……そのお願いはヤダ
その日は朝から生憎の曇り空だった。
藤真悠夜は本部へ向かう前にある場所へ訪れていた。そこは昨日、咲宮仄と来た森林公園。
例の樹木の前で佇むようにして立つ。
日差しが雲に遮られ、場所も公園の奥深くにあることも重なり、朝訪れたにも関わらずそこは鬱蒼とした雰囲気を漂わせていた。
そよ風が吹き、樹木の葉が微かに揺れる。浄化のおかげで樹木は今もしっかりと地面に根付いていた。
木に触れてみる。変わった所は何も感じられない。次に体を屈め、石が入っていたとされる樹木の切れ目を確認した。
その少し大きめの切れ目は、人為的に斬り込みがされたもののように見える。
――――うまく踊らされたか。
悠夜は一つ息をつくと屈めたていた体を起こした。と、同時に携帯電話が鳴った。
通話ボタンを押し、電話に出る。
『悠夜、今どこ?』
電話を掛けてきた主は同僚の浅木志織だった。
「本部の近くですよ。もうすぐ着きます」
『あっそうなの? じゃあちょっと頼みごとしていい? コンビニでいいからプリン買ってきて』
「……別にいいですけど、志織さんが食べるんですか?」
朝から甘い物を食べる印象がない彼女なので、一応聞いてみた。
『違うわよ。わたしじゃなくて仄が食べるの』
「仄?」
『そう。あの子、本部に来た時から顔が赤くてね。熱を計ったら案の定、高熱で……。今は仮眠室で寝かせているわ。由姫に見張らせてる』
志織の話を聞きながら悠夜は眉を顰めた。ボス・神景捷の読み通りになったようだ。
しかし、……見張らせている?
「由姫に見張らせてるって、何かあったんですか?」
悠夜の疑問に志織は「あー」と溜め息混じりの声を出す。
『ほら、陽絽とケーキバイキングに行く約束してたでしょ。それ、今日で終わりらしくて絶対行くって聞かないのよ』
昨日のイタリアンといい、今日のバイキングといい、咲宮仄の『限定』への執念は凄まじい。
『とにかくプリンでも食べさせておとなしくさせるから頼むわね』
「……わかりました」
慌ただしく言う志織に了承し、通話を切る。
悠夜は携帯をポケットへと仕舞うと、ため息をついた。
**
一方、本部の仮眠室では問題の咲宮仄とお目付け役の今河由姫の攻防戦が繰り広げられていた。
「だってね、由姫ちゃん、今日までだよ!? 今日で限定バイキング終わっちゃうんだよ!!」
「そうですね。残念です。でも駄目です。そんなに熱出して何言ってるんですか?」
説得を試みる仄と、それを聞く耳持たずの対応でクールに交わす由姫。仄もめげない。
「分かってるよ? 確かに早くこっちに戻ってこれなかったわたしが悪いんだけど……。でも今日を逃したら、来年までお預けなんだよ! ね? 由姫ちゃんも一緒に行こう!」
「素敵なお誘いありがとうございます。ぜひ、仄さんが元気になったら一緒に行きましょうね」
「今日までなの~!」
「駄目です。いい子ですから言うことを聞いて下さい」
由姫に諭され、仄はむぅとした顔になる。
「……由姫ちゃん、わたしの方がお姉さんだよ?」
「なら、お姉さんらしく、“妹”のお願いを聞いて下さい」
「……そのお願いはヤダ」
駄々をこねる困った一つ上の年上に由姫は肩を竦めた。これではどちらが姉か分からない。
頭がぼうっとしてきた。
ベッドの上で抗議しながら上半身を起こしていた仄だったが、少し辛そうな顔になってきた。熱がさらに上がってきたようだ。
「仄さん、寝ましょう」
流石に頭が重くなってくるのには勝てず、由姫に促されるまま横になる。
「……んー、やっぱり無理かなぁ。陽絽さん今日休みだよね? 連絡しなきゃ……」
やっと観念したのか、仄は陽絽に断りの連絡を入れる為、携帯電話を取ろうと再び体を起こそうとしたので、由姫が制した。
「相模さんにはわたしが伝えておきますから安心してください」
由姫の言葉に仄は「ごめんね」と短く謝り、それから少し考えると、おもむろに口を開いた。
「……ねえ、由姫ちゃん。陽絽さんと行っておいでよ」
「…………は?」
「だって陽絽さん、すごく楽しみにしてたみたいだし。一人で行くのも可哀想でしょ? 悠夜さんと志織さんはあまり甘いもの好きそうじゃないし。その点、由姫ちゃんは大丈夫だよね? 値引き券もあるから安くいけるよ」
どうかな? と熱のせいで少し涙目の仄が聞いてきた。
「……」
女の自分から見ても可愛いなと、由姫は思った。いや、そうではなくて、と冷静になる。
陽絽が一人でケーキバイキングなど行くはずがない。陽絽が楽しみにしていたのは「仄と一緒に行く」ことだ。彼にしてみれば、場所など何処だって構わなかったはずだ。
しかし――――。
「由姫ちゃん?」
無言になる由姫を不思議そうな顔で見る仄。
「……仄さんのお願いなら仕方ありませんね」
にこりと由姫は答えた。一瞬、面倒くさいことを頼まれたと思ったが、仄ではなく、自分と一緒に行くことになった陽絽がどのような反応をするのか見てみたくなった。
待ち合わせ場所に自分がいたらさぞや驚くことだろう。由姫は内心ニヤリと笑う。
そんな由姫の心の中など露知らず、仄は嬉しそうに「ありがとう」とお礼を言う。
「さっ仄さんは少し眠ってください」
「うん……」
由姫にしっかり上布団をかけられると、仄は目をつむり深い眠りに入った。




