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幻葬記  作者: ことは
第8話:浄化
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浄化 ~こぼれ話~

 悠夜と仄は何とかラストオーダーの時間までに目当てのイタリアンレストランに入ることができた。

 そして食事を済ませ、店を後にする頃には、時刻は間もなく日付が変わろうとしていた。


「美味しかったですねー」


 限定メニューを食べることができた仄はご機嫌だった。

「仄、大丈夫?」

 仄を気遣うように悠夜が声を掛ける。

「大丈夫ですよ」

 にこりと向けるその顔色は少し蒼白い。だいぶ体への負担が出始めているのだろうか。悠夜は僅かに眉を潜めた。

「タクシーで帰ろうか」

 そう言って近くの乗り場へ向かおうとした悠夜の袖を、仄が掴み止めた。

「悠夜さん、わたし歩いて帰ります」

 仄の言葉に悠夜は唖然とする。

 笑顔であっさりと「おやすみなさい」と言って踵を返そうする彼女を今度は悠夜が止めた。

「待って仄。こんなに遅く、それにそんな体で歩いて帰るの?」

「体? そういえば少し怠いですね。力を使いすぎたせいかも」

 仄は両手で自分の頬を包みながら、おっとりと答えた。どこまでものんびりな少女に悠夜は軽く息をついた。

「疲れているんだから早く帰ろう」

「……大丈夫ですよ?」

 そんな蒼白い顔で何が大丈夫なのか。悠夜は仄の顔を覗き込む。

「どうして歩いて帰りたいの? 何か理由があるんだよね」

「えっ……と。ちょっと行きたい所があって……」

 目を泳がせ口籠もる仄を悠夜はじっと見る。

「どこに行きたいの?」

 少し低めのその声に仄は焦った声をあげた。

「ゆ、悠夜さんっ! わたしちゃんと帰りますから大丈夫ですよ!」

「うん。で、どこに行きたいの?」

 駄目だ。聞いてない。

 こうなると悠夜は絶対に退いてはくれない。困ったと思いながら仄はちらりと悠夜を見上げる。

「……正直に言ったら行ってもいいですか?」

「うん」

 あっさり肯定の返事をもらえたので仄はほっとし、明るい顔で話しだした。

「この近くのお菓子屋さんなんですけど、そこは珍しく深夜までやってるんです。でね、そこの『シンデレラタイム』ってチョコレートがあるんですけど、名前の通り午前零時前後にしか買えない限定ものなんですよ!」

 嬉々として話す仄に……悠夜は目を細めた。

「――――そうなんだ。で、仄は今からその店に行こうと思ったの?」

「はい! 並ばなきゃいけないんですけど、今の時間だったら買えそうですし! でも悠夜さん、あまり甘いものは好きじゃないでしょ? だから一人で行ってきます!」

 今にもその店へ回れ右をしそうな仄に、悠夜はにこりと笑った。


 ……笑ったがその瞳は笑ってはいなかった。


「仄、帰るよ」


 短く言うと悠夜は仄の腕を捕り、タクシー乗り場の方へと歩きだす。

 こんな夜遅く一人で、ましてやいつ倒れてもおかしくない体で冗談ではない。そんな悠夜の心の中など露知らず、仄は「えぇ!?」と素頓狂な声を上げている。

「ゆ、悠夜さん! 正直に言ったら行ってもいいって言ったじゃないですか!!」

「ああ、それ? じゃあ前言撤回するね。駄目だよ」

 抗議の声に、悠夜はしれっと答える。あまりにあっさりと撤回され仄は言葉を失った。

 しかし、よくよく考えれば、理由も聞かずに悠夜が賛成するはずがない。あの時点で気づくべきだった。自分の読みの甘さに仄は悔しい思いになる。

 諦めきれずに「いーくー!」と捕まれた腕をぶんぶんと振って抵抗するが、悠夜の(とど)めの黒い笑顔と「帰るよね?」と疑問系の言葉がどうしても決定事項にしか聞こえず、仄は足が竦んでしまった。こわい。

 何故そこまで悠夜が怒っているのか仄にはよく分からなかったが、本気で怒らせる前に今日はおとなしく帰ることにした。あくまで今日の所は、である。


 仄の限定巡りはまだまだ続く――――……。

         

end.

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