四の二
明くる日の朝、良い知恵も浮かばず、とりあえず日取りだけでも決めようと神に頼ることにした。村の南、御岳山の中腹に簡素な鳥居があり、その奥に祭壇がある。祭壇の前に主だった者が集まり、水神様に祈祷をするのである。
ずっとのち推古天皇の御代に村積神社が創建された。この山の登山コース上の山壁には、誰が掘ったものか知らないが、日本のビーナスと称される女神像のレリーフがある。水神玉依姫の住まいなす山である。
神社の巫の姿に扮した横立と知立、それにタケル達も普段と違い正装している。
「まんず、こりゃ魂げただなや、牛にも衣装とは、よくゆうただな、あんだ」
と、知立がけらけらと笑った。
「誰が牛だって、それを言うなら、馬子にも衣装だ、阿呆」
と、横立がやり返す。
「孫だって、おりは子供なんか産んでねぇから、孫が出来る訳がなかっぺが」
「馬子とは馬引張ってる奴の事だ、あほんだらめが。馬子にも衣装とは、はは、お前の事だ、ははは」
「何だね、そのはははてのは」
「いや、なに、何でもねえさ。いい加減にして前を向いてろ、そろそろおっぱじめねぇといけねぇから」
「ふん、調子がいいんだから、まったく、ふん」
知立は祭壇に正対した。この知立の訛りは尋常ではない。尾張辺りでは聞き慣れぬ語調は、知立が遥か東国の生まれであることを意味する。
小さい頃に尾張の海辺で拾われた毛人(武蔵国より北に住む種族)の女なのであった。年頃となって横立の妻となったが、一途な性格のせいなのか話し方が直らないまま大きくなった。逆に横立の方が影響されることがままあるようだ。
二人とも笹の葉のたくさん付いている竹の枝を胸の前で両手で握りじっとしている。全員が揃ったようだ。
「横立に知立、そろそろ始めてくれ」
と促し、後ろにタケルが控えて立った。
十数人が後ろに控えて立ち、首を少し前屈みにして静態している。
祈祷が始まった。横立と知立が何かごにょごにょ言いながら、時々笹竹を振って、サラサラ音を立てている。
やがて佳境に入って、
「・・・恐み、恐み、曰さくー」
と、横立と知立が長々と結んだ。同時に後ろの者、全員が柏手を二つ打って、繰り返すように、
「恐み、恐み、曰さくー」
と、合掌し、祈祷した。
次に横立がくるっと後ろを向いて、
「皆の衆、占いをするのでわしらの後ろを少し空けて下され」
と言って、手で払うような仕草をした。皆は両脇に開いて控える。すると、横立がまた体を祭壇に向けた。一度小首を後ろに向けて、
「よいかな、皆じっとしていなされよ」
と念を押した。横立はしばし念じて、背中越しに石を二つポーンと後ろに放った。振り返って歩数を数えながら石に近づきしゃがんで、落ちた二つの石を見比べている。知立もその脇に座ってじっとしている。
二人の祈祷に続ける如く、タケルは紐を解いて背中の剱を取り出すと、包んでいる錦糸の布の紐を解き、鞘からスラっと剱を抜いた。山形の刃先が日差しを浴びてキラリと光る。その抜き身を両手で掲げ、片膝ついて瞑想する如く目を瞑って、ひたすらに剱に祈っている。後ろの者達もタケルに倣って、片膝ついて黙祷し出した。
儀式が終わって横立は、
「日取りは今から八日後が吉」
と告げた。その後、村おさの命令で民は上流に行くことを堅く禁じられた。
日取りは決まった。しかし、祈祷はしたが中々に良い策も浮かばず、悩み歩いてタケルは松の根方に腰を下ろし、伸びをしながらうとうとしだした。
――中州には細い箭竹が鬱蒼とした茂みを作り、その周りを濁流となって川が流れ下っている。二間ほど(四メートル弱)の高さの竹藪で、風に揺れてサヤサヤと音をたてている。
ここはどこだ、そうか、御河の中州の側の岸辺か・・・
周りには何故か誰も居ない。
見上げれば、今にも雨になりそうな曇天。皆の願いが通じて雨模様になったものか、この分では山は土砂降りだろうな。
するとにわかに一ヶ所雲が分かれ、隙間から日輪の日差しが空を歩むが如くにゆっくりと下りてきた。
いったいこれは何だ?
日差しは中洲の竹藪を煌々と照らしだした。
と、どうだろう、竹藪の周りに日輪の光と見紛う黄金色の蝶が現れた。竹藪を取り囲むようにして無数の蝶が、麟紛を撒き散らしながら飛びかっている。
「なんだこの蝶の群れは」
吾は何が起こったのか分からず、ひたすら茫然と見つめている。
蝶の群れは竹の周りをゆっくりと回りながら輪を縮め、根元付近に一斉にとまったかと思うと、斜め上方にパーっと舞い上がり、色が銀色に変化した。平べったい鏑矢のような形の鏃に変わっていた。
すかさず鏃達は
ピュー・・
と音をたてて竹の根元に突き刺さる。竹はスパッと切れて一斉にバサバサと倒れてきた。
「あう、何だ、どうして・・・」
吾は慌てて倒れてきた竹の束を陸に揚げようと足掻いた。
見ると鏃はまた蝶に変わっていて、遥か上流の山の方にキラキラと、光の糸を引いて飛んでいった。その様は丸で神様のお通りになる黄金の階、天の浮橋のようだった。
茫然として居る間に、吾はあまりの竹の多さに押し潰されそうになった。
「だ、誰か来てくれ、誰か・・」――
ふと、木の枝から毛虫が落ちる。タケルは首筋に嫌な気配を感じ、首をすぼめた途端に木の枝に頭をぶつけた。
「いてて。ああ、なんだこの感じは・・」
慌てて立ち上がり、上半身を脱いで体を揺すった。ポロっと虫が地面に落ちた。どうにか毛虫を払いのけ、ふと見上げて目を開けると、カラッとした眩しい日差しが襲ってきた。晴天そのもの。
「夢だったか。夢では水の流れが急だったが、ははは、カラカラではないか。それにしても一体何の暗示だ」
そこは御河の河縁で、中洲の見える土手の草原であった。
「待てよ、そこの竹藪・・そうか、竹か、弓だな。矢には矢か、それにあの光の道は・・」
どういうことか分からないタケルはすぐさま横立と知立を探し、夢の占いをしてもらった。結果は吉夢だという、竹は矢を作れという暗示だろうと話す。タケルの思った通りであった。ただちに人を集めた。
「よいか皆の衆、たった今天叢雲剱に宿る神様のお告げを聞いた。きっと良き御加護があると思われよ」
と宣言し、夢の中身を話して聞かせた。
タケルには機に敏なる対応力が人より幾分優れているように思う。そして小柄で細身ながらよく通る大きな声が人々に活を与え、安心感に繋がるようだ。
御河の左岸は先日ゴンが死んだ場所で急に山がせり出し通れないと思っていたが、ある村人の話では断崖を登って上流に向かう険しい獣道が確かにある。そして獣道は北に進むと東山道にぶつかり、信州飯田へと通じるという。
ちなみに東山道とは琵琶湖付近から日本の中央部分を東北まで貫く道路の事である。また律令の時代になると五畿七道という地域区分の名称にも使われている。
櫓の対岸の山(勘八山)の急な斜面の樹上からなら、櫓を下に見て弓で攻撃出来る。そう思い、お告げに従い中洲の箭竹を伐り出し、弟彦の指導のもとに矢と弓をたくさん作り始めた。細い篠竹だったので身が締まっていて重く、鏃が無くても飛びそうだったが、距離が遠いのでそうもいかない。弟彦と稲目が石の鏃をせっせと作り、他の者が箭竹に据えて細い麻紐で固定し組み上げていく。タケルは人数分の弓と矢筒を作っている。
のちにこの時の戦いを記念して矢作神社が創建されている。御河の中州に生えていた箭竹は、植え替えられて神社に祭られている。矢が御神体なのである。戦の神として戦勝祈願のために、そののち幾度となく足を運ぶ者の絶えない神社となった。源義家、新田義貞をはじめ、第一次世界大戦の時には日本海軍までが、戦に赴く前に参拝したという。
参考まで、弓は張りが弱くなるのを嫌うので、普段は弦をはずしているから、ただの棒か杖に見える。矢を入れる道具で靫、箙、胡簶は奈良朝以降の呼び名で、矢筒だけが先史時代からあった。
皆が矢や弓作りに掛かる頃、タケルは敵情をもっと詳しく知るべく三太夫を派遣した。
朝早く道に詳しいものを一人連れ、三太夫が獣道に分け入った。干した貝や干し肉をふんだんに懐に入れている。
昼過ぎ、ようやく櫓の対岸の森に辿りついた。三太夫は声を立てずに案内の男にその場で控えていろという仕草をし、木に取り付いた。
そろそろと登りながら、一歩上がるごとに様子を覗う。
(おっと、危ねぇ、居やがったわい、小猿めが・・二人だな・・)
すぐ目の前の対岸に櫓があった。またゆっくり降りてくると、
「よし、場所は分かった、道案内御苦労じゃった。わいはここで数日敵の様子を覗うことと致すゆえ、汝は帰ってよいぞ。気付かれぬようにそろりと帰れよ」
と、小声で言い渡す。
「へい、では旦那、気を付けておくんなさい」
案内の男はそっと帰って行った。
三太夫はそのまま手頃な木を五、六本探してはそっと登り、枝ぶりや見晴らしを確かめ標しを付ける。そして顔に湿った土を塗りたくって黒くした。着ている衣類は元々深い草色をしていて、森の中では目立たない。そのうち、一本の木の中ほどに登り、太枝に腰を下ろしひっそりとして対岸を監視し始めた。
櫓までは四十メートルほどであろうか、ここからなら何とか届く距離であろう。何しろ小猿は一町、百九メートルも離れたところから命中させたほどの腕前である。しかし、よもや上から見下ろされることになろうとは気付くまい。
櫓は高さ二十メートル、広さが五メートル四方の巨大なものであった。四隅と中央の柱は立木の枝を払った樹木そのもので、根付きのまま柱に使ってある。造りは切り妻のある板葺き屋根を載せた、丸太を格子状(というよりもバツ印状に)に組み上げただけの簡素なもので、壁が無く内側に中二階の踊り場を経て上にあがる梯子段が伸びている。櫓の楼上には下方向からの攻撃に備えた低い障壁が付いているが、斜め上からの攻撃にはもろい。
川が枝分かれ(Y字)していて、その北西側の岸辺に櫓がある。西に向かう小川があり、南に向かう本流は堰止められている。櫓は三太夫の位置からは真西に当たる。周囲は数十メートルに亘って木々が刈り取られていて、容易には近づくことが出来ない。
夕暮れ前に一人別の男が小川の脇の小道をやってきて交代していった。小猿達は皆肩衣に短褌姿で、背に矢筒を背負って弓を肩に担いでいる。三太夫は身動き一つせずにひたすら観察している。暗くなると、干し肉を口に入れ、目を話さず見続けた。そして小猿達が寝た頃に、そのまま木に寄り掛かって目を瞑った。
楼上には常時小猿ともう一人の男が居て、日中は二人で代わる代わる川下を見ながら楼上をうろついている。もう一人の男は夕暮れごろに別の者が交代に来る。しかし何故か小猿だけはずっと楼上に詰めているようだった。
三日目の昼頃のこと。
(け、あんな所でずっと見張りをしているとは、小猿の奴も御苦労なこっちゃ。何かすることないのかいな、暇な野郎だぜ、全く)
そう思いながら見ていると、ふと小川沿いに人が歩いてくる。
(おや、もう交代かよ・・・やや、違うぞ、あれは確かさつきとかいう女だ。いったい何しに来たんじゃ)
籠を担いでさつきが梯子を登って行く。心なしか表情が険しいようだ。楼上に上がると、もう一人の男が振り向いてさつきと何か話したかと思うと、男はそそくさと下に降りて行った。後には小猿とさつきが残っただけである。
(やはり交代だったのか・・)
丸太に座って無愛想な貌をしている小猿を一瞥し、さつきは籠を床に置くと、中から弁当らしきものを出し、側に置いた。そして小猿の隣にちょこんと腰掛けた。やがて俯き加減に頻りに小猿に何か話し掛けている。三太夫にはその様子が、さつきが少し怒っている風に見えた。
(一体何を話しているのじゃ)
急に小猿が立ち上がってさつきに平手を食らわせた。さつきは床に倒れ込み、恨めしそうな目で小猿を見ている。
(おやおや、何があったんじゃ・・待てよ、あの二人・・そうかさつきとかいう女、きっとわいらの事を話したんだな、だから小猿の奴が目の色変えて見張っているのか・・)
さつきはそのまま梯子を下りて帰ってしまった。楼上には小猿一人しかいない。
(しめた、小猿一人だぞ・・いや待てよ・・)
小刀でも放れば仕留められそうなところだが、距離が遠過ぎる。おまけに回転して飛んで行くから枝に当ってはずす公算が高い。勘のいい小猿だ、風切り音を聞いて躱されるかもしれない。
(一度でも失敗したら元も子もなくなる、迂闊なことはよそう)
そう三太夫は思い留まった。
やがて別の男がやって来た。平常の見張りが続く。
こうして五日目の朝、三太夫は調べを終えて村に戻って行った。




