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とあるエンジニアの備忘Log ― 新人SE、水瀬のデスマーチ記録 ―  作者: no name


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15/21

夜明け前の再設計

 フロアは静かだった。

 昼間は人の声や電話の音が飛び交う場所なのに、今はキーボードを叩く音だけが小さく響いている。

 時計を見る。

 午前三時を少し回ったところだった。

 水瀬は椅子にもたれ、軽く息を吐いた。

 眠い。

 さっきまで大丈夫だったはずなのに、いつの間にか頭がぼんやりしてきている。

 目をこすりながら、もう一度モニターを見る。


 ログ。

 計算結果。

 構成図。


 どれも、さっきから何度も見ているものだ。

 ふと窓の方を見る。

 外はまだ真っ暗だった。

 オフィスの照明だけが、夜のフロアを白く照らしている。

 黒川はモニターに向かったまま、腕を組んで考え込んでいた。

 村瀬はホワイトボードの前に立ち、さっき書いた構成図を見つめている。

 ホワイトボードには大きく三つの箱が描かれていた。


 WEBサーバ。

 アプリケーション。

 データベース。


 その横に、村瀬が新しく書き足した箱。


 Queue


 矢印が何本も伸びている。

 水瀬はノートを見た。

 そこには自分の字で、こう書かれている。

 「キュー」

 「別処理」

 あとで調べようと思って書いたメモだった。

 正直、まだよく分かっていない。

 でも、重要そうな言葉だということだけは分かる。

 黒川が口を開いた。

「キューに処理を溜めて、順番に処理していくイメージですか?」

 村瀬は頷く。

「そういう感じだな」

 黒川は腕を組んだ。

「ただ、それだとデータベースの更新が遅れませんか?」

 村瀬は少し笑った。

「遅れる」

 あっさり言った。

 水瀬は思わず顔を上げる。

 黒川も同じ反応だった。

 村瀬は続ける。

「そこは先方に納得してもらうしかない」

 一拍置く。

「ただし、その代わりどのくらい遅れるかは予め概算で出しておこう」

 ホワイトボードに数字を書き始める。

「キューに溜まった処理が、最大でどれくらい遅延するか」

 マーカーがカリカリと音を立てる。

「それを算出しておけば、説明はできる」

 黒川が小さく頷いた。

「なるほど」

 水瀬は急いでノートを取る。

 数字。

 矢印。

 構成図。

 ただ、途中から何を書いているのか分からなくなってきた。

 それでも手は止めない。

 あとで調べればいい。

 とにかく書いておく。

 今の自分にできることは、それくらいだった。

 作業は続いた。

 アクセス数の再試算。

 キュー処理の速度の仮定。

 構成の整理。

 黒川が計算する。

 村瀬が確認する。

 水瀬が資料をまとめる。

 時計を見る。

 午前四時半。

 窓を見る。

 外が、少しだけ明るくなっていた。

 夜の黒が、ゆっくり薄くなっている。

 黒川も気づいたらしく、小さく言った。

「……もう朝か」

 水瀬も窓を見る。

「だね」

 少し笑った。

 その時だった。

 窓の外から差し込む光が、急に強くなった。

 朝日だった。

 モニターが見づらい。

 村瀬が窓の方を見る。

「ブラインド下げとくか」

 水瀬は立ち上がり、窓のブラインドを下げるボタンを押した。

 ブラインドが下がっていくごとに朝日の光が少し柔らかくなる。

 ホワイトボードの構成図を見ると、最初の構成とは、もうまったく違っていた。

 新しい箱。

 新しい矢印。

 新しい前提。

 村瀬が言う。

「構成はこれでいけると思う」

 黒川が頷いた。

「僕もそう思います」

 水瀬はホワイトボードを見つめる。

 正直、全部は理解できていない。

 それでも、さっきまでよりはずっと整理されているように見えた。

 村瀬がマーカーを置く。

「よし」

 一度深く息を吐く。

「説明文まとめよう」

 黒川がキーボードを叩き始める。

 水瀬は資料を整理する。

 構成。

 前提条件。

 影響範囲。

 費用感。

 先方に送る説明文を作る。

 その途中だった。

 村瀬が時計を見た。

 午前八時。

「……そろそろメール送る時間か」

 黒川も時計を見る。

「もうそんな時間ですか」

 村瀬は小さく息を吐いた。

「一回、先方に一報入れよう」

 水瀬が顔を上げる。

「もう送るんですか?」

 村瀬は首を横に振る。

「いや」

 ホワイトボードを指す。

「まだ構成は固まりきってない」

 一拍置く。

「ただ、状況は共有しておいた方がいい」

 黒川が頷いた。

「そうですね」

 村瀬は椅子に座り、メールを書き始めた。

 フロアは静かだった。

 窓の外はすっかり朝になっている。

 夜通し作業していたのは、

 このフロアでは自分たち三人だけだった。

 水瀬はモニターを見つめながら思った。

 昨日まで、この案件はただの仕事だった。

 でも今は違う。

 少しずつ、何かが動き始めている。

 その流れの中に、自分もいる。

 そんな気がしていた。


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