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黎明のまほら~アルテミスの祈り  作者: 葵しん
第八章、 草那芸大刀
85/109

     三の五

 反動でタケルは塀に吹き飛ばされた。何が起こったのか誰も気付かず、ただタケル一人がそれに気付いた。地べたに巨大な矢が突き刺さった感じがしたのである。

 そして次の瞬間、幻聴のように、

「弟橘姫が・・山よ・・火が・・」

 と、途切れ途切れに聞こえた気がした。

 アルテミスの矢であった。言(こと)の葉(は)が空振(くうしん)という矢となって、時空を超えて飛んできたのである。

「何だ、今のは? 姫? しまった、碓水(うすい)が山に・・」

 すわ一大事とばかりにタケルは立ち上がって、山の方角を見る。微かだが煙が見えた。その瞬間にはっきり分かった、庵原村の衆が山に火を付けたのだ。

「三太夫、後を頼むぞ。吾は山に行く」

「ちょっと、主、主。山に行くなら火に備えなされや」

「分かった」

 タケルは駈け出した。とは言ったものの、何を備えればよいかタケルには思い浮かばない。近寄る敵など構いもせずに、狂ったように剱を振るって駆けて行く。そして、屋敷街の入口近くの家に押し入って物色し、はたと考えた。

「ええい、火の山か、何を持っていけばよいのだ」

 タケルは焦った。そしてふと目に入った頑丈そうな木綿(ゆう)の綱を手に握ると、脱兎の如くに掛けて行く。

 南へ南へと廻って行くと、途中庵原村の者達に出くわした。速度を落とし、

「汝(おこと)らは庵原村の・・山はどうなっておる」

 と訊ねた。

「へい、半刻ほど前に火を付けまして。今頃は上の奴らも定めし苦しんでいることで御座んしょう、へっへっへ」

 聞くが早いか、タケルはまた駈け出した。村の衆は綱を襷(たすき)に引っ掛けて駈け出すタケルを怪訝な貌をして見送っている。

(碓水、無事でいてくれ、今行くぞ)

 歯を食いしばって走った。体にパチパチと火の粉が落ち始めた。

(大それた事を、いくら悪人でもこんな惨(むご)い仕打ちが許されようか。碓水、きっと救ってやるぞ)

 入口にやってきた。立ち止まって息を整えながら見上げると、山門が焼けて黒焦げの炭になっている。タケルはすぐ脇の清めの水の石桶に視線を飛ばすと、走り出して石桶にドブンと飛び込んだ。息をせずにしばし淀みに身を任せた。

(碓水、吾は碓水が愛(いと)おしい、失いたくない)

 タケルは西国での市乾鹿文の死を思い出していた。二度とあんな思いは御免だと思った。そして松浦の鏡山で見た市乾鹿文と水神の夢を思った。あの時見た女神こそ碓水ではないかと感じるのである。

 耳がツーンとなって息が苦しくなった頃、ザバッと起き上った。

(必ず碓水を救いだす)

 そう誓って、走り出した。

 辺り一面赤々とした炭の山になっている。忽ち履いていた靴は焼け落ちて、裸足で走り抜けて行く。やがて一面火の海に差し掛かる。

 タケルは背中の天叢雲剱を引き抜いて、走りながら空気を切り裂くように剱を振り回した。あろうことか火が心なしかタケルの歩む道を示すが如く左右に分かれ、その道をタケルが走り抜けた。はたして海の神スサノオの御魂が宿る剱の成せる技なのか、辛くも火の手を抜けて、上段に抜け出ることが出来たのである。

 しかし、ここからは火ではなく煙が怖い。火事では火よりも煙に巻かれて死ぬ場合が圧倒的に多い。息が出来なくなって酸欠で倒れて、そのまま焼かれてしまうのである。タケルは尚も剱を振るいながら登り続ける。

 ちょうど四合目付近、ここまで周りにはひと気が無かったが、ちらほらと倒れている人が見え始めた。山は白い煙に包まれている。タケルは剱を振りながら、

「碓水、碓水、どこだ、碓水!」

 呼びながら走った。この体力と気力は尋常ではない、まさに火事場の馬鹿力といえる。かれこれ山を一刻余りも走り続けているのである。

 とうとう頂に着いた。

「碓水、碓水はどこだ!」

 タケルはひと際大きな声で弟橘姫を呼んだ。辺りには煙にやられて多くの人が倒れ込み、咳き込んでいる。きっと安倍首や朝夷の翁も居ることだろう。

 ふとこの時また、

 キーン!

 と、足下に矢が刺さった。

「そうか、分かったぞ、碓水」

 タケルは剱を鞘に納め北に向かって走り出した。そして小木の根方の草むらに蹲(うずくま)るように倒れている人影を見つけた。タケルは一目散に走り寄る、弟橘姫であった。

 抱き起こして、

「碓水、碓水、タケルだ、しっかり致せ」

 微かに目を開けた気がした。すぐさま肩に負ぶって走り出した。しかし、南の降り口は既に火が廻り掛けて、煙でいっぱいだ。北側は幸い風上で火の廻りが遅い、道などはないが、仕方がない。瞬時に決断してタケルは北へと走った。

 さらに高いところまで登って行くと、最早行き止まりとなった。何を思ったのか、そこに弟橘姫を横たえ、持ってきた長い木綿(ゆう)の綱を肩から外した。そして弟橘姫を抱きかかえ、二人を綱の方端(かたはじ)で固く縛り、残りの綱はまた肩に掛けた。そして決して離れる事のないようにと祈るが如くに、今一度ギュッと綱を引き締めた。

 弟橘姫を抱いたままタケルは北の断崖から眼下を見晴らし、慎重に下りていった。下り口などあろうはずもなく、鬱蒼と木々が茂り、急な崖があちこちにある。そこをとにかく木々に縋りつつ下へ下へと下りて行った。

「碓水、必ず助けるからな、しっかりするのだ」

 ひたすら声を掛けながら下って行く。弟橘姫も分かったのかタケルに固く抱きついてくる気がした。下りたのは北と南の高台が繋がるあたりである、北の山にはまだ火が付いてないが、いずれ燃え移るであろう。本当に偉い事をしたものである、神の山まで丸焼けになるかも知れないのだ。

 やがて五合目付近であろうか、すぐ下に火の手が迫った。ここからはどうしようもない。タケルは弟橘姫を抱いたまま丈夫そうな木に綱のもう方端を結わい付けて、断崖上に佇む。もうもうと煙と熱気が立ち昇って来る。その上昇気流で体が浮きそうに感じた。

 綱はいくら長いといっても三十メートルぐらいしかない、五合目であればまだ百メートルもあるのだ、到底足りるはずはない。いったい如何にするつもりなのか。

「碓水、よいか、しっかり吾にしがみ付いているのだぞ、必ず汝を助けてやるからな。いくぞ、それ!」

 タケルは思い切って火に向かって飛び下りた。真っ逆さまに二人の固まりが落ちて行く。弟橘姫をしっかりと抱きしめ、丸くなっている。ぼぅっと火の中に突っ込むと、どしんと弾んでまた転がり落ちて行く。

 とうとう火の手を通過して灰の山にまで来た時、ぷつんと綱が焼き切れて、二人は焼けただれた灰の中に落ちた。そのまま急な山の斜面を転げ落ちて行く。タケルはひたすら神に祈りながら弟橘姫を庇(かば)い、抱きしめている。そして麓付近に転がって弾み、炭になった木にぶつかって止まった。二人とも気絶している。

 タケルは奇跡的に助かった。衝撃で虫歯が抜けてしまったのと、腕や足にかすり傷を受けただけで、弟橘姫も無傷であった。背中に背負った天叢雲剱のお陰かもしれない。途中何度も木や岩に弾んだのだが、いずれも背中の剱の方にぶつかって、タケルにはさほどの衝撃にならなかったようだ。残念ながら剱を包んでいた錦糸の袋は燃えかすになった。

 二人とも消し炭だらけで真っ黒である。

 気が付いた弟橘姫はタケルに抱き付きながらわんわん泣き続けた。


 浮橋山は遥か遠くからでも見えるほどの火柱となって、不二の噴火にも勝るほどの煙を吐いている。三太夫達は庵原衆の加勢も受けて、既に屋敷街を制覇していた。久米八達は皆安倍首の屋敷の庭木の傍らで縛られて転がっていた。弟橘姫の女丁お松も無事だった。

 三太夫は引き続き庵原の長老に願い出て、

 ――奸賊安倍の長者一族を取り除いた、これからはこの地も倭の一員だ

 と、付近一帯に触れ回り、村々に静まるように取り計らってもらった。

 七日七晩も燃え続け、真っ黒な巨大な炭の固まりになった浮橋山で、安倍首達は一族郎党揃って焼け死んでしまった。さいわいなのか神の成せる業かは知らないが、北の神の山はごく一部が焼けただけで火は消えた。

 この時、焼け野原となった芒ヶ原の側までやってきた旅の一団が居た。安倍の長者の奥方夕姫とその子金丸の一行である。

「これ、大井、あの火はなんじゃ、何があったのじゃ?」

 と、夕姫が訝(いぶか)る。

「はは、これはまた、偉い山火事で御座いますな。早速調べますのでお寛ぎ下さりますように」

 大井は小者を走らせ付近に聞き込みに行かせた。

 実はこの一行は都に行く約束になっていた者達であったが、安倍の長者は、

 ――倭の者達が当地を去るまで、のんびり旅でもして来い

 と言って、吉備臣達を欺(あざむ)いたものであった。夕姫達は近江見物をして帰って来たところであった。噂で聞く琵琶湖が、はたして本当にふるさとの遠津淡海(浜名湖)より大きいのかどうか検分に行こうと思ったのである。また、ちょうど煙たい奥方が居ない間に、安倍の長者は弟橘姫と懇(ねんご)ろに過ごしたいとも考えたのである。

 小者が戻ってきた。

「庵原村の衆に尋ねたところ、ヤマトタケルの命を欺いた罪で、安倍一族は皆殺しになったとのことで御座る」

 と、悔しがって語った。夕姫は卒倒するほど驚いた。ここに居てはわれらも同罪に処せられると思い、皆は慌てて来た道を廻れ右して西に向かった。

 そしてこの一行は、御河(みかわ)から科野に逃れ、さらに北陸(北越)を経てのちにいう奥州に辿り着いた。その地で再び安倍一族として勢力を回復し、一時代を築くことになる。金という財宝の知識を持って、奥州に覇を唱える事になったのである。

 そして平安時代になってこの一族の中から藤原清衡(ふじわらのきよひら)という豪の者が出る。平泉の奥州藤原氏へと続くのである。日の本で金が取れる事が分かるのは、タケルの頃より六百年後の奈良時代になってからである。奥州で砂金が採れた、現在の宮城県涌谷(わくや)町の谷川である。見つかったのはちょうど清衡の数代前にあたり、この金塊を以って聖武天皇(しょうむてんのう)が奈良の東大寺の大仏建立に充(あ)てた。


 これよりのちに浮橋山と呼ばれていた二つの高台は、日本武尊(やまとたけるのみこと)(日本書紀での表記)の活躍にちなんで二つ併せて日本平(にっぽんだいら)と名付けられた。

 ヤマトタケルが火をかけられた芒ヶ原は、いつの頃からか焼津(やいづ)と言われるようになる。また芒などの草を薙(な)いだ天叢雲剱(あめのむらくものつるぎ)はこの時から草那芸大刀(くさなぎのたち)とも言われるようになった。

 タケルは庵原の村おさを首に任命し西駿河を任すことにした。こののち庵原氏は一度血統が途絶えてはいるのだが鎌倉時代末に復活して、戦国時代まで続く名家となっていく。

 そして敵とはいえ、焼け死んだ大勢の人々を偲ぶために、タケルは小さな社を建て、芒ヶ原を焼いた時に使った火打ち石を奉納した。火打石の奉納先が現在の焼津神社であったかどうかは分からない。

 安倍首の屋敷に庵原首が移ってきて、広大な西駿河を治めるために、乳返稲置が様々な事を伝授していく。

 タケルはこの豊かな土地で民を撫育、教育し、また、弟橘姫との生活を楽しんだ。

 混乱した国を治めるべく皆が奔走しているうちに年が明け、早くも夏が近づく。不思議なことに安倍の長者の家からは金塊は丸で見つからなかった。おそらく大量に集められていたはずだがどこにもない、またその事を知っている者も皆死んでしまった。

 当然のことながら、タケル達は誰一人砂金のことを全く知らない。安倍の長者の金塊は埋蔵金となって、二千年近く経った今でもどこかに埋まっているのかもしれない。


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