二の二
風采の上がらない好々爺が引退し、佐竹翁と呼ばれている事はタケル達にも調べが付いていた。さぞかし恐ろしげで毛むくじゃらな大男が君臨しているのかと思ったタケルは、実は年若い女性が佐竹毛人であると知ってとても驚いた。女とはか弱い生きものであり、男が守ってあげるべき存在と思っていたから、どのようにして広大な土地を統括しているのか、見当もつかなかった。
倭では政事と宗教は別のものであって、ある程度分離されているが、常陸では佐竹毛人という神が政事と宗教を共に支配している、つまり宗教こそが政事そのものであった。
梅雨が明け、弟彦と乳返稲置が那須国から戻った。
那須国は西に那須の山並、東に逢熊(阿武隈)の山並という二つの山並に囲まれた盆地状の平地である。ところが那須国には川がなかった。
那珂川は那珂邑のやや西の山裾で湧き出す小さな川なのである。遥か西の那須の山並を源流とし、那須の地の地下を通ってこの那珂邑の地に湧き出す不思議な川であった。
お陰で那須の平地では常に水不足で困っていた。井戸はいくつかあったが、農作業には足りる訳がない。水を得るには南に行くしかなかった。
ちなみに那珂川が現在のような一級河川になるのは明治時代の疏水工事の結果である。江戸時代初期、水戸の黄門様(水戸徳川藩三代当主光圀)が勧める用水堀の工事が進み、それでも足りなくて明治の頃に那須の地も潤すべく大工事が行なわれた。今では上流で鮎なども獲れる大河となっている。
乳返稲置の報告は以下の如くである。
――常陸に派遣した使者が戻らないことに怒った那須直が、武装した百の兵を以って懲らしめようとしたが、佐竹毛人は脅しに屈せず、逆に数百の民が棍棒や農具を持って迫ってきた。不利と見て那須に引き上げたのが六年ほど前の事。戻らない者達は囚われて殺されたものやら、奴隷にされたものやら、どうなった事かと案じているよしに御座る。
かつて倭族に追われた紀ノ国にいた出雲族が、毛人の地に来て、毛人族(縄文系の出雲族)を東に追いやって毛野国を作った。
…毛野とは紀の転訛だという説がある。鬼怒川は紀ノ川に由来する。…
やがて毛野国は四道将軍によって倭に降った。当時の常陸の毛人、国栖族は定住性が固まっておらず、あちこちに疎らに住んでいたため、その難を免れたので御座ろう。先祖が住む土地を追われた経験を持つ民にとって、倭や毛野は敵でしかない。常陸の民は友好も望まず、武力にも屈しないという始末の悪い者達という印象で御座る。
那須国では川がなく稲作が出来ず、少ない水で済む稗や粟、蕎麦などが作られている。ここ十数年続く飢饉で食べ物が不足し、餓死する者も多いと聞く。今や人口も減り、士気は下がる一方で戦いを挑むことも出来ない状況との事。――
折りしも盛夏となった。豊作祈願の儀式も終わり、一風変わった祭りがあるという。
祭りは三角山の宮から一刻ばかり北西に歩いた広場で行なわれる。タケル達は集まった若者達にこっそり立ち交じり、夜の踊りの輪に加わった。この地の風習を掴みたいと思ったからである。
常陸中から若者達が集まっている。広場に置かれた大篝を囲んで、丸太を叩く音に合わせて踊り明かすのである。丸太を操る古老の者達は、巧みに音色を変えながら場の雰囲気を盛り上げる。踊るといっても、掛け声と共に手を上げたり下げたりしながら、顔を前後左右に動かすという変わった踊りで、踊りながら二列の輪になって互いに反対方向に回る。
目が合ったが最後、その二人は和合を強いられる。かといって見ない訳にはいかないであろう、見目良き乙女の存在、凛々しい殿御の存在を確かめねばならない。内側が女の列で外側が男の列と決められていて、現代のホークダンスのように色々な者と顔を合わせることになる。
やがてお相手を決めた者達は、どちらかが手を曳いて新たに出来た内側の輪に加わる。都合四つの輪が出来た。新たな二つの輪は入れ替わりもなく純方向で回り、お相手同士で踊り明かすのである。
若者達の流す汗と息遣いで異様な熱気が充満し、祭りはただならぬ雰囲気となって来た。四つの輪には百人近くも参加しているだろうか。外側の二つは人が時々入れ替わり、出たり入ったりする。皆若者ばかりで、四十代の乳返稲置が何かを察したのか恥ずかしそうにしている。
やがて突然甲高い銅鑼を連打する音が西山の方角から聞こえると、一斉に歓声が上がり一対となった男女が手を取り合って暗がりに走って行く。外側の二つの輪も、銅鑼が鳴った時に向かい合っている二人が自動的に一対となる仕組みだった。タケル達も何が何だか分からぬままに女に手を曳かれて走って行った。
これは年に一度だけ、この地方で行われる目合の儀式である。現代の合コンに相当し、独身者だけが参加出来る儀式である。嫌なら銅鑼の音の鳴る前に踊りから抜ければいいのだが、銅鑼の音の鳴った後では一切拒否出来ない。必ずお相手と性交渉をしなければならない仕組みである。
一夜だけの決まりで、夜が明ける前に別れなければならない。そして万一女に子が出来た暁は、女は男を夫―というよりも養育義務者―に指名出来るというのである。見ず知らずの者であった場合は、たいてい名前と生家を訊くようにした。偽名などを使えば、死んだのちに生まれ変わる事が出来ないと信じられている。
古代では、人は皆死んだ後、生まれ変わって別の人生を得る事が出来ると信じられていた。従って生まれ変わりがないという事は、仏教などでいうところの地獄行きである。どんな人間もこれには耐えられないことだろう。
タケル達はその日の夜遅く顔を火照らせて三角山の宮に戻ってきた。
しかし、ここに未だ戻らない者がいた、弟彦である。
弟彦は知乃という女に夢中になった。手を繋いで久自川の河原に走り、笑いながら砂場に倒れ込んだ。
月明かりに汗が光る、掌を合わせ見つめ合う二人の眼と眼。
突然知乃は起き上り、着ている物を脱ぎ捨てると、そのまま河原を走り抜け川に飛び込んだ。弟彦とて負けじと服を脱ぎ捨て飛び込んで、知乃を水の中で抱きすくめた。
ひたすら絡み合いながら泳ぎ戯れた後、河原に上がって、どちらからともなく裸のまま漁の小屋に誘った。
知乃も弟彦に夢中で、唇を重ねたまま縺れるように藁の上に倒れ込んだ。
弟彦は余りの甘美な酔いに、吾を忘れて知乃の求めに応じ続ける。
気絶するまで縺れあった後、二人は抱き合ったまま寝てしまった。
・・・
夜明けを告げる鳥のさえずりが聞こえる。そして漁に出かける村人らの喧噪を耳にし、ふっと気付いて知乃が跳ね起きた。既に外は明るい。
小屋を飛び出した知乃は、朝日の眩しさに手を翳して東の空を見上げ、
「ああ、もうお天頭様が・・」
知乃は裸の自分に気が付いて、そのまま身を強張らせ、
「いやー!」と叫んだ。
知乃に遅れること寸時、目を覚ました弟彦は、一瞬自分の居る場所が分からない。腕を伸ばして大きく伸びをすると、女の残り香に気付いて昨夜の出来事を思い出した。頭を掻き、顔を赤らめてふらつきながら起き上った。
ふとわが身を見ると裸であった、着る物がない。昨日河原で脱ぎ捨てた事を思い出した。
外に出ようと開き戸を開けると、河原に人が山ほど湧いていて、驚いて思わず閉めた。
「こりゃいかん、着る物を取れないぞ。知乃とか言ったか、ふふふ、朝早く消えたらしいな・・」
扉に寄り掛かって昨日の知乃との事を思い出し、口元が綻ぶ。
「そう言えば夜明け前に別れねばならないと言っていたが、何かあるのかな。しかし困ったな、いったい何でこんなに人が集まっているのじゃ」
この祭りの次の日から数月は久自川の漁の季節で、美味しい香魚(鮎)の獲れる最盛期であった。冬に産卵する香魚は夏場にひと際いい匂いがして美味である。
「どこに着る物を脱いだかな、ああ、不味いぞ、出るに出られん・・さいわい誰にも気付かれていない気がするが、どうやってここを抜けるかな」
弟彦はほとほと困ったが、昼近くになって河原は人が散り、疎らになった。
その隙にそっと扉を開けて外に出ると、思わぬものを目にし、ギョッとして尻餅をついた。知乃が踊っているのかと思うほど、くねくねと曲った松の木が、小屋の前に立っていたのである。
弟彦は思わず、
「知乃」
と、叫んで木に手を触れた。ざらざらした肌触りは如何にも松の木だった。しかし、どう見ても知乃の姿と重なってしまう。弟彦は顔面蒼白となって、そのまま一目散に駈け出して、麻の林に飛び込んだ。両手で顔を覆い、泣いた。
(知乃が、知乃が松の木に変わってしまった)
そう思った。
虚しさを堪え、服を探して着替えると、しょんぼりして三角山の宮に戻り、皆に報告した。皆は狐か狸に化かされたのだと言って笑い転げた。
タケルも笑っていたが、
「その知乃とやらは余程裸なのが恥ずかしかったのだろう、松の木に変わってしまうとは哀れだな。弟彦よ、汝は女を泣かす相が有るようだな。今後も良き女子が汝を捉えるであろう。しかと良き伴侶を見定めねばならんぞ、ははは」
と、弟彦を慰めた。弟彦はうなだれて聞いている。
…『常陸国風土記・童子女の松原』を参考。…
タケルはようよう佐竹毛人攻略に取り掛かる決心をした。皆と相談した結果、相手の喜ぶものを手土産に友好を迫れば態度が変わるかもしれないということで、鉄製の小刀や横斧、山菜の漬物、アワビの干物などを馬に積み、乳返稲置に稲目を付けて使者に出した。
この地域ではまだ鉄が殆んど普及していなかった。石や木製の農具しかなかったから、鉄の道具の情報にはさぞかし驚く事であろう。銅は柔らか過ぎて農具にならない、硬い青銅製の農具も西国(九州)でわずかに使われた形跡があるが、坂東以北では痕跡がない。
そして漬物の作り方なども効果的である。
大いに期待して送り出したものの、ひと月たっても何の音沙汰もない。まさか交渉にやってきた相手を殺すとは思えないが、二人の安否が気になって仕方がない。これでは北の果て、大崎邑に向かう吉備臣達も、さぞかし苦戦するだろうと案じられた。
今度は三太夫が使者に発つことになった。
「三太夫大丈夫か」
「案じなさるな、きっと説き伏せて御覧に入れる」
「どう話すつもりだ。相手はあれほどの財物にも心を動かさぬ女性だぞ・・・」
「日の本の状況をこと細かく説明し、常陸国の置かれた立場を良く解らせてやりますわい。
――既に日の本で治まっていないのはこの常陸国ぐらいと存ずる。武力では到底倭には敵いませぬ。お互いに一つの国となり、ともに繁栄する道を考えませぬか。
こう言って礼を尽くして説得すれば、いかに佐竹毛人と雖も倭と戦う愚は知っておりましょうから、きっと上手くゆきますわい」
と、自信満々に語って出掛けていった。
とは言うものの、タケルには果たして佐竹毛人とは話の通じる相手かどうか、そして利を説くだけで心を動かす相手かどうか不安でならない。三太夫の事だ、交渉はトントン拍子に運ばないにしても、上手く糸口ぐらいは掴んで戻って来るであろうと期待して待つことにした。
しかし、交渉の席で何があったのか、冬になろうというのに三太夫も一向に帰ってこない。残るはタケルと弟彦だけになってしまった。
要は佐竹毛人を説得出来れば残りの邑も全て倭に従うことになる。下手に戦をしかけるのはお互いに無益な事は明らかだ。ましてや神と崇められている姫なのだ、迂闊な事をしたら戦闘状態に突入し、取り返しのつかない事態を招く恐れがある。常陸の民は佐竹毛人のためならば、死をも厭わないことだろう。




