、そうだな。次は、そうしようか」


微笑みと共に、繋がれる手に力がこもる。

その手のぬくもりが、こちらの意図をきちんと理解してくれたと感じさせてくれる。

乃亜もまた、その手を握り直した。



祝100話!!!

ありがとうございます!


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★毎週木曜11:30・日曜19:00頃更新予定★

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★アルファポリスでも連載中★

https://www.alphapolis.co.jp/novel/598640359/12970664

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