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ジュリエットはロミオの夢を見ない  作者: 穂兎ここあ
ジュリエットはロミオの夢を見ない
2/13

第2話 虫除けロミオ

「好きです。付き合ってください」


 中庭で待人を焦がれていたら、熱烈な告白が耳に届いた。

 ちなみに今の告白は私が常日頃才上くんにストーカーよろしく行なっている告白ではなく、通りがかりの同級生男女二人のやりとりだ。

 というか私も毎日才上くんに告白してるわけではない。

 わりと週1ペースだ。多いときは週5だけど。……毎日、ではない。かろうじて。


「よろしく、お願いします」


 盗み聞きしていた告白はどうやら実ったらしい。

 思わず拍手してしまった。どうやら幸せな二人には聞こえていないみたいだけれど。

 チラ見した恋人同士の二人はとても幸せそうな顔をしている。


 素直に、うらやましいなぁと思った。


 私はたぶん極端に恋愛経験が少ない。

 中学まではそれなりに告白されたことがあるけれど、一度もお付き合いはしたことがない。

 加えて初恋は高校生になってから。しかも不毛だと知ってて泥沼入りしてるわけだから救えない。

 でもズブズブ一人の男子に泥沼入りしちゃうくらいに、高校生になってからというもの一切お声がかからないのだ。

 中学生でわずかながらにも『モテ期』と呼べる時期があったのだからそれを逃すべきではなかったと、後悔しても遅いわけで。


「珠莉。待った?」


 いつのまにやら現れた才上くんの顔を見たら、後悔も吹っ飛んで消えてしまうから反省は意味をなさないのだ。




▽▽▽




 お昼休みの昼食は中庭で才上くんと一緒に食べる約束をしている。

 約束というより、それは決まりごと。

 なんでも才上くんは私の家の卵焼きが好きらしい。

 それを食べたいから一緒に昼食を食べてくれる特権をもらえたのだ。お弁当を作ってくれてるお母さんに毎日感謝感激雨あられ状態なのは本当の話。

 もちろん才上くんの舌を惚れさせた母の味を学ぶべく日夜料理修行をしているのもここだけの秘密だ。


「へぇ、そっちのクラスは席替えがあったんだ?」


 高校2年生になって才上くんとはクラスが離れた。

 四月のクラス発表時はいろんな縁結びの神社に駆け込んで願掛けしてどうかどうか才上くんと同じクラスにしてくださいと願い込んだけど叶わなかった。

 まあこれだけいろんな幸せをもらえているのだから当然とは思っている。

 というか去年、同じクラスの隣の席になった時点で私の運はほとんど使われてしまったんじゃないかと思うのだ。


「うん。右隣は高橋くんで、左隣は中村くん。どっちも去年同じクラスだから才上くんも知ってるでしょ?」

「……ああ。どっちもうるさいよな」

「盛り上げ上手だよね。そうそう、さっきも高橋くんが……」

「珠莉」

「んんっ!?」


 話してる最中に唐揚げを口の中に押し込まれた。

 私の弁当からいつのまに唐揚げをつまみ上げたのか……。

 というか才上くんの箸で食べさせてもらえてる……っ! こ、これって間接キス、だよね!

 え、どうしようどうしよう、わぁぁーーーっ!!


「美味しい?」


 才上くんがにこやかに尋ねてくるから、私はうんうんと頷いた。お母さんの作ったおかずだから美味しいの当然だし分かりきってることなんだけど。


「それで、女子は? 誰か近くになれた?」

「え? うん。あかりちゃんが後ろで、右斜め前に由紀ちゃん。分かる?」

「顔と名前は、なんとなく。よかった。珠莉が男のことしか言わないから周り男だらけなのかと思った」


 才上くんが少しだけ困ったように笑う。

 その仕草まで絵になるからすごい。

 本当どんな顔をしても様になる。なんでだろう。

 そんなことを考えながらご飯を食べていて、私は思い出した。


「あ、才上くん」

「ん?」

「ご飯食べたら少し早く上に戻るね」


 私がそう告げると、才上くんは目を三度瞬かせた。


「……なんで?」

「林くんに教科書貸してるの。午後私が使うから返してもらわないと」

「林って……3組の?」

「うん」

「教科書貸し借りするほど仲よかった?」

「え? 去年同じクラスだったし、普通に……あ、音楽の趣味があって去年はよくCD貸してもらってたよ」


 林くん、というのは元気なタイプというわけでもなければ地味なタイプというわけでもない。中間に位置するタイプの人だ。

 去年同じクラスだったときたまたま趣味があって、私はあまりCDを買わないタイプの人間だからよく貸してもらった。

 それもあっていまだに仲良くしている。

 そう伝えると、才上くんはいつものように「そう」と静かに笑った。

 よく耳にする相槌。

 今日はまだ告白してないのにフラれた気分を味わった。




▽▽▽




 才上くんとの貴重な時間を削るのは辛いけど、しなきゃいけないことはさっさと済ませるべきだ。

 才上くんと廊下でわかれた後、お手洗いで歯磨きを済ませた私は目的の場所へと向かう。

 2年3組の教室を覗くと、見知った顔が目に入った。


「林くーん」

「お、桜井。サンキュー、助かっ……ゲッ!」


 教科書を持って私のもとにやってきた林くんはお礼の挨拶をくれながら、何かが喉に詰まったような声を出した。

 先ほどまで笑顔で明るかった表情も今は青ざめている。


「林くん? どうしたの?」

「いや……わざわざ才上まで連れてこなくても」

「え? 才上くんとはさっきそこで……え?」


 振り返るとにっこり笑顔の才上くんがいた。なぜ?

 さっき廊下でじゃあねと言ったあれは、なに?


「久しぶり、林。教科書忘れたなら俺に借りればいいのに」

「……俺別にお前と仲良くねーし」

「珠莉より借りやすいだろ? 男なんだから」


 才上くんはにこやかだ。

 わざわざ教科書を貸す申し出のために才上くんはここへ来たのだろうか。その面倒見の良さは親切通り越して病気だよ、才上くん。

 林くんは少し疲れた顔でため息を吐いた。


「……まあいーや。桜井、ありがとう。本当に助かった」

「全然いいよ。あ……その代わり、今度またCD借りてもいい?」


 ちょうど聴きたいものがあったし、そう言ったほうが林くんも教科書の件を気にしなくていいかなぁと思ったんだけど。

 なぜか林くんはヒッと喉を鳴らして怯えてしまった。




▽▽▽




 才上くんと何の進展もないまま今日がまた終わろうとしている。

 今日は部活が休みだから、私は才上くんの部活が終わるのを待つべく、教室で宿題をしていた。

 数学の問題につまづいて手を止めたところで、横から愉快げな声が飛んでくる。


「ていうか、桜井って才上にフラれてるんだよなー」


 グサリと刺さる言葉を口にしたのは隣で宿題をしている高橋くんだ。彼は宿題に飽きるとこうして話しかけてくる。もうこれで何度目だろう。さすがに飽きすぎではないかと思うのだけど。

 高橋くんの問いに私が苦笑しながら頷くと、高橋くんは「なんだかなー」と伸びをした。そんな彼の宿題はやっぱり全然進んでいない。


「でもずっと一緒にいるよな」

「うん」

「……辛くないの?」

「全然」


 それだけは自信持って言える。私が満面の笑顔で答えると、高橋くんは困ったような顔をした。


「なんでフッてんのかな、才上。やってることはほぼ付き合ってるのと一緒なのに」

「そうなの?」

「……いや、知らねーけど。自分で思わねーの?」

「誰かと付き合ったことないからね」


 その答えに高橋くんは目をギョッとさせていた。

 続けて「もったいねー!」と自分のことのように足をばたつかせてくれた。そんな彼の宿題はきっと私が見てるあいだには終わらないだろう。


「桜井は一回他のやつと付き合ってみるべきだよ」

「私は才上くんが好きだよ」

「知ってる。でも別に好きじゃなくても付き合えるじゃん」

「相手がいません」

「嘘言うなって。んーとほら、笹川ささがわとか」


 笹川、というのは私の幼なじみ、笹川ささがわ隼汰じゅんたくんのことだ。才上くんと同じクラスにいる。

 昔からとても仲良しで、大好きだけど、隼汰くんは本当にただの幼なじみ。


「モテないんだもん、私」

「いや、ねーわ。男子のあいだで桜井は……あー……いや、うん。そりゃあ誰も告れねーよな」


 高橋くんは何かに納得したらしく、おとなしくなった。

 そうしてまたお互いに宿題と向き合った。

 訪れた沈黙は少しだけ居心地が悪い。

 サラサラ、カリカリとシャーペンが紙を滑る音が鳴る。

 そうしてしばらくして、また高橋くんが口を開いた。


「なあ、桜井」

「なーに?」

「才上なんてやめとけよ。そしたらすぐ彼氏できるよ」

「そうかなー」

「そうだよ」


 やめられるなら、もうすでにやめてると思う。

 92回目の告白も見事玉砕して、それでもまだ好きなのだ。

 ここまでくると告白の成功も失敗もどうでもよくなって、ただ伝えたいという気持ちだけで生きているのだけど。

 それもきっと、誰にもわからない。


「桜井、たとえば俺が告ったら……お前どうする?」

「私に?」

「うん」


 答えはすぐに出た。

 でもそれを口にする前に、教室の扉がガラリと開いた。


「お待たせ、珠莉」

「才上くん! おつかれさまー」


 才上くんが迎えに来た。時計を見てみれば、いつのまにやらだいぶ時間が経っていた。


「帰れる?」

「うん。今片付けるからちょっと待ってね」

「手伝うよ」


 そう言って、才上くんは私の席まで歩いてくる。

 才上くんを待たせるわけにはいかないから、私は広げていた教科書やノートを急いでパタリ、パタリと閉じていった。


「ははっ、そんなに急がなくていいのに」


 才上くんは優しく声をかけながら、私の机の前に立った。


「宿題捗った?」

「うーん。……少し?」

「あんまり進まなかったんだな」


 お見通しである。

 そんなふうに私と会話しつつ、才上くんは私の筆箱を手に取った。

 そうして隣に座る高橋くんに視線を流す。


「……なんだよ」


 高橋くんにしては珍しく、言葉尻が小さい。

 一瞬、才上くんは少しだけ目を細めた。


「俺のだよ」


 そう口にして、次の瞬間にはにっこり笑った。

 何が、と問う前に才上くんは高橋くんの机の上からピンク色のシャーペンを取った。

 それは、私が高橋くんに貸したもの。


「違うよ、私のだよ」

「俺が珠莉にあげたんだから元は俺のだよ」

「だって才上くんが私のシャーペン気に入ったから交換ってくれたんでしょ?」

「そうだっけ?」

「そうだよ。あ、高橋くん今日筆箱忘れてるから、シャーペン取っちゃったら宿題できない」

「へぇ……つまり1日貸してたんだ? ……というかもう下校時刻。高橋も帰るんだから関係ないよ」


 才上くんは詰まることなくそう口にして、シャーペンを私の筆箱に収める。机の上にあったものを全部綺麗に鞄にしまって、まるで自分の荷物であるかのようにその手に持った。


「帰ろうか。じゃあね、高橋」

「高橋くん、バイバイ。また明日ね」


 手を振った私に高橋くんは困り顔だったけど「おう、気をつけて」と返事をしてくれた。

 でも手を振り返してはくれなかった。




▽▽▽




「高橋と勉強してたの?」


 二人きりになって、才上くんが一番最初に発したセリフがそうだった。


「私が残って宿題するって言ったら、忘れそうだから俺もーって」


 高橋くんの場合、それが冗談ではなく本当で、8割の確率で宿題を忘れる。今日も結局家に持って帰ることになったから、明日忘れてくるのだろうなと思う。


「高橋がずっといたなら、今日は待ち時間も退屈しなかったな」

「いつも退屈してないよ」

「このあいだは寝てたけど?」


 才上くんは目を細めて探るような顔で笑う。

 忘れてほしいけどちゃんと覚えてくれてるのも嬉しいから複雑だ。


「あれも才上くんのこと考えてたらいつのまにか眠ってたんだよ。……夢の中では才上くんに会えなかったけど」


 でも才上くんを待つ時間を退屈だと思ったことは一度もない。


「才上くんがいつ迎えにくるかなーとか、第一声はなんだろうとか、そんなこと考えるだけで楽しいの」


 本当に、心からそう思う。

 今だってそんなことを考えていた昨日の自分を、あの日の自分を思い出すだけで心が幸せになる。


「そんなんで幸せになれんの?」

「うん。とっても」


 私が即答すると、才上くんは「そう」とクスクス笑う。

 あ、これは信じてないな。

 私はピタリとそこで足を止めた。それに気づいて、才上くんも静かに足を止める。


「珠莉?」

「才上くん」

「ん?」

「私はね、自分の頭を割って見せてあげたいくらい頭の中才上くんでいっぱいなんだよ。そりゃあもう才上くんの想像なんて簡単に超えちゃうくらい」


 自分で何言ってんだろうって、さすがに思った。

 でも嘘じゃないから言い訳する必要もないかなって。

 そう思ったんだけど、才上くんはまたクスクスと笑った。

 今度の笑いは読めなかった。


「俺の想像は超えないよ」


 才上くんはふと笑顔を消して真剣な顔で言った。

 でもすぐに柔らかい笑みが彼の顔に戻る。

 でもいくら才上くんの言葉とはいえ、そこは私も引けない。


「超えるもん」

「超えない。あのさ、珠莉」


 グイッ、と腕を引かれた。

 よろめいたら、才上くんの胸に飛び込んでしまった。

 才上くんに似合ういい香りがして、言いたかったことは簡単に忘れてしまった。


「俺は、珠莉が俺のことしか考えられないってちゃんと自覚してるから」


 耳元でそう言われた。

 少しだけ誇らしげな音色に聞こえたのは、私の気のせいなのだろうか。

 顔をあげたら才上くんの自信に満ちた瞳と視線がぶつかった。


「……自覚してて放置するのはずるいよ」

「放置はしてないだろ? でも、そうだな」


 小さく笑って、才上くんは私のおでこにキスをした。


「これで許して」


 さすがの私も、思考停止するわけで。

 それはずるいと言わずになんというのだろうか。

 本当に才上くんは勝手がすぎる。そんなところも全部含めて好きだけど。うまく頭が回らないから、やっぱり才上くんは何してもかっこいいという結論に至ってしまう。

 これで本当にいいのだろうか。きっとよくないと思う。


「才上くん、もう一回」


 よく分かってないのだから、どさくさに紛れてあと5回くらいキスしてくれてもいいんだよ。

 そう言っても、才上くんはお決まりの言葉を口にする。


「だめ」


 一度も二度も変わらないでしょう、と泣きつきたい気分になる。

 でも才上くんを困らせるのも嫌だから。


「うぅー……。もう、好きすぎて変になっちゃうから、私のことをもらってください」

「ははっ、もうすでに変だろ」


 私の髪をくしゃくしゃに撫でて。

 93回目の告白を、才上くんは笑った。

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