二の二
やがて山一つ越えた辺りで田畑の広がる村に出た。話に聞いた邇摩村であろう。民草が精を出して畑仕事をしているのが見える。
防風林が立ち並ぶすぐ脇に、小さいがひと際背の高い高床の建物が見える。社のようだ。高床の柱の部分だけで人の三倍ほども高さがある。三、四本の木を固めて直径六十センチほどの太い柱にした物が何ヶ所も地に突き立ち、その高床の上にちょこんと建物が鎮座している。長い階の付いた高床の部分と萱葺きの屋根だけが異様に大きな、変わった構造物である。
切妻の梁が交差するように組まれて、屋根がいやに急角度だ。空に向かって突き出ている飾りの部分を千木といって、高天原から神様達が降りてくるときに使う梯子を意味するといわれる。時折社にはこの形が見られるので、タケルもよく知ってはいたが、これほど千木が長く、背の高い建物を見たのは初めてだった。
鳥居を潜るとすぐ長い階があり、妻入りの入口に繋がる。何故か階は少し右に寄っていて、釣り合いが取れてないように感じる。心柱から入口がずれているためとも言われるが、幅の広い階までずらすことはない。本当のところは現代でもよく分かっていない。
タケル達には、見た感じでは何を祭っている社か察しようがない。
畑で仕事をしている百姓に邇摩の長者の栖家の場所を尋ねて行ってみると、ごく普通の民家であった。防風林で囲まれた敷地に母屋の伏屋根の家、高床の穀物倉庫、家畜小屋などが立ち並ぶ。庭には四阿風に屋根の付いた大きな食卓と丸太を横にしただけの長椅子が置かれている。日なたでは五、六羽の鶏が餌を探して歩きまわり、犬が寝そべっている。
訪いを告げると、家の女丁が、
「今、畑仕事をしているで」
と言って、呼びに走った。
二人が庭の長椅子に座って待っていると、やがて四十半ばぐらいの丸顔で小柄なやや小太りの男がやってきた。タケル達は立ちあがって軽くお辞儀をした。
泥鰌髭を生やし、髷を結わず髪を首の後ろで束ねて背に垂らしている。草色の単衣に褌姿という質素な形である。細く垂れた目が人を和ませるが、髭と目尻が垂れた容姿は欲深そうに見えなくもない。
「旅のお方か、よぉお越しになった。ささ、座んなされ」
そう言って、男は長椅子に座った。二人もまた向かい側の長椅子に座った。
「わしが邇摩じゃが、何の用かね」
「初めてお目にかかります、吾は小碓、こっちが連れの三太夫です。村の外れに背の高い社が在りましたが、見事なものですね。この村の衆で建てられたのでしょうか」
「ああ、邇摩神社かね、はっはっは。あれは大社造りといってな、出雲大社に倣ったものだわ。見事なものだろ、この村の自慢だでな」
長者は疑り深そうな目をして、タケルを見つめ、
「それより何か用があって来たんでねぇのか、社を誉める為に来た訳ではねぇだろ」
と、問い質す。
「実は教えてもらいたいことがあって参りました。この石を御存知ですか?」
そう言って袂から石を取り出して長者の前に置いた。
長者は一瞬目を見開いて輝かせたが、すぐに手に取って回し見ながら、
「さあてね、石ころなんざ、そこいらじゅうにあるからねぇ・・・」
「この石は、ここから南に見える仙の山の頂で拾ったのです。あそこでこういった石を採掘しているらしいのですがね」
タケルは長者を覗き込んだ。
細い目でギョロっとタケルを睨み返す長者は、
「あんたら何もんだね、どっから来なすった。仙の山は国神様の住まいなす山で、立ち入り出来ないことになってるだぞ、何調べてるだ」
と、息巻いた。
「われらはたまたま海辺の温泉で知り合った馬路爺さんに一夜の宿をもらった者です、一昨日の事ですよ。その日の夜、大きな足音が聞こえてきてね。事情を聞いたら大多良坊っちがのしのしと歩いているという。その姿を見たものは干からびて死ぬとか・・」
「そうだ、これまで何人死んだことか、仙の山なんかに登れるはずがねぇ。嘘ばかりこくでねぇだ」
「嘘など言ってないよ、次の日に二人で調べて回ったら、足跡らしき痕跡は何もなかった。なあ、三太夫」
タケルは三太夫に相槌を求めたが、三太夫は自信なげに貌をしかめた。
「昨日のことだ、吾は夜になると仙の山に行って、秘かに国神様見物と決め込んだのさ。聞こえてきた音の調子が違っていたので調べることにした。そっと鳥居を潜った時だった、一瞬頭がくらくらきて吃驚したが・・」
「そうだろうが、神様の結界が張ってある、鳥居を潜った者には罰が当たるぞ」
「すぐに治まったさ。それから忍び足で登って行った・・・」
こうしてタケルは長者に昨日遭った出来事の一部始終を滔々と聞かせてやった。
やがて長者は観念したのか、
「ははは、全くもぉ、あんたはいい度胸だな。神様が怖くねぇのかね。鳥居を良くも潜れたものだ。いいよ、そこまで知っとるなら仕方がない」
と、胸の辺りを掻き毟りながら話しだした。
「鳥居には磁石岩といって黒鉄がくっ付く岩を左右に置いてあるのじゃ。潜ると目眩がして気分が悪くなる。人を寄せ付けないための工夫じゃ。採掘していることを知られたくねぇから噂を流して隠していたのじゃ。その石は福石といってな、銀という金属が採れる。百済や支那との貿易で使うのじゃ。銀の噂が広まってしまうと狙われるからねぇ、頼むからこの事は誰にも言わないでいておくれ」
長者は食台に手を突いて拝んだ。
「銀とな? へぇー、初めて聞くなぁ、何に使うんだい?」
タケルが訊くと、長者は、
「わしらも良く分からんがな。黒鉄と違うのは溶け易いことと、錆ないことじゃ」
と言って、立ち上がると、
「ちょっと待ってろや」と、母屋の中に入っていった。
「なんだろう、三太夫、銀だとさ、知ってるか」
「知りませんなぁ、黒鉄や赤銅なら知ってますがな・・」
すぐに長者が何か手に持って出てくると、
「ほらこれが銀だよ、白銀とも言うな」
そう言って、子供の掌ほどに延ばされた銀の板を食台に放った。
カラカラカラと音を出し、三太夫の前に転がった。
「大陸では貴重な金属とされていてな、何とでも取り替えてくれるのさ。銀を手に入れた者はまたそれを使ってどっかで欲しい物に交換するって訳だ。支那ではこれを貨幣と呼んでいる」
「貨幣ね、それは便利な物ですな」
三太夫が板銀を掴み上げると、
「おや、意外に重いものですなぁ」
両手で持って、裏返したりしながら色や堅さを確かめ、タケルに渡した。
「本とだ、確かに重いや」
タケルも掌上で放ったりしながら、
「これ一枚でどれほどの物と交換出来るのですか?」と、訊いた。
「そうですな、板銀一枚で馬一頭ってところですかな」
「ほぇー、こんな板がねで馬一頭!」
三太夫が目をぱちくりさせた。
「銀とは何とも高価な物ですね」
タケルも仰天し、丁重に板銀を長者に返した。
「ところで邇摩の長者殿、どうでしょう、倭に朝貢してはいかがですか。吾は倭の帝の息子で小碓と申します。帝の勅命に従って国を纏めに参った者です」
「な、何と・・」
長者は思わず立ち上がり、丸太の長椅子から転げ落ちるように後ろに下がって、地に手を突いて、
「ははぁーっ」と土下座した。
「それでは、近頃噂のヤマトタケルの命とは、あなた様のことでおわしますか・・お会い出来て誠に光栄の極みでおわします」
(なんと、自分の噂が、もうこんな所まで伝わっているとは・・それにしても、簡単に信用してしまう男だな、欲深そうに見えたが、意外に正直な男かもしれん)
邇摩の長者に実直さを感じたタケルは、
「長者殿、立って下さい」
と、駆け寄って、手を差し伸べた。
「は・・・ではお言葉に甘えて・・しかしながら・・」
と立ち上がり、また長椅子に座った長者は、何か困った貌をしている。
タケルも椅子に戻った。
「しかしながらとは?」
「実はわしらは出雲タケル様に銀の採掘高の半分を納めております。この上、倭の帝に納めるのでは、食べていけなくなりますだ」
「出雲タケル様ですと、出雲国の造ですね(そう言えば出雲国は倭に属していたはずだが、纏向で見かけたことがないな)しかし、長者殿はなにゆえに出雲タケル殿に上納しているのですか」
「わしは臆病者でしてな、笑うて下され、ははは」
情けなさそうな貌をして、長者は続けた。
「かのお人は猛猛しいお方でしてな。数年ほど前ですかな、娘を上げよと家来をよこして、刀をちらつかせました。嫁にくれって事ですが、要は人質ですわな。出さないと滅ぼされてしまうので出雲に属す事にしました。以来貢物を納める習慣がついてしまって。初めは珍しい物を季節の変わり目などに贈っていただけで済みましたが、うっかり銀が採れる事を知られてからは、毎年半分持ってこいとなった訳ですわ、ははは」
と、俯いて吐息をついた。
「笑えぬ話です。ですからわしらは出雲様に随うだけで御座います」
「なるほど、そう言うことですか・・では吾が出雲タケル殿に交渉しましょう、そもそも石見と出雲は別々の国だ、ここにも造がいていいはずだ」
「ところで長者殿」
三太夫が割り込んで、
「一昨日は丸で噂の通り、大多良坊っちが歩いているような音やったが、あれは何だったので?」
と尋ねた。三太夫は未だにわだかまりがあるようだ。
「ははは」と、笑いながら長者が絵解きを始めた。
「あれは以前に採掘して板銀に加工した分を、村まで運んでいたところだわ。その際噂を信じさせるために、道々に人を配置して大きな木槌で地べたを叩かせたのですわ。単純な幻戯ですわい。大多良坊っちが歩いとるみたいだったでしょう、はっはっは」
「おや、おや、まんまと騙されたって訳ですな、ははは。だけどねぇ、馬路爺さんは、大多良坊っちを見た者は縮んで死ぬのだと言っていたがねぇ」
「いえ、あれは黒焼きになった猿の子だがね。山の神と風の神に生け贄を捧げねばならんから、人の代わりに猿の子を黒焼きにして捧げるだ。さっきも言ったが、仙の山の事はくれぐれも内緒にしといて下されや」
こうして二人は事情の一切を知り、ほっとした。そして、邇摩の長者の家に一泊して、翌朝早く出雲へと向かった。
邇摩の村から出雲までは二日足らずの距離であったが、佐比売山の山裾(要害山)が海岸線まで伸びていて、険しい絶壁の山道となっている。途中岩肌に縋りながら蟹のように横になって歩かねばならないところさえあった。山は少し遅い桜が匂っていた。
ようやく下り道になって、眼の前に絶景が広がり出した。
「やれやれ、三太夫、険しい山道だったな」
タケルは喘ぎながら地べたに座り込んだ。背負子を下ろして瓢の水を呑みながら、
「なるほど佐比売山は石見と出雲を隔てる山だわい」
「左様で、こんなことなら邇摩の長者の進める通り、舟で海を廻る方が楽でしたな」
三太夫も腰を下ろし、水を一口飲んだ後、頭にかけて冷やしている。
「それはそうだが、見てみろこの景色。海を廻ったのではこの景色は見えなかったぞ、ははは」
タケルは首筋の汗を拭いながら笑った。
午後の強い日差しを背に受けて遥か北を望むと、馬路爺に聞いた国引きの話に出てきた地が見える。出雲の佐比売山に綱で引っ掛けてとめたという、その綱に例えられた薗の長浜(稲佐の浜)が日差しを受けて輝いている。西に海(日本海)、東にも神門水海が迫り、細く長い弓なりの砂浜である。その浜の先に八雲山を含むこんもりとした山並が東西に広がり、その西の端に杵築の岬(日御碕)が見えた。
南東の山間から流れてくる北側の肥河と南側の神門川(神戸川)は、二本平行に流れ、共に神門水海(神西湖)に注ぎ、神門川の続きがこの湖から流れ出て西の海に注いでいる。そして枝分れした肥河の続きが塩分の多い湿地帯を縫って東の宍道湖に至る。この二つの川は典型的な天井川であって、川底よりも周辺の平地の方が海抜が低い。それゆえに度々暴れて洪水が絶えなかった。
…肥河こと斐伊川は江戸時代に大規模な治水工事が行なわれて宍道湖に注ぐように北東方向にコースを変えられた。つまり湿地帯を利用出来るように、肥河を真水化したのである。それによって神西湖が少しずつ干上がって、今のように小さくなった。…
神門水海はスサノオの命とその妻稲田姫との愛娘、須世理姫の誕生の地とされる。
神話では、大国主神が須世理姫を見初めて求婚したが、スサノオの命が無理難題をたくさん言って邪魔をした。当時大汝命と言われた大国主神が須世理姫の力も借りて、ようやく試練を克服し、結ばれたのである。
現在は神門水海が南に小さく残るだけだが、当時は現在の五倍ほどの広さがあり、満潮時には八雲山の裾野に聳える出雲大社のすぐ側まで迫り、宍道湖の畔まで葦の生い茂る湿地帯が広がっていた。湿地帯は川獺や水鳥達の楽園と化している。また宍道湖の大きさは現在の半分ほどもなかった。
第二の葦原中国である。
鳥居の色こそ赤ではないが、大鳥居が水に浸る神社の形の原点は、出雲大社が最初であろう。しかも鳥居を潜ると見上げる如く急な階が聳え立つ姿は、まさに神が住む建物に相違ないと人々は感じた事だろう。ただ、不思議なのはなぜあんなに西の外れに造ったのか分からない。
「あの湖の向こうに小さく見えるのが出雲大社か・・こんな遠くからでも見えるとは、驚きだな」
「左様ですな、大社までだと舟で二刻はかかる距離ですな」
と言って、三太夫は湖の船着き場を目で探す。
邇摩神社を何倍か大きくしたような規模で、長い階の付いた、太い柱を何本も立てた高床の台上に、千木と鰹木の目立つ萱葺き屋根の社が載る。高さは二十間(三十五メートル)ほどもあるだろうか、図抜けて大きな建造物である。
これまで平安時代の設計図が出雲大社の宮司家に保管されていたが、あまりの巨大さゆえに絵空事と思われていた。しかし近年、六十年に一度の遷宮の際の発掘調査で、太い柱が狭い間隔でいくつも並んでいるのが発見され、実在したことが証明された。高さ四十八メートルの本殿、百メートルという長い階段が付いている。これこそが大社造りである。当時は平安時代ほどではなかったにしろ、巨大であったことは推察出来る。いつ頃かは不明だが、のちの世では萱葺きではなく檜皮葺と変わっている。
出雲大社、これほどの建造物を造るにはかなりの人手がいる、どれほど出雲国の造に権力と財力があったかが分かろうというものだ。
タケルは懐から地図を出して見比べている。
「湖に南東の山並から注ぐ川が二本見える、そして湖から葦原の中を宍道湖に向かって流れる川がある、あの川を下れば出雲タケルの住む意宇まで行けそうだ。舟で半日ほどか」
…意宇の場所は宍道湖と中海の間にあたる松江市大草町付近である。…
「あの浜辺の舟を借りて、急げば夜までには意宇に着けるかも知れませんな」
「いや、三太夫、それはちと考えものだ、今日は浜辺付近までにしておこう。出雲の民草は土蜘蛛と変わらん、念入りに下調べをしてから出雲タケルに会おう」
「左様ですな、ふふふ」
三太夫は含み笑いをした。
タケルの成長に三太夫は舌を巻かれるようだった。二年前なら何でも三太夫が考えて、タケルが追随して一緒に行動していたのだが、今はタケル自らが考え、注意深く行動している。今では三太夫がタケルに従って動いているのである。成長する弟子の姿を見て、ほくそ笑む三太夫であった。




