5 シェイベンターへ、導く竜
レーリア王国の首都、シェイベンター。
都市の人口は三万人にのぼる、大陸東部でも屈指の大都市、ということだ。
実のところ、おれもその概要を知識で知っているに過ぎない。アルメイロから陸路で四、五日かかる距離にあり、実際に街の中に入るのは今回が初めてになる。
これまでは、ヴェイジの飛行訓練で遠目に街が見えるところまでは近づいたことはあるが、さすがに翼竜に乗って王都に乗り込むのはマズい、という判断から、少なくとも街まで一リーグ以内の範囲に入ったことはないのだ。
「いよいよ今日はシェイベンターに入れるんだな……予習した限りじゃ、アルメイロとどう違うのかピンとこなかったけど、やっと実地で体験できるわけだ」
──ゥルル……
角に嵌められた伝声の魔導具で拾ったおれの呟きに、ヴェイジは気のない唸り声を返してくる。まぁ、翼竜に街の中で楽しめるような何かがあるか、と問われれば、おれだって首を傾げざるを得ないけどさ。
「王都の上を堂々と飛んで巡れる初めての機会だ。街の様子をばっちり観光──視察するとしようぜ」
──クァ。
ちょっと呆れたようなヴェイジの返事。
でも、それくらい楽しんだって構わないだろう。もちろん仕事で行くというのを忘れてるわけじゃないし、もしかすると伝報を渡したらアルメイロへとんぼ返りになる、という可能性も十分ある。何せ、今回は単なる試験飛行の第一回目でしかないんだから……。
「あっちに着いて、向こうの担当者だか責任者だかに伝報を渡して、そのあとの指示は王都側から出されることになってるけど……おみやげとか、見繕ってる余裕はあるのかねぇ」
──グァ。
「知らないって」と言うように素っ気ない声で答えたヴェイジは、ほんの少し高度を上げた。
アルメイロを発ってからおよそ四半刻。そろそろ飛程の半分は過ぎたはずだ。
軽く四百フートル(約二百メートル)ほど高度を上げてから、ヴェイジは目標地点を探して進行方向に目を凝らしている。
やがて「クルッ」と短く啼くと、しっかりとした羽ばたきで、改めて力強く前進してゆく。
やや下降気味に飛行するヴェイジの視線の先を透かし見るが、まだおれの目には都市の姿が定かではない。
ヴェイジの背の上で、おれの頭のすぐ下に据えられている小物入れから、左手でごそごそと叉杖(枝分かれした形状の短杖)を引っ張り出す。この汎用補助魔導具は、おれが竜洞に入ったときから使わせてもらっている道具で、騎乗しながら使うためにあまり嵩張らないように、それでもやや小ぶりながらも頑丈な造りになっている。
左手に叉杖を保持したまま、左腕の腕甲に縫いつけられたカードホルダーから、堅糸でストラップに繋がれた銘板を抜き出して叉杖の握りの差し込み枠へ装着する。
これまでは銘板無しで使っていたが、成人して字をもらった上で調整された銘板を装着したことにより、完動する状態になった受容部は容易くおれの魔力経路に同調した。
おれはヴェイジの頭越しに、叉杖を水平に構えて行く手の地を捉えようとする。
「《望遠:拡大、拡大、拡大》………」
少し平たい杖身と鉤枝との間の空間に、拡大された視界が浮かび上がる。段階を踏んで次第に遠くが映し出されてゆくにつれ、そこに王都シェイベンターの姿が確認できるようになってきた。
「っし、おれも視えた。問題なし、だな」
──……クァ?
「うん? なにかあったか?」
目的地を視認したことをヴェイジに告げたが、竜の眼にはそれ以外の何かが視えていた様だ。なにやら訝しげな声音の相棒と情報を共有すべく、おれはじりじりと叉杖を動かして、視界の中に異状がないかを探し出す。
「んー……? 遠すぎてわからんな……」
──アゥ、グァ。
「え、別の竜? 進路上か?」
ヴェイジとの訓練中、鷲竜と合同で訓練したときに何度か交わしたやりとり。追尾や合流の訓練手順の中で、他の竜を確認したときのヴェイジの喚呼の声音だ。
叉杖の補助で視認できる範囲はかなり狭いので、少し位置をずらしただけで全く別の領域を映し出す。慎重に叉杖の角度を変えながら注意深く拡大した視界を覗き込むが、飛行している他の竜は見つからない。
もどかしく飛行眼鏡を押し上げ、左目をつぶり右目だけを叉杖に寄せて進行方向を凝視する。
「んー……お、アレか……? ──っと?」
ようやくおれの眼にも映った、鳥のような翼を持った飛行物体──フォルムからすると鷲竜だと思われる──は、確認できたと思った次の瞬間、滑るように向かって左方向へスライドして視界から外れ去る。
拡大率と進行速度からして、そろそろ肉眼でも確認できるかもしれない。おれは叉杖を小物入れの枠の中に突っ込み、飛行眼鏡を付け直して鷲竜の挙動を追いかけようと首を上げて前方へ眼を凝らした。
……見えた。
やって来たのが地味な色合いの竜であったら、風景の中から選り出すのは難しかったかもしれないが、北域の鷲竜の白い頭と翼は、人間のおれの肉眼でもはっきりと見分けられた。
旋回しながらこちらに向かってくる鷲竜は、ゆるく弧を描きながらヴェイジと並走する飛行コースを取ろうとしている。
「んー……知ってる竜か? 誰だ?」
──……ガゥ。
少しくぐもった発声でヴェイジが答える。
ヴェイジは人語を発声することはできないが、言語自体ははっきり理解している。そのヴェイジが発音した音の並びで思い当たる名前と言えば──
「ガルか?」
──ヴェーイジ! ジーン!
並走した鷲竜に声を掛けると、鋭い声で返事が返ってきた。
間違いない。鷲竜の中にはときどき人語を発声できるようになる個体がいるのだが、ガルは群を抜いて発音が明瞭だった。
ガルは一昨年の終節にシェイベンターへ“就職”した鷲竜のうちの一頭で、都市境域の哨戒役として配属されていた。
鷲竜の仕事は、都市間の小物の運搬か哨戒任務のいずれかで、どちらもまだまだ数が多いとは言えない。アルメイロの竜洞で人語を学び、人間社会で生活することを覚えた上で、最初に振られる仕事がアルメイロかシェイベンターの哨戒任務になっている。
哨戒とは言っても、国内でも内地にある二つの都市は対外的な脅威が迫る可能性もほとんど無く、ある意味では研修のような位置付けと言っていい。これに慣れたところで、それぞれの都市から鷲竜便での運搬任務に移行するか、別の都市の哨戒役へ異動していくのだそうだ。
「久しぶりだな! まだ王都勤めが続いてたんだな!」
──コトバ、話セルノ、ベンリ。
──仲間ニ、伝エラレルト、役立ツ。
「通訳みたいなもんか……そりゃ確かに他所へ遣りたくないかもな……」
──グァ。
ガルの返答に、おれもヴェイジも思わず納得の声を上げた。
多くの竜は人語を解しても、発音できる個体は非常に稀だ。発声に適した器官を備えていなければならない上に、習得にかなりの根気を要するらしい。
ちなみにヴェイジは、いくらか近い音は出せるもののはっきりとした発音はできない。舌の形状が発音に不向きなのだそうだ。
体内器官から発声する代わりに、魔法で言葉を発することも可能ではあるのだが、こちらの手段も非常に繊細な制御が必要とのことで、結局のところ人語を操る竜は滅多にいないのだった。
──先導スル。ツイテコイ。
「おぅ、わかった。ヴェイジ──」
──グァ。
おれに皆まで言わせず、ヴェイジは承諾の声を上げると、ガルの後方およそ百フートル(およそ五十メートル)へと下がり、速度を先行く鷲竜に合わせた。
ガルの体格は人間よりやや大きい四フートル程度だ。ただ鷲竜の翼長は他の飛行種の竜より大きく、体長十二フートルに及ぶヴェイジの翼とほとんど遜色ない。
とはいえ、傍目には明らかに体格差のある竜が追随しているため、獲物を追いかけているように見えるかもしれない。
(これ、このままシェイベンターに近づいたら、追っかけてるおれたちが敵性存在とみなされて攻撃されないだろうな……)
そんな考えが頭をよぎったが、都市哨戒役のガルが「ついてこい」と言った以上は、従うべきだろう。
ほどなく、行く手に緑地帯の切れ間が見えてくる。国内最大河川のガダ川と、川に隣接して建てられた都市、王都シェイベンターが。
視認できる王都までの距離は、すでにおれとヴェイジが今まで近寄ったことがない境域になっている。おれは緊張してつばを飲み込み、じっと眼下の都市とそこへ向かって飛んでいく鷲竜の後ろ姿の両方を目で追った。
市壁が判別できそうなほど近づいたところで、先行するガルがぐっと高度を上げた。同時に前脚に装備していた旗封缶から識別旗を引き出して、都市に向けてはっきり見えるようにたなびかせる。
──ケーゥッ!
ガルの鋭い啼き声の合図は、都市の守り手へと同時におれたちに対してのものでもあっただろう。
「ヴェイジ、こっちも識別旗だ。訓練通りに、慌てずいこう」
──グァ。
言われるまでもない、といった調子の低い声で応えると、ヴェイジは後脚に装着された旗封缶を操作して、アルメイロの所属を示す細長い識別旗を身体の下に流した──はずだ。見えないけど。
──ガァ。
問題なし、と伝えてくるヴェイジにおれは密かに胸を撫で下ろす。識別旗を出せなかった場合は、おれの方で魔法で《発光旗》を出さなければいけない。竜洞やアルメイロで何度か練習はしているものの、初めての都市でどこに向けて旗を振りかざせばいいのかわからないのに、緊急信号手段は使いたくない。
そうこうしているうちに、市壁は目前に迫ってきている。そろそろ高度を下げて着地点を確認しないと……。
ところが、先導のガルは識別旗を翻すと、そのまま市壁を越えて都市の中央部へ飛んで行く。
少なくとも、都市の外や、市壁の上に降りるようには見えない。
「え? あれ? ちょ、ちょっと待てよ? どこに行きゃいいんだ?」
先導してきたガルはこの都市の所属だから問題ないだろうけど、おれたちは巡報士ったって他所者だ。何の手続きも誰何もなく街の中、それも王都の中心に飛び込むのは問題行動すぎるだろ。
おれと同様に戸惑ったヴェイジも、速度を緩めつつきょろきょろと辺りを見回す。
だが、やはりどこに降りたらいいのか判断がつかないようで、ガルが飛び去った方向を見ながら自信が無さそうにおれに問いかけてきた。
──クゥー……ァ?(──中に入っちゃって、いいわけ?)
うん、言いたいことは分かる。
「いやちょっと待ったヴェイジ。着陸場か〈着台〉か……見落としてないか確認しよう。いったん旋回してくれ」
おれの指示に、ヴェイジはやや高度を上げつつ市壁前で進路反転する。そのまま身体を傾けつつ旋回してもらい、二人で眼下の市壁周辺を観察する。が──
──ナニヤッテル! ツイテコイ!
いつのまにか戻ってきたガルが、空中で羽ばたきながら怒鳴ってきた。
どうやら、先導して連れてきていたはずのおれたちが、いつのまにかいなくなったのに気付いて引き返してきたらしい。
……て、ことは──
「えと、入っちゃって、いいの?」
──アタリマエダ! 何シニ来タンダ!
憤慨しておれたちを叱り飛ばすと、ガルはふたたび街の中央部へと向かう。
改めて街へ入る軌道をとりながらも、首だけちらりとおれの方へ向けたヴェイジは、視線でおれに問いかけた。
(行ク?)
(行くしかない、みたいね……)
おれが頷いて見せると、ヴェイジも観念したように一度目を閉じ、そしてガルの後ろ姿を追って都市上空へと進入した。
市壁や建造物の屋根よりはだいぶ高いところを飛んでいるとはいえ、人の姿が確認できるほどの距離だ。当然下からはおれたちが“侵入”したのが見える。何というか、動揺みたいなざわめきと、興奮したような喚声と……ごくたまに、悲鳴みたいな声が聞こえ……るような、気が……。
──グァー……。
極力、低く小さな声でヴェイジが唸る。
うん、気にするな。気にしてもしょうがないだろ。
自分にもそう言い聞かせつつ、前方を行くガルの行方を目で追う。鷲竜の姿は都市の中央あたりにある、ひときわ大きな建物群を囲む壁の内側へ降りてゆく。
うん、そうだね。都市の哨戒役で伝令もやるなら中央に降りるよね。わかる。
──…………。
ヴェイジはもはや声も無く、ガルの飛行の軌跡をなぞって都市中央の…………し、城の、門内の広場に、降りて行き──
ヴェイジが身体を傾けたとき、着陸予定地と見られる広場に衛兵や何人もの貴族と思しきかたがたが整列してるのが見え……た。
「嘘でしょ、また何かおおごとに……」
呟いて、おれが両手で目を覆うのと、ヴェイジが広場に着地するのが同時だった。
〇補足、過不足、画蛇添足
『叉杖と銘板』
ジーンが使う魔導具で、魔法の行使補助具である叉杖は、外見的にはごつい十手です。
使い手の魔力経路と接続して、魔法を具象化する際に範囲や指向性を明確にしたり、叉杖自体に魔力による効果を付与して武器や遠視具などさまざまな用い方もできる多用途導具です。
前の話から何度か名前の出ている銘板は、だいたい名刺サイズ、厚さ5ミリほどのカード型の補助具です。
これは使用する導具を個人の魔力経路に接続し易くするためのもので、銘板には持ち主の魔力導路を調整して接続先の魔導具の魔力受容部へ同調させる機能があります。
また、個人の魔力導路の情報とともに、個人情報の認証用としても使うことができます。いわゆるIDカードですが、特にネットワークインフラなどがあるわけではないので、情報の伝達はあくまでその場限りの利用のみです。ちなみに、お金のやりとりをするような機能はありません。
銘板は、レーリア王国と一部の周辺国で使われていますが、比較的新しい技術物品で、ようやく全世代に定着した、という段階です。




