第4話 ご褒美のマンツーマン
清々しい朝。
でも私の心はいつも通り、少しだけ沈んでる。
「今日も、才上くんには会えなかったなぁ」
私の夢に才上くんは現れない。
実物に会えるんだからそれでいいじゃないって他人はそう思うかもしれないけど。
でも私は夢でも才上くんに会いたいんだ。それだってまた『かわいそうな珠莉エット』って誰かに笑われるのかもしれないけど。
私は願ってる。
いつか、そのうち、きっと現れるって。
今日も明日も、私はそれを信じて眠りにつくのだろう。
夢で逢えたら……。
君が少しは私のことを想ってくれたのかなって、そんな妄想だけで幸せに浸れるから。
▽▽▽
常に才上くんのことで頭がいっぱいの私も、年中お花畑を営むわけにはいかない。
たとえば、来週に期末テストが控えた今。
学生の本分である勉強に脳をシフトしなければならないのだ。
「珠莉ちゃん、顔が怖いよ」
放課後、自分の席にかじりついて参考書と向き合っている私に、ルリちゃんが声をかけてくれる。
私は眉間に寄せた皺をなんとか引き伸ばした。
「あはは、テスト範囲見終わらないかもって考えたら、気が遠くなって……」
「あー、今回テスト範囲広いよねぇ。いやだぁ」
「それなのに問題が難しい……」
私はとほほ、と笑う。
才上くんさえ関わらなければ、私はわりと品行方正な優等生に位置する人間だ。
でも真面目に生きていても苦手なものはある。
それが、私にとっての勉強だ。
だからテスト前は気を引きしめて勉強に集中しなければいけない。珠莉が努力をしない限り、赤点祭りは免れない。
「珠莉ちゃんって勉強得意そうなのにね」
「それは言わないで……」
見た目だけは才女風。
自分でも学年トップ10とかいっても誰も疑わないんじゃないかと思う。
「でも分かんないなら教えてもらえばいいじゃん」
「うん、そのつもりなんだけど。先生まだ忙しいからあとでって……」
「違う違う。殿下に」
ルリちゃんがそんな悪魔のような囁きを口にした。
「ダメダメダメダメ!」
「え、なんで? 珠莉ちゃんなら『その手があったかー!』って喜ぶと思ったのに」
「むしろ毎回真っ先に浮かんでは消す選択肢だよ」
「珍しいー……っと、噂をすれば殿下」
「え!」
ルリちゃんの視線の先を追えば、私たちのいる2年2組の扉に才上くんがいるではないか。
なぜだ。
私と才上くんはテスト前は一緒に帰らない。私の精神衛生上の問題で、そうお願いしている……はずなのだが。
「さ、さささ、才上くん……?」
「珍しいな、居残り勉強? もう帰ってるかと思った」
いつもはさっさと帰って家で勉強するのだけど。それこそ才上くんに出会わないよう猛ダッシュで帰る。
才上くんを見つけてしまったら、甘えて甘えておそらく勉強どころではなくなるから。
でも今日は溜め込んだ分からない問題を解決すべく放課後先生に質問しにいこうと考えていたため、居残っているのだ。
「ううん。もう少ししたら帰るよ」
ここで居残り勉強であることを肯定してはいけない。
優しい才上くんは「一緒に勉強しようか」などという殺し文句を告げてくるはずだから。
そんなセリフを言われる前に防ぐ。これぞ自衛……。
「じゃあ部活休みに入ったし、俺も帰るから、一緒に……」
できてなかったー! 自衛がーっ!
「あ、えっと、先生に質問して帰るからまだ少し時間が……」
「それくらい待てるよ。俺も教室で勉強しとくから」
やばい! 言い訳が思いつかない。どうしよう。どうしよう。
ハッと助けを求めるようにルリちゃんを見たら、ルリちゃんが小さくグーサインを返してくれた。
やはりルリちゃんは優し……。
「才上くんが珠莉ちゃんに勉強教えてあげたらいいじゃん」
ちっがーーーーーう! ルリちゃん違うよ!
私が目で訴えるもルリちゃんにはまったく伝わらない。むしろルリちゃんがどこか誇らしげな顔をしている。
「先生まだ忙しいみたいだし、学年トップの才上くんなら解けない問題ないでしょ?」
▽▽▽
「じゃあ、今のやり方でこれ解いて」
結局、ルリちゃんのお言葉により、私は才上くんからの手厚いご指導を受けている。
いや、嬉しいよ。とっても嬉しいけど、でも……。
「珠莉、手動いてないよ。集中して?」
できるわけないじゃないか!
大好きな才上くんと一つの机で勉強なんて、心臓破裂しそうだよ!
私に教えるためなのだろうけど、才上くんが少し身を乗り出してるからとっても顔が近い。私の目の前で私の机に頬杖ついてるから程よい筋肉に包まれた形の良い腕に目が奪われる。
参考書の文字が目を滑る!
「才上くんのかっこよさが憎い……」
「何言ってんの」
でもせっかく教えてもらうのだから気を引きしめなきゃいけない。
クラスの人たちも私たちに気を遣ったのか、みんな帰ってしまったし。
みんなに多大なる迷惑をかけておいて才上くんのこと見てましたーじゃ、もはや笑えない。
でも、気になるのだ。
「珠莉がテスト前に俺を避ける理由ってそれ?」
「え?」
「俺がいると勉強に集中できない?」
うん、とは言えなかった。
今のこの時間を否定してしまうから。
集中できないのは事実だけど、それはあくまで私の問題だから。
それに、理由はもっと他にある。
「……テストでいい結果とったら才上くんに会えるって、そう思ったら頑張れるから」
「……まるでご褒美みたいな言い方だな」
「うん、ご褒美だもん。だけど今は才上くんとお話するだけじゃなくて、勉強まで教えてもらって、大奮発でご褒美の前払いされてるから……絶対良い成績取らなきゃ罰が当たっちゃう」
真剣に言う私をやっぱり才上くんは笑った。
「俺の何がそんなに好きなの」
「全部」
「なんかありきたりだな。……やっぱり、顔?」
そう自分で言っちゃえるくらい、才上くんの顔は整ってる。
整いすぎてて正直同じ人間なのかと心配になるくらい。
そんな才上くんの顔は好きだけど、好きというのは畏れ多くて、どちらかというと拝みたいというか。
正直本当に全部好きなんだけど。ありきたりでも本当に。
そんなのは時が経ってしまったから思うことなのかな。
最初のきっかけはなんだっただろう。
目を閉じて、考えてみたらすぐに思い出した。
「声」
「……声?」
目を開けると、不思議そうに眉をしかめる才上くんと目があった。
「最初に好きになったのは声だったよ。新入生の代表挨拶の時に」
才上くんは入試トップだったから、新入生代表挨拶を任されていた。才上くんがマイクの前に立った瞬間、ドッと会場がざわめいたのを覚えてる。
周囲でいろんな人たちが「あの人カッコイイ」って言ってるのを耳にした。私も、同じことを思った。
すごくかっこよくて、まるでおとぎ話の王子様みたいって。
でも、それだけだった。
だって私はおとぎ話のお姫様ではないから。でもね。
「すごく優しい声なのに、力強くて。みんなの視線を浴びて緊張するはずなのに声が全然震えてなくて。……わぁ、この人すごいって思ったの」
私がどんなに頑張っても、この人にはなれないだろうなって。
「しかも同じクラスの隣の席で。思いきって話しかけてみたら、聞き上手で優しくて……私の話が終わっても、その場の空気が悪くならないように話を繋げてくれて」
そんな気配りができる人。
何も特別なことはなくて。
本当にたったそれだけ。
「好きだって思ったときには、もう口にしてたんだよね」
自覚する前に、口から想いが溢れた。
「普通の休み時間に、話してたら急に告白してくるからさすがの俺もびっくりしたよ」
みんなびっくりしてた。普通引くと思う。
でも才上くんは「なら、友達から始めようか」って。
そう言ってくれた。
その言葉の通り、私を『友達』にしてくれた。
「才上くん」
「……ん?」
「いつになったら……才上くんの恋人に昇格しますか?」
こりないな、って自分で思う。95回目、自分でカウントして苦い笑みがこぼれた。
「……昇格試験に合格したら」
そうやって、濁してまた逃げる。
そんな才上くんも、私は好きだよ。
「うーっ、期末テストより難しいじゃん」
「期末テストなんて簡単に思えてくるだろ?」
「……いじわる」
テストも、才上くんも、いじわるだ。
「うん。珠莉になら、そう言われても文句ないよ」
そんなに清々しく笑わないでよ。好きになるだけなんだから。




