三の一
三
日の本の本島西側は、穴門から丹後若狭に至るまで延々と山並が中央を走り、その稜線が北の海岸線に迫る、そんな地形をしている。それと平行に走る短い山並が北側にあり、その中間の海(湾)に長い年月をかけて二本の川が土砂を運び平地や湖沼群を形成した、それが出雲国の地形である。国引き神話の本当のところであろう。
北方から吹き付ける風が北の山並にぶつかって大量の雲が発生する、八雲立つ国出雲の名の通りである。山々に囲まれた要害の地であり、容易に外から踏み込めない地形をしている。それゆえに出雲の民は独立心に富んでいる。
坂を下り浜辺を少し歩くと前方一面に広がる湖にぶつかった。神門水海(神西湖)である。二人はシジミ獲りをしている民草にどこか泊めてもらえそうな所はないかと尋ねると、那売佐神社が湖の東南の森山にあると聞いて訪ねる事にした。大国主神の妻、須世理姫を祭った社と聞く。
二人は、西国から出雲大社の大社造りを学びにきた大工の兄弟、三太夫と小次郎ということにした。身分を隠してひと月余の宿を頼んだが、宮司は快諾してくれた。那売佐神社は大社造りではないが、かなり大きな平屋の建物だった。こんもり小高い山の中央に、厨房、倉庫、家畜小屋、厠なども立ち並ぶ森に囲まれた屋敷である。
汽水湖の神門水海はシジミの生育環境が大変に良いようで、簡単に獲れる。二人は小舟を使って出雲国を調べ歩いたあとは、たいていシジミを獲って帰ってくる。
…神西湖は現在、単位面積当たりのシジミの取れ高が日本一といわれる。…
半月ほど経ったある日の夕方、神社に戻ってきた二人は、
「宮司殿、またシジミを獲って来たぞ」
タケルは網に入ったシジミを掲げた。
「おやおや、御苦労だね、でもいつもシジミ汁では飽きただろ、今日は少し変わった物を作って進ぜる」
「ほぉ、それはいい。猪鍋とか鴨鍋かなんかかい」と、三太夫。
「ほっほっほ、それは食べて見てのお楽しみとすべぇ。さあ、湯にでも行って綺麗にして来いや」
二人は頷いて、井戸の流しにシジミを置いて、すぐそばの温泉に向かった。
…ちなみに生臭物を食していけないのは仏教の仕来りであり、伝来するのはまだ四百年ほども未来のことである。…
井戸端では巫女達が夕飯の支度を始めていた。巫女達とは宮司の妻と娘姉妹である。四十半ばの宮司に四十ぐらいの妻、そしてタケルと同じ年回りの二人の娘である。四人とも白ずくめの姿で、天辺ではなく首の後ろで髪を丸めて髷を作っている。この髪型は男女共通で、この地方の流行りなのかもしれない。
宮司の家族は既にこの大工の二人を家族のように思っている。とりわけ娘二人は精悍な若者三太夫と、十七歳とすっかり男前に変貌したタケルの小次郎を見比べるようにして、思いを寄せている。母親の方も御執心で、二人のうちどちらでもいいからここに残って跡取りになって欲しいと思っていた。
さすがに主の宮司はこの二人の旅人を大工などとは思っていない。何か威厳のようなものを感じていたのである。
――いずれ去っていく者達じゃ、叶わぬ望みは禁物じゃぞ
そう言って、時々娘らを戒めていた。
温泉から戻ると、すぐ厨房に向かった。既に宮司や巫女達も板の間に座っている。おのおのの前にコの字型にお膳が並べられている。
「ささ、三太夫さんに、小次郎さんも座んなされ」
上座の宮司が促す。
「はい、いやぁ、何か旨そうですね」
タケルは右側の端の席に着いた。三太夫もその上座に座る。向かい側には三人の巫女達が座っている。宮司が皆を一望し、
「それでは頂きましょう」
と告げた。木の椀に入った、ドロッとした汁物であった。
三太夫が椀を手にして、箸でつついた。
「んん、これは餅ですな、いやぁ、餅とは珍しい」
「ははは、これはずんざい餅で御座るよ、冬に食べる物で季節外れだが、まあたまにはいいかと思ったでな」
「ええ、ずんざい餅?」
餅を頬張りながらタケルは怪訝な貌をしている。
「神在餅といいましてな、神様達が集まったお祝いに、神在り月の日に食べるのですよ、小豆と餅を汁にして、音をたてないように静かに食べるものです」
宮司の女房が解説した。
「ああ、ずんざいではなくじんざいか、なるほど」
タケルは納得した。
この時代、滅多に口に出来ない餅を頂き、皆は無言のままほくほくしながら椀をつついている。神在り月のことを出雲以外では神無月という。
大黒様という名で親しみのある大国主神は普段は恵比寿様と共に台所の神様だが、旧暦の十月、神無月には出雲に七福神が集まって、あらゆるものの縁を結ぶ為に話し合うという。そのまとめ役が大黒様である。縁とは人に限らず動物から物に至るまで、ありとあらゆるものの縁である。
ちなみに七福神は仏教界での神様、仏菩薩である。仏教と土着の神様の宗教上の融合、神仏習合があって以来、室町の頃に大黒様が大国主神と同一視されたものである。
小豆の起源は古く、古事記にも登場している。この辺りは朝鮮半島に最も近く、遠い昔に伝来したものであろう。この神在餅は出雲ではずんざいと訛って言われ、のちに善哉の語源となったとも言われる。何故か出雲弁は東北弁とよく似ている。そして朝鮮のハングルの発音が時々東北地方のずうずう弁に似て聞こえるのは筆者だけだろうか。
砂糖はまだ渡来していないので塩味だったものか。砂糖は奈良時代に鑑真和尚によってもたらされたものである。
ここまで二人が調べたところは、以下の通りである。
――出雲の民は殆んどが出雲族であり、造家の一族と一部の家臣のみが倭族出身である。
…ちなみに広義の出雲族とは日の本中に散らばったスサノオの命と大国主命を崇める満州系の民族のことをいう。…
出雲国は西に出雲大社を中心とした山並に住む岐比家(千家家)と東の意宇郡に散らばる宿禰家(北島家)の二つの倭族勢力から構成される。西には出雲大社があり、東には熊野大社がある。造家はその両方の神官であり、普段は主に熊野大社の近傍、意宇に住んでいる。
ところが出雲タケルはそのどちらにも属さない出雲族の末裔である。今は宿禰家側の立場で出雲タケルが国を治め、宮司も務める。岐比家は出雲大社の宮司の代理となっている。
どちらの地域も漁業と稲作が盛んで、物成が良く、穏やかな中海の良港を利用して交易が盛んだ。しかも出雲タケルは隠岐を自分の領地に加えていた。中国地方にあってこれ程耕作可能地域の多い国は少ないであろう。
出雲タケルは若干二十ぐらいで、その名の通りに猛猛しい若者で、三年前に神聖な火継ぎ式という儀式によって選ばれた正式な造である。その儀式がどういうものかは分からない。ただし、帝に承認された造や神官ではない。
妻に紀ノ国出身の熊野の巫女姫、妃に邇摩の巫女姫など数人いる。
側近に一族の長老格、たこ島の宿禰という者がいて、よく補佐してきた。
…たこ島とは現在の中海に浮かぶ大根島のことである。北島ともいう。ちなみに室町時代の頃から出雲大社の宮司は千家家と北島家の二家から出すことになっている。…
南の奥出雲の地、肥河の上流部に蹈鞴という村があり、武器の刀や農具の鉏鍬などの材料となる玉鋼を交易に依り手に入れていた。蹈鞴は殆んど出雲国の属国といってよい。
出雲からは百済などの大陸の国との貿易で得た交易品のおこぼれや出雲で作る勾玉や管玉などの工芸品、米や里芋などの食料を蹈鞴にもたらしている。
出雲タケルはとても武術好きで、刀にも随分凝っていると聞く。隠岐島に名のある鍛冶(刀工)を育て、大枚をはたいて造らせたりしていた。それが殆んど邇摩村から来る銀のお陰であった。――
夕食後に三太夫と小次郎は地酒をやりながら宮司らと談笑する。
「時に宮司殿、たこ島の宿禰様とはどんな方ですかね?」
タケルの小次郎が問うた。
「たこ島の宿禰様じゃと。ああ、あの方は齢六十近い造家の長老でな、祭事を任されている生き字引のようなお方じゃ。宿禰様が占って決めた事を出雲タケル様が認可し、国を動かすと言われとる。中の海に浮かぶたこ島生まれなので、たこ島の宿禰と呼ばれとるのじゃ」
「なるほど。人格者なのかい」と、タケル。
「そりゃぁそうだ、長老として尊敬されとるからなぁ」
言う途端に、宮司はにやっと笑って小次郎を見つめた。
「ところで、たこ島って名前、変じゃろう、気にならねぇか?」
「蛸でも獲れるのかい」と、三太夫が尋ねた。
「まあ、近いがな、ちょっと違う、聞かせてやっぺ」
そう言って、宮司の話が始まった。宮司の十八番らしく、女達が皆クスクスと笑って立ち上がり、後片付けをし始めた。耳にタコが出るほど聞かされているようだ。
――たこ島にはその名前に由来する故事がある。
その昔、隠岐島には世にも稀なる大鷲が住んでおった。高い千年杉の天辺の梢にとまり、大きな羽を広げてゆっくりと飛び始めると、周りの小鳥達がその優雅な姿に惚れ惚れして、
「おお、鷲様じゃ、鷲様がゆく」
「優雅じゃのぉ」
「本とにのぉ」
「惚れ惚れするのぉ」
「天下一の大鷲様じゃ」
「まことに、まことに・・」
などと、こぞって褒め称えた。
鷲は大変いい気分になった。胸を反らし、鼻高々だった。そこで鷲は、
「この世で自分より大きなものはいないであろう。どれ、ひとつそれを確かめてやろう」
と言って、旅に出た。
隠岐を飛び立ち、南へ南へと飛んでいるうちに、さすがに草臥れてしまった大鷲は、どこか休む所はないか、どこかとまれる所はないかと辺りをきょろきょろ、きょろきょろ。
すると西出雲の杵築の岬近くの沖合で、海からちょうどいい木の枝が出ている。
「ああ、いい枝が在るぞ、あそこで休んでいこう」
急ぎ降下して、鷲が枝にしっかと掴まった。
「ああ、やれやれだわい。ふう、草臥れた・・」
ふうふう言って、汗をかいている。
すると、
「誰じゃい」と、異様な声がする。
鷲は驚いて辺りを見廻すが、誰もいない。
「誰じゃい」と、また声がして、
「勝手にわしの足に縋りおって、日向ぼっこの邪魔をするな」
と、大きな声が聞こえてきた。どうやら海の底から聞こえるようだ。
吃驚してきょろきょろ頭を動かしながら水底を見つめる大鷲は、驚くまい事か自分が大蛸の足の先っちょにとまっている事を知った。
(うぬぬっ、負けんぞ)
と思った大鷲は、自分より遥かに大きい蛸をしっかりとふん掴まえたまま、飛び上がった。本土に向かって力の続く限り飛んだ。
「こりゃ、何をさらすんじゃい、放さんか、われ」
空中で大蛸はバタバタ暴れる。中海に浮かぶ島までやって来た時だった。
「ああ、あかんわ、足が痺れる・・もう駄目じゃ」
言いながら、重さに耐えきれず落としてしまった。
「あいたたた、あのこんまい鷲の野郎め、わしをこんな所に連れて来おって」
竹藪に落ちた時にぶつけた頭を足で擦っていた。
するとな、
「誰じゃい、わしの背中でじゃれつくのは? こそばゆいではないか、降りろ」
どでかい声が頭上で響き渡った。大蛸は吃驚した。
見ると、にゅうっと鎌首をもたげた山のような頭に二本の触手を生やし、黄色に光る大きな二つの目がこちらを睨んでいる。
いや、大蛸驚いた事この上ない。竹藪と思っていたのは、大蜈蚣の背中の産毛だった。
(この世に自分より大きな奴がいるとは思ってもみなかった。こいつをやっつければわしが日の本一だぞ)
とばかりに、大蛸が今度は自分の何倍もある蜈蚣に絡みついて捉まえ、そのまま海にずるずると引きずり込んだ。ところが北の島が近過ぎたのと海が浅かったことで、蛸は上手く泳げない。結局もがく蜈蚣に足を咬まれて放してしまった。難を逃れた蜈蚣がこの北の島に上陸した。
それ以来、この蛸の落っこちた島をたこ島(現在の大根島)、蜈蚣の這い上がった北の島を蜈蚣島(現在の江島)と呼ぶようになったのじゃ。
上には上があるもので、けっして過信してはならんということじゃ。――
…『出雲国風土記』より。…




