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【書籍化・コミカライズ連載中】婚約破棄からの溺愛生活  作者: 彩戸ゆめ
竜帝国の新生活は試練がいっぱい

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第62話 番の破局

「もう、あなたとは一緒にいられない!」


 女性が叫ぶ。


「私もだ! なぜ、あなたを番だと思ったのか、理解できない!」


 男性も叫び返す。

 その様子を見て、ザックは眉をひそめた。


 番同士が、破局している。それは、竜人の間では非常に珍しいことだった。


 もちろんザックたちにも番という概念はある。だが種族ごとにその概念が違うのだ。


 ザックはライオンの獣人なので、多くの妻と共に暮らす。

 逆にリーラはハイエナの獣人なので、多くの夫と共に暮らす。


 どちらも「この相手が唯一無二」という感覚はなく、あえて言えば伴侶の全員が番だ。


 これが狼の獣人であれば、ただ一人の伴侶を生涯愛しぬく。

 竜人も同じで、一度相手を番と認識したら、一生愛すると聞く。


 それなのに。


「ザック、あれはなんだかおかしいねぇ」


 リーラが小声で言った。


「ああ。番が破局するなんて、普通じゃない」


 ザックは腕を組んでケンカするカップルを見る。


「とりあえず聞くか」


 そう言って、カップルに近づいた。


「おい、何があったんだ?」


 ザックが尋ねると、男性が顔を上げた。


「獣人がなんの用だ……?」


 竜人の男が身構えた。


「ああ。別に詮索するつもりはない。ただ、番が破局するなんて珍しいと思ってな」


 ザックが率直に言うと、男性は深くため息をついた。


「私にも分からないんです。突然、彼女が番ではないような気がして……それで、こんなことに」

「私もです。彼が番だと思っていたのに、今は……何も感じない」


 女性も困惑したように言った。


 ザックは、二人に近づいた。そして、鼻をひくつかせた。


 獣人特有の鋭い嗅覚が、何かを捉えている。

 これは、どこかで嗅いだことがある甘い香りだ。


「……竜蜜か」


 ザックが呟く。


「竜蜜?」


 男性が不思議そうに尋ねた。


「ああ。お前ら、最近竜蜜を食べたか?」


 ザックが尋ねると、男性が首を横に振った。


「いや、竜蜜は食べていない。最近は飴も食べていないし……」

「私もです。竜蜜なんて、しばらく口にしていません」


 女性も同じように答える。


 ザックは眉をひそめた。でも、確かに竜蜜の香りがする。今まで酒を飲んでいたのか、酒の香りに交じっている。


「じゃあ、何か他に甘いものは食べなかったか?」


 ザックが重ねて尋ねると、男性がハッとした顔をした。


「甘い者なら、さっき、友人からもらったチョコレートを食べました」

「私も一緒に食べました。中にお酒が入っている、珍しいチョコレートだっていわれて」


 その言葉を聞いた瞬間、ザックとリーラは顔を見合わせた。


「お姫様が作った、あのボンボンに似てるねぇ」


 リーラが小声で言った。

 だがあれはまだ試作品だ。市場に出回っているはずがない。


 その時、人混みの向こうから、二人の若い竜人が走ってきた。

 男性と女性のペアだ。


「どうしたんだよ、いきなり!」


 友人らしき男性が、息を切らしながら言った。


「そうよ、急に走り出して!」


 友人らしき女性も、困惑した顔をしている。

 すると、口論していた竜人の男性が、突然友人の女性に駆け寄った。


「番だ!」


 そう叫んで、友人の女性に抱きついた。

 同じように、口論していた竜人の女性も、友人の男性に駆け寄る。


「あなたが、私の本当の番だったのね!」


 そう叫んで、友人の男性に抱きついた。


 突然のことに、友人たちは驚いて固まっている。

 二人は顔を見合わせた。そして、歓喜の表情を浮かべる。


「本当に? 僕が、君の番なの?」


 友人の男性が、抱きついてきた女性に尋ねた。


「嬉しいわ。やっと気がついてくれたのね!」


 友人の女性が、抱きついてきた男性に答える。

 四人は、そのまま抱き合って、喜びを分かち合っている。


 その光景を見て、ザックは鼻を鳴らした。


「なんかキナクセェ」


 ザックが低く呟く。リーラも、同じように眉をひそめていた。


 番同士だった竜人の本当の番が、今まで友人だったはずの相手だったなんていうことがあるんだろうか。


「ああ。あまりにも都合が良すぎるね」


 リーラが言った。


「もしかしたら、そのチョコに危ない薬でも入っているんじゃないか?」

「可能性は高いねぇ」


 もしくは、竜蜜を酒にしたことによって、番を誤認させるような成分が生まれたのかもしれない。


 もし、それがシリウスに使われたら。

 シリウスが、クリスティアナを番だと認識できなくなったら。


 そうすれば、クリスティアナを手に入れられるのではないか。


 シリウスの番になったクリスティアナを奪おうとは思っていなかったが、シリウスが執着しなくなるのなら話は別だ。


 なにせ彼女はアキテーヌの女王。すべての種族の頂点に立つ女性だ。つまり、クリスティアナを手に入れれば、大陸を統一する大義名分だってできるということだ。


 ザックは、口元をニヤリと歪めた。


 面白い。


「リーラ、あいつらの連絡先を聞いておいてくれ」


 小声で頼むザックに、リーラは黄色い目をすがめる。


「はいはい、分かったよ。とりあえず、名前でも聞いておくか」


 リーラが、四人に近づいた。


「ねえねえ、ちょっといいかい?」


 リーラが声をかけると、四人が振り向いた。まだ興奮しているようで、頬が紅潮している。


「何だ、獣人?」


 元々口論していた竜人の男が、警戒した様子で尋ねた。


「名前を教えてくれないかい? それと、どこの家の者なのかも」


 リーラが軽く尋ねる。


「なぜ、そんなことを……」

「こんな素敵なもんを見せてもらったからさ。後であたしたちからお祝いの花でも送らせてよ。本当の番を見つける幸運のおすそ分けに預かりたいのさ」

「いいじゃないか。教えてあげようよ」


 友人の女性が、嬉しそうに言った。


「私はセリナ・ヴァレンティア。こちらは私の番、マルクス・ドラグノフ」


 セリナが、抱きついている男性を紹介する。


「僕はレオン・カルディナ。そして、僕の番、エリーゼ・ルーンストーン」


 友人の男性も、同じように紹介した。


「ありがとう。幸せにね」


 リーラが笑顔で言うと、四人は嬉しそうに頷いた。

 リーラは、ザックのところへ戻る。


「聞けたよ」

「ご苦労さん」


 二人は、その場を後にした。

 夜の街を歩きながら、リーラが尋ねた。


「で、このことをシリウスに報告するのかい?」


 リーラの問いに、ザックはニヤリと笑った。


「いや、報告しない」

「はあ? なんで」

「だって、おもしろそうだろ? どうなるか見てみたい」


 ザックが楽しそうに言う。リーラは、呆れたように肩をすくめた。


「まったく、あんたって奴は……」

「何だよ」

「いつも言ってるけど、悪趣味だよ、本当に」


 リーラがため息をつく。

 でも、その口元には、わずかな笑みが浮かんでいた。


 リーラも、少しだけ興味があるのだ。


 この事件が、どう展開するのか。

 クリスティアナは、どうするのか。

 シリウスは、どう動くのか。


 夜のイグドラシルは、まだ眠らない。そして、この事件も、まだ終わらない。


 そう感じながら、ザックとリーラは夜の街を歩いていった。

















 湿った石の匂いが鼻の奥にまとわりつく。


 酒場の地下。松明の火は脂を含んで、炎の輪郭だけがいやに生々しく揺れていた。

 クロスはフードの影から、部屋の中央に立つ男を見下ろした。


 いつも「人族の番を排除する」と大言壮語していた、竜人たちのリーダー格だ。声が大きく、煽りが上手い。だからこそ、使い捨てるには都合がいい。


 周囲の黒衣の竜人たちは、息をひそめている。

 誰もが、次に落ちる言葉を待っていた。


「……どうしてくれます?」


 クロスの声は穏やかだった。穏やかすぎて、逆に冷える。

 男は一瞬だけ喉を鳴らし、それでも虚勢を張るように顎を上げた。


「何がだ。俺はお前の言った通りに――」

「言った通り、ですか」


 クロスは小さく笑った。

 温度のない、形だけの笑みだ。


「排除するとは言っていましたが、殺せとは言っていませんよ。それに、誰が独断で行動しろと言いました?」


 男はそれに答えられない。

 そもそも自分よりも大きな態度を取るクロスが気に入らなくて、勝手にクリスティアナを毒殺する計画を立てたのだろう。


 なんという愚かさだ。

 もしクリスティアナが死んでしまっていたら、アキテーヌの研究ができなくなるではないか。


 失敗して良かったのは確かだが、今後は一層警戒される。たった一度の失敗が、城全体の警戒を上げてしまった。


 計画では、薬で仮死状態にして、治療の目的で連れ出す。

 番に執着するシリウスには偽番薬でごまかせば、クロスの秘密の研究室へ監禁することだって可能なはずだ。


 一応、疑われずに薬を投与するための手駒は準備しているが、接触には今以上に注意しなくてはならない。


「で、でも俺たちが疑われることはないはずだ」

「……実行した者を殺しましたか?」


 毒入りの菓子を作った職人は、このリーダー各の竜人に心酔していた。

 だからこそ毒殺に手を貸したのだろうが、この様子だと、既に口封じで殺したのだろう。


 なんとも哀れなことだ。盲目的に相手を信じるなど、愚の骨頂だというのに。

 そう思うクロスは、自分もアキテーヌという神秘に目がくらんで周りが見えていないことに気がついてはいない。


 アキテーヌの研究は崇高なもので、そのための犠牲ならば仕方がないと考えている。


 クロスの手が、男の首に伸びる。


「ひっ」


 だが届く寸前でその手が下ろされた。


「失敗した菓子職人は始末された。では、それを指示した者も『失敗した』と言えるのではないですかねぇ。後がない者は、えてして暴走することが多い。さて、彼をどう処分するかは、お仲間の皆様にお任せしますよ」


 そう言ってクロスは、黒い服の竜人たちの目をじっと見つめる。すると、彼らの目は一様にうつろになった。


 そしてリーダー各の竜人の元へ歩みを進める。


「なんだ、お前ら。どうしたんだ。お、おいっ」


 クロスは興味もなさそうに視線をはずし、地下室を後にする。


「慎重に行動しなくては。もう、失敗は許されない」


 そして、ふと思い出す。


 副官のテオに、暗示をかけていて良かった。

 あれがあれば、クリスティアナに近づくことができる。


 次の計画は、もっとうまくいくはずだ。


 閉じた扉の向こうで、男の悲鳴が聞こえたような気がした。


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イラスト・小田すずか先生

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