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異世界居酒屋めぐり ~今日の稼ぎで一杯やります~  作者: シロの空


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第53話「二人なら半分で済むと思ったんですけど」

 セルナで迎える十三度目の朝、目を覚まして最初に腰を確かめてみると、昨日まで残っていた鈍い張りはほとんど消えていた。


 寝台の上で身体を左右へゆっくりひねってみても痛みはなく、前へ屈んでも昨日の朝のような重さは感じない。共同洗濯場の掃除で使った身体は、一日休んだだけでかなり戻ったらしい。


「休んだ意味はあったみたい」


 昨日は仕事をせず、《潮窓の宿》の宿代三百五十ゴールド、昼のスープ八十ゴールド、《夕椀屋》での夕食三百七十ゴールドを合わせて八百ゴールド使った。収入はゼロだったので、数字だけを見れば財布の中身が八百ゴールド減った一日だったが、今朝の腰の軽さを考えれば、その八百ゴールドも無駄ではなかったと思える。


 それに、一日休んだおかげなのか、今日は働くことにもそれほど抵抗がない。


「今日は普通に働こう」


 一階へ下りると、今朝の《潮窓の宿》では、薄焼きパンと黄根入りの卵焼き、それに白豆と細かい燻し肉を煮た温かい椀が出ていた。


「腰は?」


 宿の女性が、私の顔を見るなり聞いてくる。


「ほぼ治りました」


「なら休んだ甲斐あったね」


「八百ゴールド使いましたけど」


「まだ言ってるの?」


「昨日の収入ゼロだったので」


「一日休んだくらいで困る財布じゃないんでしょ?」


「困らないです」


「ならいいじゃない」


「昨日も似たようなこと言われました」


「みんな同じこと言うなら、あんたが気にしすぎなんじゃない?」


「それを言われると弱いなぁ」


 卵焼きを薄焼きパンへ載せて食べる。黄根の甘さが卵に混ざっているので、少量の塩だけでも十分に味があり、休んだ翌朝の身体にはちょうどよかった。


「今日は仕事行くの?」


「行きます」


「昨日休んだのに?」


「休んだからです」


「結局働くんだ」


「夜に飲みたいので」


「そこは変わらないね」


「そこが変わったら私じゃない気がします」


 朝食を終え、冒険者ギルドへ向かった。


 依頼板の前には今日も何人かの冒険者が集まっている。昨日一日来なかっただけなのに妙に久しぶりに感じながら、空いている場所から貼られた依頼を順番に見ていく。


《東魚市場・早朝箱運搬 報酬千六百ゴールド》

《西船渠・補修材運搬 報酬千五百ゴールド》

《北倉庫区・穀物袋積み替え 報酬千四百ゴールド》

《南住宅区・家具運搬補助 報酬千二百ゴールド》

《中央商店街・共同倉庫棚替え 報酬千三百ゴールド》

《西外縁・薪束回収 報酬千六百ゴールド 二人一組推奨》


「二人一組推奨?」


 最後の依頼票を手に取る。


 仕事内容は、西外縁の薪置き場から指定された薪束を集め、荷車のある集積所まで運ぶこと。半日から一日程度で昼食支給あり、報酬は一人千六百ゴールドとなっている。


 少し気になったのは、「二人一組推奨」の部分だった。


 一人でも受けられないわけではないらしいが、薪束の中には長いものがあり、二人で運ぶ方が安全だと書かれている。


「千六百で昼食付きか」


 昨日働いていない分を取り戻そうというつもりはないはずなのだが、それでも千六百ゴールドという数字が少し魅力的に見えるのは仕方がない。


「それ受ける?」


 横から声がした。


 見ると、二十代後半くらいの女性が同じ依頼票を覗き込んでいた。肩の辺りで切った赤茶色の髪に革の胸当てを着け、腰には短剣を二本下げている。冒険者らしい格好ではあるが、装備はかなり使い込まれていた。


「気になってます」


「私も」


「二人一組推奨ですよね」


「そう。組む?」


「今ここで?」


「嫌なら別にいいけど」


「いや、嫌じゃないですけど」


 女性はセナと名乗った。セルナを拠点にしている冒険者で、普段は街道巡回や採集、運搬などをしているらしい。


「戦闘あります?」


「ほぼないと思う。西外縁っていっても街壁からそんな離れないし」


「薪を運ぶだけ?」


「たぶん」


「その『たぶん』、最近怖いんですよね」


「何かあった?」


「半日程度の掃除が半日程度じゃなかった」


「程度は信用しちゃ駄目だよ」


「やっぱり?」


「依頼出す側と受ける側で意味違うから」


「セルナだけじゃないんだ」


「どこでもそうでしょ」


 意見が合ったところで、二人一緒に受付へ向かった。


 受付にいたのは、短い黒髪に青い石の耳飾りを付けた、すっかり顔馴染みになりつつある男性だった。


「西外縁の薪束回収ですね」


「二人で受けます」


「ちょうどいいですね。長束がありますので、一人より安全です」


「二人なら仕事量も半分です?」


 私が聞くと、受付係が一瞬黙った。


「一人当たりの報酬は千六百ゴールドです」


「はい」


「依頼主は二人で来ることを想定しています」


「はい」


「つまり?」


「一人分の仕事を二人で分ける依頼ではありません」


「……なるほど」


 横でセナが笑っている。


「期待してた?」


「少し」


「甘いね」


「二人なら半分で済むと思うじゃないですか」


「報酬も一人千六百なんだから、そんなわけないでしょ」


「言われればそうなんですけど」


 受付係から集積所までの簡単な地図を受け取り、ギルドを出た。


 西外縁までは歩いて三十分ほどだった。中央通りを抜け、港とは反対側へ進んでいくと、街壁に近づくにつれて建物は低くなり、木工所や資材置き場が増えていく。


「セルナって長いの?」


 歩きながらセナが聞いた。


「十三日目です」


「結構いるね」


「最初は数日くらいのつもりだったんですけど」


「帰る場所あるの?」


「リーベルに宿取ってました」


「荷物は?」


「大したもの置いてないです」


「なら自由か」


「そうなんですよね」


 セルナへ来たのは護衛依頼がきっかけだった。帰ろうと思えばいつでも帰れるのに、気づけば十三日目である。


「セナさんはずっとセルナ?」


「三年くらい」


「元は?」


「北東の村」


「セルナに来た理由は?」


「仕事多いから」


「やっぱり」


「港ある街は雑用も多いしね。冒険者って魔物倒すだけじゃないから」


「それ、こっち来てすごく分かりました」


「こっち?」


「気にしないでください」


 西門近くの小さな出入口を抜けると、街壁の外側には草地と低い林が広がっていた。


 指定された集積所には大きな荷車が二台止まっており、その脇で五十代くらいの男性が木札を確認していた。太い眉と大きな鼻が目立ち、厚手の革手袋を腰へ挟んでいる。


「ギルドから?」


「はい。ミサキです」


「セナ」


「俺はバルガ。今日の回収を見てる」


 バルガは二人の名前を木札へ書き込むと、林の方を指さした。


「薪束は三か所に分けてある。赤札、青札、白札だ。今日は赤と青をこっちへ持ってきてもらう」


「白は?」


 セナが聞く。


「明日」


「全部じゃないんだ」


「全部やったら日が暮れる」


「よかった」


 思わず口から出た。


「何が?」


「いえ、全部って言われるかと思って」


「やりたいなら白もやっていいぞ」


「やりません」


 バルガが笑った。


「赤は普通の薪束。青は長束だ。赤は一人でも持てるが、青は二人で運べ。無理して一人で担ぐなよ」


「二人一組推奨ってそれですか」


「そういうこと」


 ようやく依頼票の意味が分かった。


 まず赤札の薪置き場へ向かう。


 林の中を五分ほど歩いたところに、切り揃えられた薪束が何列も積まれていた。一本一本は腕ほどの太さもないが、十数本を縄でまとめてあるので、それなりに重い。


 セナが一束持ち上げる。


「これなら一人でいける」


 私も隣の束を持ち上げ、重さを確かめる。


「うん。いけます」


「じゃあ一束ずつね」


「二束持った方が早くないです?」


「最初から飛ばすと後悔するよ」


 その言葉には聞き覚えがあった。リーベルの倉庫で働いたとき、ハルドにも似たようなことを言われた気がする。


「経験者の言うこと聞きます」


「珍しく素直」


「今日会ったばかりですよね?」


「顔に書いてある」


「また顔か」


 薪束を抱え、集積所との間を往復する。


 最初の一往復はそれほどきつくなく、二往復目までは問題なかったものの、三往復目になると腕より先に薪束を握っている指が疲れてきた。


「これ何束あるんです?」


「数えない方がいいよ」


 セナが答える。


「何で?」


「残り気になるから」


「仕事でそれ言います?」


「終わったら終わり」


「雑だなぁ」


「数えて減るなら数えるけど、数えても重さ変わらないし」


「それはそう」


 赤札の薪束を運び終える頃には額に汗が浮き、薪を握っていた指にもじんわりと疲れが残っていた。


 バルガが木札へ何か書き込む。


「赤終わり。次、青」


「休憩は?」


「水飲んでから行け」


「ありがとうございます」


「倒れられる方が困るからな」


 水桶から木杯で水を飲む。


 セナも隣で水を飲みながら肩を回していた。


「思ったよりちゃんと仕事ですね」


「千六百だよ」


「そうなんですよね」


「半分だと思ってた人が悪い」


「まだ言う」


 青札の置き場は赤札より少し奥にあり、着いてみると長束と呼ばれている理由がすぐに分かった。


 普通の薪よりかなり長い木材が五、六本ずつ縄で束ねられている。一人で持てない重さではなさそうだが、長すぎて重心が取りにくく、少し向きを変えるだけでも周囲の木にぶつけそうだった。


「これは二人だ」


 セナが言う。


「一人で持ったら振り回しそう」


「だから二人一組なんでしょ」


 最初の長束を二人で持つことになり、私が前側、セナが後ろ側へ回った。


「上げるよ。せーの」


 二人でタイミングを合わせて持ち上げると、重さ自体は一人で赤札の束を運ぶより軽く感じる。


「これなら楽かも」


「道曲がるから気をつけて」


「はい」


 林の中の細い道を進む。


 前を歩く私は枝を避け、後ろのセナは長束の後端が木に当たらないよう向きを調整する。


「右」


「はい」


「もうちょい左」


「どっち?」


「ミサキから見て左」


「先に言ってください」


「普通そっちでしょ」


「こういうの苦手なんですよ」


 曲がり角へ差しかかると、セナから止まるよう声がかかった。


「前を右へ」


「右?」


「今度はミサキから見て右」


「確認するようになった」


「学習した」


 何とか集積所まで運び、地面へ長束を下ろした瞬間、二人そろって息を吐いた。


「重さ半分でも、面倒は半分じゃないですね」


「むしろ二人だから合わせないと駄目だし」


「一人の方が楽なこともあります?」


「あるよ」


「じゃあ何で二人?」


「これは一人だと危ないから」


「結局そこか」


 仕事を二人でやれば、単純に一人当たりの負担が半分になると思っていた。けれど実際には、相手の歩幅に合わせたり、曲がるときに声を掛けたり、持ち上げるタイミングを揃えたりしなければならない。


 前の世界でも、二人でやれば二倍速く終わるとは限らなかった。誰かと資料を作れば確認が増えるし、引き継ぎをすれば説明する時間が必要になる。ただ、一人では安全にできないことが、二人ならできるというのは確かだった。


「二人って、楽するためだけじゃないんだなぁ」


「何?」


「いえ、こっちの話です」


 青札の長束を何度か往復しているうちに、セナとの呼吸も少しずつ合ってきた。


「右」


「私から見て?」


「ミサキから見て」


「了解」


「上げるよ」


「はい」


「せーの」


 最初は細かく確認していた曲がり角も、後半には短い声だけで通れるようになった。


 昼前になり、バルガから休憩の声がかかる。


「飯にしろ。午後に残りやるぞ」


「まだあります?」


 私が聞く。


「青があと七束」


「数を教えられた」


 セナが嫌そうな顔をする。


「知りたくなかった?」


「知らない方がよかった」


「私は知りたいです」


「性格違うね」


「あと七なら頑張れます」


「私は七もあるって思う」


「同じ数字なのに」


「だから数えたくないんだよ」


 昼食は集積所の脇で支給された。


 厚めの黒麦パンに塩漬け肉と潰した白豆を挟んだものと、小さな木椀へ入った黄根と青菜のスープである。


「運搬仕事の昼って、こういうの多いですね」


 黒麦パンを持ちながら言う。


「腹持ちいいからじゃない?」


 セナが答える。


「汁物もある」


「水だけよりいいでしょ」


「ありがたいです」


 黒麦パンは少し硬いが、塩漬け肉の脂と白豆が染み込んでいるので食べやすい。昨日食べた保存用の乾燥パンほど硬くはなく、噛むほど麦の香ばしさが出てくる。


 スープの黄根は甘く、塩気の強いパンの合間に食べるとちょうどいい。


「セナさん、仕事終わったら飲むんです?」


「飲むよ」


「どこ行くんです?」


「今日は家」


「家で?」


「安い麦酒買ってあるから」


「外で飲まないんです?」


「たまには行くけど、毎回行ってたら金残らない」


「耳が痛い」


「毎日行くの?」


「だいたい」


「金持ち?」


「違います」


「じゃあ何で?」


「そのために働いてるところがあるので」


「変わってるね」


「よく言われます」


 昼食を終えて午後の作業を再開すると、残りが七束だと分かっている私にとっては、一束運ぶたびに終わりが近づいているのが目に見えて分かった。対してセナは、「あと六」「あと五」と私が口にするたびに嫌そうな顔をする。


「言わなくていいから」


「減ってるんですよ?」


「まだあるって意味でもあるでしょ」


「考え方の違いだなぁ」


 そうして一束ずつ運び続け、最後の長束を前にしたところで、ようやくセナの方から口を開いた。


「これで終わり」


「それは言っていいんですね」


「最後は別」


「都合いいなぁ」


 二人で長束を持ち上げ、林の曲がり道を抜けて集積所へ向かう。


「せーの」


 最後の束を地面へ下ろす。


 バルガが積まれた薪束を確認し、木札へ印を付けた。


「赤と青、全部ある。終わりだ」


「思ったより早かったですね」


 私が言う。


「二人とも手際よかったからな」


「後半はね」


 セナが肩を回す。


「最初、曲がるだけで揉めてたけど」


「揉めてないです。確認です」


「右左で三回止まった」


「事故防止です」


「そういうことにしとく」


 バルガから完了票を受け取る。


「二人で正解だったろ?」


「はい」


「一人で長束やる奴もたまにいるが、木に引っかけたり、足滑らせたりする」


「報酬同じなら二人の方がいいですね」


「依頼主が二人分払うんだからな」


「ですよね」


 受付で説明されたときには、二人でやるなら仕事量が半分になると思っていた。実際には、二人でなければ安全に運びにくい仕事が最初から二人分用意されていたのだが、それでも長束の重さを一人で全部受けずに済み、相手がいるからこそ無理なく終えられたのも確かだった。


 セルナへ戻り、冒険者ギルドへ完了票を提出する。


 一人千六百ゴールドを受け取ると、昨日収入がなかった反動なのか、いつもより少し嬉しく感じた。


「昨日休んだ分、取り戻した?」


 セナが横から聞く。


「そういうつもりじゃなかったんですけど」


「顔が嬉しそう」


「また顔」


「分かりやすいよ」


「みんなに言われる」


「じゃあ本当なんじゃない?」


「認めたくないなぁ」


 ギルド前まで一緒に出たところで、セナとは別れることになった。


「またね」


「はい。今日はありがとうございました」


「こっちも。一人じゃ受けなかったし」


「私もです」


 手を振って別方向へ歩いていくセナを見送り、《潮窓の宿》へ戻った。


 十三泊目の宿代三百五十ゴールドを払い、部屋へ上がって身体を洗ってから寝台へ腰を下ろす。


 今日の稼ぎは千六百ゴールドで、昼食は支給、宿代が三百五十。夜に使える金を考えるなら、かなり余裕がある。


「夜予算、七百」


 昨日は休みだったので五百ゴールドにしたが、今日はしっかり働いたのだから七百にする。我ながら分かりやすい決め方だった。


 少し身体を休めてから夜の街へ出る。


 薪を一日近く運んだので、今日は温かい煮込みより、噛み応えのあるものが食べたかった。


「肉かなぁ」


 港町に来てから魚を食べることは多かったが、最近は無理に港らしいものを探すこともなくなっている。中央通りから西側へ入り、仕事帰りの職人や荷運び人が多い通りを歩いていると、少し先から鉄板の焼ける音が聞こえてきた。


 店先に下がっている木札には二つの火が描かれ、その下に《二火亭》と書かれている。


 入口の品書きを見る。


《軽麦酒 九十ゴールド》

《焦麦酒 百二十ゴールド》

《赤果実酒 百三十ゴールド》


《角兎肉の二面焼き 百八十ゴールド》

《塩豚と青菜の鉄皿焼き 百六十ゴールド》

《白豆の焦がし焼き 九十ゴールド》

《黄根の厚切り焼き 百ゴールド》

《小鳥肉と白根の串焼き 二本百四十ゴールド》

《酢漬け青菜 七十ゴールド》

《黒麦薄焼き 五十ゴールド》


「二面焼き?」


 両面を焼くという意味なのか、それとも別の意味があるのか。《角兎肉の二面焼き》という料理名が気になり、そのまま扉を開けた。


「いらっしゃい」


 店主は四十代前半くらいの男性だった。短い赤茶色の髪に太い腕、黒い前掛けを着けている。


「一人です」


「カウンター空いてるよ」


 店主はガランと名乗った。


 カウンターの奥には鉄板が二枚並んでおり、一枚は炎の近く、もう一枚は少し離れた場所に置かれている。


「二火って、あれです?」


「そう。強火と弱火」


「それで二火亭?」


「単純だろ」


「分かりやすくて好きです」


 席へ座り、軽麦酒九十ゴールドと《角兎肉の二面焼き》百八十ゴールドを頼む。最初の注文は二百七十ゴールドなので、夜予算七百からはまだ四百三十残る。


 軽麦酒が先に出てきた。


 一口飲むと、昨日《夕椀屋》で飲んだ薄麦酒より苦味があり、仕事終わりの乾いた喉にはこちらの方が合っている。


「うん。今日はこっち」


「何が?」


 ガランが聞く。


「昨日休みだったんです。昨日ならもう少し薄いのがよかった」


「今日は働いた?」


「薪運び」


「そりゃ麦酒うまいだろ」


「はい」


 麦酒を飲みながら鉄板を見る。


 ガランは角兎肉をまず火に近い鉄板へ載せ、表面へ一気に焼き色を付けてから、もう一枚の鉄板へ移した。


「あ、本当に二つ使うんだ」


「だから二面焼き」


「両面って意味じゃないんですね」


「そっちと間違える奴多い」


「私も今までそう思ってました」


「強い火で外焼いて、弱い方で中まで通す」


「前の世界にも似たのあったなぁ」


「何?」


「こっちの話です」


 しばらくして、角兎肉が木皿へ載せられた。


 厚めに切った肉の表面には濃い焼き色が付き、細かな香草と粗い塩が振られている。


 一切れ切って口へ運ぶと、最初に焼けた表面の香ばしさが来る。けれど中は硬くなりすぎておらず、角兎らしい淡白な肉の中にしっかり汁気が残っていた。


「これいいですね」


「焼きすぎると角兎は硬いからな」


「最初に強火なのは?」


「香り付けと、表面焼くため」


「二つの火に意味あるんだ」


「片方だけでも焼けるよ」


「え?」


「時間と手間が変わる」


「絶対二つ必要ってわけじゃない?」


「必要だから使うっていうより、その方がうまく出せるから使ってる」


「なるほど」


 昼間の仕事を思い出す。


 二人でなければ絶対に運べないわけではない。それでも二人で持つ方が安全で、長い薪束を周囲へぶつけずに運びやすかった。二つの火を使うこの焼き方も、少し似ているのかもしれない。


「今日、二人で仕事したんですよ」


「仲間?」


「今日初めて会った人です」


「冒険者ならよくあるな」


「最初、二人なら仕事半分だと思ったんですけど」


「報酬も半分?」


「一人千六百です」


「じゃあ仕事も二人分だろ」


「今日二回目だ」


 隣の席から笑い声がした。


 見ると、五十歳前後くらいの男性が焦麦酒を飲んでいた。黒髪には白いものが混じり、厚い指には細かな傷がいくつもある。


「二人なら半分で済むと思ったのか」


「少しくらい期待しません?」


「しない」


「即答」


 男性はロムスと名乗った。


 西側の木工所で家具の組み立てをしているらしい。


「そっちも二人で仕事することあります?」


「しょっちゅう」


「やっぱり楽です?」


「一人でやるより面倒なときもある」


「分かります」


「板の反対側持ってる奴が勝手に動いたら危ないし、寸法読む奴と切る奴で話通じてなかったら材料駄目になる」


「今日、右左で揉めました」


「それは先に決めろ」


「揉めたんじゃなくて確認です」


「同じだろ」


 ガランまで笑っている。


「でも、一人じゃできない?」


「できるものもあるし、できないものもある」


 ロムスが角兎肉を一切れ食べながら言う。


「二人でやる理由なんて、早いからだけじゃないだろ」


「今日それ覚えました」


「じゃあいい仕事だったな」


「腰と腕は疲れましたけどね」


「仕事なんだから疲れるだろ」


「正論ばっかりだなぁ」


 角兎肉を食べながら軽麦酒を飲み切る。


 合計二百七十ゴールドなので、まだかなり余裕がある。白豆の焦がし焼きが九十、黄根の厚切り焼きが百、小鳥肉と白根の串焼きが二本で百四十なので、どれを追加しても予算には収まる。


 今日は肉を食べたかったので、最初なら串焼きを追加していたと思う。


 そのとき、ガランが隣の鉄板へ潰した白豆を薄く広げ、強い火で表面を焼き始めた。少しして端が茶色くなると、肉とは違う香ばしい匂いが流れてくる。


「それ、白豆?」


「焦がし焼き」


「豆なのに鉄板で?」


「食う?」


「九十ですよね」


「そう」


「ください」


 予定にはなかった《白豆の焦がし焼き》を追加し、合計は三百六十ゴールドになった。


「肉食べるつもりだったのに」


「もう食ってるだろ」


 ロムスが言う。


「そうなんですけど、二皿目も肉のつもりだったんです」


「なら串も頼め」


「人の予算だと思って」


「いくら?」


「七百」


「余裕じゃないか」


「余裕があるから使い切るって考え方は危険なんですよ」


「ちゃんとしてるな」


「失敗して覚えました」


 白豆の焦がし焼きが出てくる。


 潰した白豆を薄い円形に焼き、表面へ塩と細かな青香葉を振っただけの料理だった。


 一口食べると、表面は薄くぱりっとしているのに、中には豆の柔らかさが残っている。煮た白豆は何度も食べてきたが、焼くだけで香ばしさがかなり強くなっていた。


「これ麦酒ですね」


「だろ」


「豆なのに」


「豆だから安いしな」


「九十ゴールドでこれなら強い」


「何と戦ってるんだ?」


「値段と満足度」


「客が勝手に戦ってるだけじゃねえか」


 次に焦麦酒を百二十ゴールドで追加し、会計は四百八十ゴールドになった。


 軽麦酒より色が濃く、炒った麦の香ばしさが白豆の焦げた表面とよく合う。


「同じ火だから合うんですかね」


 私が言う。


「そこまで考えてない」


 ガランが即答する。


「違うんだ」


「焦げた香り同士だから合うとは思うけどな」


「十分考えてるじゃないですか」


「店始めた後に気づいた」


「順番逆だ」


 ロムスが笑う。


 角兎肉と白豆を食べ終える頃には、腹もかなり満たされていた。


 夜予算七百に対して四百八十なので、あと二百二十使える。串焼きも黄根も頼めるが、今はもう十分だった。


「今日はここまで」


「まだ二百二十あるぞ」


 ロムスが言う。


「何で覚えてるんです?」


「さっき自分で言ってたから」


「使いませんよ」


「偉いな」


「お腹いっぱいなので」


「それは偉いんじゃなくて普通だ」


「今日は正論しか言わないですね」


「初対面だぞ」


「そうでした」


 四百八十ゴールドを払い、席を立つ。


「ごちそうさまでした」


「はいよ」


 ガランが空いた皿を片づける。


「二つの火、面白かったです」


「一個でも焼けるけどな」


「でも二つの方がいい」


「そういうこと」


 一人で持てないわけではない長束を、今日は二人で運んだ。一枚の鉄板でも焼けないわけではない角兎肉を、この店では二つの火を使って焼いている。


 どちらも数を増やせば単純に仕事が半分になるという話ではなく、それぞれに役割があるから無理なくできることが増えるのだろう。


 店を出ると、昼間使った腕に心地よい程度の疲れが残っていた。


 今日の稼ぎは千六百ゴールドで、昼食は支給され、宿代三百五十、夜は四百八十なので、今日の稼ぎから七百七十ゴールド残った。


 昨日は何も稼がず八百ゴールド使ったが、今日は働いて七百七十残った。二日を合わせればほとんど同じくらいになると思い、そこまで考えてから首を振る。


「毎日帳尻合わせなくてもいいか」


 昨日は休む日で、今日は働く日だった。それぞれの日に必要な過ごし方をしたのだから、それでいい。


 二人なら仕事が半分になるという私の期待は外れたけれど、一人では扱いにくかった長束を、二人なら最後まで安全に運ぶことができた。


 今日一日で分かったのは、そのくらいで十分だった。


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