敵はさるもの
「 わからんのう。」
森の中で猿の群れに囲まれた。
ざっと、百匹はいる。
たまに、猿の群れに出くわすことはあるが、
こんなにも多くないし、一緒に遊ぶことはあっても、
闘ったことはない。
今日の猿の群れは違った。
移香斎に、激しい敵意。いや殺気を持っている。
そして、異常に興奮している。
激しく木の枝を揺さぶり、牙を剝き、威嚇してくる。
胸に手を当ててみたが、とんと覚えがない。
野生の猿は本能に従って攻撃してくる。
考えるより先に、体が動く。
恐ろしく敏捷で、鋭い爪と牙で型にはまらない攻撃を
してくるから、やっかいである。
突然、五匹が襲いかかってきた。
移香斎の刀が、宙に煌めいた。
五匹の猿が、地に落ちた。
峰打ちである。
のたうち回る猿の中、一匹だけが
牙を剥いて飛びかかってきた。
「 仕方あるまい。」
移香斎は、真剣で斬った。
只、斬っただけではない。
左右の袈裟切り、一の胴、両車(腰部)を
瞬時に斬り裂いた。
そして最後に、首を刎ねた。
移香斎の腕前なら、首の皮一枚残して斬ることもできたが、
あえて大きく刎ね飛ばした。
地面に転がった首に近づいて、高々と掲げた。
苦悶の表情を浮かべた猿の死に顏に対して、
返り血を浴びた移香斎は、凄味のある笑みを浮かべていた。
あれほど騒がしかった猿の群れが、シ~ンと静まり返った。
地面でのたうち回っていた猿まで、金縛りにあったかのように、
体が恐怖心で固まり、ガタガタと震えている。
野生の動物は、本能で危険を察知する。
猿は知能も高いので、尚更であろう。
移香斎は、猿の首を群れの中心に向けて投げつけた。
その首は、まるで生きた妖怪のように見えたに違いない。
「キエエエッ~」
人の様な悲鳴、絶叫する大声があちらこちらからあがった。
蜘蛛の子を散らすように、猿の群れは退散した。
よほど恐ろしかったのであろう。
あっという間に姿が見えなくなった。
「 ふう、無駄な殺生をせずに すんだ。
去る者は、追わずじゃ。」
移香斎は、ビュンと血降りをした後、納刀した。
そして、やむを得ず斬ってしまった猿の冥福を祈り、
合掌した。
それから、きっと顔を上げた。
「 姿を 見せろ。」
先程の猿の群れの中心の木に向かって、叫んだ。
「 ほう、見破っておったか。」
一匹の大きな猿と見間違えるほど、見事に猿の毛皮を着こみ、
顔に化粧をした者が現れた。
「 この木猿の凶猿百襲の陣を破ったのは、
貴様が初めてじゃ。 面白い。」
「 つべこべ言わず、かかって来い。」
移香斎は、珍しく怒っていた。
木猿は移香斎の周囲の木の枝から枝へ、飛び移った。
本物の猿のようであった。
じっと見ていると目が回るくらいの速度であったが、
惑わされることなく、八方目で隠剣にて静かに構えていた。
突如、木猿が後ろから、襲いかかってきた。
両手には、鉄製の鋭く長い鉤爪をはめている。
並みの剣術家なら、無残に斬り裂かれていたであろう。
移香斎は、振り向き様に、刀を無造作に振った。
ずばっつ
両手の鉤爪だけを、斬り裂いていた。
「何い!」
木猿は、驚愕した。
移香斎にしてみれば、兜割りに比べれば、朝飯前である。
「 去る者は 追わずじゃったの。 あばよ。」
これは敵わぬと本能で見極めた木猿は、逃げを決めこんだ。
木から木へ、飛び移ってかなりの距離を逃げた。
『 まさか、ここまで、木の上まで追ってこれまい。』
高をくくっていたその時、突如、何か大きな物が上から降ってきた。
妖怪かと、背筋がゾオッ~とした。
それは、木猿の背中にがっちりと被さり、羽交い絞めしてきた。
今の世で言うプロレス技のフルネルソンであった。
移香斎が、本物の猿の如く、追ってきたのであった。
移香斎を甘く見ていた木猿が悪い。
首、両腕を極め、なおかつ両足で両足を極めている。
「 貴様だけは、許さん。」
そのまま、地面に激突させた。
ズシ~ン
激しい土煙が上がった。
地面に気絶している木猿から離れた移香斎は、
次の敵へと向かう。
「あと、二人。」
心が熱くなるほど、冷酷になる非情の兵法家・移香斎で
あった。
空には、鵜戸明神から聞いたことのある孫悟空の
筋斗雲のような雲が、風に流れていた。