98話 止まった時計
Q.主人公って初恋の相手であるカルヴァドスのことは今どう思ってるの?立ち直ったの?
A.未練たらたらです、週一で夢に出るくらいは引き摺ってます
ーーー静寂。
さっきまで響いていた子供たちの笑い声が、嘘みたいに消えていた。
目の前に立つ女は、白衣を腕にかけてゆっくりと微笑む。
フリルのついた柔らかなシャツ。
その上に羽織られた上着は、どこか家庭的で、温もりを感じさせる装いだった。
ーーー“母親”。
そう呼ぶに相応しい姿。
だが。
「……ッ」
シオンの喉が引き攣る。
さっきまで、扉の奥に“並んでいた”赤い目。
それが、女が一歩踏み出した、その瞬間。
見たものは幻覚か、それとも現実か、まるで最初から存在しなかったかのように、綺麗さっぱり消えていた。
「怖がらなくてもいいのよ?」
エウロペは両手を軽く広げる、子供たちに向けるそれと同じ、優しい仕草で。
「『リトルポイント』へようこそ、きっと来てくれるって思っていたわ」
「...へ、どうも」
アイザックは強気に応えるが、肩が震えていた。
その言の葉が落ちた瞬間。
「お母様ー!!」
「ねぇねぇ遊ぼー!」
「見て見て!これできたの!」
子供たちが一斉に駆け出した。
先程までの不気味な静寂が嘘のように、無邪気な声が弾ける。
エウロペの周りに群がり、小さな手がその服の裾を引いた。
「順番、順番」
「僕が先!」
「違うもん私ー!」
「あらあら、元気ねぇ」
エウロペは困ったように微笑む。
その表情は、どこまでも“普通の母親”だった。
「そんなに一度に来たら、お母さん困っちゃうわ」
しゃがみ込み、一人ひとりの頭を優しく撫でる。
その手つきは柔らかく、拒絶の色は一切ない。
――愛している、とすら思わせるほどに。
「でもごめんね、お母さん今から大事なお仕事のお話があるの」
「えー!」
「やだー!」
「ちょっとだけでいいからー!」
不満の声が上がる。
だがエウロペは、変わらず穏やかに微笑んだまま。
「いまクッキーも焼いてるから、後でみんなで食べましょうね」
「えー!?」
「やったー!お母様の作るクッキー大好き!」
「それじゃあちょっと待っててね」
「「「はーい!」」」
子供たちは渋々と頷く。
「じゃあお外で待ってる!」
「絶対だよー!」
「約束だからねー!」
名残惜しそうに子供達は走り出した、それぞれが思い思いの時間を過ごすように。
やがて。
扉が、ゆっくりと閉まる。
――ギィ。
薄暗い廊下を歩いた先、広々とした客室、暖炉、ソファ。
それぞれが腰掛けると再び静寂が訪れた。
「……いい子たちでしょう?」
「...」
「...」
三人は答えない。
「クッキーを焼いたのよ?貴方達もどうぞ」
エウロペは黒いトレーを持って現れた。
色とりどりのクッキーが顔をだし、甘い香りが部屋を包み込む。
「...」
「あら、食べないの?」
「...」
しかし、シオンがなにも疑う様子も無くそのクッキーを口に運ぶ。
「シオン!?」
「この女は毒を入れるとかしないわよ」
シオンは先ほどの動揺から落ち着きを取り戻しているようだった。
「あら、信用してくれてるのね!とても嬉しいわ!」
「別に...それと、さっきは取り乱してごめんなさい...」
「いやいいよ、いつものシオンに戻ってくれてよかった!」
「すぐクッキーに手を出したのはびっくりしましたけどね〜」
「ちょ、ちょうど甘いものが欲しかったから...」
アイザックとミークも続くようにクッキーを口に含む、サクッという食感と甘い風味が口の中で広がる。
「うまい!」
「焼きたてほくほくです〜」
「喜んでもらえてよかったわ!」
「それでーーー」
しかし、その空気をシオンはバッサリと断ち切った。
「なんで...みんな生きてるの?」
「生きてるって?」
シオンが震える声で問いかけるも、エウロペは何のことかわからないように首を傾げる。
「とぼけないで!!ラクトもブランもコアも!!あの子達は...あの子達は...!!」
蘇る記憶。
赤いライトの反射する研究室で、シオンの足元に転がるバケツ。
そのバケツから覗き込む目。
「貴方が殺したんじゃない!!」
「殺していないわよ?」
「ーーーーは?」
エウロペはきょとんとした顔で答える。
「ここにいる施設の子を殺すなんてことするわけないじゃない」
「え、で、でもアレは...!!」
「シオン」
アイザックはシオンを制止する、シオンははっと我に帰った。
「エウロペ、でもおかしいだろ、シオンが言うにはあの子達はシオンと同年代っぽいじゃねぇか、なんで姿形が変わってないんだ」
「あぁ...それね」
エウロペは深く考え込んだ後、引き出しから書類を取り出して机の上に置いた。
「んだこれ?」
「カルテよ〜」
「...見てもいいのか?」
「もちろん」
パラパラとめくる、そこには患者の名前が並んでいた。
知らない名前ばかりだが、シオンの言う「ブラン」「ラクト」「コア」といった名前は確かにあり、その紙にはそれぞれ聞いたことのない病の名前が並んでいる。
「なんだこれ...?」
「この孤児院にいる子供達のもの、彼らは不治の病にかかっているのよ」
「!」
「待って、そんなこと聞いたことない!!」
シオンは立ち上がり震えながら声を上げる。
「シオンちゃん、貴方も当時は小さかっから、難しい話はしなかったのよ」
「俺からも待ってくれ、ここって親を亡くした孤児が集まってるんじゃなかったか?」
アイザックは聞いたことがあった。
この孤児院、『リトルポイント』ではストリートファイトや『獣』の侵攻により親を亡くした子供が集まる施設という事を。
「惜しいわね、正確には“親を亡くした子供を集める場所”じゃないの」
「え?」
エウロペはカルテを拾い上げ、ひとつひとつをじっくりみつめている。
「1人で生きていけるならいいのよ?でもそうじゃない子もいる、行き場を失って、外で生きていけなくなった子を……私が拾ってきているのよ」
「拾ってきてるって……」
アイザックが眉をひそめる。
「この地下帝国で子供が一人で生きるにはそれはとても大変なのよ?」
エウロペは淡々と続けた。
「栄養失調、毒、後遺症、あるいは……原因も分からない病気」
その声音には、哀れみも罪悪感も混じっていない。
「だからここは、“孤児院”というより――治療施設、かしらね」
「...」
俯いて考え込むシオンにエウロペは淡々と告げる。
「シオンちゃん、『溶解症』って知ってる?」
「...知らない」
「細菌が骨を、次に肉を溶かしてしまう病気よ」
「ッ!!」
再び脳裏に蘇る研究室の光景。
幼いシオンの足元に並ぶバケツ、その中にある肉塊ーーー。
「まさか...!!」
「それだけじゃないわ、『腐食病』『錬粉病』『黒呪病』、ありとあらゆる病をここの子達は持ってるの」
「...ぅ...」
シオンは後ずさる。
「つまり...」
この展開は思っても見なかった。
「ここの子供が歳をとってないのは...?」
「まだ治療法が確立できていないのよ、だから病気の進行を遅らせる薬を投与したの、その結果成長が限りなく遅くなるの」
「つまりーーーエウロペは...シロ?」
今の情報を照らし合わせるなら、そう結論せざるを得ない。
「そ、そんなはずはーー!!」
「ーーー『プロジェクト:シルヴィア』」
「ッ!!」
エウロペは小さく、しかし聞こえるように呟いた。
「な、なんだ?プロジェクトシルヴィアって...?」
「昔私がやっていた、全ての病、全ての呪いを克服する完璧な人間を作り出す計画よ、前回のプロジェクトでも似たようなことはしたけど」
「したけど?」
「前回は人間だけじゃなく魔物や動物の遺伝子まで入れちゃって失敗したのよ、凶暴な人と獣のハイブリットができちゃった、『プロジェクト:シルヴィア』はそんな欠陥を無くした一大プロジェクトだったの」
「それが何ーーー.......」
シオンは言葉が詰まる。
「え、なに、シオン?」
「.....」
「シオンちゃんは今のを聞いて全部理解しちゃったみたい」
「……」
シオンは、額から汗を流しながら動かない。
指先がわずかに震えている。
「え、おい、どういうことだよ」
アイザックが苛立ちを滲ませる。
「簡単な話よ?」
エウロペはあくまで穏やかに、カルテを撫でながら言葉を繋ぐ。
「この子達を救うために、“抗体”が必要だったの」
「……抗体?」
「えぇ」
微笑む。
「どんな病にも侵されない体、どんな毒にも耐えうる肉体、どんな環境でも生き延びる器」
ゆっくりと、視線がシオンへ向く。
「だから作ったのよ、“抗体を持つ人間”を」
「……やめて」
低く、掠れた声。
それはシオンのものだった。
「やめて……」
だがエウロペは止まらない。
「その子から抗体を抽出すれば、この子達は助かる」
「やめてって言ってるでしょ!!」
バンッ、と机を叩く。
感情が爆発した。
「……そう」
エウロペは小さく頷く。
そして、あまりにもあっさりと告げた。
「あなたが、その“抗体を持つ人間”よ」
「……ッ」
空気が凍る。
アイザックも、ミークも、言葉を失う。
「『獣』の疫病にかかったことがあったらしいわね!でも貴方は寝込んで、お薬を飲んだだけで回復した...ごく稀なのよ?その例はーーーでも貴方は違う、必然だったーーーシオンちゃん」
優しく、名前を呼ぶ。
「あなたはね、この子達を救うために生まれたの」
「違う……」
「そして――」
一歩、近づく。
「あなたが“あの日”やったことは、そうあなたがやったことのおかげで...」
「……」
「この子達の未来は、永久に止まったままなのよ」
激情に身を任せてナイフに手を取ったあの日。
子供達の人生は、シオンの行動により何年もの間、時が止まっていたのだ。
カラン――
シオンの懐で握られていたナイフが床に転がる、いざという時のために忍ばせていたのだろう。
だが、それを拾うことすらできない。
「……ぁ」
喉が、鳴る。
「わたし……は……」
視界が歪む。
呼吸が浅くなる。
「わたし……が……」
シオンは崩れた。
――ドサッ。
「シオン!!」
「シオンちゃん!!」
「あらあら」
アイザックが駆け寄る。
だがその身体は、力なく崩れ落ちたまま。
焦点の合わない瞳が、虚空を見つめていた。
次回投稿は4/29 7:10!!
次回、『老公』アーシア、ビジュアル解禁します。3話にいた人ですね
お楽しみに!
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