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第八章、 草那芸大刀
一
アルテミスは別動隊の行方も並行して見ていた。今度は吉備臣隊のその後の展開を垣間見てみよう。
景行三六年(西暦一五一年)夏、第二部隊が船出した。風待ちのため、タケル達と別れて既に五日が過ぎていた。初夏の穏やかな南風を受け、遠州灘をひた走る。
どこまで行っても白砂の浜が広がる景色を見つめ、吉備臣建彦にとってはなんとも退屈な時が流れていた。船おさの大伴連は舵取りを部下の半助に任せ、自身は船首甲板に立ち、眉間に皺を寄せ、ニコリともせずひたすらに左舷前方に連なる海岸線を見つめ続けている。
建彦が些か退屈して近づいて行った。
「良き天気となり、誠に麗しい門出となりましたな、親爺殿」
「・・・」
大伴連は聞こえぬ振りを決め込んでいる。この大伴建日連という男は船おさという荒々しい一面を持つせいか、皆から親爺と呼ばれている。
「どうかしたので御座るか、親爺殿。船出早々そんな顔をされては皆が不安になりまするぞ。何か心配ごとでも御座るのなら、この隊長の建彦に話してみてはどうかな」
煩わしいと言わんばかりに、大伴連は「ごほん」と咳払いをひとつして応じた。
「左様、この海は危険で御座るゆえ、早く通り過ぎねばならんと思いましてな・・」
「この穏やかに凪いだ海が危険なので御座るか?」
と、建彦は調子の外れた声を発した。
「如何にも。遠浅の海が延々と続き、立ち寄る場所が無い。その癖大きな川が幾つも在りまするゆえに危なくて仕方がない。川は砂を流し浅瀬を作りますからな、おまけに急な流れも作りますでな」
「ははぁ、左様なものですかな、知りませんでしたわい」
建彦には皆目解らない話しであった。
尾張から駿河の港(清水もしくは沼津)までは一日では辿り着けない(約二百キロメートル)。途中の港に停泊せねばならなかったが、その港は山裾がそのまま海にまで落ち込んでいる岬(御前崎)が目印であった。岬を見たらすぐに北に進路を変え、左舷の最寄りの港に停泊するのである。
岬の近場にも港はあるが生半には着けられぬ。山颪が吹き、急に風が強くなるゆえに危険なのだ。その次の港が小川港(現焼津市)である。
目印の岬を見る頃には夕暮れとなる。夜は船を走らせることがないゆえに、大概は小川の港で一泊することになる。一刻でも遅れれば暗い中で港を探すことになるから、極めて危険なのだ。
浅瀬の浜辺に碇を降ろすことはなおさらに危険である。夜何があるか分からない、うっかり浜辺に乗り上げてしまえば大型船では身動きが取れなくなってしまう。したがって遠州の浜に停泊することはあり得ないことなのである。
大伴建日連とは吉備臣建彦の五つ年上の三十五、壮年の働き盛りである。名目上の上下関係はあったが共に倭の臣として軍事を司り、競い合う仲であった。大伴氏は倭の杖刀を司る家柄で名門であったから、人の下に就いて戦に出るという此度の遠征には些か不満であった。建彦もそれを感じるせいか、言葉遣いも丁寧にならざるを得ない。
渋い貌の船おさを相手にしても詰まらないので、建彦はなるべく酔わないようにと船尾の船室脇に移動し、甲板に座って居眠りをし始めた。
その時、突然、
「高波だー、高波が来るぞー」
と、すぐ後ろの小者が大声で叫んだ。
大伴連が脱兎の如くに走って来る。艫の欄干に掴まって、
「むむむっ、何でこんな穏やかな日に大波が来るのだ」
波は西北、尾張方面から浜の浅瀬付近を舐めるように東南に向かって進んでくる。異常な早さである。
「面舵じゃ、沖に進路を取れ」と、船おさの檄が飛ぶ。
進路を東南に変えた。ずんずん広がってくる波がみるみる船に迫る。皆はハラハラしながら己が運命の行方を占っている。
「来たぞ、皆備えよ。弾かれぬように何かにしっかりと掴まれ」
ざざざざざ・・・
と、不気味な音が迫る。建彦はしゃがんだまま船室の柱にしがみ付いている。一転して顔面蒼白となった。皆も同じである。
突然船尾がむくむくむくっと持ちあがり出し、大きく船が前のめりになったかと思うと、船の中ほども持ち上がり船ごとフワッと浮き上がった。すぐに大波が船を追いこしてゆき、すぅっと船が落ち込みながら波に引き寄せられるように前に加速して行く。
どうにか危険は去ったかに思えた。皆がホッと息を継いでいる。
建彦は初めての経験で一瞬駄目かと思うほど緊張したが、終わってみれば何か心地よい出来事だったと思ってしまった。
波はたったひと波だけであった、一体どうしたというのか。津波なら逆方向から来るはずで、引き波だけのはずがない。それともこれから巨大な波が沖の方からやって来るのであろうか。船に居る者は誰一人この大波の原因を掴めないでいた。
ところが、船首に走った船おさの反応は皆とは違っていた。
「取舵いっぱい、舵をきれー、舵をきれー」
この大波のお陰で船は遥か沖へと進路を外れてしまったのである。最早陸地は見えない。今どこに居るのかすら分からなくなっていた。
船は風を捉えてすいすいと波間を漂い続けた。
やがて左舷後方から赤々と西日が射してくる。乗員は皆不安に駆られた。
ここまで来ると最早船おさの腕に頼るしかない。建彦は何も言えずに、ただ船おさを見つめるだけであった。
風が変わった。右舷前方から来る。このままでは船は進まない。
「帆を降ろせー、全員で櫂を取るのだ」
と、船おさの指図が飛ぶ。
船尾に走る大伴連が舵を取り、皆が一斉に船縁に付き、櫂を掴む、建彦も、そして四十になる田子稲置まで櫂を掴んだ。片側五人ずつが、舵取りの船おさの音頭に合わせて櫂を動かしだした。
「えーいとしょーい、やーとしょーい・・・そぉれ、えーいとしょーい、やーとしょーい・・」
どれだけ経ったろうか、建彦と田子稲置は途中でへばってしまったが、皆は汗だくになりながらも必死に漕いでいる。既に日はとっぷりと暮れていた。
「後ろの四人漕ぎ方やめーい、あとの者はゆっくりと漕げーい」
と、船おさの声。いったい何があったのか。建彦は怪訝に思い辺りを見廻すが何も見えない。その時、
「おい、陸だぞ」と、声がした。
西の空に弓のような上弦の月が沈みかけている。その微かな明かりが照らし出す暗がりにぼぅっと浮かぶ山並であった。真っ暗でよく見えないが、東側にも陸地が迫っているように建彦は感じた。風はいつの間にか凪いでいる。
(一体ここはどこだ)
建彦の疑問は声にならない。船は右手に近づく山並を見ながら、ゆっくりと北に進む。
船尾の灯しに照らされた大伴連の貌色が幾分穏やかになった。背筋を流れる脂汗、それが一挙に治まったのである。海を知るものだからこそ知る怖さだった。
(やれやれ、あと少しでわれらは海の藻屑と消える運命だった。二度と日の本に戻れないかと思ったわい)
ホッと息継ぎをする大伴連であった。帰ってこられた時の喜びは言い尽くせない。今度の事だけで長旅の半分は越えた気分だ、そう大伴連は感じていた。
半刻ほど行くと船は右に折れ、周りじゅうが陸地と思える所に着いた。
「漕ぎ方やめーい、碇を降ろせー、今夜はここに停泊するぞ」
皆がホッとした。碇を降ろせるところに辿り着いたのだ。一時はどうなってしまう事かと、皆が恐れていたのだ。
「親爺殿、一体ここはどこなのです?」
建彦はようやく言葉を発することが出来た。
「んん、おそらく沼津の沖で御座ろう。伊豆の山並を見ながら北に向かったので御座る」
「なんと、もう沼津に到着したので御座るか、それは重畳で御座る。有り難い、親爺殿、汝の腕は大したものですな。ともに旅に出られて嬉しゅう御座います」
建彦は大仰に大伴連の手を取って喜んだ。この時ばかりは大伴連も照れくさそうに貌を綻ばせた。
翌朝、皆は朝日とともに起き出し、煙棚引く不二のお山を仰ぎ見て、
「おおーっ」
と、口を揃えて叫び、有り難がって柏手を打って祈りを捧げた。
船おさの言う通り沼津の入り江に来ていたのである。
一行は狩野川河口に乗り入れ、船を係留した。予定地は沼津首の屋敷である。沼津首とはおよそ百年前に駿河国の造に任命された者の子孫である。倭に属する土地から駿河の全容を掴むことにしたのである。
大伴連の部下、半助以下三人に船の留守を任せ、八人をもって上陸した。葦なのか、麻なのか、背高な苔色の植物が生い茂る湿地を南に向かった。小高い山裾に造の屋敷がある。後で聞くと湿地に生えていたのは蓼という植物らしい。後世で言うところの蓼食う虫も好き好き、という苦辛い食物の蓼である。この地では至る所に地下水が湧き出し、沼だらけだという。沼津の地名の由来である。
一行は沼津首に歓待を受けた。数年に一度は上京しているので建彦にも面識があった。屋敷は既に萱葺き屋根の切り妻のある建物ばかりで、伏屋根(竪穴式住居)は民の家だけであった。
歓迎の宴の席に吉備臣達八人が招かれた。海の幸が色とりどりに並んでいる。沼津首は丸髷を布で纏め、短袖の単衣に肩衣、短褌という姿。薄い泥鰌髭を生やし、豆粒のように小さい目をした中肉中背で五十年配の男である。塩を作り、僅かばかりの田畑を耕し、漁業を主として暮らす村のおさである。
向かい合って酒を酌み交わし、建彦は駿河の気候の穏やかさや景色の良さなどを褒め、おもむろに駿河の事情を尋ね始めた。
「沼津殿、駿河には橘、安倍、庵原という三つの村がこの西にあると存じますが、国の治まり具合はどうなっておるのですかな」
「はは、帝から造として国を任された者として、まことに言いにくいのでは御座るが、西の事は一向に纏める事は出来ませぬのじゃ」
「それは一体どういうことで御座います」
「わが治める土地は沼津で御座る、不二川より西の事は広過ぎて纏めることなど叶いませぬ」
「左様で御座るか」
建彦はがっかりして酒をあおった。脇で寡黙に酒を飲む大伴連が聞き耳を立てている。
「で、今の情勢はいかがです、三つの村は友好的でしょうかな」
「それがで御座います、嫌な噂を耳に致しました」
「ほぉ、それは?」
「実は橘邑が安倍の長者に滅ぼされたと聞きました」
「なんと、戦争があったので御座るか」
「いえ、戦争というほどの事では。夜中に兵を頼んで屋敷に押し入って皆殺しにしたと聞きます。それ以来橘屋敷には岡部という者が入り、邑を仕切っておりますようで」
「ほほぉ、それはまたいつごろの話なのですか」
「つい三月ほど前の事で・・」
「ごく最近ですな・・」
建彦は思わず大伴の連と見つめ合った。斥候が持ち帰った情報より新しい話であった。
渇きを覚えたのか、沼津首は盃を飲み乾して続けた。
「事の起こりは女で御座います」
建彦が驚いてプッと酒を吹き出した。
「女ですと?」




