伝わる報告資料
テストは、想像していたよりも静かに始まった。
だが、やることは山ほどあった。
黒川が負荷ツールを操作する。
リクエスト数を少しずつ上げていく。
村瀬はサーバの状態を確認している。
CPUの使用率、メモリの消費量、キューの滞留。
水瀬はログを見ながら、検証結果を書き込む準備を整えていた。
ログ。
リソース。
遅延。
数字。
確認することは多い。
だが現場は、不思議なほど落ち着いていた。
黒川が言う。
「最初の負荷、流します」
「頼む」
村瀬が画面を見たまま答える。
ログが流れ始めた。
リクエストが処理される。
レスポンスが返る。
キューの件数も安定している。
黒川が小さく言った。
「問題なさそうですね」
村瀬も頷く。
「そうだな」
水瀬はその様子を見ながら、検証結果を書き込む準備を進めていく。
負荷を少しずつ上げていく。
ログの流れが速くなる。
それでも処理は安定していた。
拍子抜けするほど、あっさりと。
そのときだった。
黒川が画面を見たまま言った。
「あれ」
水瀬が顔を上げる。
「どうした?」
黒川がログを指さした。
「キューのはけ具合、急に悪くなってる」
村瀬がすぐ画面を覗き込む。
数秒の沈黙。
ログの数字がゆっくりと変化していく。
そして村瀬が言った。
「……ここか」
黒川も頷く。
「この負荷を超えたあたりですね」
それまで滑らかだった処理が、急に詰まり始めていた。
キューの滞留。
レスポンスの揺れ。
水瀬は画面を見ながら思った。
分岐点だ。
ここまでは問題ない。
だが、ここを超えると遅延が出る。
水瀬はすぐメモを取り始めた。
負荷の値。
遅延時間。
キューの滞留数。
数字を整理していく。
村瀬が言う。
「そのライン、押さえておこう」
黒川が負荷を微調整する。
「このあたりですね」
「そうだな」
水瀬は仕様書の結果欄に数字を書き込んでいく。
検証結果が、少しずつ形になっていく。
それから数時間が過ぎた。
テストを繰り返し、結果を整理する。
グラフを作る。
前提条件を書き足す。
説明文を整える。
ようやく一通りの形が出来上がった。
村瀬が言った。
「部長に見てもらおう」
三人で高橋の席へ向かう。
高橋は資料を受け取り、黙って画面を見始めた。
ページをめくる音だけが聞こえる。
しばらくして、高橋が言った。
「……方向は悪くない」
水瀬は少しだけ安心する。
だが、次の言葉が続いた。
「ただ、この資料だと先方には伝わらない」
ページを指さす。
「この数字」
「前提条件が書かれていない」
次のページをめくる。
「それからこのグラフ」
「これで何を説明したいのかが分からない」
高橋は静かに言った。
「もう一回作り直そう」
逃げ道はなかった。
「……はい」
村瀬が答える。
席へ戻る。
黒川が小さく息を吐いた。
「やり直しか」
村瀬は苦笑する。
「まあ、そうなるな」
水瀬は資料を開き直した。
テストを見直す。
数字を整理する。
説明を書き直す。
再びレビュー。
また修正。
時計を見る。
深夜二時。
三時。
四時。
高橋は席を立たず、何度もレビューを続けていた。
厳しい。
だが、突き放すことはない。
あるレビューのあと、高橋が言った。
「方向は悪くない」
そして続ける。
「もう一回作れば通る」
その言葉だけが支えだった。
気がつけば、窓の外が少し白んでいた。
時計を見る。
五時半。
高橋が言った。
「これでいけるだろう」
そして続けた。
「今日は一度帰れ」
「打ち合わせは十一時だ」
三人とも椅子にもたれた。
体が重い。
頭がぼんやりしている。
村瀬が言う。
「一回帰ろう」
水瀬は立ち上がった。
外へ出ると、空気はすっかり朝だった。
二人と別れ、始発電車に乗り込む。
座席に座った瞬間、体の力が抜ける。
眠気が一気に押し寄せた。ここで寝過ごしたら、戻って来れない。
必死で眠らないようにした。
なんとか最寄り駅で降り、ふらふらと歩く。
家についた。自分の部屋なのにいつもと違う雰囲気を感じる。
時計を見る。
意外にもまだ会社へ向かうまでに2時間半あった。
シャワーを浴びた。体に弾くお湯がとても心地いい。
シャワーから出て、部屋に戻る。
少し仮眠をとろう、とベッドに倒れる。
ベッドに横になるが、心臓の鼓動がいつもより脈打っているのが聞こえ、なかなか寝付けなかった。
ゆっくり息を吐き、ゆっくり吸う。
何度もやってたら、自然と落ち着いてきた。
すると、待ってましたかのように眠気が一気に襲ってくる。
寝ぼけ眼でアラームをセットして眠りについた。
寝たつもりが気が付けばアラームがなっていた。
気が張っているせいか、すんなりと目が覚めたが、全然寝た気がしなかった。
相変わらず顔は疲れてる。そして、眠そうだ。目の周りもまっかになっている。
この状況でアラームで起きれたことに水瀬は自分を褒めた。
そして、スーツに着替え、家を出る準備を急ぐ。
思い出したが、今日は金曜日。
思えば、ここ1週間は目まぐるしいほどの変化だったなとしみじみ思いつつ、
玄関のドアを開けて、会社に向かうのだった。
明日は休みだといいなという淡い期待を持ちながら。




