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ジュリエットはロミオの夢を見ない  作者: 穂兎ここあ
ジュリエットはロミオの夢を見ない
3/13

第3話 才上くんと隼汰くん

 2年1組の教室は自分のクラスじゃないけど、よく顔を出す。

 ひょこっと扉から顔を覗かせると、その人はすぐに私に気づいてくれた。


「よ、珠莉。どーした? 才上に用?」


 開け放たれた扉に手をついて、少し腰を屈める。

 彼は私の幼なじみ、笹川ささがわ隼汰じゅんたくん。

 そして教室の奥では、隼汰くんの声と私の存在に反応した才上くんがこちらを振り返り、席を立ち上がろうとしていた。


「珠莉? どうしたの?」

「あ、ううん。用があるのは隼汰くん」


 私がそう答えると、才上くんは中腰のまま自分の席で止まった。

 目の前の隼汰くんは口を抑えて私から顔を背けた。


「隼汰くん?」

「あーめっちゃいい気分。ささっ、場所変えようぜ。後でめんどくせーから」

「え? うん、いいけど」


 才上くんの姿が見えるから、私としては教室で話すことは得だらけなんだけど。

 隼汰くんが「さあさあ」と機嫌よく背中を押すから、私は流れに従った。


「ちょっと才上! 何やってんのよ! 止めなさいよバカ!」

「……うるさい」


 視界の隅っこに移した才上くんは、クラスの親しい女子にうんざりするような視線を向けていた。

 才上くんはああいう視線を、私にはくれない。

 才上くんがその子に心を許してるんだろうなと思うと、少しだけ胸がキュッとするのだ。これだけ優しくしてもらっておいて贅沢な話だけど。


「珠莉、そんな顔してっと幸せ逃げんぞ」


 ため息を吐きそうな私の前には笑顔の隼汰くんの顔が映り込む。

 隼汰くんの笑顔を見ると、いつも私まで笑顔になる。

 それは昔から変わらない。


「で、用事って?」


 廊下を歩きながら隼汰くんが尋ねてくる。

 私は隼汰くんの顔を見上げた。


「たいした話じゃないんだけど。今度小学校の同窓会があるでしょ? 隼汰くんは行くのかなって」

「行くつもりだけど、珠莉は?」

「用事があって行けないの。だから隼汰くんが行くなら幹事の子に一言ごめんねって伝えてもらおうかなーと思ってて」

「ああ、そういうこと。了解」


 本当に用はそれだけだったのだが、理由はどうあれ隼汰くんを教室から連れ出してしまったから、ここでじゃあねとも言えない。

 別に隼汰くんと話したいことがまったくないわけでもないから、私は隼汰くんに別の話題を振ろうと口を開く。

 でも考えていたことは隼汰くんも同じだったみたいで。


「そういえば隼汰くんって……」

「話変わるけど……」


 見事に声が重なった。

 特にそれをどうしても話したいというわけではなかったから、私は隼汰くんにどうぞと譲る。隼汰くんはごめんと笑って続きを話した。


「マジで話全然変わるけどさ。……珠莉って才上とめちゃくちゃ仲良いのに才上のこと名前で呼ばないよな」


 唐突の話題に、私は少しだけ驚いた。

 特に深く考えたことはないけれど、言われてみればずっと才上くんは『才上くん』だ。

 才上くんは最初こそ『桜井さん』だったけどいつのまにか名前で呼んでくれるようになった。

 はじめて名前を呼ばれた日のことは今でも覚えてる……けど、今はそんなことを思い出してほわほわするわけにはいかない。


「うん。緊張するから」

「緊張って……告白のほうが緊張するだろ、普通」


 隼汰くんはやれやれといった様子で笑った。

 たしかに言われてみればそうなのだけど。93回も告白していると、それほど緊張もしないというか。

 適当になってるわけではないけれど、心の準備をする前に口が勝手に動いているから緊張は後から気恥ずかしさとしてやってくるというのが正しい。


「でも俺のことは昔から『隼汰くん』だよな」

「だって隼汰くんは隼汰くんだもん」

「なんだそれ」


 隼汰くんはププッと吹き出すような感じで笑う。

 才上くんとはいろんな意味で全然似ていない。


「というか、私が名前で呼ぶ男子は隼汰くんだけだよ」

「あー……たしかにそうな。やば、俺めっちゃ特別じゃん」

「そうだよ。幼稚園からずっと一緒にいるんだから特別に決まってるじゃん」


 隼汰くんとはクラスが離れたりはしたものの、幼稚園から小中高全部一緒だ。

 今のところ私の人生で一番長く一緒にいる他人だと思う。

 一層笑顔が増した隼汰くんは満足げに首を傾けた。


「で、珠莉の話は?」

「えっとね、……隼汰くんって志倉しくらさんと仲良いの?」

「え?」


 志倉さん、というのはさっき教室の去り際、才上くんに怒鳴っていた女の子のこと。

 おそらく、才上くんと一番仲のいい女子だ。

 私が尋ねると、隼汰くんは少しぎこちない返事をする。


「んーと……なんで?」

「このあいだ一緒に帰ってるの見かけたから」

「いや、あれは一緒に帰ったっつーか……そのー……あー……でもそれがどうかした?」


 何かを誤魔化された。

 でもこういうときの隼汰くんは深く聞いても答えてくれない。

 だから私は隼汰くんの質問に答える。


「志倉さんって、やっぱり才上くんのことが好きなのかな」


 あれだけ仲がいいとそう思うことしかできない。

 才上くん本人に聞くわけにはいかないし、志倉さんに直接聞けるほど仲がいいわけでもない。

 だから隼汰くんに聞いてみたのだけど。


「さー、どうだろうな。あいつとそーいう話しないから」

「そっかぁ」

「そうそう……っつ、たぁ!!」


 話していたら、隼汰くんが頭を抑えて座り込んだ。

 突然のことにびっくりして、隼汰くんに寄り添おうとしたら身体が少し浮いた。


「え……わっ、才上くん」


 いつのまにか現れた才上くんに肩を抱かれていた。

 え、本当にいつのまに……?


「才上……何すんだよ」


 どうやら隼汰くんが頭を抑えてる理由は才上くんにあるらしい。

 隼汰くんが恨めしそうに才上くんを睨むと、才上くんはふんっと鼻を鳴らした……珍しい。


「身に覚えはあるだろ。……5分経ったから珠莉は回収する」

「誰が5分って決めたんだよ!」

「俺だけど?」

「はー。才上、お前ほんと頭おかしい」

「結構。それでもお前よりマシな頭してるからな」


 バチバチと二人は火花を散らす。

 才上くんと隼汰くんは、仲が悪い。というかここまでくるともはや仲が良くみえてしまうのだけど。

 才上くんに向かってこんな暴言を吐ける隼汰くんはすごいと思う。

 と、考えていたら才上くんが私の肩から腕を滑らせて首ごと抱いて引きずるように廊下を歩き始めた。


「うわわっ、才上くん、待って」

「待たない」

「ええっ、ちょ……あっ、隼汰くんごめんね!?」


 そう口にしたら、さらにズンズンと才上くんが歩くスピードを上げてしまった。ちょっと首が苦しい。

 やっと解放されたのは廊下を少し歩いた先、非常階段に通じる扉を開けて外に出ると才上くんは外からその鍵を閉めた。


「才上くん、もうすぐ授業始まるよ?」

「うん」


 こう言われると他に何も言えない。はっきりとした肯定の頷きはこれほどまでに有無を言わさない威力があるのかとしみじみ悟る。

 才上くんはこの狭い階段スペースで私と向き合ったまま。


「……才上くんが隼汰くんの頭叩いたの?」

「目障りな塊があったから払っただけ」


 日本語って難しい。

 私がうーんと眉を下げれば、才上くんは嫌そうな顔をする。


「笹川は特別?」

「……。……聞いてた?」

「別に」


 私と隼汰くんの会話は筒抜けだったらしい。

 わざわざ私たちの後ろをついてきていた、ということだろうか。だとしたら全然気づかなかった。でもそこまでするって……よっぽど隼汰くんのことが嫌いなのか……。


「隼汰くんは幼なじみだから」

「でも俺は『才上くん』?」


 才上くん本人からそう言われると、何も言えない。

 顔をそらそうとしたら、両頬を取り押さえられて固定された。悪あがきで目をそらそうとしてみたが、今度ははっきりと「そらさない」と咎められた。


「俺の名前は言えない?」

「……本当に緊張するの」

「緊張していいから」

「えぇっ」


 それは才上くんが許可してどうにかなるものでもないだろうと思うのだけど。

 才上くんが望むならなんだってあげたい。

 名前を呼ぶなんて簡単だって、きっと誰もが思うだろう。


 才上奏斗くん。とっても綺麗なその名前を。


「か……」

「うん」


 かなとくん。

 トクン、トクンと。小さく脈を打っていた。

 でもその名を頭に刻めば刻むほど、頭の血管の拍動すら聞こえてくる気がして。


 かなと、くん。

 たったそれだけが、どうしても言えなくて。


「付き合ってくれたら……呼びます」


 我ながら最悪な逃げ方をしたと思う。

 ある意味で挑戦状とも言え……ないか、やっぱり。


「……珠莉」

「だってそうじゃないと、この緊張につりあわないよぉ」


 逃げてしまった悔しさか、緊張の末か。

 ほろほろと涙が出てきてしまった。

 

「うわ……ごめんごめん。俺が悪かった」

「ごめんって言わないで」

「ああ、ほらこっち来い」


 才上くんはそう言って私に胸を貸してくれる。

 涙でシャツが濡れちゃうのに。「かまわないから。俺のせいだし」って。

 その優しさがまた心に刺さった。

 どさくさ紛れに言ったけど、やっぱり才上くんは「じゃあ付き合ってあげるから」なんて優しいことは言ってくれなかった。


 才上くんのお願いを聞いても才上くんの彼女にはなれない。シビアな現実を突きつけられた94回目の玉砕は、とうとう涙の味がした。


「才上くんのバカぁ」


 子どもみたいに泣く私を、才上くんは困った顔であやしてくれた。

 二人そろって次の授業に遅刻してしまったのは、そういう理由。

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