やだねえ
「おっと、危ない!」
山へ続く野原で、いきなり弓矢が顔面目掛けて飛んで来た。
本気でないのはわかっているが、狙いは正確であった。
並みの剣術家なら、瞬殺であった。
移香斎は、飛んで来る弓矢を瞬きすることなく、
難なく右手で掴んで止めた。
そして、無造作にポ~イと放り投げた。
「 姿を現せい。 」
弓矢の形状、重さ、しなりなどを素早く分析し、
尚且つ相手を挑発する意味も込めてである。
この男、意外とあざとい。
「 ふん、今のはあいさつ代わりだ。
今からが、本番だ。覚悟しやがれ!」
三十三間先の腰ほどの高さの草むらから
襲撃者が姿を現した。
筋骨隆々の仁王像を思わせる大女であった。
ちなみに、一間は、六尺で、約1.818m。
弓矢の最大射程距離は六十六間で、約119.988m。
殺傷有効距離は、その半分くらいまでであろう。
移香斎は、無造作に三十間まで、歩み寄った。
林の中ならともかく、何も身を隠す物が無い野原なのに、
実に落ち着いている。
「いざ、参られよ。」
移香斎は、真剣を抜き、珍しく青眼に構えた。
「月影姉さんの仇、この金矢様がとらせてもらうよ。」
実は、この金矢、同性の月影に惚れていたのであった。
幼いころから、大女ゆえに男どもから恋愛の対象と
見なされることなく、女としても見られなかった。
その点、月影は、容姿端麗で憧れでもあったし、
金矢にも優しく接してくれたからである。
もちろん、忍び故の忍ぶ恋であった。
先程、月影に弓矢を背中に射てしまったことが、
相当ショックで、移香斎への怒りに燃えていた。
ビュウ~ン
唸りを上げて、同時に三本の弓矢が飛んで来た。
強弓を引く力もさることながら、たいした腕である。
三本同時に放ったのに、人中、水月、丹田、
狙いは正確であった。
それ故に正中線に沿っていたので、左足を一歩進めて、
刀を使うことなく、右八相に構えを変えただけで、かわした。
普通は、弓矢相手ならば、間合いを縮めようと、
50mを全力で疾走するするはず。
並みの者でも、6、7秒ぐらいであろう。
移香斎は、5秒を切る自信はあった。
その短い間に、いかに相手に矢継ぎ早の技があってしても、
二、三筋と弓に矢をつがえ、狙いを定めて放つことはできない。
すなわち、勝負は一の矢で決着するはずである。
「 次!」
移香斎は、走ることなく、ゆっくり歩いて五間詰め、
次の攻撃を促したのであった。
金矢は、移香斎の舐めた真似に怒りに眼がくらみそうになったが、
深呼吸をして、堪えた。
そして、またもや三本同時に、打ち込んだ。
今度は、横にである。
かわさなければ、真ん中の弓矢に当たる。
右か、左に躱せば、どちらかの弓矢に当たるはずであった。
「何つ。」
移香斎は、刀を使うことなく、スウッと身をかがめて、
かわし、居合腰になった。
縦にも横にも小さくなった。
刀は、右手だけで前に突き出している。
見たことも無い構えであった。
ここまで、虚仮にされたのは、初めてである。
「 次!」
移香斎は、またもやゆっくり歩いて、五間詰め、
次の攻撃を促したのであった。
その間合いは、二十間。緊迫の間合いである。
金矢は、形振り構わず、攻撃に出た。
五本の弓矢を同時につがい、移香斎の頭上高く打ち放った。
五本の弓矢は、放物線を描き、バラバラと移香際の頭上に落ちる。
五本同時にかわすことは不可能であり、気をとられている隙に、
もしくは態勢を崩したところを一矢入魂で射る。
最後の矢は特別性であった。
長さは、通常の1.5倍。
矢の先は、通常の5倍の大きさである。
更に、先端に鉛を仕組んで重くしているから、
速度は加速し、破壊力は倍増する。
( 運動エネルギー E=0、5×M×V×V)
必殺の一撃であった。
移香斎が空中にある五本の弓矢に気が向いた瞬間、
必殺の弓矢を渾身の力を振り絞り、骨まで砕けよと、
自信を持って打ち込んだ。
金矢は、勝利を確信した。
「 何じゃ!」
移香斎は、帯を素早く外すと左手で高速で振り回し、
五本とも見事にからめとったのである。
ゴオオツ バキッ
そして、居合腰の構えで、右手で刀を突きだし、
特別性の弓矢を刀身に当てて、矢の軌道をそらして、
かわしたのであった。
まともに受ければ、刀は折れる。
うねって飛ぶので、かわすのも難しい。
かすっても骨までやられる。
何たる動体視力と集中力、剣技の冴え。
もはや、神の領域。
金矢は、茫然と立ち尽くした。
弓使いとしての誇りは、ズタズタに砕かれた。
「さあ、やれよ。」
ゆっくりと近づいて来た移香斎に、負けを認めた。
「 いいや、女を斬る刀は、持っておらん。
それにじゃ・・・。」
「それになんじゃ。」
途中で言葉を止めた移香斎に、金矢はいぶかった。
「 そなた、きれいな瞳をしておる。」
「やだねえ、何言ってんだい。早くしてよ。」
女扱いされたのも珍しいが、
きれいだなんて生まれて初めて言われた。
たとえ、それが弓使いとしてであっても、
物凄く嬉しかったのである。
この男なら、斬られてもいいと思ってしまった。
「 承知。」
熟した柿よりも顔が真っ赤になった金矢目掛けて、
移香斎の真剣が煌めいた。
スパッツ
弓矢だけを真っ二つに斬り裂いたのであった。
「それでは、後ほど。」
移香斎は、去って行った。
その後ろ姿を不思議な感情で見送る金矢であった。
「 あと、三人。 」
移香斎は、とても楽しみであった。
忍びの中にも、あれほどの弓矢使いがおる、
心から感嘆していた。
空には、心の臓の形に似た雲が浮かんでいた。




