第59話 ボンボン
ステラルージュと名付けられた竜蜜のリキュールは、あの甘い夜からさらに数日寝かせて、完璧な味わいになった。
シリウスにも気に入ってもらえて、私は嬉しくて仕方がなかった。
そして、ふと思いついたことがあった。
このリキュールを使って、菓子を作れないだろうか。
たとえば……そう、チョコレートの中に竜蜜のリキュールを入れた、ボンボンのようなもの。
シリウスへの贈り物にしたら、きっと喜んでくれそう。
私は、さっそくシャロンに相談してみた。
「シャロン、竜蜜のリキュールを使った菓子を作りたいの」
「まあまあ、素敵なアイデアですわね。どのような菓子をお考えですの?」
シャロンが目を輝かせる。
「チョコレートの中に、リキュールを入れたお菓子を作りたいの。シリウス様への贈り物にしたくて」
私がそう言うと、シャロンは嬉しそうに頷いた。
「それは素敵ですわね。きっと殿下もお喜びになりますわ。では、早速城の菓子職人に依頼いたしますね」
シャロンが、すぐに動いてくれた。
数日後、菓子が完成したと連絡があった。
私は、胸を躍らせながら、シャロンと一緒に厨房へ菓子を受け取りに行った。
菓子職人が作ってくれたボンボンは、本当に美しかった。
外側は、黒に近いビターチョコレート。
そして中には、琥珀色の竜蜜リキュール――ステラルージュが入っている。
上面には、銀粉で小さな星が描かれていた。まるで、私の星印とリンクしているかのように。
箱には、アキテーヌの星を表す星印のラベルが貼られている。
完璧だった。
これなら、シリウスもきっと喜んでくれるはずだ。
「まあ、なんて美しいお菓子ですこと」
シャロンが感嘆の声を上げる。
「本当ね。職人さんに、感謝しないと」
私も嬉しくて、思わず笑顔になった。
「ところで、クリスティアナ様、このお菓子にはお名前をつけないんですの?」
シャロンが尋ねてきた。
ボンボンというお菓子の名前は、子供たちがフランス語で「良い」を意味する「ボン」という言葉を重ねて食べていたのが由来だったのよね。つまり「うまうま」っていう意味。
ちょっと子供っぽいけど……可愛いからいいかしらね。
「ボンボン、というのはどう?」
「ボンボン……可愛らしい響きですわね。とても素敵です」
シャロンが嬉しそうに頷いた。
ボンボンの箱を受け取って、私の部屋に戻る。
早くシリウスに渡したい。そう思いながら、私は箱を大切に抱えた。
部屋に戻ると、アダムが扉の前で待っていた。
「アダム、ちょうど良かった。シリウス様を呼んできてもらえる?」
「かしこまりました」
アダムが頷いて、すぐにシリウスを呼びに行ってくれた。
私は、部屋の中で箱を開けて、ボンボンを見つめた。
シリウスは、喜んでくれるだろうか。
そんなことを考えていると、扉がノックされた。
「クリスティアナ、呼んだと聞いたが」
シリウスの声に、私は嬉しくなって扉を開けた。
「ええ、あなたに渡したいものがあるの」
私がそう言うと、シリウスは興味深そうに部屋に入ってきた。
「何だろう?」
「これよ」
私は、箱を差し出した。
シリウスが箱を開けると、美しいボンボンが並んでいるのが見えた。
「これは……」
シリウスが感嘆の声を上げる。
でも、次の瞬間、シリウスの表情が変わった。
彼は、ボンボンを一つ手に取って、香りを嗅いだ。
ほんの一瞬だけ。
でも、それで十分だったようだ。
シリウスの表情が、怒りに染まる。
「クリスティアナ、それを口にするな」
シリウスが、低く命じた。
その声には、抑えきれない怒りが込められていた。
「シリウス様……?」
私が戸惑って尋ねると、シリウスはボンボンを床に叩きつけた。チョコレートが砕け、中から琥珀色の液体が流れ出る。
「これには、毒が入っている」
シリウスの言葉に、部屋が凍りついた。
「毒……?」
私は、信じられない思いで呟いた。
私を守っていたアダムが、すぐに部屋に入ってきた。
「殿下、何が……」
「アダム、すぐに医療班を呼べ。この毒を分析させる。それと、リキュールの瓶も調べろ。毒が混入しているか確認しろ」
「はっ」
アダムが素早く部屋を出ていった。
「それから、菓子職人を捕らえろ。誰が、この毒を仕込んだのか吐かせる」
シリウスの声は、冷たく、容赦がなかった。
私は、何も言えなかった。ただ、震えることしかできなかった。
誰かが、私を殺そうとした。それも、こんなに身近なところで。
シリウスが、私を抱きしめた。
「大丈夫だ、クリスティアナ。君は無事だ」
その声は、優しかったけれど、その体は震えていた。
「シリウス様……」
「もう、大丈夫だ。私が、必ず君を守る」
シリウスが、私を強く抱きしめる。
その温もりに、私はようやく安心した。
でも――。
心の奥底では、恐怖が渦巻いていた。
誰が、私を殺そうとしたのか。
そして、この毒は、誰が用意したのか。
数時間後、調査の結果が出たといって、医療班が報告に来た。
「殿下、調査の結果をご報告いたします」
白衣を着た竜人の医師が、深々と頭を下げる。
「まず、リキュールの瓶ですが、こちらには毒は検出されませんでした」
その言葉に、私は少しだけほっとした。ステラルージュ自体は、無事だったのだ。
「では、どこで毒が混入したのだ」
シリウスが鋭く尋ねる。
「おそらく、菓子を作る過程で混入されたものと思われます。ボンボンの中のリキュールにのみ、毒が検出されました」
「菓子職人は?」
「それが……」
医師が言いにくそうに口ごもる。
「行方不明です。菓子を作った後、姿を消してしまったようで……」
その言葉に、シリウスの目が鋭くなった。
「捜索しろ。必ず見つけ出せ」
「はっ」
医師が慌てて部屋を出ていった。
シリウスは、窓の外を見つめた。その横顔には、深い怒りが浮かんでいる。
「竜人至上主義者の仕業だ」
シリウスが、低く呟いた。
「あの者たちは、君を排除しようとしている。だが、私は絶対に許さない」
その声には、強い決意が込められていた。
私は、シリウスの隣に立った。
「シリウス様……」
「クリスティアナ、君は私の番だ。誰が何と言おうと、君は私の唯一の存在だ。それを忘れないでくれ」
シリウスが、私の手を取る。
もちろん、私はシリウスを信じている。
「ええ、分かっているわ」
私は、強く頷いた。
でも、心の中では不安が渦巻いていた。
竜人至上主義者たち。彼らは、私を排除するためなら、何でもするだろう。
今回は、シリウスが気づいてくれたから助かった。でも、次はどうなるか分からない。
それでも、私は負けない。こんなことで、くじけてはいられない。
私は、シリウスの隣に立つ資格がある。そう信じて、前を向く。
私は、絶対にシリウスを諦めない。




