三の四
タケル達が早くも崩れ山に踏み込むと、前方に十人ぐらいの一段が歩いているのに気付き、三太夫が足取りを緩めた。
「どうします主、きっとあいつらが火をかけたのですぞ、殺りますか」
「んん、仕方あるまい、火攻めの失敗を伝えられるとまずい」
「へい。弟も手伝え」
「畏まった」と、弟彦は弓を用意した。
忽ち石の飛礫と弓が繰り出され、後ろの三人がやられて崖から転落していく。気付いた賊どもは慌てて細道を駈け出した。三太夫と弟彦も石飛礫と矢を射ながら追い掛けた。タケルも続いた。続けて四人倒し、残りはあと三人となった。
あと少しという所で急に三太夫が、
「待て、止まれ」
と、後ろの弟彦を止めた。後方でタケルも止まる。
「兄者、どうしたんだ」
と、弟彦が言うが早いか、崖の上から大きな丸太が、
ガランガランガラン・・
とけたたましい音を立てて三人の中間に落ちてきた。すんでのところで三人は前後に飛び退いた。
「ふー、危なかった。主、無事ですか」
「ああ、大丈夫だ、やはり罠が仕掛けてあったか。弟彦、上の奴を頼む」
「任して下さい」
崖上の男は今度は弓を射てきたが、皆は壁にへばり付いて矢を避けた。その間隙を縫ってさっと弟彦が矢を射ると、
「ううっ」と呻き声を上げ、男が落ちて行った。
「よし、いいぞ弟彦。三太夫、先を急ごう、逃げられてしまうぞ」
「畏まった」
急ぎ掛け出すが、あと少しで崖道を抜けるところで、また丸太が吹っ飛んできた。今度は綱に結わい付けられていて、正面から襲ってくる。
「皆、伏せろ」
と、三太夫が叫ぶや否や、パッと飛び上がって、丸太を縛った綱を切り放った。お陰で丸太はすぅっとタケル達の方に槍のように飛んで行く。のけ反って地べたに伏せたタケルの頭上を掠めて丸太が飛んで行った。
着地した三太夫は、後ろのタケル達を一瞥し、無事と知ってすかさず石飛礫を上の奴に投げつけた。再び絶叫と共に男が落ちて行く。
そのまま三太夫は駈け出して三人を追った。
(海沿いの道を取っているな、浮橋山に向かうつもりか)
忽ち追いついた三太夫は二人を追い抜きざまに小刀で首筋をスパッと切りつけ、最後の一人を羽交い絞めにして抑え込んだ。
「安倍首の手下だな」
「うう、そうだ。た、頼む、命ばかりは助けてくれ」
「いいだろう、訊きたい事に答えればな。一体何のためにこんな事をしたのじゃ」
「そんな事はわしは知らん、安倍の長者に訊いてくれ。わしらはただ雇われてやっとるだけじゃ。食べていく為にやった事じゃ」
「知らぬはずがあるまい、さっさと言わぬと痛い目にあうぞ」
三太夫は男を責め続け、洗いざらい吐かせた上で、当て身を喰らわせた。
そこへ弟彦とタケルもやってきた。
「三太夫、よくやった。で、どうだ」
「はは、どうやら浮橋山の上で安倍首達はこぞって火事の見物をしているとの事です。わいはこいつに成り済ましてこれからすぐ山に知らせに行きますわ」
「んん、よし、頼んだぞ、なんとか刻を稼いでくれ、吾は弟彦と屋敷の方に参る。皆が無事であればよいのだが・・」
三太夫は気絶させた男の上着を剥ぎ取って身に着け、浮橋山へと駈け出した。男は寒空に下褌一つで転がっている。タケル達も駈け出した。
ところがタケル達が去った後、やってきた三十人ほどの庵原村の衆がこの男を見つけ、再び折檻し、ある事ないこと吐かせてしまった。村の衆は屋敷ではなく、安倍首の居る南の浮橋山へと向かった。
三太夫は矢の如く走った。既に日は中天を過ぎている、山上の安倍首達は見世物が終わったと思って下りてくるかもしれない。そうなれば戦争となり、こちらが負ける。相手の兵力は数百から居る、こちらは三人プラス庵原衆の三十人だ、戦いにならない。
しかし、今山には百人からの一族が皆見物に登ってきているという。山に一刻釘付けにしておけば、後から来る村の衆が下りてくる者達を火炙りにすることだろう。三太夫はそう察しを付けていた。
この事にタケルは全く気が付かなかった。三太夫とのアイコンタクトでは、ただ時間を稼いでその間に屋敷から仲間を救いだそう、そういう作戦だけを思い描いていたのである。そこに三太夫との意図の違いが生じてしまった。
浮橋山が目前に迫る。門番以外に辺りに人影は見えない。山門を潜ろうとすると、
「待て、何者か」
両側から長柄が三太夫の胸倉を押さえ付けた。
「はは、火攻め下役の興津と申す者で。殿様へ御報告にあがりやした」
と、三太夫は声色を使った。
「そうか、朝夷様だな、伝えておこう、状況は如何に」
「へい、火はどんどん燃えていますが、なにぶん草が湿り気味で、丁度囲んだところでしてな。後二刻ぐらいは掛かる見込みでして、これからがお楽しみでやんす。御ゆっくり見物して下さいとのことで御ぜぇやす」
「んん、そうか、相分かった、御苦労だった。ただちに持ち場に戻れ」
「ははっ」と、三太夫は取って返した。
門番は、
「おい、これからが見ものだとよ、わしらも見物に行くべぇか。な、行くべよ」
「んん、そうするべ、滅多に拝めねぇ見せものだからな、ひひひ。おい、お前ら、ちゃんと見はっとけよ、俺達二人は上に報告に行くから当分戻れねぇ、いいな」
「へぇ・・」と、小物二人が生返事をした。
先の門番二人は山に駆けあがって行く。
控えの小者二人は気になってしょうがない。
「おい・・な、よし」
眼で合図して、小者二人も我慢出来ずに山を駆け上がって行った。
登って行くと山の頂では宴会のような騒ぎ、一族だけでなく主だった家臣達が集まって、高台に茣蓙を敷き花見ならぬ火事見物で酒を呑んでいる。少々風の強いのが珠に瑕だが、風がなければよく燃えないのだから仕方がない。かつてこの山に一時にこれほどの人々が登ったことはないであろう。数百人からが集う宴会場と化している。
高さからすると北の高台の方が見晴らしがよいはずなのだが、如何せん、崩れ山が競り出していて、芒ヶ原付近が見えにくいのである。しかも神の山であるため、宴会などは憚られるゆえ、南の高台にしたものであった。
そこへ、はあはあ息を弾ませて知らせに来た者が、
「朝夷殿、朝夷殿」
と、ふらふらで分け入ってきた。
「何だ、どうした」
と、安倍首が気付いた。
「おい、爺、知らせが参ったぞ」
「はは」と言って、立ち上がり、男に近づき、耳をそばだてて聞いていると、
「よし御苦労」
と言って、朝夷の翁が戻って来る。
「ええ、首尾は殊のほか順調とのことで御座います」
「おお、そうか、してやったりじゃ」
「したが、芒が少し湿り気が多く、火の廻りが幾分遅れております。あと二刻余りで丸焼けになるとのことで御座います」
「おお、いいぞ。一同良い見世物だ、よっく目を凝らして見ておるのだ。ふはははは」
どっと山中にこだまするほどの歓声が沸いた。なにが嬉しくて火事見物で騒いでいるのか、まことに不謹慎極まりない。もしも本当に北の山に神が御座なすならば、黙って見過ごすとでも思っているのであろうか。
一方、浮橋山の下には、庵原村の三十人が芒の束を集めて、山を囲み始めていた。運が良いのか見張りは居ない。山を一斉に囲むように枯れ草が積み上げられていく。
準備が整い、
「よし、かかれー」
と、庵原の長老の合図。
皆が一斉に火を付けていく。折からの西風に、山颪の威力も掻き消され、火は西側の方から勢いよく燃え上がり、北側を除いて全山瞬く間に燃え上がる。
実に皮肉な話であった、山の上では遥か遠くの火事を見物して酒を呑んでいたはずなのに、事もあろうか自らを焼く火の見物をする羽目に陥った。山は登りひと筋の道しかない、生い茂った草木は紅葉し、そして火を吹き、赤く燃え出した。
しかし、しばらくは山上の者達も火の手が迫ったことには気付かないでいた。あたかもこの世の名残の酒を酌み交わすひと時となってしまったのである。
その頃タケルと弟彦は屋敷街の入口の山門を潜り、気付かれぬように一軒一軒探りを入れながら奥に進んでいた。門番が一人いるだけで、どの家にもひと気を感じない。音が無いのである。
(誰も居ないようだ。皆浮橋山に行ったようだな)
その事に深く思いを巡らせられない、今のタケルであった。
南北に伸びる大通りの左端に潜むタケル、そして右の端に弓を構えて弟彦が居る。見張りに見つからぬようにそっと一列ずつ南へと進んだ。そして奥の家に進もうと弟彦に目で合図し進もうとした時、ピュピューと矢雨が降ってきた。
二人は慌てて物陰に身を隠した。
「気取られていたか、弟彦、何人だ」
「はっ」と言って、弟彦はすっと首を出し、眼を走らせて戻ると、
「ざっと十人でしょうか、左右の物見櫓に二人ずつ、板塀の屋根にも左右二人ずつ、門に二人です」
「また櫓か、始末に悪いな」
タケルはげんなりして塀に寄り掛かった。弓は弟彦しか持っていないから、タケルにはどうすることも出来ない。弟彦が狙いを付けて反撃を始めた。それを見て、
「弟彦、頼むぞ」
「はは、お任せを」
そう言って、弟彦は一人、二人と射殺していった。
しかし、櫓の連中は手強かった。距離が遠く中々に当たるものではない。そのうちに他の家からも門番達が駈け出してくる。こちらの得物は長柄なのでタケルが相手をするが、後ろからの弓が気になって、どうも分が悪い。
そこへ三太夫が駆け込んできた。二人ほどバサバサッと倒してタケルの側にやって来る。
「主、無事で御座るか」
「三太夫、助かった、中々に手強くてな。安倍首の屋敷の櫓から矢を射かけてくる。おまけに他の屋敷の者が後ろから来るのだ」
「なるほど、とにかく弱い所から崩して行きましょう」
「頼むぞ」
「兄者」と、辻向こうで弟彦も三太夫を見て合図した。
互いに目配せして動き出した。
その時、
キーン!
という強烈な音を発しながら、タケルの足下に何かが突き刺さった。




