第六話・これからのこと(1)
デスペナルティと名乗っていったヒュドラとネメアが姿を消した後――。
レオンとリオンは様々な思いを巡らせながら、戦いの爪痕が残された樹の祭壇に立ち尽くしていた。
何をどこから整理したらいいのか――。
いっそ、全て嘘であって欲しい。願わくば、悪い夢だったならなどと、何の慰めにもならない事ばかりが浮かんでは消えてゆく。
そんな事を考えても意味がない事など、レオンとリオン自身が一番良く分かっていた。
非現実的な思考と、怒りと、悲しみと。全てがごちゃまぜに混ざり合って、喉が潰れるほど思い切り叫んでしまいたくなるような衝動がふたりの中に湧き上がる。
歯をギリッと噛むレオンと――、黙ったまま下を向くリオン。
すると――。武器を手にしたまま動かないふたりの元に「だいじょうぶ?」と、フィトがゆっくりと歩み寄ってきた。
心配そうな顔で兄弟の事を交互に見つめる少女を見て、リオンははっとして言葉を返す。
「フィト、心配かけてごめんね!」
「ううん。私の事より……ふたりとも、怪我はなかった?」
フィトの問いかけに対し「うん、僕たちは何ともないよ」と、リオンは笑顔を浮かべて答える。
心配させまいと笑ってくれるリオンだが、その表情が曇っている事は明らかだ。いつものヘラヘラしているリオンの顔ではない。
フィトとリオンがそんな会話をしていると――「……悪い。ちょっとひとりにしてくれ」とレオンは言い残し、ふらっとどこかに歩いて行ってしまう。
暗闇に消えていったレオンを見て、フィトは気落ちしているようだった。
リオンはそんな小さな少女の肩にそっと手を置き「兄さんなら大丈夫だよ。でも、いまはそっとしておいてあげよう」と、声をかける。
すると――、フィトは「……リオン、ごめんね」と、俯きながらぽつりとつぶやく。
「えっ? なんでフィトが謝るのさ?」
「私……、言葉選び、失敗しちゃったから……」
「どうしてそう思うの?」
「大丈夫じゃない人に、大丈夫? って聞いちゃった……」
レオンがあそこまで思い詰めている姿を見るのは、フィトにとってこれが初めての事だった。
もちろん、懸命に気丈なフリをしているリオンも心理的に追い込まれているだろう。
そんなふたりに対して“大丈夫?”という言葉かけをしてしまった事をフィトは自責しているのだ。浅はかだった、と――。
「フィトがそんな風に気にする事はないよ。たぶん、あそこでは誰が何を言っても同じだったと思うからさ」
「そうかなぁ」
「うん、そうだよ。兄さんって、昔からあぁなんだよねぇ。切り替えが出来ないというか、受容するのが下手っていうか……本当に落ち込んだり悩んだりした時は、あんな風にひとりになりたがるんだ。そのうち自分の中で答えを出して戻って来るはずだから、待っててあげよう?」
リオンはそう言うと「フィト。僕に対しては悪かったなんて思わなくていいからね。僕はフィトがそうやって気遣ってくれることが嬉しいからね」と、言葉を続けた。
「リオン、ごめんね。ほんとは私が励ましてあげたかったのに、逆に励ましてもらっちゃった」
「いいんだよ、フィトは僕が護るって約束したでしょ? それは、フィトの笑顔も護るって事だからね」
「えへへ……ありがと」
フィトの顔に笑顔が戻ったのを見て「さてと……。このままフィトと二人っきりで話したいとこなんだけど……」と、リオンは後ろを振り向き――、
「精霊さんたちがお待ちかねだからねぇ。フィト、一緒にダフネ様のとこに戻ろう」
そう言って、リオンはフィトと樹の精霊たちのもとへ向かった。
***
『……話は、済みましたか~?』
「うん、待たせて悪かったねぇ」
穏やかに受け答えをするダフネに対し――、何か言いたげに厳しい目線を向けるゼフィランサス。
隣でそれを止めようと腕を引っ張るルルディを押しのけ『……ダフネ様。やっぱり私は我慢が出来ません。言いたいことを言わせてもらいます』と、丸眼鏡の精霊はリオンにずいっと詰め寄った。
『……どうして手を抜いた戦い方をしたのですか? あなたとレオンの力があれば、さっきの奴らをねじ伏せる事も出来たのではないですか?』
語彙を強めながら言うゼフィランサスに対し『……ゼフィランサス、やめなって。気持ちは分かるけどさ、あいつらの気持ちも分からなくないし……』と、ルルディ。
『……いいえ、やめません。ダフネ様に止められて黙ってここで待っていましたが……これ以上は黙っていられないです! ダフネ様をお守りすると言っていながら、あんな中途半端な戦い方をするなんて許せません! それはダフネ様を危険に晒している事と同じです!』
身に纏う桜桃色の光をブワッと身体から放出させながら、ゼフィランサスはリオンに向かってそう言い放った。
すると――。その言葉を聞き終えたリオンは山吹色の瞳を凍らせるほど冷たく光らせ、
「じゃあさ。君たち精霊は、簡単に同族殺しが出来るって事?」
と、言葉を返す。
感情を何とか抑え込んでコントロールしているリオンにとって、いまのゼフィランサスの言葉は火に油を注ぐようなものだった。
口角が上がったまま話すリオンだが、目は決して笑ってはいない。
リオンの威圧とセリフに冷や汗を一筋垂らし、ゼフィランサスは言葉を失くしていた。
蛇に睨まれた蛙のように硬直する仲間を見て『……はいはい、そこまで~』と、ダフネはぱんぱんと手を打つ。
『……ゼフィランサス。あなたが言っている事はもっともだし、私の事を思ってくれている気持ちは、とっても嬉しいのよ~。……だけどねぇ。情ってものは、簡単には捨てられないものなのよ~。自分が同じ立場になった事を考えてみなさい~? ……私たちに刃なんて、簡単に向けられるものじゃないわよねぇ』
ダフネの言葉を聞いて『……それは』と、うつむくゼフィランサス。
そう――。ダフネの言う通り、この事に関してはどちらが正しいなどという次元の話しではないのだ。
どれだけ感情を抑え込もうと、心を持つ以上、簡単には切り離せないものはある。
ダフネの話を聞いて――、少し冷静さを取り戻し、頭をかくリオン。
「ごめん。自分たちの使命をまっとうしきれなかったのは、僕たちの落ち度だよ。ダフネ様の言う通り……情を捨てきれなかったから、甘さが出た。兄さんに甘いなんて、もう言えないね……」
そう言って苦笑いするリオンは寂し気で、どこか悲しい顔をしている。
フィトはそんなリオンの事を隣でじっと見守っていた。未だ、憂う事しか出来ない歯がゆさを抱えながら――。




