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ジュリエットはロミオの夢を見ない  作者: 穂兎ここあ
ジュリエットはロミオの夢を見ない
6/13

第6話 好きな人

「おー、いたいた。珠莉ー」


 放課後の美術室に現れたのは隼汰くんだった。今日は活動日ではないから一人で寂しく絵を描いていたのだけど。

 隼汰くんが来るのは珍しい。何事だろうと思って、私は絵を描くのを中断した。


「どうしたの、隼汰くん」

「これ母さんが珠莉のお母さんにって。朝渡すつもりがいろいろあって今になった。悪い」


 おそらくお菓子が入っているのだろう紙袋を渡された。

 私のお母さんと隼汰くんのお母さんは仲が良くて、よくオススメのスイーツを見つけるとお互いにプレゼントしあっている。


「ううん。わざわざありがとう」

「おう。……これ、風景画?」


 隼汰くんが描きかけのキャンバスに視線を向けて尋ねる。

 窓から見える風景を単純に書いているだけで何の面白みもない絵だ。でも単純だからこそ基本に帰ることができて楽しい。


「そう。最近コンクールの絵ばかり描いてたから、普通の絵を描こうと思って」

「へぇー。やっぱうまいな」

「そう?」

「飽きやすい珠莉が続けてるだけあるよなー」


 ギクリと肩がはねる。

 私はこう見えて飽き性だ。たぶん誰も信じないと思うけど本当に。

 あまり物事に熱中できないタイプ。

 だから勉強も集中力が続かない。

 たぶん続いているのは絵と、才上くんだけ。


「隼汰くん、部活は?」


 バスケの練習着姿だから、たぶん部活の途中で抜けてきたんだと思う。


「今日は自主練だから、まあテキトーに戻る」

「……それでいいの?」

「あっはは! いーのいーの」

「よくないわよ!」


 思わぬ方向から声が飛んできて、私も隼汰くんも二人してびっくりする。扉の方に視線を向けると、息を切らした志倉さんがいた。

 ジャージ姿の志倉さんはそのまま隼汰くんのほうへ歩み寄ってくる。そういえば志倉さんはバスケ部のマネージャーだ。


「うわぁー……志倉お前ついてきたのかよ」

「失礼ね! ついていきたいのは山々だったけど我慢したわよ! スコアつけてたから!」


 今のは、どういう……。

 そういえば志倉さんにプロデュースしてもらったときも、隼汰くんには特に見せるな的なことを言ってた気が……。


「もしかして……二人って付き合ってる?」

「そう!」

「ありえねーな」


 正反対の言葉が同時に返ってきて、私は困惑した。

 でも隼汰くんが「は?」って顔で志倉さんを見下ろして、それに対して志倉さんが舌打ちをしているあたり、志倉さんの発言が嘘……なんだろうと思うけど……。

 志倉さんがそんな嘘を吐くということは、つまり志倉さんが隼汰くんを好きということで……。


「隼汰くん……なんてもったいない」

「でしょー? もっと言ってあげてよ、珠莉エットちゃん!」


 そんなふうに告げる志倉さんはどこか強気な表情。対する隼汰くんはうんざり顔だ。


「こんなうるせーやつ無理だろ」

「隼汰くんっておとなしい子が好きなの?」


 素朴な疑問になぜか志倉さんが噴き出した。何もおかしなことは聞いていないはずだが。

 こんなに長い付き合いだけど、そういえば隼汰くんの好きな人の話は聞いたことがなかった。


「笹川の好きな人ね〜」

「志倉さん知ってるの?」

「志倉、このまま部活行ってやるから黙れ」


 少しだけ怖い顔で隼汰くんが志倉さんを睨んだ。どうやら志倉さんは隼汰くんの好きな人を知っているらしい。

 私のほうが付き合いが長いはずなのに……今まで気にしなかった私が悪いのだけど、教えてもらえないことがなんとなく悲しかった。


「隼汰くん」

「珠莉が知りたいのは俺の好きなやつじゃなくて才上の好きなやつ、だろ」


 そう言われたら言い返せない。隼汰くんはこういうときの切り返しが本当に上手だ。

 私が頬を膨らませると、隼汰くんが楽しげに笑う。


「そんな顔すんなって」


 そう言って隼汰くんが私の頭に手を伸ばした瞬間、お互いの体がぐらりと揺れた。

 隼汰くんの腕を志倉さんが掴んで、自分の方に引き寄せて。

 私のほうはというと……。


「あともう少し遅れてたら、汚い手が珠莉の頭に乗るところだった」

「才上くん!」


 頭上を見上げると、私の手を引いて私の背を預かった才上くんと目があった。

 あれ? 才上くんもまだ部活途中のはずなんだけど……。

 私のそんな疑問は置いてけぼりで、才上くんは目の前の志倉さんに言葉を投げる。


「志倉、そいつを散歩させるならちゃんと手綱握ってろ」

「勝手に消えたのよ」

「俺を犬扱いしてんじゃねーよ」

「あらやだ。私は笹川を恋人としてしか見てないわよ?」


 志倉さんが綺麗な笑顔で笑う。思わず見惚れるくらいの美しさなのに、私の周囲にいる二人の男子は動じない。


「お前と付き合った覚えはねーし、ほんと黙れ。……部活戻るぞ」

「はぁーい! あ、才上。笹川がこっちに来てること連絡してあげたんだから感謝してよね?」


 その発言に驚いて、私が才上くんを再度見上げると、才上くんは「ん?」と笑顔で首を傾げた。やばい、かっこよすぎる。


「なんで才上に連絡すんだよ。ややこしくなるだろーが」

「私が才上に連絡したことがそんなに嫌? ヤキモチ?」

「頭痛ぇー」


 そんなやりとりをしながら、隼汰くんは志倉さんに連れられ、部活に戻っていく。

 私は才上くんと二人きり、美術室に残されて、少しだけ心が舞い上がった。


「才上くん、もう部活終わったの?」

「いいや、今は自主的に休憩」

「……志倉さんから連絡来たから?」


 舞い上がった心は一瞬で曇る。自分で聞いておいて声が小さくなった。分かりやすく喜んで落ち込んでを繰り返した私を、才上くんは笑った。


「まあ、そうだな。珠莉が笹川に絡まれてるって聞いたから」

「絡まれてないよ? 隼汰くん優しいもん」

「俺のほうが優しいよ」


 それはそう、だけど……。でも隼汰くんは本当に優しくて……。

 ていうか、なんなら私のことをフり続ける才上くんよりよっぽど優しい。

 ずーっと近くにいるから忘れてしまうけど、志倉さんに好かれるくらいだし、隼汰くんって才上くんに負けず劣らずいい男子だと思う。なんだかそれが誇らしくもある。幼馴染として。


「才上くん」

「なに?」

「隼汰くんの好きな人知ってる?」


 あれだけ仲か悪いのだから、おそらく知らないとは思うけど。

 そう思って聞いたのに……。


「珠莉は知らなくていいよ」

「え……え!? 才上くん知ってるの!?」

「まあ嫌いなやつの弱みは握るに越したことないから」


 さらにショックが増した。

 才上くんですら知ってることを私が知らない事実に。


「私、ずーっと一緒にいるのに教えてもらってない」

「ずーっと一緒、ねぇ」


 少しだけ低くなった才上くんの声に違和感を覚えて、私は顔を上げる。でも才上くんは笑顔だった。

 綺麗すぎるくらいの、笑顔。


「知ってどうするの」

「……どうって。……うーん。へぇー、そうなんだーって、それだけ……かな」

「じゃあ知らなくていいだろ」


 そっけない言い方が寂しく思えた。

 別に知ったところでどうするわけでもないし、協力できるとも限らないけど。

 でも大切な友達の大切にしてることを、知りたいと思うのは普通だと思う。


「知りたいよ。だって隼汰くんは……」

「珠莉」


 強い声音で呼ばれた名前。

 私の口は自然に閉じた。


「珠莉は、俺のことだけ考えてたらいいから」

「……え?」

「笹川のことなんか考えないで。特に、俺と二人でいるときは……俺のことだけ考えて」


 どうして、そんなことを……才上くんは平然と言ってしまうんだろう。


「考えてるよ」

「考えてなかっただろ。今珠莉が口にしたのは笹川の好きな人の話だけだよ」

「だって、才上くんは好きな人教えてくれないじゃん」


 売り言葉に買い言葉。自分の頭に即座にその言葉が舞い込んだ。それと同時に放つ才上くんの言葉が私の心を揺さぶる。


「……知りたい?」


 そんなの、聞かなくても分かってるくせに。

 知りたいよ。好きな人の好きな人。

 でも、私にはそれが聞けないことくらい、才上くんは分かってるはずなのに。

 だって……。


「私じゃないなら、知りたくない」


 才上くんの好きな人が誰かなんて見当もつかないけど。

 ただ一つ、分かってることは……それが、私じゃないってことだけ。


「うん。……教えないよ、珠莉には。だから安心して」


 私じゃない誰かを好きって、暗に言われてるのに何を安心すればいいんだろう。

 97回目の拒絶。

 じゃあ、なんで……。


「才上くん、やだ」


 なんで、抱きしめてくれるんだろう。

 今にも泣いてしまいそうな私を、どうして……胸の中に閉じ込めるんだろう。


「やだっていいながら、しがみついてるよ」


 耳元で笑わないでよ。才上くんだけそんなに落ち着いて、ずるいよ。


「私が好きなのは……才上くんだよ」

「うん」

「……才上くんは?」


 そう尋ねた私を見て、才上くんは小さく笑う。


「聞いておきながら、耳塞ぐなよ」


 優しく言って、耳を塞ぐ私の両手に、自分の手を重ねた。

 才上くんの温もりが、嬉しくて、でも辛い。

 あとどれくらい、私は才上くんのこの温もりを感じていいんだろう。

 才上くんが、その好きな人とうまくいく未来は……おそらくもうすぐそこにあるはずなのに。

 どうして才上くんは、ここにいて、こんなことをするんだろう。


「……まだ、才上くんのそばにいたい」


 私はやっぱり、才上くんが分からない。


「いていいよ。だから……俺のことだけ、考えて」


 97回目の告白は拒絶。

 でも私の体は才上くんの温もりに包まれて。

 矛盾する答えが、才上くんのことを分からなくするだけだった。

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