三の四
事に依ると海部衆の場合と同じ方法で、皆が現状を理解し倭に従ってくれるかもしれないと期待し、わざと小舟にして宇受売を那賀須泥彦のもとに使者に送った。海部の者一人と屈強な護衛を五人付けたとはいえ、宇受売への不安と期待が入り混じる。
やがて十日ほどして戻ったとの知らせが入り、皆の前で引見に及ぶ。
「おお宇受売、戻ったか、無事で何よりじゃ。して首尾はいかがであった」
「はい、道士、出雲の祭神大汝命とその長男、事代主はわが意を深く汲み取り、快く従いまして御座います。倭に降る証として、御覧下さい、この柊の八尋鉾を頂いて参りました」
宇受売は片膝ついて鉾を吾に差し出した。
「なんと、それは嬉しいことじゃ。宇受売よ、よくぞ斯様に難儀な仕事をやってのけてくれた、大した手柄じゃ。これで蓬莱も安泰となろう・・」
「いえ、道士、それはまだはよぉ御座います」
喜ぶ吾を宇受売が制した。
「次男の建御名方は父の大汝命に逆らって戦の準備を始めたとか。また、一番先に交渉した那賀須泥彦は大汝命の意向に従うと言ったにも拘らず、その後は屋敷に籠って城門を閉ざし、会おうと致しません」
「なんと・・・うーむ、残念じゃ、那賀須泥彦はわれらに危害を加えてしまったから、単に警戒しているだけだろうが、建御名方は困ったことじゃ、いかが致そうか・・・」
「戦って倒すしか御座いません。ここで下手に懐柔策など考えては、侮られまする、示しがつきませぬ。われらの強い意志を見せ付けねばなりません」
「うむ、よし分かった、已むを得ぬ仕儀じゃ、何もせずに従わせようとしても、のちに禍の種を残す結果となる。ここはわれらの力を見せつけてやらねばならぬ。われらとて、もとは斉国の民、そして大秦国の民じゃ、卑賤の民草などに侮られてはならぬ、観念するまで追いつめてやろうかい!」
吾が声を荒げるや否や、皆は手に手に槍を持ち、空に向かって突き上げては、鬨の声をあげた。
…ちなみに斉国とは、紀元前六世紀、春秋戦国時代に史上最高の軍略書、孫子を著した孫武の生国である。孫武の頃の斉国と、徐福の頃の斉国は別の王朝ではあるが、場所は同じである。徐福やその弟子達がこの書を知らぬはずはない。…
大層な言を吐いてしまったが、そう簡単にはいかぬわい。那賀須泥彦は未だ健在なのじゃ、どうやって菟陀に入れと言うのか? 紀ノ川の入口は抑えたとしても、その先二百里(百キロメートル)に亘って川岸に敵が充満する。とても通れたものではない。
ともかくも大汝命が下ってくれたのだから、別の場所に住まいを与えねばならん。そこで吾は家臣であり従兄弟の穂日を遣わして大汝命の住む屋敷を造らせることにした。これより穂日は大汝命付きの者として働く事になる。大汝命の監視役じゃ。
「屋敷や場所などの注文は大汝命の言う通りにせよ。くれぐれも無礼があってはならん、神の如くに扱うのじゃ」
と、穂日に命じた。――
…穂日とは天穂日命といい、出雲大社の宮司の祖である。屋敷は出雲大社。これにより出雲大社の宮司は倭族の者が務めることとなる。…
話はまだまだ先があったらしいのだが、出雲国に係わる話はここまでだった。
「どうじゃな、お分かりかな、出雲大社とは大汝命改め大国主神の隠居所なのじゃ。それをわが祖、穂日命が大社という牢屋を造ってやり、牢番となって監視に来た、それが始まりなのじゃ。日の本の誰もが従う大国主神に反逆心を起こさせないために幽閉したのじゃ。それを表向きは神様として扱うことで日の本中の出雲族を宥めたのじゃ」
「へぇー、それは凄い話ですね、そんな裏があったなんて知りませんでした。大国主神とは倭の尊い神様だと思っておりましたのに・・」
タケルは些か動顚気味だ。
「ははは、今はな、皆の神様で良いのじゃ、最早出雲も倭もないのだから。大国主神は全ての事情を呑み込んで、倭族と出雲族の橋渡しをなされたのじゃ。ただ、御子様、あなたは正統な倭の御子様じゃ、根っこにある真実は知っておいてもらいたいから話しましたのじゃ」
「心得ました、肝に銘じます」
タケルは誓った。
「なるほど、橋渡しをしたから大国主神は縁結びの神様なのですな」
と、三太夫も納得した。
「ははは、そういうことじゃな」
たこ島の宿禰は続ける。
「それから、行方をくらましていた長男の事代主は大汝命を追って、こっそりこの出雲の地にやってきた。父の身を案じたのじゃな。古住の出雲族とも穏やかに過ごすため、荒立てぬようにと隠岐に住みついたそうじゃ。出雲タケル様は事代主の子孫と言われる。また那賀須泥彦の子孫は今でも紀ノ国に住んでおるそうじゃ」
語り疲れたのであろうか、たこ島の宿禰は酒を一口ガブッと飲むと、シジミの燻製を口に放り込んだ。そしてむしゃむしゃ齧りながら話を続ける。
「今までの話はずっと昔の出来事じゃ、それよりも出雲様の事を話さないといかんだろうのぉ。お二人さん、ここからが最も大事な話になる。ただし、この話は他言無用に願いたい。要らざる騒ぎを引き起こしたくないでな」
たこ島の宿禰はまた話し始めた。
――朝酌入根という名が出雲様の元の名前じゃ。面倒じゃで、敬称は省くぞ。
その昔出雲振根、飯入根という兄弟がおった。兄の振根が出雲国の造じゃったが、崇神大王の派遣した四道将軍の詐術によって仲間割れを起こし、結局二人共に死んだ。倭系だったはずなのに、倭に反抗心を持ったために成敗されたのじゃ。この時をもって出雲国は完全に倭に降った。この出雲振根は朝酌入根の母方の祖先なのじゃ。
先代の神官岐比佐都美は女性ゆえに添うことが許されず、三十を数えた時親戚から養子を迎えた。十五になる弟子の岐比佐彦じゃ。そしてもう一人の弟子こそ朝酌入根じゃ。
さて出雲系の朝酌入根が弟子になれた経緯は、ごく他愛もない事じゃた。
十歳の朝酌入根が中海の入り江で漁をしている姿を、たまたま通りかかった岐比佐都美が目にした。奇妙な漁のやり方で、岩場に仕掛けた壺を引き上げては蛸を取っていた。魚釣りとは一風変わった漁のやり方と、獲れた蛸に口づけする愛嬌が岐比佐都美の心を揺さぶったのじゃ。声をかけて話をするうちに、その利発さに驚いた。子供とも思えぬ道理の弁えかた、気遣いの細やかさがあった。是非にわが弟子にと、親にせがんで引き取った。以来片時も離れぬ師弟となったのじゃ。
養子の岐比佐彦が居るにもかかわらず、朝酌入根は幼い頃から大層岐比佐都美のお気に入りとの評判だった。言葉にするのも憚られる淫靡でふしだらな噂すら流れたほどだった。
三年前じゃった、岐比佐都美が急に病の床に着いた。わしらが見舞いに行く暇もなく、死んでしまわれた。さて、跡取りを決めねばならん、岐比佐都美は当然決めていたに違いないが、それはわしにも知らされていなかった。
神官は火継ぎ式という儀式を行ったものから選ばれることになっている。喪に服す間に火燧臼と火燧杵を使って火を熾す。木と木を擦り合わせて火を熾すのじゃ。跡取り候補の弟子二人が共同して行う。
これを立ち合うのはわし一人じゃ。
熾した火を使って一食分の五穀粥を作る。これを榊の枝と共に亡き神官にお供えし、一心に祈る。わしも後ろに座って立ち合う。
榊の枝に亡き神官の御魂が乗り移り、次の神官を指し示す。
結果が出たのちにお下げして粥を食すのじゃ。食した者が次の神官となる仕来りじゃ。神官のもつ力が榊を伝って新たな者の御霊に宿るという神事じゃ。
榊は岐比佐彦に傾いた。
わしがしっかと判定した。
当然岐比佐彦が粥を食べたのじゃ。わしはこの時ほどほっとしたことはない、よもや朝酌入根に榊がそよいでいたら不味いことになる、そう思ったのじゃ。何せ倭の血の薄い人じゃ、前例にないことなのじゃ。
そうであろう、出雲大社の神官とは出雲族の神を閉じ込めておく牢の番人なのだ、その牢番が出雲族の者ではおかしいであろう。
ところが、その日夜遅く、皆に新しい神官を紹介する前に、岐比佐彦が突発的な病で死んでしまった。候補者はもう一人しかおらん、已むを得なかった。
朝酌入根が五穀粥を食べたと、わしは皆に告げた。
皆は疑わなかった、何しろ先代様のお気に入りだったからな。ただ、敗れた岐比佐彦の亡骸は誰にも告げずに夜のうちに薗の長浜から小舟で海に流した。
本当は敗れた者が神官を補佐することになっていたのじゃが、岐比佐彦は身を引くと言ってこの地を去ったと、皆に話したのじゃ。――
第十五代出雲大社神官は岐比佐彦であった。千家家に残る歴代の系図では垂仁朝に十四代岐比佐都美、応神朝に十六代意宇宿禰とあり、十五代目が空位となって抜けている。この百数十年の間に出雲系の神官が数人存在していたと想像出来る。ちょうどヤマトタケルの頃から卑弥呼の時代へと重なっている。
この日タケルは寝床の中で長老たこ島の宿禰の言葉を考えていた。
(何ゆえに出雲タケルの不利となることを語って聞かせたのであろうか。不忠ともとれるではないか。あるいはたこ島の宿禰が何か企んでいるのか?)
タケルは一抹の不安を感じた。そしてこれまで数週接してきたたこ島の宿禰の様子を思い浮かべた。
息子夫婦がたこ島に領地を持って暮らし、妻もたこ島に住んでいる。タケルと同じ十七になる娘が時折父親の世話をしに来ているだけだ。何人かいる仕丁達もたこ島の宿禰に良く馴染んでいて皆明るい、公務をこなすために懸命に努めているのがよく分かる。
(長老に限ってそんな野心は感じられぬが・・・考えてみれば、吾は出雲タケルのことをまだよく知らないな)
刀剣が好きなことや銀や玉鋼、玉などが好きなことは知っているが、性格的なことは丸で分からなかった。初めて会った時に、つい相手のペースに乗せられて兄弟の契りを交わしてしまい、そのまますぐたこ島の宿禰の家に住まわせられ、出雲見物でもしてくれと言われたきりなのだ。
この数週の間、一体何をやっているのか、知る由もない。
出雲タケルの言を信用して良いものだったらこの地に留まる理由がない、さっさと先に進んでよいのである。なのに旅気分を満喫して数週も留まっている。
(事に依ると長老は岐比佐都美と岐比佐彦親子の死の原因を疑っているのか? だとすると出雲タケルという男は、腹に一物をもつ野心家かもしれぬ。うかと信用してはなるまいぞ。来年都に向かうのを見届けるまでは、この地に留まるべきかもしれんな)
タケルはこの国の舵取りの難しさを感じていた。この国で倭にとって好ましくない何かが起こっている、そんな兆しを感じるのであった。




