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似た者同士

2話目なのにヒロインが不在です(なんでこうなった)。新キャラが多いです。お楽しみいただければ幸いです。

紅国(カルブンクルス)は武の国として名を馳せていて他国よりも軍事力が高いと言われている。国防費の割合が高くても国民が納得しているのは需要があり国益に繋がるためだ。


――それは他国を征服するということではない。


カルブンクルスは《虹の大陸プルウィウス・アルクス》の中でも闇が濃く、魔物が出没し易い。ひと里近くにも出るため被害が大きく魔物を討伐するために軍事力を強化せざるを得ないのだ。


カルブンクルス以外にも闇が深く魔物が出没する国はあるが対処法が違う。カルブンクルスの軍は武力で魔物を討伐する。技を磨き、日々の鍛錬で身体能力を向上させて魔物を討伐するが紫国や藍国は違う。武術の代わりに法術という技術を編み出し結界を張ったり定期的に闇が噴き出す『穴』を浄化して魔物の出没を源から断つ方法を選んだ。


これ以外の国――緑国エムルート白国ディアマン、青国、黄国シトリーノ橙国ヘリオドールは法術と武術が合わさった方法を採っている。どれが効率が良いかは判断に困る。条件が違うためだ。


ただこの方策の違いに国民性が寄与しているのは間違いない。

紅国(カルブンクルス)の国民性は直情指向で情に厚く義理堅い。論理よりも直感を信じる傾向があり、物理的な強さを求める。

――わかり易く一言で言えば脳筋だ。これは紅国国民も認めるところでありそんな自分達の国民性に誇りを持ってカルブシアンと名付けるほどだ。

武の国のため堅いイメージを持たれがちだが紅国は開放的で陽気だ。

紅国から隣国の白国(ディアマン)に嫁いだロザリンデ皇女は故国との違いに戸惑ったと日記に残している。曰く、白国の方が優雅で洗練された文化だが儀礼的で息が詰まる。故国から離れて自分もカルブシアンだと自覚したとのこと。

ロザリンデ姫は紆余曲折の末、王の妃からディアマンの女王として戴冠して歴代で一番人気が高い女王と言われるほどになるのだがそう時を置かずして順応したのだろう。

カルブシアンは脳筋と言われるが本当に何も考えていないわけではないという好例である。

ただの脳筋では国は回らない。ただ、カルブンクルスにカルブシアンと呼ばれる気質を持つ者が多いのは事実だ。


そんな中でもセレスティアは生粋のカルブシアンと言える。何せセレスティアを育てた祖父、イヴェール・グフタンからしてそれはもう根っからのカルブシアンなのだ。細かいことは気にしない。カルブンクルスでは女性が剣を持つことはそう珍しくない。

だから祖父は使用人達と共にセレスティアに剣を教えてくれた。使用人達は祖父の元部下で武人だ。祖父が軍を退いた折に祖父を慕って着いて来たいずれも百戦錬磨の猛者達だ。彼らは気がいい人間だが脳筋だ。間違いようがないくらい脳筋なのだ(2回目)。


一途に一つのことを追及するのもカルブシアンによくある。……思考が斜め上なのもまあ、珍しくない。

「…………それにしたって騎士を目指すとは……」

折れてみせたもののフロリゼルは全く納得していなかった。他のことならば切り替えの早い皇子なのだがセレスティアに関しては固執してしまう。

セレスティアは今訓練中で執務室にいない為盛大に愚痴っているのだ。

「そろそろ諦めて下さい、殿下」

書類を捌きながら侍従のヘートヴィヒが冷たく言う。

「……姉上がすみません……」

フロリゼルの側近候補であり次期グルヴェイグ侯爵であるラディスラスがクッションに薔薇の刺繍が施された椅子に座って肩を縮こまらせて声を押し出す。


家族の殆どがカルブシアンで強烈な個性の塊の中、ラディスラスだけは常識人で苦労性だ。ラディスラスはセレスティアの弟でフロリゼルの妹、ロザライン皇女の乳兄妹だ。皇室との縁の深さと本人自身の能力の高さからは若干12歳でフロリゼルの執務室を訪れる権利を得ている。

「いや、いい。誰のせいでもないのだから謝罪は不要だ。悪かったな、ラディスラス」

快活に笑うフロリゼルに申し訳なくなる一方だ。


ラディスラスは姉と違い産まれた時からずっと皇城で育ち、セレスティアとは離れて育ったが頻繁に交流はあり姉弟仲は良好だ。だが――

『良いですかラディ。ティアの近況をフロリゼル殿下に伝えてはいけませんよ』

いつもよりも厳しい表情を白い貌に浮かべて母に厳命された。敬愛するフロリゼルの味方をしたかったラディスラスは驚いた。

『何故ですか母上。フロリゼル殿下も姉上もお互いのことを知りたがっている筈です』

『けれど2人は離れることを選んだのです。道が交わるまで互いの道を歩むべきです。中途半端はいけませんよ』

『“やるなら徹底的に”ですか……』

母方の祖母グルヴェイグ侯爵の信条を口にすると母は「そういうことです」と頷いた。

『ですが……』

まだ諦めきれずに食い下がるラディスラスにヴィオレッタは畳み掛ける。

『殿下はあなたに報告を求めましたか?』

『…………いいえ』

姉に会うのだと告げるとフロリゼルは「気をつけて行けよ」とだけ言った。姉への言付けも頼まれなかった。

『殿下は弁えておられるのです。それだけの覚悟がある2人の間に生半可な気持ちで立ち入るんじゃありません。甘い考えは誰の為にもなりませんよ』

『……』

正論で諭されて以来ラディスラスは黙って2人のそれぞれの努力を見守っていた。


何度も言いたかった。

姉上の努力は斜め上ですよ!と。


フロリゼルはセレスティアに恋情を持っているが恐らく姉は違うことも分かっていた。

姉のフロリゼルへの感情はスケールの大きい敬愛だ。

スケールの大きいというところがポイントだ。

見て見ぬ振りをしてきたものが――恐らく一番根本的な問題が噴き出したことにラディスラスは居心地の悪さを感じずにはいられない。


「しばらくは様子見するさ。……残念な気持ちはあるが」

未練に見切りをつけるとフロリゼルは切り替えて公務にあたる。ラディスラスは居た堪れなかった。

(きっと殿下は姉上と旧交を温めたかったんだろうな……)

それこそ10年の空白を埋める蜜月を過ごしたかったに違いない。――恋人として。

けれど現実には2人は皇太子と騎士の主従関係。


……なぜこうなったと言わざる得ない。


フロリゼル皇太子は同性の目から見ても憧れを抱くほど魅力的だ。それは確かな実力による自信が漲り、生きる活力に溢れていて目を惹きつけるからだ。

確かに容姿も美しい。濡れたような艶のある黒髪は癖がりうねるように流れている。意志の強そうな眉に切れ長の青い眸の美丈夫だ。


両親も美男美女だがフロリゼルの美しさは系統が違う。両親は「夢のように美しい」と讃えられ、母親は御伽の妖精、父親は精霊と称される優雅な美しさだがフロリゼルの場合は青毛の馬のように美しいと称される。フロリゼルには野性の馬のようにしなやかな美しさなのだ。決して野蛮に見せない品があるものの野性味があり実のところ父のヨースタイン王よりもフロリゼルの方が人気がある。ヨースタイン王の治世に問題があるのではない。フロリゼルの容姿がカルブシアンの好むところなのである。ヨースタイン王はカルブンクルスよりもむしろディアマン向けなのだ。かと言って国民から支持されていないわけではないので問題視するほどでもないのだが。

――とにかくフロリゼルは魅力に溢れていてセレスティアがグルヴェイグにいる間もそれはそれは貴族の令嬢や文官の女性たち、侍女や女官達からモテていた。異性に好かれる容姿をしていたためにフロリゼルは安心していたのだ。


セレスティアが妃を目指すと慢心していた。


妃になる足掛かりで侍女になって侍ることになると思いはしても武官になるとは予想だにしていなかったのだ。


俯くラディスラスの肩を誰かが叩いた。顔を上げると芳醇な香気を棚引かせるカップを持った既知の人物が立っている。

「そんなに気に病まなくていいよラディ。フロリゼル殿下の一人相撲になったとしてもラディのせいじゃありませんからね。殿下の慢心のせいです」

「的確にひとの心を抉るのはやめろ、ジルベール」

腹心たるジルベールからの指摘にフロリゼルは顔を歪ませた。

「……ありがとうございます、ジルベールさま」

差し出されたカップを受け取り口をつけると紅茶はちょうどいい温度だった。この気遣いができるところに彼の有能さの片鱗が垣間見える。


ジルベール・フィヨルスヴィズ・カーライルズ。

由緒正しいフィヨルスヴィズ伯爵の長男であり文武に優れた天才だ。フロリゼルと同じ17歳でセレスティアより1つ年上だが緋翼軍での同期で共に訓練に励み座学に勤しみセレスティアと同じく≪紅猿子の翼手≫に配属された。


ジルベールはディアマンに受けそうな容姿なので最初は「優男」などと揶揄されるが言った相手は試合でかち合うともう二度と侮蔑を口にしなくなる。剣術でも体術でもジルベールに適わないからだ。

「侮るから僕に負けちゃうんですよ?」

自分を侮り三秒前には叩きのめした相手にも笑顔で手を差し伸べるくらいジルベールは物腰が柔らかい。いつ何時でも敬語と笑顔を崩さないがそれは偽装カモフラージュに過ぎないことを少なくともここにいる面々は知っている。

「気にしないで下さいラディ。むしろ気にして欲しいのは殿下の方ですから」

「そうですよ。ジルベールがいなくなって私の仕事が増えて困っています」

ジルベールの言葉に侍従のヘートヴィヒが涙目で言う。

「ヘートヴィヒは頑張ってるよ」

思わずラディスラスはヘートヴィヒを励ました。


ジルベールが抜けた穴はそれだけ大きい。訓練や見回りといった翼手の仕事以外ではこうして執務室で書類仕事を手伝ってくれるが専任の時と違いどうしても片手間になってしまうため秘書官の仕事が増えるのだ。


正直に言って今まではジルベールが1人いれば文官は要らないくらいだったのだ。ヘートヴィヒはこれまで書類を運ぶだけで良かった。それだけの能力がジルベールにはあった。ジルベールが抜けて人手不足に陥った感は否めない。ジルベールが文官と武官の二足の草鞋を履いてくれるのでなんとか回っているが。

「ありがとうございます。ラディスラスさま。できれば殿下からお聞きしたかったですね。元凶は殿下なので」

「だよねえ。見通しが甘いったらないよね」

「仕方ないだろ?ジルベールくらいしか潜り込ませられなかったんだから」

不機嫌そうにフロリゼルは言う。


フロリゼルはジルベールにセレスティアの動向を探るように頼んでいた。

ラディスラスには頼まなかったもののジルベールにセレスティアの現状を把握させていた。報告は上げさせていなかったが。そこはフロリゼルにとって超えてはならない一線だったらしい。


ラディスラスがジルベールの仕事を知った時「どうして僕じゃなくてジルベールさまなのですか」とつい詰問してしまった。


フロリゼルはバツが悪そうに「ラディは夫人に口止めされてただろう?ラディに斥候みたいな真似はさせたくなかったんだ。家族に秘密があるのは後ろめたい気分になるだろ?」とラディスラスを気遣ってくれた。そんな風に思って貰っていたなんて思わずラディスラスは感動してしまった。


――そんな事情でフロリゼルの周囲でセレスティアの状況を把握していたのはラディスラスとジルベールだけだった。ジルベールはセレスティアが緋翼軍に入団する情報を掴むとフロリゼルにさえ内密に試験を受けてあっさり合格していた。

ちなみに軍の研修の間は「すみません実家の用事でお暇をいただきます」と電撃宣言しフロリゼルの執務室が阿鼻叫喚の渦に叩き込まれたことも記憶に新しい。誰にとってもあの頃のことは悪夢だった。


「もう少し部下を育てましょうよ」

「そうだな。いままさに必要性を感じてる」

「感じてからじゃ遅いんですよ。ちゃんと備えて下さい」

「……」

フロリゼルとジルベールが応酬すると大抵の場合ジルベールに軍配が上がりフロリゼルは沈没する。

机に突っ伏すフロリゼルに「あ、書類の山は崩さないで下さいね」とヘートヴィヒが追い打ちをかけていた。素晴らしい連携プレーだ。経験はしたくないけれど。


ただフロリゼルの言い分もラディスラスには分かる。フロリゼルは皇太子としては不自然なくらいひとを傍に置きたがらない。慎重すぎるくらい慎重に側近を選んでいた。


姉を妃にするためにフロリゼルは必要以上に人間を排していた。


人間性と能力を見極めてからでなければ登用しない。

側近から横やりを入れられたり情報が流出してはたまったものではないというのがフロリゼルの言い分だった。


実際、フロリゼルはジルベールという最高の逸材を手にしていた。ジルベールは人手不足の危うさを説いていたがフロリゼルはなかなか実感しなかった。ラディスラスもジルベールの意図するところがわかっていなかった。恐らくジルベールは早くから自分が抜けることを予期していたために忠告し続けたのだろうがフロリゼルには伝わっていなかった。

そのためあの悪夢の事態は引き起こされたのだが――――。


フロリゼルはセレスティアを手に入れるために万難を排すだろう。

姉がフロリゼルの傍に行くために軍を目指したように他人から見れば遠回りにしか見えなかったとしても2人は道が交わるまで愚直に走り続けるのだろう。

(……なんだ。じゃあ大丈夫じゃないか)

心配する必要なんてない。あの2人は最後は絶対に隣に並び立つ。


あれだけクソデカい感情をお互いに抱いているのだから。

結局のところ――

(似た者同士なんだよなあ)


ラディスラスは得心するとカップをソーサーに戻してジルベールとヘートヴィヒにいじられているフロリゼルを救いに行くべく立ち上がった。

まあ結局救い出せはしなかったのだが。挑戦することに意義があるというものだ。

みんな多かれ少なかれ脳筋です。

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