そういう顔には見えないがな
今河由姫は朝からある市外の図書館を訪れていた。奇怪な現象が起きていると調査の依頼がきたのだ。
入る前に建物全体を見る。歴史を感じさせるレンガ造り。規模も大きく、なかなか立派な図書館だ。
出入り口の自動ドアを通り中に入る。奥行きもあり、建物の広さをさらに実感する。大量の本棚にはこれまた大量の本がジャンル別に並べられていて、本好きの由姫としてはぜひオフの日に改めて来てみたいと思わせられた。
貸し出しカウンターでは人が列をなして並んでいて、利用者も多いようだ。
由姫はその横を通り抜け、問題が起こっているといわれている部屋へと足を進める。
問題が起きている部屋は地下一階にあった。
そこは閲覧のみの持ち出し禁止の部屋。貴重な本が多く、持ち出しもコピーも禁止されている。
由姫は問題の部屋へ入ると、中の様子を観察して回った。今は自分以外に閲覧者はいないようだ。
部屋を一周しながら依頼の内容を思い出す。――――毎夜毎夜、棚の本が動く。というのだ。そしてその本は、決まってある一つの棚に集められているらしい。
当初、記された資料を読んだだけではいまいちよく分からなかったが、実際にその棚を前に見て由姫は納得をした。
問題の棚には高さもジャンルもバラバラの本が並んでいたのだ。
そのバランスの悪い並び方は嫌でも目がひく。どんなに元の位置に戻しても、翌朝にはまた同じようにバラバラになっているのだという――――……。
確かに自然現象ではなさそうだ。由姫はじっと問題の棚を見る。
妖影の気配は特に感じない。もっと弱い霊的なものなのだろうか。
思考を巡らせていると、いつの間にか自分のすぐ隣に人が立っていることに気づいた。
集中していたせいだろうか、全くその気配に気づかなかった自分に、由姫は少し驚きながらも隣に立つ人物をちらりと見た。
……若い男だった。といっても自分よりは年上。二十代半ばくらいだろうか。男は問題の棚をじっと見ていたが、由姫の視線に気づくとそちらへ顔を向けた。
「ああ、ちょっと変わった並び方だなっと思ってな」
「……そうですね」
「何でこの棚の本は種類がバラバラなんだろうな?」
「わたしも不思議に思って見てました」
「俺もだ。ついでにあんたみたいに若いのが、こんなお堅い古書しかない部屋にいるのも不思議に思った」
「歴史ものが好きなんです」
男の疑問に由姫は当たり障りのない受け答えをする。男もそれ以上は由姫について聞いてはこなかった。
興味はランダムに並べられた書物に戻る。
「いたずらと思うか?」
「どうでしょうね」
由姫は言葉を濁す。由姫の反応に男は目を細めた。
「俺は、意味があるものだと思うけどな」
含みのある声に由姫ははっとした顔になる。男は笑っていた。
「何か、分かったんですか?」
「んー。どうだろうな」
今度は男が言葉を濁した。由姫は僅かに眉をひそめる。……初対面の相手なのに妙に気になる男だ。
由姫は今一度、本の羅列を見た。一貫性の感じられない配置。高さも種類もバラバラ。高さも種類も――――?
ふと、由姫は何かにひっかかる感覚を覚えた。よくよく見ると同じ種類のシリーズ本が等間隔を空けて入っていた。赤色の本なのでよく目立つ。由姫はそれらの背表紙を黙読した。
・古墳時代
・歴史見聞録
・藩と大名領地
・和の国
・内印―天皇御璽―
・脱藩と浪人武士
棚の本を凝視する由姫を男は楽しそうに見ていた。
男に見られていることに気づかず、由姫は浮き彫りになった本の名前を頭の中で何度も反復する。
こふん…れきし…はん…わ…ないいん…だっぱん…。
由姫は呟きながら、急に眼を見開いた。分かってしまった。答えが出た。しかし、それが意味するものは――――。
・古墳時代
・歴史見聞録
・藩と大名領地
・和の国
・内印―天皇御璽―
・脱藩と浪人武士
……これらの頭文字だけを取ると。
『これはわなだ』
『これは罠だ』
答えを導きだした瞬間、由姫は冷水を浴びた感覚に捕われた。
「わかったか?」
近くに聞こえた男の低い声に、由姫は思わず見上げる。男は涼しそうな顔でこちらを見ていた。異変を悟られないように口を動かす。
「……、わかりません」
「そういう顔には見えないがな」
平静さを装ったつもりだが、男には無意味だったようだ。
――――この男、只者じゃない。由姫の中で警戒の音が鳴った。このままここに居るのは危険だ。由姫は冷静になるように自分に言い聞かせながら頭を働かせる。すぐにここを出るべきだ。そう。この男から離れなくてはいけない。
「だいぶ警戒しているな。まあ、仕方ないか」
男は肩を竦めた。余裕な素振りの男に由姫に緊張が走る。
「あなた、何者なんですか?」
硬い声で聞く由姫に、男はにこりと笑うと言った。
「同業者」
男の一言に由姫は身構えた。もしかしてこの男――――。また一つ、由姫の頭の中である答えが導きだされる。この男、藤真悠夜が言っていた――――……。
「……崇王、奏十……?」
由姫の擦れた声に男は笑みを崩さない。それは、肯定を意味する笑みだった……。




