予定はあくまで未定なんじゃないの?
……樹木から離れて行く二人を茂みから見続ける二つの影があった。
辺りはすっかり暗くなっていた。僅かな月明かりだけがその姿を映す。その影の一つは、悠夜が今一番に警戒している人物のものだった。
――――崇王奏十は公園を出て行く二人を楽しそうに眺めながら、隣にいる人物に話しかける。
「どうだ?」
奏十に聞かれ、隣にいる青年は掛けていたサングラスを軽く押さえながら口元に笑みを浮かべた。
「いいね。特にあの女の子の力と感覚の鋭さには興味があるよ」
……ほんの一瞬、殺気を送っただけで反応した。並の感覚ではない。
「おまけに可愛いしな」
茶化すように奏十が言う。
「そうだね。――――もう一人の彼もなかなか面白そうだ」
青年は奏十の冷やかしを否定することもなく、藤真悠夜のことを話し出す。
「悠夜だろ? あいつ、獲るなよ。俺の秘蔵っ子になる予定だから」
「予定はあくまで未定なんじゃないの?」
嬉しそうに話す奏十に今度は青年の方が皮肉っぽく聞いた。
「……それは、これからの悠夜次第だな」
妖しい笑みを浮かべながら、奏十は目を細める。
月の光りが二人の影をひっそりと映し続けていた――――……。
**
本部の執務室へ戻った仄はソファに座りながら半泣き状態になっていた。
「僕、いつも言っていますよね? 無茶はいけないと」
顔色を悪くして帰ってきた仄を捷が見過ごすわけもなく、有無を言わさずソファに座らされたのだ。
捷の顔は笑顔だった。正確には笑顔で怒っていた。怖い。
「ご、ごめんなさい」
仄はひたすら謝るだけで小さくなっていた。
「すみません。俺がついていながら」
多少の責任を感じ、悠夜も謝る。
「悠夜さんは悪くないですよ! わたしが勝手にやったんです」
「でしょうね。止める間もなくやったんでしょう」
何故このボスは見てもいないその場の状況を的確に言い当てるのか。悠夜も仄も若干、畏怖を感じる。が、怖いので口には出さない。
「今度またこんな力の使い方をしたら、即謹慎ですよ。いいですね?」
「き、謹慎!?」
「何か異論でも?」
怒りの笑顔の問いかけに、仄は首を横に降るしかできなかった。あの目は本気の目だ。
悠夜は僅かな同情の眼差しを送ったが口には出さない。心配しているのだ、ボスは。
「……ごめんなさい」
だいぶ反省し、しゅんとしながらもう一度、仄は謝った。そんな彼女の頭を捷は無言で優しく撫でる。その顔はいつもの優しい顔。彼の怒りも治まったようだ。
そして、テーブルの上へとその視線を移す。テーブルには悠夜が持ち帰った黒石が置かれていた……。
それは以前のストーンブレスレットの石より何倍も大きな石だった。
「これが浄化を妨げていたんですね」
捷は石を見据えながら言った。
「偶然――、とは思えませんね。他に変わったことはありましたか?」
詳しい状況を悠夜に聞く。
「特に何かを仕掛けてくるというのはありませんでした。ただ、仄が一瞬気配を感じてます」
「本当ですか? 仄」
悠夜とやり取りをしていた捷が視線を仄へ向ける。仄は自信がなさそうに答えた。
「はい。でもほんとに一瞬だったので、間違っていたかもしれません」
仄に感じられて、悠夜には感じられなかった気配。二人の感知能力を試されたのだろうか。一体狙いは何なのか……。
捷は関係が一番高い名前を口にした。
「崇王奏十が関わっている可能性も考えられますね」
「……たぶん。この石が関係していますし」
「そうですね」
肯定する悠夜に、捷も短く相づちする。――――この時点で仄も狙われた可能性が高い。
だが、悠夜の時と同様、相手はすぐにどうにかするというわけではなさそうだ。
「――――分かりました。少しの間、仄の『護り』の力を上げましょう」
「ふぇ?」
急に自分の話になり、仄は可笑しな声を上げてしまった。そんな仄を捷は小さく笑った。
「君が僕の『おつかい』に行っている間、珍しいことが起きましてね」
「珍しいこと?」
「悠夜が負けました」
「え?」
悠夜が負けた? 本当に? 仄は目を丸くした。
確かに珍しいことだ。だが、その話と自分に何が関係しているのかが分からない。驚きと困惑の仄に捷は楽しそうに笑ったままだ。
「捷……」
悠夜は少し憮然とした声をあげる。
「はいはい。悠夜はこの話をすると拗ねますからね。仄、何があったかは彼から聞きなさい。とても大事な話です」
よく分からないまま、仄はとりあえず頷いた。
「仄の『護り』の力は後日上げます。今日は体を休めなさい」
「はい。――あっ! ダメです!」
仄は素直に返事をしたかと思えば、早々に撤回をした。
「い、今、何時ですか!?」
「20時半、かな」
慌てる仄に、悠夜が腕時計を見て律儀に答える。
「大変っ! 悠夜さん、イタリアン21時までに入らなきゃダメなんですよ!!」
「……え? 行くの?」
「もちろんです! 今日までの限定メニューなんだもの! 待ってて下さい! すぐに荷物を取ってきます!」
仄は言うだけ言うと、ものすごい勢いで部屋を出て行った。あれだけの力を使ってまだあんなに動けるとは……。悠夜は感心した。
それにしても女性というのは、何故こうも限定という言葉に弱いのか……。
そういえば、ケーキバイキングにも行くとか言ってなかったか? と悠夜は先日の相模陽絽の言葉を思い出す。
「……あの子には困ったものです」
ほとほと困り気味に、捷は小さく溜め息をついた。
「行かせていいんですか?」
「いいですよ。ついていって下さい。――――しばらく動けなくなるかもしれませんし」
「どういうことですか?」
「明日には力の使いすぎでダウンですよ、きっと」
やれやれ、とボスは肩を竦める。悠夜は眉を顰めた。やはりただでは済まないか。
「この石は僕がやっておきますから、悠夜はもう行ってください」
「……分かりました」
悠夜が出て行くと、もう一度捷は溜め息をついた。そして、視線を石へと落とす。
黒々と輝く大きな黒石。
浄化するにはかなりの時間が有するだろう――――……。
……捷は石を拾い上げ掌に乗せると、そのまま、軽く握った。
――――グシャ。
一つ、小さな音がしたかと思えば、石は粉々に砕け散った……。
灰と化した黒石は、サラサラと捷の掌から零れ落ちていく。あっという間の事だった。
……その時の神景捷の表情を伺い知ることは誰にもできなかった。
そう、誰にも――――……。
浄化 end.




