第57話 リキュールの試飲
いよいよ試飲するという時には、シャロンだけでなく、いつもは実験室の外で護衛をしてくれるアダムも付き合ってくれた。
彼は壁際で腕を組み、無言で周囲に目を配っている。
そして、なぜか、テオの姿も。
どうしてテオが、と思いながらアダムを見ると、肩をすくめて教えてくれた。
「クリスティアナ様が毒を作っているんじゃないかと疑っているらしい」
「そっ、そんなんじゃない! 俺は、ただ番様が心配で」
「俺がいるのだから心配ない。外で待っていればいいだろう」
アダムの言葉に、テオがぐっと押し黙った。
まったく……仕方がないわね。
でも誤解を解くいい機会かもしれないわ。
「ではそこで見学していてもいいですけれど、器材には絶対に触らないでくださいね」
「分かっている」
不本意だという態度を崩そうとしないテオに、こんなに感情を出しすぎて、シリウスの護衛をちゃんと務めているのかしらと思ってしまう。
アダムのような無表情を見習えばいいのに。
瓶を開けると、竜蜜の芳醇な香りが広がった。
透明な蒸留酒に溶け込んだ竜蜜が、淡い金色の輝きを放っている。
私はグラスに少しずつ注いで、シャロンとアダム、そしてテオに渡した。
「では、いただきますわ」
シャロンが一口飲んで、目を見開いた。
「まあ! 美味しいですわ! でも、少し荒い感じがしますわね」
「ああ、確かに。甘さが少し刺さる感じがする」
アダムも同意した。
私も飲んでみると、確かに香りはいいけれど、まだ角が立っている。蒸留酒の刺激が、竜蜜の甘さと喧嘩しているような味わいだった。
これはもう少し寝かせる必要がありそうだ。
「もう一週間ほど寝かせてみましょう」
私がそう言うと、シャロンが頷いた。
「それがよろしいですわ」
その時、テオが口を開いた。
「一週間も待つのか」
あら、興味があるのかしら。
私は、思わず笑ってしまった。
「テオも飲んでみる?」
テオの目が、一瞬だけ期待の光を宿した。でも、すぐにその光は消え、テオはいつもの不機嫌そうな表情になった。
「……いや、結構だ」
さっきまで、少し柔らかい雰囲気だったのに、急にまた冷たくなった気がする。
まるで、何かを思い出したかのように。
でも、その目は未練がましくグラスを見つめていた。
なんだか、様子がおかしい。気のせいだろうか。
私は少し首を傾げたけれど、多分、聞いても無駄だろう。
私は再び瓶に蓋をして、冷暗所にしまった。
後ろから、テオが不意に言った。
「番様」
「何かしら?」
「なぜ、殿下には試飲させないのだ」
振り返りながら、私は少し口ごもる。
確かに、蒸留酒の時は試作段階でも飲んでもらったのに、シリウスにはまだ完成品を見せていない。
それは……。
私は言葉を選びながら答えた。
「ちゃんとしたものを、あげたいからよ」
私の言葉に、テオが少し驚いたような顔をした。
「ちゃんとしたもの……?」
「ええ。シリウス様には、完璧に仕上がったものを味わっていただきたいの。だから、まだ試作段階のものは見せたくないのよ」
私が真剣に答えると、テオは何も言わずに私を見つめていた。
その視線の意味が分からなくて、少し戸惑う。
壁際で見ていたアダムが、わずかに口元を緩めたのが見えた。
そして、テオの表情が、ほんの少しだけ、柔らかくなった気がした。
だけど、すぐにまた不機嫌そうな顔に戻ってしまった。
やっぱり、気のせいだったのかしら。
私は首を傾げた。
テオの様子は、本当におかしい。
時々、優しくなったかと思えば、すぐに冷たくなる。
人族とは慣れあいたくない竜人のプライドなのかしらね。
「それでは、一週間後に、また試飲しましょう」
シャロンが明るく言って、その場の空気を変えてくれた。
「ええ、そうね」
私も笑顔で答えた。
テオは、何も言わずに実験室を出ていった。
いつか仲良くなれる日なんてくるのかしら。
私は、小さくため息をついた。
それよりも、一週間後には、きっと美味しいリキュールができあがる。
それをシリウスに飲んでもらえるのが、今から楽しみだった。
一週間後、再び試飲をした。
今度は、香りがまとまっていて、甘さも落ち着いていた。
「これは……素晴らしいですわ!」
シャロンが感嘆の声を上げる。
「ああ、前回とは全然違う。まろやかで、後味もきれいだ」
アダムも満足そうに頷いた。
私も飲んでみると、確かに美味しい。
竜蜜の芳醇な香りと甘み、そして蒸留酒の力強さが見事に調和している。
角が完全に取れて、丸く優しい味わいになっていた。
「これなら、シリウス様にお出しできるわ」
私が言うと、シャロンが嬉しそうに頷いた。
「ぜひ、殿下にお飲みいただきましょう」
こうして、竜蜜のリキュールは完成した。




