95話 辺境にて暗雲を待つ
Q.シュガーはどうして整骨院始めたの?戦闘者やめたの?
A.やめました。関節技が得意な彼女は人体を壊す術を持ってるから、逆に治す術も持ってるのです。
石畳を踏む足音が、やけに響きわたる。
帝都マナタン、居住区。
かつては賑わっていた通りも今はどこか空気が重い。
「……静かすぎね」
シオンが周囲を見回す。
「あぁ……なんか視線はあるんだけどな」
アイザックも感じていた。
人はいる。だが、誰も表に出てこない。
窓の隙間、扉の影――そこから“様子を窺っている”。
「みんな怖いですね……」
ミークが小さく呟き、アイザックの服の裾を掴む。
空気が、違う。
あの祭りの熱狂とは、まるで別物だ。
――数刻前。
「彼女の調査、それが今回の依頼だ」
ミカードの言葉にシオンの表情が険しくなる。
「エウロペの調査...なんのために?」
「もしかして『獣』だから?」
シオンの脳裏に蘇る獣冠祭の記憶。
シュガーの攻撃をどれだけ受けても飄々とし、バラバラに吹き飛んだとしても再生して復活した。
明らかに人間ではない、そうシオンは確信していた。
「その通りだ、これを見て欲しい」
ーーーガシャアァァァンッッ!!
「ちょ」
長い机の上に置かれた大量の道具はミカードの腕に押し出され、地面に叩きつけられる。
唖然とするレーチェを無視して机の上をまっさらにするとーーー。
ーーーダァァンッ!!
「うぉ!?」
「ひっ!?」
「これは...!!」
それは犬の形をしたなにか、異形の怪物だった。
全身の皮が剥がされ、骨が至る所に露出し、頭部を埋め尽くす無数の目玉。
あまりにも醜悪な姿をした怪物を見てミークは吐き気を催した。
「こ、これは!?」
「『堕ちた獣』だ」
「!?」
しかし、アイザックの知る『堕ちた獣』ーーー『獣』はゾンビの見た目で、人がベースとなっているはずだ。
「つ、つまりこれは犬が感染した...?」
「いや、人だ」
「「!?」」
「報告によると飯を食っていた人が急に苦しみだし、そしてこの異形に変化した」
「そ、そんなことって...!?」
「ただし……妙な共通点がある」
「?」
「発症した者たちだが――全員、一度は同じ場所を訪れている」
「同じ場所……?」
「それってまさか...!!」
シオンが口を挟んだ。
「エウロペ=バレーナの孤児院だ」
「……!」
空気が一瞬で張り詰める。
「店主も、最初の被害者も、その前の件も……様々な要件で一度彼女の孤児院に足を運んでいる、理由は様々だがな」
「じゃあ……!」
「エウロペが関係している...」
シオンはつぶやいた、この国は徹底した感染症対策により『獣』と判断した者は問答無用で抹殺対象だ。
つまりエウロペが『獣』であるならそれを殺さなければならない。
シオンにとっては、個人的に願ってもない機会。
「いや」
だがミカードは静かに首を振った。
「だがしかし確証がない」
「え?」
「現時点ではな」
ミカードは腕を組み、ゆっくりと言葉を続けた。
「帝都で発生している“異形”の発生源……それが彼女である可能性があるーーーというだけなのだよ」
「……可能性?」
シオンが眉をひそめる。
「可能性があるだけで殺すと民衆からの反感を買うからね、反感は秩序の乱れの素になる」
「カルは...」
カルヴァトスは『獣』と判断された瞬間、大量の『機構星騎士』に包囲された事を思い出す。
「いや彼女は現行犯だろバリバリ」
「まぁ...確かにそうか」
「君達への依頼は調査、必要に応じて抹殺をしても構わない、だがまぁあくまで努力義務としておこう」
「それで...」
「ん?」
「それをこなしたらシャクシ島への橋渡しをしてくれるって事でいいんだよな?」
「もちろんだ」
「もし証拠も何もなかったら?」
「逆に、「エウロペは無関係である」証拠を持ってきたなら、そこで依頼は終了、報酬を支払おうーーー君の望む橋渡しをね」
「...」
アイザック達はその場を後に、残った界帝とレーチェ。
「ずるいのう」
「ん?なにが?」
レーチェは割れた機材を麻袋に詰め込みながらミカードを睨みつけていた。
「どんな結果でも良いのだろう?」
「...」
「あいつらはいわゆる鉄砲玉だ、お前の目的はエウロペの排除、そのための理由さがし、お前は先ほど「殺してもいい」って言ってたしな」
「そうだな、その通りだよ」
「無関係なら、それはそれで都合がいい、だが――関係があるなら、処理する理由になる」
「ワシにはわからんな、何も知らん若者を利用してまで国を守る理由が」
「長寿のエルフであり、色々な国の終わりを見てきた貴方とは色々価値基準が違うのだよ...私も同じさ
ーーー国の王が我が国の繁栄を目指すのは当然さ、今も昔もね」
――そして現在。
「……証拠探しってことね」
シオンがまとめる。
「しかも相手はあの女」
「うん……いやですぅ……」
ミークが震える。
無理もない、あの時見た“母”の狂気はあまりにも異質だった。
アイザックからしても2度と会いたくもない相手だ。
「でもよ」
アイザックが口を開く。
「もし本当にあいつがやってるなら――止めないと、だろ」
「そうね、あの女をなんとかしないと、みんなを安心して避難させられないから」
ミークは頷く。
「でもさ、シオンとミークは...その、本当にいいのか?」
「ん?なにが?」
「いや依頼だよ、こんなの俺しか得がない依頼なのに手伝ってもらって」
シオンは呆れたように、しかしどこか苛立ちを滲ませてアイザックを睨んだ。
「アンタ、ほんとそういうとこよね」
「え、いや……」
「水臭いのよ」
ぴしゃりと言い切る。
「仲間でしょ?今さら何言ってんの」
「で、でも」
「それに――」
シオンは視線を落とした。
「これはアンタだけの問題じゃない」
エウロペはシオンの母親、エウロペがシオンーーーシルヴィアを実験の末に生み出した。
彼女はいわゆる人造人間なのだ。
「あの女とはいずれ決着をつけないといけないって思ってたのよ」
「そっか...」
さらに路地裏に入る、薄暗い小道に入ると人の視線すらも感じなくなる。
「ところでアイザック君どこに向かってるんですか〜?」
向かう先はエウロペの孤児院ではない、方向で言えば逆、シオンとミークはただ何も知らずにアイザックについていっているだけ。
「いや何、情報収集だよ」
「どこで?」
「ちょっと協力してくれそうな奴がいるんだよな」
「??」
「?」
シオンとミークは首を傾げる。
ついた所はさらに人のいない居住区のさらに辺境、廃墟同然の建築物だった。
「確かこの辺だったんだよな...」
「?...だから、ここに誰がいるの?ダイコーさん?」
「ガレットさんもこの辺りに住んでますけど、でもあの人今シュガーさんのところにいますよね?」
該当する人物を並べてもイマイチ思い浮かばない2人。
「...すぅーーー」
アイザックは大きく息を吸い込んだ。
「...?」
「...」
静まり返った廃墟。
風すら止まったような空気。
そしてーーー。
「オーーーールゼ君ッッ!!!あーーーそびーーまっしょッッ!!」
「!?」
「ふぁッッ!?」
その名前は、忘れもしない敵の名前。
廃墟を前にアイザックは大声でその名前を呼んだ。
しかし反応はない。
「...おっかしいな...ここのはずなんだが」
「待ちなさいアイザック、ここにオルゼがいるっていうの?」
「オーーーールゼ君ッッ!!あーーーそびましょ!!」
「...」
...
「オーーーールゼーーーーー
ーーーバァァンッッ!!
その時、廃墟の窓が激しく開かれる。
「うるせぇぇぇーーーッッ!!てめぇぶっ殺すぞッッ!!」
「え!?」
「ふぁ!?」
窓から顔を覗かせたのは...
ーーーオルゼ=スティングレイだった。
次回投稿は4/23 7:10!!
次回
アイザックとオルゼが改めて、混み合った話を始めます。アイザック君にとってはつらい話になります
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