素直 ~こぼれ話~
地下で所蔵している式札を紗也夏が要のいる離れに持ってきた。
そっと手渡す彼女の表情から要は式札の状態を悟る。
無言で頷いて受け取ると、紗也夏は目礼だけをしてすぐに部屋を出て行った。
残ったのは主と式札一枚。
要はそれを文机の上に置くとしばらく静かに見続けた。
色あせた式札。その中にいる『式』はまだ自分が十代の頃に封印した妖影だった。
ふっと要の生成りが動く音がした。右手をそっと式札の上へと置く。
「……聞こえるか。私だ」
静かに語りかける声は優しく温かさを感じる。
――――カサリ。
主の声に反応するように札が僅かに動いた。だがそれ以上は何も起こらない。
……寿命が近づいた『式』はすでに姿を変える力も残っていなかった。要は式札をなでる。
「おまえとは長い間、共に過ごしたな。よく今まで私の使役をしてくれた」
話しかける要の右手に術力が宿る。しかしそれは決して攻撃するものではなく、『式』を使役から解放するもの――――……。
「ご苦労だった。静かに眠れ」
主からの最後の『命令』。
その声はどこまでも深く、想いのこもった声音だった。
要の力に呼応して式札が光り出すと、そのままゆっくりと浮かび上がった。要はその様子をじっと見守る。
……うっすらと式札の姿が薄くなってきた。自然へと還るために。
少しずつ。少しずつ。……光の方が強くなる。
やがてその姿が空間と溶け込もうとした――――その最期の瞬間、式札から『式』が姿を見せた。
光に阻まれ、その姿はとても見えにくいものではあったが、『式』は確かに要に向かって笑っていた。
その笑みを受け止めるように要も優しい瞳で見送る。
そして光が弾けると、『式』は自然へと還って行った……。
部屋には要一人。
伏せた顔から今、その感情を計ることはできない。
これまでも『式』を見送ってきた。しかし、何度やってもいつも思い悩む。
――――自分は彼らのとって相応しい主だったのかと。
『式』は最後に笑ってくれた。それが救いだった。
これからも自分は何度も内省を繰り返すだろう。
そして前へ進む。
護るべきものを護るために。
要は顔をあげた。切れ長で整った顔立ち。その冷静な瞳の奥には強い意志が感じられた。
もう一度、自然に還った『式』が『いた』空を見る。
そして。
「おまえと会えてよかったよ」
小さく呟いた。
end.




