1 休息と労働ー3
「いらっさいませ~」
大勢の人間がひしめく店内で頭を下げる。入店してきた4人の家族に向けて。
「ご注文が決まりましたらそちらのボタンを押してお呼びください」
「あ、は~い」
席まで案内した後は教わったマニュアル通りに接客。テーブルに水とおしぼりを並べてカウンターに戻った。
「……敬語使うの疲れるな」
夏休みに突入して数日後。友人と共に中華料理店で働く事に。見つけてきたのは光太郎で、まかないで中華料理が食べられるからという理由での応募だった。
夏休みで人手不足という事もあってか面接を受けた場で即決。しかも2人揃って。
元々、料理はそれなりに出来たので飲食店でのバイトは大歓迎。ただ実際に働くのは厨房ではなくフロア。バイトの女の子が立て続けに辞めてしまったらしいので、やりたくもない接客という形で汗を流していた。
「あ、いらっしゃいまし~」
更に入店してきた客を入口で出迎える。カップルと思しき20代の男女ペアを。
「祐人。あそこのテーブル、水が1個足りなかったらしいよ」
「マジか。悪い悪い、今行くわ」
「いや、俺がもう持ってたから大丈夫だ」
「すまん。いろいろ助かる」
「いいって事よ。この借りは言葉じゃなく体で返してくれればさ」
「やめろよ!」
混雑した店内で友人と接触。辛い現場で気を許せる唯一の相手だった。
「はぁ…」
もちろん仕事は楽しくなんかない。失敗したら怒られるし、客に嫌味を言われたりもする。
それでも逃げ出そうとは思わなかった。情けない醜態だけは晒したくなかったから。
「水瀬くん、これ7番テーブルに持っていって!」
「うぃ~す」
バイトが無い時間には学校に行って補習に参加。なのでここ数日は常に外にいる事が多い。
勤務先では働き、教室では勉強。不真面目な人間からしたら考えられないような生活。バイト先に同世代の女の子がいないのは残念だったが、それでも充実した毎日を送れていた。
「ただいまぁ」
「おかえり、バカ息子」
疲れきった体で重い扉を開ける。自宅の玄関のドアを。
「おう、お疲れ」
「親父、もういたのか。最近は俺より帰って来るの早いじゃん」
「そりゃ、俺は朝から働いてるわけだからな。当然、祐人よりも仕事が終わるのが先になる」
「入院でずっとサボってたんだから残業でもしてくれば良いのに。こんな所でグラビア見てニヤけてる暇あるなら車で迎えに来てくれよ」
「あっ、いけね! 現場に車忘れてきちゃった!」
「……どうやって帰ってきたんだ」
慌てふためいている父親をスルーして洗面所へ。汗だくになったシャツを脱いだ後は水道の水で顔を洗った。
「ふいぃ、疲れたぁ」
首にタオルを巻きながらリビングへ引き返す。冷蔵庫から取り出した烏龍茶を手にテレビが見れる位置へ座った。
「祐人。アンタ、お盆の予定ある?」
「お盆? 何で?」
「久しぶりに母さんの実家に帰る事になったのよ。パートも辞めて時間空いたからさ」
「実家…」
寛いでいると母親から突然の通達が飛んでくる。里帰りの報告が。
「んむっ、んむっ…」
父親が仕事に復帰したのをキッカケに母親はパートを退職。そして互いに都合がつく10日間の盆休みに実家に帰省したいと言ってきた。
「どう? アンタの事だから暇なんでしょ?」
「いや、無理だし。補習はともかく、バイトがあるから行けないって」
「何とかならないの? お盆期間中だけ休みもらうとか」
「無茶言うなよ、飲食店なんだからさ。お盆期間中の方が忙しくなるぐらいなんだぜ?」
ただでさえ夏休み中だけという条件で雇ってもらっている身。それなのに肝心の書き入れ時に休ませてもらうなんて絶対に出来るわけがなかった。
「あぁ、もう……なんでこう悪いタイミングでアルバイトなんか始めるのよ。このバカ息子は」
「んな文句つけられても困る。許可出したのは母ちゃんの方なんだし」
「ならアンタどうするの? 母さん達、10日間は家を空ける事になっちゃうけど」
「頼んでシフトをズラしてもらうよ。んで5日とか6日、連続で空いた日に俺も母ちゃんの実家に行くわ」
「ん?」
お盆の最初と最後にシフトを組んでもらう方法を提案。そうすれば間の数日に連休を作れた。
母親の実家はここから電車で2、3時間かければ着く隣県の田舎町。行くのは中学生の時以来だが、おおよその場所だけは把握している。端末で調べたりも出来るし1人だけで後から向かう事も可能だった。
「そう。なら葵ちゃん達にもそう伝えておこうかしらね」
「ふ~ん、アイツらも一緒に行くんだ」
「くれぐれも気を付けるのよ。数日とはいえ1人だけで生活する事になるんだし」
「コンビニもデリバリーもあるから平気平気」
「家を出る時はしっかり戸締まりね。それから夜更かしにも注意する事」
「へ~い」
「……頼りない返事」
ここにきて思わぬ予定が発生する。親族も加えたプチ家族旅行が。
「楽しみだなぁ…」
唯一の気がかりは補習の件。けどさすがにお盆を迎える頃には終わっているだろう。
忙しくなった生活に感じたのは疲労感ではなく多幸感。少しだけ大人になった気分に浸りながら晩御飯を頬張った。




