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黎明のまほら~アルテミスの祈り  作者: 葵しん
第九章、 走 水
90/109

     一の五

 ある夜の事。

 カンカンカンカン・・・

 銅鐘(つきがね)が鳴り響く。火事だわ、村中あちこちで火が立ち昇っている。

 わたしは火が大嫌い、怖くて大粒の汗を浮かべて震えていると、部屋に下働きのお爺さんが入ってきて、

「姫様、こっちへ・・」

 手を引かれて裏に回る、土蔵に放り込まれた。扉がガシャンと閉じた。何があったの?

「うあぁー」

 忽ちお爺さんの悲鳴が聞こえた。ズズズッと扉が開いて、知らない男の人が覗き込んだ。

「居たぞ、さあこっちへ来い」

 痛い、頭の皮が剥がれそう。わたしは髪を掴まれ引き出された。盗賊だわ。

 父の居る部屋に連れて来られた。父と母が後ろ手に押さえられ、首(こうべ)を垂れている。

 見るも恐ろしいほどの大ダンビラ、三日月のように反り上がって、血が滴っている。その刃が父と母の首の上に据えられていた。

 賊は奇声を発しながらダンビラを頭上高々と振り上げた。わたしは総毛立って目を閉じ、耳を塞いだ。

 父母の断末魔の悲鳴、耳を塞いだが否応なしに聞こえてくる。父の悲痛な顔が目に焼き付いた。血は繋がっていないけど大恩ある父母、悲しくて、悔しくて仕方がない。

 これまでだわ・・・急に気が遠くなった・・・

 だけど何故かわたしは殺されずに済んだ。荷物のように舟に積み込まれ、どこかへ運ばれた。

 叩き起こされ、頬が溶けた餅のように垂れたじじいの前に引き出された、目じりも嫌らしく垂れた太っちょ。わたしはこのじじいに死んでしまいたいほどの辱めを受けた。それが安倍の長者。

 生を保った事が良い事だったかどうかは分からないが、わたしは生きていることを喜ぶことにした。つらい思い出をすぐ忘れる癖が付いていた。最初の危機を脱した。仲のいいお松さんもわたしと共に助けられた、また二人で水遊びに行ける。

 わたしにとって、この水遊びこそ最大の喜びだった。

 そう言えば、清水の浜辺で泳いでいると、水の中で眩しく光る物を見つけた。椎の実ぐらいの大きさで、掴み取って眺めるとキラキラ輝いて、見掛けよりいやに重く感じる。わたしはその石で首飾りを作った。小さくて綺麗な貝殻に穴を空けて細い麻紐を通し、中心にこの輝く石を帆立の形に押し潰して。重かったが柔らかくて加工しやすい黄金色の石。


 ある時、泳ぎながらタコやホタテを物色していると、大きな蓆(むしろ)のような生き物に出くわした。あなたは何という名前なのと尋ねると、エイと言った気がする。優雅に泳ぐその姿に思わず魅了され、しばしの間共に水の中を散歩した。

 浜に上がって帰り支度をしていると、松の木陰から現れた男どもに、羽交い絞めにされた。四、五人の者に掴まれて、麻縄で口を塞がれ、後ろ手に縛られ荷物のように肩に担がれた。お松さんは木陰で倒れている。

 人目を避けるように海辺の松林の中を南に走る。どこに連れて行かれるのかしらと思っていたら、浮橋山に登って行く。二度目の危機、どうなってしまうのかしら・・

 ふと男達が立ち止まって、

「へへへ、兄い、この辺でいいだろ、早く味見すべぇ」

「よし、いいだろう、そこの茂みに入ろう」

 わたしは仰天した、驚いてもがくがどうにもならない。草の上にどさっと下ろされると、兄いと呼ばれたものがしゃがんでわたしの胸倉を・・・

 いやぁー

 叫んだけど声にならない。

 すると三人の見知らぬ人達が走って来た。

「やめろ、その薄汚い手をどけろ」

 男の人が走ってきて刀を抜いて斬りつけた。

 わたしはヒッと驚き首をすぼめた。わたしを掴んでいた兄いと呼ばれる男の左手の親指が地面に転がった。血がポトポト落ちている。

「この野郎、味な真似をしやがる。お前ら、畳んじまえ」

 兄いは左手を掴んで苦しみながらも他の四人を嗾(けしか)けた。

 四人は頑丈そうな棒っきれを振り回し、喚き掛かっていった。しかし、三人の刃物の切れ味は凄い、棒っきれをいとも簡単に切り落とすと、五人とも怖れをなして逃げていく。それを二人が追いかけて行く。

 最初の人が縛られて倒れているわたしを起こし、開いた胸元をさっと閉じて、猿轡を解き後ろ手の縄を解いてくれた。わたしは慌てて服を整え、居ずまいを正した。

「助けくれて有り難う・・・」

「危ないところだったたな。吾はヤマトタケルと申す旅の者だ・・」

「ヤマトタケル・・どっかで聞いたことがあるけど・・・思い出せない・・まあいいわ、どうも有り難う。わたしはこれで帰るわね・・・」

「おい、こら、娘、それはないだろ、少しぐらい事情を話せ」

 この時助けてくれたのが御子様だった。でもあまりよい印象ではなかった。だって、彼らが男達を懲らしめている間、わたしはずっと恥ずかしい姿のまま倒れていたのですもの。御子様に見られて顔が赤くなった、とても恥ずかしかった。――


「碓水、碓水! 何故だ、どうして?」

 欄干にしがみ付いてタケルが叫び続ける。

 タケルの声が弟橘姫を現実に引き戻した。

「御子様、どうか天命を全うして下さりませ、わたくしが海の神の怒りを鎮めます。その隙にどうか船を進めて下さい。楽しかった、有り難う、ヤマトタケル・・・」

 弟橘姫の黄色い声が、はっきりとタケルの耳に届いた。あるいは声は弟橘姫の心の叫びであったかもしれない。回りながら渦に呑まれ、風にあおられた長い髪の毛だけが微かに見えるだけとなった。タケルが待ってくれと欄干に足を掛けたが、縋りつく三太夫と弟彦に引き留められた。

 弟橘姫は寒さに朦朧として再び目を閉じた。


 ――ある夏の日の想い出。

「ねえ、三保の松原に水遊びに行きましょうよ」

 と誘ったら、御子様ったら、

「どうも水は苦手だ、茸採りにしよう」だって。

 可笑しかった、水が苦手だなんて。

 だから競争しようということになり、御子様は弟彦さんを連れて浮橋山に狩りをしに行き、わたしはお松さんを連れて海に貝や魚を取りに行った。わたしは伊勢海老に鯛やアワビを獲ってきて。うふふ、断然わたしの勝ちだった。

 そしたら御子様ったら、

「汝(おこと)は碓水(うすい)だな」って言った。

 碓(・)って小碓(・)命の碓(・)よね、食べ物を与えてくれる神の象徴だって。御子様はこの時からわたしの事を碓水と呼んでくれた。

 それからわたしは御子様の水難除けになればと思い、わたしの首飾りと同じになるように中心の黄色の石を二つに割って、首飾りを作って御子様に差し上げた。


 みんなで楠が茂る小高い山(大楠山)に登った。御子様と二人で山の上から海を見つめていた。風が冷たくて二人とも寒くて震えていた。

 山が苦手だったのに旅の途中でさんざん山の中を通ってきて、木々の匂いをかいだ。鷲も狼も必死になって生きている。草木だって、不二のお山だって生きている。走水、あの海も生きている。お日様だって、月だって生きているのだわ。

 寒くって、抱き合って、二人で歌を詠んでいたわね。


  打ちよする 駿河の巌(いわお)に 燃ゆる火の

          火中(ほなか)に立ちて 問ひし君はも


 わたしは荒波を被る駿河国の海辺にそそり立つ浮橋山(久能山)で、御子様に助けられた時の想い出を歌った。

 今この時ほど御子様と出会い、そして助けられたことに感謝したことはなかった。あの時助けて頂いた恩に報わねば、そんな想いがわたしを衝き動かせた。わたしが生きてきた意義を見つけた気がしたの。

 さようなら、ヤマトタケル様。どうか御無事にお仕事をまっとうして下さい。――

 …古事記の伝える歌は、


  さねさし(さ嶺(みね)さし) 相武(さがむ)の小野に 燃ゆる火の

               火中に立ちて 問いし君はも


 であるが、古事記の作者が駿河と相模を間違えて捉えているものなので、僭越ながら置き代えさせて頂いた。それほどに当時の都人から見て駿河や相模は遠国なのである。…


「碓水、碓水・・・」

 タケルは目を真っ赤にして叫び続ける。

 知立と久米八も、渦に向かって懸命に呼ぶが、最早弟橘姫の姿はない。

 不思議なことに、この時急に風が弱まり、渦も緩んだかに見えた。

「今だ、皆の者漕ぐのだ、奮え!」

 船おさの檄(げき)が飛ぶ。

 風がやや西よりに変わり、渦から船は抜け出ていた。弟橘姫の犠牲のお陰か、船は海神の怒りから脱した。

 しかし、未だに嵐は止んでいない、大急ぎで対岸に向かった。

 とにかく早く岸に着けたかったが、適当な入り江がない。仕方なく砂浜に乗り上げた。船はひどく傷んでしまって、乗り上げた拍子に船底に穴が空き、帆柱も折れてしまった。

 嵐も治まり、日が暮れてもなお、タケルは浜辺に立ちつくし、海を見つめている。

 やがておもむろに空を見上げ、夜空に輝く三ツ星を睨み、凝視した。


 ふっと見つめられ、時空を超えて視線が交差し、アルテミスももらい泣きしてしまった。

「タケル・・しっかりして。あなたは強い人よ、きっと立ち直ってね」

 悲しくて胸の奥が苦しくてならない。今度の旅は何て苛酷なのか、どうか二度と不幸なことがありませんようにと、手を合わせて神に祈るアルテミスであった。


 一行が辿り着いた地は布流津(ふるつ)の浜辺であった。現在の千葉県富津(ふっつ)市岩瀬付近の浜である。

 漁業で生計を立てている村で、須恵(すえ)と呼ばれる長者が仕切っていた。旅の事情を話し、しばらく逗留させてもらうことにした。

 タケルは弟橘姫の死をひどく悲しみ、立ち直れないほどに落ち込んでいる。毎日浜の突端の岬(磯根崎)に立っては、茫然として走水の流れを見つめている。

 副将の吉備臣がそれを察して、皆を纏めようとした。

「船部隊は船の修理を急げ。修理が完了次第、一旦都に報告に行き、その後再び船出して北の外れの毛人(えみし)の地に向かうぞ」

 丸で皿に水を得た河童のように元気がよく、副将としての意気込みを示した。

「上陸部隊は、しばらくはこの総(ふさ)の地を探索せよ。その後は陸沿いに常陸国に向かう事」

 なお、上陸部隊はこの先は潜入捜査が多くなるため、馬も使わず小人数の方が目立たないということで、タケル、三太夫、弟彦、乳返稲置(ちちかのいなぎ)、稲目の五人で行くことになった。

 船部隊については海神の事が気になったので、念入りに祈祷をし、吉日を選んで出港することにした。お松もタケル同様に悲しみに打ち拉(ひし)がれていたが、今や家族同然となっている久米八や知立と別れることも出来ず、船で供について行く事にした。

 吉備臣は快く倭に下った須恵の長者を造に任命し、国名も須恵(のちの上総(かずさ)国)と定めた。現在の富津市を中心とし、君津、木更津、袖ケ浦辺りを差す。

 のちに北から下総(しもふさ)、上総、安房(あわ)に分けられる総州とは、麻の生い茂っている土地という意味から付いた名である。総とは麻の別称である。

 麻は春先に葦の如く芽吹き、夏に二メートルほどの笹竹のような作物になる。その棒状の物を伐り出して深く大きな釜で熱湯に浸けて処理したあと、天日に干して乾燥させる。数月干して十分安定したら皮を剥いていく。こうして麻の繊維が出来あがる。古代ではとてもポピュラーな繊維で、麻糸がないと着る物が作れなかったほどである。

 この地に来て七日後に、須恵川(周淮(すえ)川、小糸川)の飯野という地に弟橘姫の衣類が流れついたと、村人が知らせてきた。

「これで御座います」

 赤い衣の切れ端だった。タケルはその赤い布切れを受け取り、

「碓水・・」

 目を瞑って布をぎゅっと握りしめ、悲しみを堪(こら)えた。

 やがて人を募って塚を築き、亡骸の代わりに弟橘姫の赤い布地と、自らの鬢(びん)を少し切り取って、小さな石棺に納めて葬った。

 このことから袖が流れてきた土地という意味で袖ケ浦の地名になったと言われる。

 また同じ日に対岸の御浦の地、のちの横須賀市観音崎に弟橘姫の櫛が流れついたという。村人達は弟橘姫を慕ってタケル達の滞在した御所ヶ崎に社を建てて、弟橘姫の櫛とタケルに頂いた革の冠を奉納した。橘神社である。この神社は残念なことに明治の頃になって軍用地に指定され、走水神社に合祀された。

 大伴連が船の修理の督励をしている間、吉備臣は総の地のあちこちに点在する各村の倭化を進め、須恵国の造に随うことを約束させた。

 数月してようやくタケルも本来の仕事を思い出し、弟橘姫との別れの悲しみを吹っ切った。既に年も明け、季節は春めいてきている。


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