100話 無幻抱擁
Q.シオンは同じ服ばっか着てるけどなんで?おしゃれとかしないの?
A.利便性だけ求めてたらこうなりました、これは親の教育ですね
それは一つの部屋のベランダ。
中庭が一望できるテラス、アイザックは目についたベンチに腰掛ける。
「眺めがいいでしょう?」
「...」
「ここからなら、子供達が遊んでいるのを眺めてられる、万が一事故が起きてもすぐ駆けつけられるからオススメなのよ〜」
「これは...?」
それよりも気になったのは干されている子供達の服。
全てが同じデザインであり、それはまるで個を許さないものとも言えた。
「生活をするのに一番最適な設計なのよ?伸びやすく、衝撃から身体を守り、そしてなにより洗濯がしやすい!」
「...」
「お嫌い?」
「遊び心に欠けるな」
「でもみんなこれを選ぶのよ??」
世間話をするかのように現れたエウロペ、盆の上にはアップルパイが乗っており香ばしい匂いを漂わせている。
「今日の朝取れたりんごで焼いたのよ?どうぞ」
「...さっきもクッキー貰ったけど」
「あらあら細かいことはいいのよ!甘いものは安らぎを与えてくれるのよ?」
「それじゃあ...いただきます」
皿にのったパイを口に運ぶ。
サクッとした歯応えと焼きたて独特の焦がした風味、そしてリンゴの柔らかい甘みが口の中で優しく広がる。
「美味いッ!!!」
思わず叫んでしまった。
「あらあらあら、嬉しいわ!」
エウロペも嬉しそうに手を叩く。
「そうそう、アイザック君はその顔が似合うわ!」
「え、そ、そう...かな」
アイザックの口元をハンカチで拭うエウロペ、しばらくして完食の後、静寂が流れる。
「...それじゃ、聞いてもいいかな」
「あぁ...」
アイザックは悩みを打ち明けた。
オルゼやアーシアに言われたこと全て。
『魔王刻印がないと何もできない』
その言葉が呪いのように重くのしかかっている事を。
「...だから、どうしたらいいのかわからないんだ...」
「...そっか」
「俺、自分が今まで強いって思ってた、でも実際強くなれたのはこの『刻印』のおかげで、これがないと何回死んでたかわからないくらいだ....」
「うんうん」
「俺はこれがないとダメなんだ...これがないとみんなを守れない、どうしていいかわからないんだ...」
「...」
一つ話して仕舞えば、あとは吹っ切れたように悩みが次々と口から出てくる。
「オルゼが言ってたんだ、これに頼ってると...いつか人間ではなくなるって...それの意味もよくわかってない、俺は元の世界に帰るには人間だけなくちゃいけないのもあるし」
「...うんうん」
「なぁ...どうしたらいいんだ?どうしたら...俺はそんなこと言われなくなるのかな」
「...」
エウロペは深く黙り込んだ。
「……いいじゃない」
「……え?」
「頼れるものがあるなら、頼ればいいのよ〜」
「ッ...」
考え込んだ答えにしては、あまりにもあっさりとしたものだった。
「それが貴方を生かして、誰かを守れているなら――それは“間違い”なんかじゃないわ」
「でも……」
「ねぇ、アイザック君」
エウロペは、やわらかく微笑む。
「“人間らしさ”って、そんなに大事かしら?」
「……ッ」
「人を救えるなら、どんな形でもいいじゃない、私がそうなんだもの...」
「...」
「私も自分のやってる事は倫理に外れてるってわかるわ...でもね、それで救われた子だっていっぱいいるの、その子達の笑顔を見るだけで、自分は間違ってないって確信できる」
「...」
その言葉は、優しくて。
――だからこそ、どこまでも危うかった。
「で、でもーーー」
「おいで」
その時、エウロペはアイザックを自分の胸に抱き寄せた。
「ーーー!」
アイザックを包み込む温もり、それは戦いに明け暮れ忘れていた温もりだった。
そんなアイザックの耳元に優しく呟いた。
「でも、君の言いたい事は...それじゃないでしょう?」
「!」
「こうやって覆えば、誰も聞こえない、だから、もっと曝け出してもいいのよ...」
その声は本当の母のように優しくて、その腕に包まれたアイザックの緊張は一瞬にして溶ける。
「……違うんだ」
「……?」
「俺だって……ちゃんとやってきたんだ」
俯いたまま、ぽつりと零れる。
「何もしてこなかったわけじゃない……戦って、守って、必死に食らいついて……みんなを守るために、いっぱい痛い思いしてたんだ」
「……うん」
「それでも……あいつらは認めないんだよ!」
拳を握る。
「オルゼも……アーシアも……!」
「……」
「“お前は何も変わってない”って……“それはお前の力じゃない”って……!」
声が、少しずつ荒くなる。
「……たった二人だぞ?」
「……」
「他の奴らは何も言わねぇ、むしろ頼ってくるし……認めてくれてるやつだっている、それは嬉しいし、答えてあげたい、でもーー!!」
「……」
「なのに……!」
そこで、言葉が詰まる。
「……なんでだよ」
「……」
「たった二人に言われただけなのに……」
「……」
「……頭から離れないんだ、あの言葉が...!呪いみたいに、とても重くて、辛いんだ……」
掠れた声だった。
怒りでもなく、強がりでもなく。
ただ、どうしようもなく――弱った声。
「えぇ」
エウロペは、即答だった。
「貴方は、ちゃんと頑張ってるわ」
「……ッ」
「誰よりも、必死に戦ってる」
エウロペは、ゆっくりとアイザックを身体で覆う。
それはまるで日光で干した布団のように暖かくて気持ちがいい。
「弱かった過去に戻りたくない、今を、そしてみんなを守ろうとしてる、その気持ちも、とても尊いものよ」
「……」
「貴方を知らない人達に、そう簡単に否定されていいものじゃない」
エウロペの声が、吐息が、匂いが。
アイザックの全てを優しく包み込む。
「……アイザック君、強い言葉ほど残るものなのよ」
「……」
「特に貴方が図星と思った言葉なら、なおさらね」
「……ッ」
「でもね、それは貴方が本当に弱いからじゃない」
「?」
「それはね、貴方が自分の弱さをちゃんと受け入れようとしてるから、だから辛く感じるの」
「……」
「でもね」
ふわりと。
まるで抱かれる赤子のように、眠くなっていく。
「――それでも、手段はともかく貴方がやってきたことは、色んな人を救った」
脳裏に蘇る人々。
シオン、ミーク、レーチェ。
ダイコー、ガレット、シュガー。
「……え」
「よく頑張ったわね」
耳元で、やさしく囁かれる。
「……ッ」
「誰が何を言おうと、私はちゃんと見てる」
「……」
「貴方が、どれだけ必死に戦ってきたかも」
「……」
「どれだけ、守ろうとしてきたかも」
その言葉が。
あまりにも、優しくて。
「……あ……」
喉が震え、涙が溢れる。
魔法の才能はない、弱い、足手纏い、様々な言葉がのしかかってきた事もあった。
今でこそ殆ど無くなったが、それでも努力して来た自分を、全てを優しく包み込んでくれる相手が欲しかったのかもしれない。
シオンは情けない自分に対し叱咤を与えるかもしれない。
ミークは無理して身を削るかもしれない。
2人には決して見せたくない自分の弱さ。
だが、エウロペは違う。
この世界に来てから初めて何も警戒しなくていいと、身体が理解してしまう。
だからこそ、抱擁による眠気がアイザックをゆっくりと浸食していく。
「いいのよ」
「……」
「少しくらい、ゆっくりしても」
「……」
「ここでは、神経をすり減らす必要はない、君にとっての最高の場所なんだから」
その一言で。
張り詰めていた何かが、音もなく切れた。
――もう、少しくらい。
甘えてもいいのかもしれない。
そんなことを、初めて思った
「...」
「おやすみなさい...」
視界が、ゆっくりと暗く沈んでいく。
抗うこともなく。
ただ、その温もりに身を預けたまま――
エウロペの抱擁でアイザックは眠りについた。
...
ベランダの端。
誰にも見えない場所で、一匹の蜘蛛が、絡め取った蝶を静かに包みこんでいた。
次回投稿は5/3 7:10!!
お楽しみに!
次回、阿鼻叫喚です
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