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モリアを追放してから数日後、彼女の祖国、フレイヤ王国では大変な騒ぎになっていた。
「大聖女を追放しただと、この大馬鹿者!」
モリアを追放したルシアン第一王子は、浮気相手レベッカと共に、父親である国王陛下から怒鳴りつけられていた。
「お前は一体何を考えているんだ!」
ハング国王陛下は収まらない怒りを必死に押さえつけるように、部屋の中を行ったり来たり歩き回っている。さすがにモリアを上空から落としたとは言えなかった。そんなことを言ったら殺されかねない。
モリアが居なくなったことは直ぐに知れ渡った。
ルシアンは「レベッカならモリアの代わりを務められる」と言った。
確かに「最初だけは」うまくいっていた。しかしレベッカの聖力には持続力が足らず、結局のところ、モリアが居た頃より余計に聖女の数を増やして対応するしかなくなっていた。
「し、しかし父上、これには理由があります」
ルシアンは恐る恐る手を上げる。
「何だ、言ってみろ」
国王はジロリと息子をにらむ。
「最近、強大なモンスターが出現し続けていました。これは歴代聖女の時には起こらなかった。モリアが故意ではないにせよ、そういったモンスターを呼び寄せている可能性が高いと思ったのです。だから先手を取って……」
「赤くて大きいモンスターどものことか」
「はい」
「そいつらなら、貴様らがモリア嬢を追放した数日前から変わらず湧き続けておるらしいわ」
「なっ!」
ハング国王陛下は顔を手で覆った。心から失望していた。自分の血を引いている息子が、手塩にかけて教育してきたはずの彼がこんな無量大数的な馬鹿に育ってしまったことに。
「それから、大聖女の力が弱まっていたことだが、これはつい先日理由が判明した。そしてまさに今日、それを発表する予定だったのだ」
ハング国王はルシアンとレベッカを交互に睨みつける。
「そ、その理由とは……?」
父親に気おされながらルシアンが聞く。
「大聖女の食事にな、少しづつだが、聖力が弱まる薬剤が入れられていたのだ」
「そ、そんな!? 確かですか父上!」
ハング国王の右拳がルシアンの頬を捉えた。バコン! と骨に衝撃の届いた音。ルシアンは吹っ飛んで室内を転がる。
レベッカは駆け寄るでもなく、ただ怯えたように後ずさりした。
「貴様、どの面下げて『確かですか』などと抜かすのだ! 貴様らが大聖女を追放した理由よりよっぽど確認が取れておるわ!!!」
実際、一つ一つの料理に入っている薬剤はかなりの微量だった。それは食膳の検査でも発見できない程である。
ただ問題は、モリアの食べる量がマシマシモリモリだったことだ。結果的に、彼女の聖力は長期間、誰にも理由が分からないまま、徐々に減退していった。
この調査は秘密裏に行われていた。だからルシアンたちは知らなかったのだ。
「それだけではない。例のモンスターも、恐らく人工的な兵器だ」
「へ、兵器……?」
よろよろと立ち上がってきたルシアンが頬を抑えながら聞く。
「どの国の仕業か……それとも、国家転覆を企む内部の犯行か、まだ分からん。だが恐らく大聖女に薬剤を盛っていたのと同じ連中だろう」
「なっ……!」
「誰だ?」
「誰だ、とは」
「ルシアン、お前に大聖女を追放するようにそそのかしたのは誰だと聞いている。幾ら貴様でも元からそんな馬鹿なことは考えていなかっただろう」
ルシアンは直ぐに「あっ」と声を出した。
「文官のピウスーツキです。彼がモンスターの出現を引き合いに出して、早くモリアを追放しないと大変なことになると言ってきました。最初は聞き流していたのですが、ピウスーツキがあまりに何度も言うので気になってきて……。彼の説明は理路整然としていて、徐々に危機感が募ってきました。それで……」
ピウスーツキは、追放のことを周りに秘密にしておくこと、そしてルゴラ平原上空から突き落とす方法を指定してきた。「それこそフレイヤ王国が助かり、他国に迷惑もかけず、尚且つ大聖女モリアの命も保証する最も確実な方法なのだ」と。
突き落とす必要性について聞くと、「ルゴラ上空は事前に申請すれば飛ぶことが出来ますが、地上に降りることは基本的に許されていませんから。でも宙石があれば大丈夫です」と言われた。
ピウスーツキはルシアンと幼い頃からの付き合いで、非常に頭のキレる人物だ。信頼していたルシアンはその通りに実行したのだった。
「そのピウスーツキだが、偽物だ」
「に、偽物? え???」
ルシアンは父親が何を言っているのか理解できず、何度も目をしばたたかせた。
「本物の方は、王都の外れの納屋で、偶然中で遊ぼうとした子供が発見した」
「そ、それでピウスーツキは無事だったのですか!?」
「餓死寸前だったが、何とかな」
「良かった……」
「何も良くないわ、馬鹿たれ!」
怒鳴り声にルシアンは首を引っ込める。
「巧妙な、恐らく変装魔法を使ってピウスーツキに成り代わった何者かが居たのだ。宮廷魔導士の探知魔法を搔い潜るほどの手練れがな。そして貴様は今まで、変装魔法を使ってピウスーツキに成り代わっていた偽物の言うことをまんまと聞いていたのだ!」
そのスパイは既に出奔していて、行方は知れないという。
「そんな」
ルシアンは膝をついた。全身の力が抜けていった。それなら、自分が今までしてきたことは一体……!
「うわああああああ!!!」
顔を伏せて叫ぶルシアンの後ろ髪を掴み、ハング国王はグイっと顔を上げさせた。
「お前の王位継承権ははく奪する。継承権はアレクサンドに譲る」
アレクサンドはルシアンの弟で、第二王子にあたる。ルシアンは一瞬目を見開いたが、やがて
「分かりました……」
と力なく頷いた。自分のやらかしたことの大きさから考えると、最早弁解を試みる気にもならなかった。国家存亡の危機すら招いてしまったのだ。
「そしてレベッカ公爵令嬢」
「は、はい!」
「お前の実家であるルーシヨン家から『勘当する』と伝え聞いている。つまりお前はもう公爵令嬢でも貴族でもない」
「え、ええ!? 私もですか?」
「当たり前だろう、馬鹿たれ!」
国王陛下の勢いにのまれたレベッカは肩を縮こまらせる。
「王妃になりたいがために、大聖女の力が弱ったのにつけこんで、ルシアンを誘惑したのみならず、大聖女の追放を止めるどころか嬉々として賛同していたそうではないか。貴様も同罪だ!」
「そんな……」
レベッカは目に涙を溜めるが、同情する者は誰もいない。二人は肩を落とし、部屋を出ようとした。
「連れ戻せ」
その背中に、国王陛下の言葉が突き刺さった。
「何ですって?」
これで自分たちに下された処分は終わりだと考えていた二人は、同時に国王陛下の方を見た。
「大聖女を追放した貴様らが誠心誠意謝らぬ限り、彼女は戻ろうとは思わぬだろう。責任をもって連れ戻してこい!」
「し、しかし父上……!」
「出来なければ、貴様ら二人は死刑だ」
「し、死刑?!」
「お前たちのやったことは我が国を危険に晒す行為に他ならない。本来ならば即刻処刑するところだが、猶予をやるのだから感謝しろ」
「そんな……」
まだうじうじしているルシアンに向かって、ハング国王は腰の剣を抜いた。
「早くいけ。でなければこの場で二人とも斬る」
その眼の光、声のトーン。ただの脅しではないことは明白だった。
二人は弾かれたように部屋を飛び出すのだった。




