Ch.34 港とスイレン その四
帆船が沖に向かうまでの間、結城 克己は文字で意思疎通をしながらハンドサインを学ぶ。
南東で海賊をしていた経験がある漁師、ジョナサンは海戦時に使われていたハンドサインを結城 克己たちに伝え続けた。
そして、数日の航海の末、結城 克己たちを乗せた帆船は暗礁地帯を抜けて水深七千メートルの深い海が広がるエリアに出た。
穏やかな海に飯を喰らう音が響く。
文字で行われる静かな意思疎通、しかし、紙に走る文字はとても楽しそうに踊っている。
食事をしていたその時、何かが船体を叩き始めた。
「これは・・・」
克己は飛び跳ね、船体に体を掠めながら浅瀬の方へ逃げていく人魚の群れを見つめる。
「・・・」
克己のハンドサインに男たちが動く。
バリスタにボルトを込める者、クロスボウを構える者、帆の調節を行う者、この空間に静観者などいない。
海が激しく波立ち始めたその時、海面から巨大な触手が飛び出した。
「ク、クラーケンだぁぁぁぁ!!!!」
克己は巨大な触手を見て叫んだ。
「ウオォォォォ!!!!」
操舵士は全力で舵を切る。
帆船は凄まじい勢いで右へと旋回していく。
振り下ろされるクラーケンの触手は船尾を掠め、凄まじい音と共に木片が飛び散った。
「船尾中破!まだまだ問題はねぇ!」
乗組員は克己にハンドサインを送った。
「撃て!撃てぇぇぇぇ!!」
克己が目標を手で指すと共にバリスタが放つ巨大な矢が海面に浮上してくるクラーケンを狙って飛んでいく。
放たれたボルトはクラーケンの触手に直撃するも大きな傷は与えられない。
薙ぎ払うように振られたクラーケンの触手は船体を大きく抉り、衝撃で多くの乗組員が宙に浮いた。
「・・・」
吹き飛ばされた克己は木の柵に掴まる。
「ィ・・・テェ・・・」
そんな克己のもう片方の手には負傷して意識が混濁したジョナサンが掴まれていた。
「・・・」
克己はジョナサンのハンドサインを見て深く息を吸うと、ジョナサンの手を離した。
甲板に戻ると振り返ることなく巨大な桶がかかった天秤棒を担ぎ、修繕用の木材を抱えて船底へ向かう。
乗組員に修繕用の木材を手早く渡し、海水を運び出していく。
仲間を失い、心が一つになった乗組員たちの連携によって繰り出される猛攻撃はクラーケンの触手を徐々に引き裂いていく。
「ウオォォォォォォォォ!!!!」
天秤棒を担いだ克己たちは全力で海水を運び出していく。
「来るッ!!」
水浸しになった克己は帆船に向かって振り下ろされる触手を見つめる。
その時、海が凄まじい勢いで盛り上がり、海面から全長数百メートルはゆうにあるであろうクジラが姿を見せた。
クジラはクラーケンの胴体を噛みながらその巨体を浮かせ、己の体一つ分もの距離を飛翔し、凄まじい水しぶきを上げながら着水した。
「クソ重てぇ!!」
克己は叫びながら舵を動かす。
帆船の船首は約四十五度の角度で大きな波に侵入しようとする。
「急げぇぇぇぇ!!!!」
乗組員たちは減速するように帆を調節する。
結城 克己たちを乗せた帆船は見事に巨大な波を乗り越えた。
クラーケンとクジラの大怪獣バトルが繰り広げられていたその時、ちぎれかけていたクラーケンの触手が千切れて宙を舞った。




