敵に塩はもらいません!
藤真悠夜は本部の地下にいた。相模陽絽と咲宮仄も一緒だ。
悠夜が所属する本部の大まかな建物の構造はこうだ。
本部は地下一階、地上五階建ての作りになっている。
地下は修錬場。一階は来客用、二階は仮眠室、三階は術者達が事務処理や会議などを行うスタッフルーム、四階は妖影を封印する斎場。そして最上階はここのボス、神景捷の執務室と書庫がある。
今、悠夜たちは地下の修錬場で訓練をしていた。仕事がない時は体を動かして鈍らないようにしている。
現在、悠夜と仄が組手をしていた。
仄の攻撃を悠夜は全てかわす。彼の方から仕掛ける様子は一切ない。
基本、女性が相手の時、男性陣は手を出さない。全てかわすか受け流すようにしている。
理由は力の差がありすぎるから――――。確かにそれは事実だし、悠夜と陽絽を本気にさせるには力不足だ。 仄も十分に理解している。
しているが、――――それでもやっぱり、一撃当てたい。こっちにだって意地くらいある。
「やあ!」
小柄な仄は悠夜の鳩尾を狙い、握った拳を打ち込む。動きを読んでいた悠夜は手でそれを受けて流す。流された拳を今度は顔に目がけてくり出すがそれもかわされると、仄はすぐに床に片手をついて足を半回転させて足払いに入った。
その一連の動きに陽絽が「おっ?」と感嘆な声をあげる。しかしそれも軽くジャンプをされ避けられた。
だが、仄の狙いは「次」だった。
ジャンプをして一瞬空中で体制が崩れた悠夜に向かって、勢いよく体当たりしたのだ。
まさに体を張った攻撃。
「!」
悠夜は仄の体を抱きとめながら床に体をぶつけた。
陽絽は呆気に取られた。途中までは良い流れだったのに。
真正面から敵の懐に飛び込むとは、なんて無茶なことを。
「驚いたよ。仄、大丈夫?」
受け身を取った悠夜はほぼノーダメージ。これが本物の戦闘なら仄の敗北は確定だ。
「……おでこぶつけました。痛い……」
頭を振って起き上がると、仄は床にペタンと座ってしまった。
「頭から突進していったもんな」
「見せて」
悠夜が様子を見ようとすると仄は拒否した。
「大丈夫です! いいです! 敵に塩はもらいません!」
「もう終わったよ」
勝敗はとっくについている。苦笑しながら悠夜は仄の前髪を払った。
「少し赤くなってるけど、大丈夫そうだね」
「まさに渾身の一撃だったな」
相手は無傷だが。無謀だったが意気込みには感心する。
どうにか一撃を当てたいと思っていた思惑は今回も叶わず、仄は消化不良だった。
「またダメだった……。もっと強い当て身ならなんとかなったかな」
「危ないからやめてね」
ラグビー選手ではないのだから。悠夜はやんわりと釘を刺した。
「なかなかの見ものでしたよ」
新たな声に、三人は一斉に出入り口階段の方向を見た。
階段の上では、ゆったりと腕組みをしてこちらを見ていた青年がいた。
人当たりの良さそうな雰囲気。長身で均整のとれたスタイル。そして完璧な美貌――――………。
この本部のボス、神景捷、その人だ。
彼と初対面で出会った者はおそらく十中八九、彼に墜ちることだろう。
「『読み』の下手な陽絽だったら、足払いですっころんでいたかもしれませんね」
……あくまで彼の『中身』を知らなければ、である。柔和な笑顔の仮面をかぶった毒舌家。彼の本性を知れば一瞬の恋も冷めるだろう。
人間、外見に騙されてはいけない。目の前にいる人物がいい手本である。
きっと陽絽が睨む。
「なんだと? 俺だって避けれるわ! つーか、いつからいたんだよ!」
本当に。いつからだろうか。人がいる気配はなかった。悠夜は無言で捷を見る。その視線に気づいた捷はにこりと笑いながら降りてきた。
「仄が連続攻撃を仕掛けたところから。おもしろかったので静かに見ていました」
静かに、か。簡単に言っているが捷の持つ術者としての力量が垣間見える。悠夜は内心ため息をついた。
三人の所まで来ると、捷は仄にねぎらいの言葉をかけた。
「仄、がんばりましたね」
「でも全然だめでした」
「そんなことはありませんよ。悠夜を地面に倒しただけでも上出来です」
「悠夜さんが受け止めてくれなかったらきっとわたし、怪我をしてましたけど」
悠夜さん、ありがとうございますとお礼をいう仄を捷はじっと見据えた。
「おでこが赤いです、仄」
「へ? え、ええ。少しぶつけて……」
「それは見ていました。でも近くで見ると思った以上に赤いです。病院に行きましょう」
「ええ!?」
「すぐに行きましょう」
「だ、大丈夫です! 全然たいしたことないです!」
「だめです。傷になったらどうするんですか」
なるか。陽絽が顔で悪態をつく。このボスはとにかく女性陣に甘い。特に仄を溺愛している。
「俺たちがすり傷だらけで帰ってきた時もそれくらい心配してくれよな」
陽絽は嫌味を言ってやるがボスはそれを笑顔で切った。
「男の子は少しくらい腕白な方がいいんですよ」
こちとら命張ってるのに、子どもの喧嘩のように言われた。なんなんだ。この扱いの差は。
「仄、行きましょう」
「行きません! 捷さん、何か用事があってきたんじゃないんですか?」
まだ連れていこうとする捷を仄は断ると目的を尋ねた。
「そうでした。仕事です。陽絽、行ってください。志織が待っています」
「そういうことは早く言え!」
陽絽は急いで修錬場を出て行った。陽絽を見送るとボスは二人に向き直る。
「悠夜、仄、君たちにも仕事です」
「なんですか?」
悠夜が聞く体勢に入り、仄も少し表情を引きしめた。
「『巻き戻し』の謎を解いてきてください」
「巻き戻し?」
いまいちピンとこない仄は小首を傾げた。
「あるアンティーク・ショップで最近、品物の配置換えをしても次の日には元の位置に戻っているそうです」
「不思議ですね。どろぼうとかではないんですか?」
「獲られたものはないそうです。ただ、どんなに動かしても、次の日には動かす前の位置に品物が戻されています」
「監視カメラはどうなっているんですか」
悠夜が基本的なことを尋ねる。店なら当然防犯用の監視カメラが設置されているはずだ。
「夜中になると画像が乱れて撮れないそうです」
「それじゃあ、防犯の意味ないじゃないですか」
最もなことを仄がいい、捷も「そうですね」と眉をさげた。
「画像が乱れた後には品物の配置が元に戻っているってことですね」
流れを予想して話す悠夜に捷は満足げに頷く。それから携帯を取り出すとある動画を二人に見せた。
それは格式高い雰囲気の店内。対象のアンティーク・ショップだろう。
真夜中の無人の店は静まり返っている。
「机の周辺の映像に注意しておいてください」
捷は商品の品物の並びを覚えておくように指示を出す。悠夜も仄も言われた通り、記憶する。
しばらくするとブツ、ブツリとノイズがカメラから聞こえた。
そして画像は波形状になる。その時間、数十秒。
画面はまた何事もなかったように元の状態になっていた。
店内は相変わらず静かで荒らされた形跡もない。
ただ、覚えるように言われたテーブルの上は……――――。
「品物が違うように見えますね」
悠夜が小さな画面に目を細めながら呟く。
いくつもの小物が画像の乱れる前と入れ替わっているようだった。
悠夜の横で画面を見ていた仄はまだ画像を見つめていた。瞬きもせず、一点を見つめている。
「仄、『何か』視えますか?」
捷は静かに尋ねる。
仄は画面を見たまま答えた。
「画面越しなんで自信はないですが……今、気になるのはテーブルではなく、こちらの棚のほうです」
そう言ってテーブル横の設置棚の方を指差す。
「実際に見たら分かりますか?」
「はい」
それなら、と仄は頷く。捷が悠夜を見る。
「そういうわけで悠夜は仄をつれてこの店に行ってください」
「わかりました」
ボスの指示に悠夜も了承する。
こうして、二人の術者は怪現象の起こるアンティーク店へ調査に行くこととなった。




