第八話・アスタルジアの大精霊たち(1)
果物を食べ終えて腹ごしらえを済ませた面々は、出発前の最後の話し合いをする。
「さて。リオンから俺が不在だった時の話しは大体聞いたし、次に向かうべきは風の大精霊アウラの所ってわけなんだが……」
「もう少し情報が欲しいんだよねぇ」
「おい。俺のセリフ取んな」
レオンはそう言って睨みを利かせ、弟を小突く。
『……あ、そかそかー! レオっちとリオっちは冥界の住人だし、フィトっちはガルデニアから来たから、この先の道に明るくないってことね!』
「ああ、それもあるな」
「道のりが分からないと進むにも進めないからねぇ」
ルルディの話しに相槌を打つレオンとリオンに『……そういう事だろうと思って、準備はしてあるわよぉ~』と、ダフネ。
ダフネがゼフィランサスの方を見てにっこり微笑むと――。
ゼフィランサスはこくりと頷き、背中に生えた美しい薄い羽根を広げる。
ふわりと宙を舞ったゼフィランサスがどこからか持ってきたのは、古い世界地図であった。
レオン、リオン、フィトは、ばさっと広げられた世界地図を食い入るように見つめる。
「これって……アスタルジアの世界地図、だよね?」
『……そうよぉ~』
「へぇ~! 地図なんて初めて見たよ!」
「地上の地図なんざ、冥界と魔界には必要のないモンだからな。そういえば、本でも見た事ねーな……」
「そうだねぇ。でもこれ、どうやって見るの? 今いる場所がどことか分かるものなの?」
レオンとリオンが難しい顔で地図を眺めていると、フィトが地図に人差し指をちょこんと乗せる。
「ここが樹の祭壇だよ!」
「さっすがフィト! フィトはこの地図の見方が分かるんだねぇ!」
「えへへ。地上に住んでるんだもん、これくらいは普通だよ」
『……フィトちゃんが地図を見れるなら、話しは早いわねぇ~。ただ、この地図は古~いものだから、所々地形が変わっているところもあるかもしれないのだけれど~』
ダフネの話しを聞いて、目をぱちくりさせるフィト。
「地形が変わる……? そんなことって、あるの……?」
『……最近はないけれど~、昔はあったのよ~』
「そうなんだぁ。地上で暮らしてるのに、全然知らないや」
『……地形が変わったのは、フィトちゃんが産まれるよりもうんと昔の出来事だもの~。知らなくても無理はないわ~』
そう言うと、ダフネはフィトの両肩に手を添える。
地形が変わるとは、一体どういう事なのだろうか。考えてみたが、到底考えが及ばないフィトは難しい表情を浮かべた。
「ダフネ様。それって、炎の島の一件だよな?」
『……ええ、そうよ~。あなたたち怪物一族が産まれる前の出来事なのに、よく知っているのねぇ~』
「怪物の王であり怪物の生みの親でもある、僕たちの師匠――テュポーン様からちょっとだけ聞いたことがあるんだよねぇ」
今度は聞いた事なのない名前が上がり「テュポ……?」と、フィトは首を傾げている。
「昔、テュポーン様からゼウスと争って負けたって話を聞いたことがあるんだよ。その時に、とある大陸をゼウスがぶん投げたんだって。その島の下敷きになって、テュポーン様は魔界の隠居暮らしを余儀なくされた……とかなんとか」
「今でも相当ゼウスのこと恨んでるもんな。ゼウスの話しが始まった日にゃ、三日三晩酒に付き合わされるし……」
「酒癖の悪さは一級品だよねぇ~」
「いやいや、それはお前も負けてねーぞ……」
「そんで魔界で隠居暮らしを始めて、一人で寂しいから僕たち仲間を産み出したって言ってたよねぇ。ほんと師匠は寂しがりで、世話が焼けるよぉ」
レオンとリオンの会話を聞いたダフネは、珍しく物思いにふけっているようだった。
ゼフィランサスとルルディも同じように、黙って何かを考えている。
「なにか、考えごと……?」
精霊たちの様子に気付いたフィトは、心配そうに尋ねる。
『……懐かしいわぁ~と、思ってねぇ』
ダフネはそう言って微笑むと『……ほらほら、話を戻しましょうね~』と、雑談に走るレオンとリオンに声をかけた。
『……ここから風の祭壇まで行くのに~、地形が変わっている所はないからぁ~、今回は気にせずに地図を頼って大丈夫よぉ~』
そう言うと、ダフネは地図を指して道のりの説明を始める。
『……この樹の祭壇からローレル山脈を越えて、北に向かって少し進むと~、アプリコットスカーナの村があるのよ~。……そのアプリコットスカーナから、さらに北の方角に進んだところに~、アルカディアという大きな街があってね~。その奥地に続く道を行くと、風の祭壇に辿り着くのよ~』
それからダフネは『……ひとつ、気を付けてね~』と、人差し指を立てて続ける。
『……山を下ってからも、草原の長~い一本道が続くのだけれど~。アプリコットスカーナからアルカディアに行くまでに~、分かれ道があるのよぉ~』
「「「分かれ道?」」」
『……そうよ~。その分かれ道を、必ず右に進んでねぇ~。そうじゃないと~、アルカディアと風の祭壇じゃない別の場所に着いてしまうから~』
ダフネの注意を聞いて「間違えないように気を付けないとねっ! 曲がれー右っ!」と、フィトはフィトらしい復唱をする。
「ところでダフネ様。ここから風の祭壇まで、どれくらい時間がかかるんだ?」
『……それがねぇ~。ここから結構距離があるのよねぇ~』
「えっ、そうなの? 結構ってどれくらいなのかな?」
『……そうねぇ~、歩いたら四日はかかると思うわ~』
「ぎゃおっ! そんなに!?」
うへぇという顔をしながら奇声を上げるリオン。
そんな犬耳弟に対し「リオン、大丈夫だよ!」と、フィトは励ましの言葉をかける。
「ガルデニアからグラシナ。グラシナからクレーヴェル。それからお山を越えて、ここに辿り着いたんだもん。きっとぱぱっと着いちゃうよ!」
「おー、フィトは前向きだな」
「えへへ。それに、次の月の曜日まであと六日あるから……よゆーだねっ!」
指折り数え、フィトは明るい笑顔を見せた。
「そう言われてみれば、なんとかなりそう……なのかなぁ」
「うんっ!」
「でもさ。ここに来るまで、誰かの手助けがあったから上手く事が運んでたと思うんだよねぇ。歩いて四日って……長いし辛過ぎだよぉ……」
フィトに元気づけられてもなお、リオンは深いため息をついた。




