ありがとう。……気配は、わかるね?
***
夕刻。
悠夜の携帯が鳴った。ディスプレイを確認し、通話ボタンを押す。
「陽絽? どうしたの?」
掛けてきたのは同僚の相模陽絽だった。
『悠夜……、そっちに由姫から連絡ないか?』
「由姫? いや、特にないけど。――――何かあったの?」
悠夜の少し硬い声に、隣に居た仄が心配そうな顔をする。
『朝一から仕事に行ったまま、連絡が取れないんだよ。携帯かけても繋がらねぇんだ』
「由姫の今日の仕事先には?」
『見に行った。でもいなかったし、特に変わった様子もなかった』
「わかった。こっちでも探すから、何かあったらまた連絡をして」
二言三言やり取りをした後、悠夜は通話ボタンを切った。それを待っていたかのように、仄が急かすように聞いてきた。
「悠夜さん、由姫ちゃんがどうかしたんですか?」
「……朝から連絡が取れないんだって」
「連絡が取れない? 由姫ちゃんが報告を入れないなんておかしいですよ! 探しましょう!!」
「どうやってだよ?」
焦る仄に、相原朋樹が口を挟む。
三人は現在、数日前に訪れた廃墟ビルの前に居た。
崇王奏十達を示す痕跡がないか、その周辺を含め調べていた。
しかし、それも空振りに終わりそろそろ戻ろうとした時、電話がかかってきたのだ。
「『式』を使おう」
悠夜はそう言って上着から銀色の名刺サイズの札を出すと、仄と朋樹に自分から離れるように手で合図をする。
「『式召喚』できるのか。すげぇな」
朋樹が小さく呟きながら離れると、仄も悠夜から距離をとった。
――――パン。
悠夜は眼を閉じ、札を両の手で合わせた。暫くすると両手に合わされた札が光り出す。ほどなくして札は消え、光の中から人影が現れた。
男とも女とも判別しにくい、中性的な顔の人物。正確には人ではない。神景捷の『式』であり、元は妖影だ。
「『水無月』」
悠夜が静かに式へ語りかけた。
「仲間を捜している。『今河由姫』。君も知っているだろう」
式・水無月はじっと悠夜の言葉に耳を傾ける。
「水無月。君の力を貸してほしい。手伝ってくれるかい?」
呼び出された『式』が主の命令に背くことはない。それでも悠夜はあくまで歩み寄る形で話す。仄は悠夜のそのやり方が好きだった。
悠夜の言葉を聞いていた水無月は、ゆっくりと瞼を閉じて開く。了承の返事。その返答に悠夜は笑顔を見せる。
「ありがとう。……気配は、わかるね?」
水無月は今度はこくりと頷くと、そのまま夜の空に向かって羽ばたいて行った。
「ずいぶんおとなしい『式』だな」
水無月の後を追うように夜空を見上げながら朋樹は目を細める。
式の姿はすでに見えなくなっていた。
「水無月はもともとがおとなしい性格だからね」
『式』にも色々な性格があるようだ。悠夜は水無月の姿が消えたのを見届けると一つ、息をついた。仄が心配な顔で声をかけた。
「悠夜さん、大丈夫ですか?」
式召喚は力の匙加減が難しく難易度の高い術であり、術の発動の際、術者側に重い負担が強いられる。
「大丈夫だよ。久しぶりに呼び出してちょっと疲れただけだから」
悠夜は安心させるように笑顔で応えた。
「あの『式』が今河を見つけたら、藤真さんに分かるってことか?」
「うん。そうだよ」
「由姫ちゃん、早く見つけてあげなきゃ。もし泣いていたらどうしよう」
仄の言葉に朋樹が顔をしかめた。
「あいつが泣くようなヤツかよ」
朋樹の冷たい態度に仄が怒った。
「何言ってんの!? 由姫ちゃんはすごく繊細な子なんだから!!」
「繊細っ!? ふざけんな! あんな陰険でネチネチと厭味を言うヤツが繊細なわけないだろっ!!」
怒る仄に朋樹も負けじと声を荒げる。「あいつは俺の鬼門だ!」とまで言い切った。……どうやら過去に一悶着あったようだ。
納得がいかない仄は憮然とした顔になる。
「相原君はわかってないっ」
「わかってないのはお前の方だ。あいつの本性を知らねぇからそんなことが言えるんだよ!」
「由姫ちゃんはいい子だよ!」
「『いい子』!? あいつが聞いたら鼻で笑いそうなこと、よく言えるな!」
いつまでも水掛け論だ。朋樹の言葉に仄がさらに言い返そうとした時、悠夜が片手を上げそれを制した。
―――悠夜は何かに耳を傾けているようだった。
耳を澄ます悠夜に、仄は言葉を飲み込み、朋樹も無言で見る。
「……見つけた?」
独り言のように呟く悠夜に、ずいぶん早くね? と朋樹がぼやく。確かにそんなに簡単に見つかるものなのだろうか。仄も展開の早さに困惑しながも悠夜を見守る。
暫く耳を澄ましていた悠夜が、顔をあげ二人に声をかけた。
「図書館に行こう」
由姫はそこにいる――――。
**
『図書館!? そこはもう行ったぜ?』
悠夜からの折り返しの電話に、陽絽は疑問の声を上げた。
「うん。でも水無月がそこだって教えてくれたから、一応今からそこに行ってみるよ」
『水無月?『式』を使ったのか? 大丈夫か?』
式召喚をしたことに、陽絽も仄と同様、気遣う。
「大丈夫。それよりそっちは誰が動けるの?」
『俺と志織姉。将兄は捷についてる。何か一族の人間がこれから捷のところに挨拶に来るんだと』
「挨拶?」
『ああ。今度、『神影』に入ることになった若い奴らしいぜ』
……その人物というのは。少し固い声で尋ねる。
「名前はわかる?」
『名前? えーと、確か……キョウ。そうだキョウ。神景響って奴だ』
名前を聞き、やはり、と悠夜は納得する。どうやら先日、要の元へ訪れた人物が今日、自分達のボスの所へも訪れるようだ。
神景響という人間に興味があるが、今はそれどころではない。悠夜は意識を切り替え、目的の図書館へ向かうことを第一に考えた。




