影
宿の部屋を二つ取った。奥の角部屋の方を2人に譲り、ジルも部屋で休むことにする。久しぶりのベッドに倒れ込むと、身体中から疲れが滲み出てきた。若くないものだと、ジルは自分を嘲笑う。柔らかいシーツが肌に触れると心地よく、出立前によく眠れそうだと思った。
もう既に日は沈みかけており、西の空を染めていた。この後夕食へと誘われたが、ジルは二人で行けと断っている。一人部屋でのんびりと過ごしていると、廊下から二人が食堂の方へ行く声を聞いた。
追っ手の気配は常に探っているが、まだ何も感じていない。気を張り続けるのも、擦り減るものがあった。
ジルは食事をパンとスープで済まし、宿屋を出る。周囲を警戒するように、辺りを歩き回っていた。宿屋の窓からは食堂が見え、二人の姿が確認できる。酒だけでも貰いたかったが、本日二杯目は止めておこうと己を制止した。
完全に日は沈み、空には月が昇っている。ジルはもう一度だけ周囲を確認し、部屋へと戻った。壁が薄いため、隣の部屋の話し声はベッドに横たわると聞こえてしまう。アメリアとセシルも、もうすぐ休むようだ。
ジルがふっと瞼から力を抜いた時、急に嫌な予感がして起き上がる。隣の部屋から、音が消えていた。ジルは剣を手に取り、飛び出した。
「アメリア……!!」
勢いよく隣の部屋を開けた時、倒れたセシルと、黒衣の大男に抱えられたアメリアがいる。ジルはすぐに大男に飛び掛かった。振り下ろした鉄剣を、大男には影のようにゆらりゆらりとかわされてしまう。力では駄目かと、セシルが落とした剣を足で起こして拾い上げた。
「返してもらおうか……」
「器用な男だ。だが、ぬるいな」
男はアメリアを放り投げ、ジルに応戦する。黒いマントの内側からきらりと刃が光り、ジルの目を狙って突き出される。目は避けられたが、顔は斬られた。素早い攻撃で、小型のナイフが反射した光が軌跡を描く。ジルはセシルの剣でなんとか攻撃を受け切るが、軽い剣に慣れておらず落としてしまった。もう片方の手で持つ己の剣で、次の攻撃は受けた。
「王を殺したのはお前だな……?」
「さぁ。暗殺者が誰を殺したかなど教えると思うか?」
「暗殺者が拉致の仕事とは、選べなかったのか? 全く世知辛い世の中だな」
ジルは剣を固く握り、部屋の中で数度振り回してから遠心力をつけて黒衣の男に振りかぶる。質量と勢いを受け止めきれず、男は壁に叩きつけられた。すかさずジルはその首に剣を突きつける。
「大人しくしてもらおうか」
「それで大人しくする馬鹿がどこにいるんだ……?」
黒衣の男はジルの向ける刃を指でずらすと、動いた僅かな隙間からぬるりと抜け出し、窓から逃走した。
「奇術師みたいなやつだ……」
窓から外を覗いても、もうその影は見えなかった。




