102話 ナクシモノ
Q.シオンの前の検体はどうなったの?
A.もうでてきてます
――寒い。
最初に感じたのは、それだった。
骨の芯にまで染み込んでくるような冷気。
肌を撫でる空気はいっさいの容赦がない。
「……っ」
ゆっくりと、意識が浮上する。
重たい瞼を押し上げると、視界はぼやけていた。
天井――いや、違う。
視界が、揺れている。
「……は……?」
そこでようやく気づく。
足が、地面についていない。
足が、天井についている。
ーーー違う、逆だ。
「……な……に……」
首を動かす。
鈍い痛みと共に、状況が少しずつ繋がっていく、足に鎖のようなものが巻きつき、それによって吊られている。
「……寒いッ!!」
視線を落とす。何も、着ていない。ボロボロの肉体が外気に晒されており、冷気が直接皮膚を刺してくる。
「……ふざけ……んな……」
掠れた声が漏れる、朧げな記憶を呼び起こす。
「そうだ...あの時寝てしまってたんだ...くそっやられた!!」
この状況、エウロペに騙されたとしか思えない、アイザックは歯を食いしばった。
「あの女やっぱクロじゃねぇか!!……シオン……ミーク……!!」
呼んでも、返事はない。
代わりに響くのは、自分の荒い呼吸だけ。
「誰もいないか...なら!!」
まずはこの状況を打開するのが先決、アイザックは腕に魔力を込める。
自分を吊り下げている拘束具に抜き手を翳す。
「『魔光斬』ッ!!」
しかしその時ーーー。
「……ッ!?」
魔法は確かに発動した、だがそれだけだった。
斬撃は、形になる前に霧散する。
同時に、全身から一気に力が抜け落ちた。
「……な……ッ……」
呼吸が乱れ、視界がぐらりと揺れた。
吐き気の頭痛に苛まれアイザックは力無く重力に引っ張られた。
「な...なに...が...!?」
まさかーーー、なにかしらの力が働いているのだろうか、そう思ったアイザックは近くを魔力で探す。
しかし、何も見つからない。
あるのはアイザックの足を縛っていた拘束具だけだ。
「ぐが...はぁ...おーい」
呼びかけても答えない。
「ぅぅん.......困った」
重心と遠心力を利用してどこかにしがみつく方法も考えたが、あいにく周りにつかめそうなものも無い。
ーーーコッコッコ
「……!」
足音。
規則的で、迷いがない。
「……誰だ……」
顔を上げ、意味もなく身構える。
ーーーガァァァ
その時、近くのドアが開いた。
「アイザック君!」
「ミークッ!!」
現れた見知った顔、心細かったアイザックにとっての救い、ミーク=キャメルだった。
「......」
ミークは全裸で吊られているアイザックを凝視、少し考えた後口を開いた。
「えっと...屠殺される豚ごっこですか?」
「あーそうだよこの後加工場に連れてかれてーーってアホ、遊んでるように見えるか」
「とりあえず降ろしますね、オロロンチョチョパァ〜」
「なにその呪もーーーぶがっ!?」
拘束具が解かれアイザックは冷たい床に叩きつけられる。
「それで...いったいどうしてそんな姿になっているんですか...??」
「エウロペだ...あの女」
「落ち着いてください〜、ほらクッキーですよ」
「美味い...」
「それで、なにがあったんですか?」
「...」
「アイザック君」
ミークは見透かすようにアイザックの目を覗き見る。
「アイザック君のだらしないところはいっぱい見てきてます、いまさら隠したところで私には通用しませんよ〜?」
「うぐっ.....」
「らしくないです〜、私とアイザック君の仲じゃないですか」
「...そうだな...ごめん、俺が間違ってた」
「貴方の弱いところを見たからって、私やシオンちゃんは幻滅も何もしません、どれほど長くいると思ってるんですか」
「そうだな...ごめん」
そうだ、変に強がる必要なんてなかった。
昔は、違ったはずだ、痛い時は痛いって言って。
無理な時は無理だって言って。
そのたびに、シオンやミークが隣にいてくれた。
それでよかった。
それで、なんとかなっていたはずだった。
「……」
いつからだろうか。
言わなくなったのは。
力をつけて、守る側に回ってからか。
気づけば、“弱音を吐かないこと”が当たり前になっていた。
彼女達の前で弱音を吐くことが怖くなった、その瞬間に大事なものを守れなくなる、自信をなくしてしまう気がしていた。
だから黙った。
強くあることが自分の役目だと思っていた。
――でも。
目の前にいるのは、あの頃と変わらないミークだ。
彼女達の前で強くあろうとする必要なんて最初からなかったのだ。
「……いいのかよ」
「聞きますよ〜」
迷いのない即答。
それだけで十分だった。
「.........それが...」
アイザックはミークに全てを話した。
ーーーガンッ!!
「い"ッッッ!!??」
全てを話し終えた後、アイザックは杖で殴られた。
「いッッでぇええええッッ!?」
「アイザック君はそうやって弱音を吐いてる姿が一番似合ってますよ〜」
「ひどくないか!?なぁ、なんで殴ったの!?」
その時、痛みに悶えるアイザックをミークは優しく包み込んだ。
「甘えたいときはいつでも甘えてください」
「ミーク...」
エウロペよりも暖かい、本の匂いがアイザックの心を落ち着かせる。
「私はいつでもあなたの側にいます、なので無理だけはしないでください」
「...わかったよ」
アイザックは立ち上がる。
「ごめん、もう無理はしない」
「その意気です〜」
「というかシオンは!?」
「そうです!!シオンちゃんがいません!!」
「なにぃぃ!?」
シオンの魔力を探知するも、いつもより調子が出ないのかうまく探せない。
そもそもここはどこで、孤児院のどのあたりにいるのかもわからない、エウロペの魔力すら感じない。
「ミーク、お前はどうやってここに」
「アイザック君の魔力を辿ってきたんです、 今さっきすごい魔力が減ったのを感じたんですが何をしてたんです?」
「いや、『魔光斬』が出なくて...でもそんなこと言ってる場合じゃないもんな、行こう」
「えぇ、まずはシオンちゃんと合流です!あの女ぶん殴ってやりましょう!」
「おぅ!」
アイザックは振り返りドアに手をかける。
ーーーその瞬間だった。
「ギャァァアアアアッッ??!」
「え!?」
あまりの叫び声にアイザックは思わず振り返ってしまう、しかしいるのはミーク1人。
ミークは震えながらアイザックを見つめていた。
「え、なに!?どうした!?」
「アイザック君....背中!!背中!!」
「背中?」
「んもー!!ほら!」
ミークが軽く唱えると、水が宙に集いやがて鏡の形を取った。
「なんだよ背中になに....がーーー。」
アイザックは自身の背中を覗き見た、するとーーー。
「えーーー」
あるはずのものがない、この旅でアイザックを支えてきた、なくてはならないあるものがーーー。
無限の魔力を生成する『魔王刻印』、
それがアイザックの背中から皮ごと消えていた。
あるのは応急処置でも施したような、露出した筋繊維に粉がまぶしたような...。
「ぎ...ギャァァアアアアァァァッッーーーーーーッッ!!??」
ーーーバンッ!!
「うぎゃあッッ!?」
その時ドアが激しく開かれ、放物線上にいたアイザックが壁に押しつぶされた。
「アイザック!!アイザック!?アイザック!!!!」
「シオン!?」
「シオンちゃん!?」
飛び込んで来たのはシオンだった。
「アイザックッッ!!」
ーーーガッ
「うぉ!?」
ドアをちぎり飛ばしアイザックを見つけたシオン。
すかさずシオンはアイザックを強く抱きしめた、鼓動を確かめるように、そして安心を求めるかのように。
「よかった...よかった...!!『魔光斬』の魔力を感じだから...!!」
「あ、そうかーーー」
『魔光斬』は己の魔力を腕から最大放出する技、一瞬しか出せなかったが、その放出によりシオンとミークは感知できたのだろう。
「シオン、ごめん...お前に謝らないといけないことがーーー」
「アイザック背中!!」
「え?」
突然、指摘された。
アイザックはシオンに背中を見せた覚えはないが、どうやら言わなくてもアイザックの事情を知っているようだった。
「あぁぁぁ!!」
だが実際に見たのは初めてなのか、シオンは複雑な顔をしている。
「...アイザック、さっき『魔光斬』使ったわよね」
「あぁ使った」
「すぐバテた?」
「よくわかったな」
「そうでしょうね...」
シオンは頭を抱えて俯いた。
「アイザック、結論から言うけど...貴方の背中にあった『魔王刻印』はエウロペに奪われた」
「ッッーーー...」
状況を辿ればそれしか考えられない。
「今の貴方の魔力は有限...無限の魔力を出す『魔王刻印』がない今、さっきよ『魔光斬』は貴方自身に残った魔力から吸い取った」
「...は?」
しかしアイザックは魔力を持たない、疑問を抱く前にシオンが答える。
「『魔王刻印』が蓄積してた分の最後の魔力を使ったんでしょうね...でも今のでおしまいのはず...アイザック、貴方はもう...」
ーーー戦えない。
「...」
その現実が重くのしかかる。
「アイザック君?」
「時間が無い、エウロペはいまこっちに向かって来てる!!一旦体勢を立て直してーーー」
その時だった。
「あらあらあら、扉壊しちゃったの?修理するのとっても大変なのよ?」
「ッッ!!」
声がする。
扉、ではなくーーー。
ーーードォオオオンッ!!
壁から。
「せっかく来たのに、もう少しゆっくりしてもいいのよ?」
「エウロペ!!」
壁を突き破って現れてもその抱擁感は不気味なほどに霞まない、まるで3人同時に包み込むように両手を広げてエウロペは笑う。
「アイザックくんの背中、まだ縫合出来てないんだから、安静にしなきゃダメなのよ?」
「ッッ!!」
アイザックの背筋が凍る、その言葉はアイザックの最も決定に近い疑惑を、確信に至らせるには十分だった。
「エウロペ...やっぱお前...!!」
しかし、知ったところで自分に何ができる?
自分はどうやって戦う?
魔力を持たない、一切の技を使えない自分が、いったい何ができる?
「ぐ...ぅぅぅうう!!」
だが、脅威はすぐそこまで迫っている。
選択肢などどこにもないのだ。
次回投稿は5/7 7:10!!
次回、とても悲しい結末です
皆様たくさん読んでいただいてありがとうございます〜!!
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