4 アルメイロの〈着台〉、式典あるいは見世物
〈着台〉の仮設デッキには、狭いながらも一段高く設えられた演壇が用意されており、壇上にはライオス様をはじめとする来賓方、そして竜洞の責任者であるサムエルさんが並んでいた。
おれとヴェイジは壇の前に畏まり──背丈の高いヴェイジはできるだけ姿勢を低くして──巡報士の任命文を読み上げるライオス様の声に耳を傾ける。
「本日成人した竜洞の訓練生ジーン=ミラドウェインを二級巡報士に、並びに星照らしの翼竜ヴェイジを西部巡境竜に任ずる」
「謹んで、拝命いたします」
──グァ。
おれが応え、ヴェイジが啼き声を上げると、周囲に集まった人たちから控えめな喝采が上がった。
いちおう、ここにいるのは話を聞いて集まったひとたちだから、ある程度は事情を把握してはいるだろう。
──竜洞で騎竜訓練を行っていたこと。
──街長や領主公認で鷲竜便の事業を興していたこと。
──そしてたった今、訓練生と騎竜のコンビが、巡報士という役職に任命されたこと。
だが、それら表面上の事柄に対し、詳細が知られていないこともいくつかある。
そのうちのひとつが「巡報士」というあまり一般的でない職業についてだ。
巡報士は各地を巡り、中央からの伝報を届けたり、巡行中の周辺事情からの見聞をまとめて行政府へ報告したりする仕事だ。認められた範囲において移動に関して保証されているほか、各種情報を収集する権限も持つ。
つまりアレだ。「おれ巡報士なんだけど、ちょっと話聞かせてくれないか?」とか堂々と訊き込みができるのである。
具体的には「この街の名物って何?」とか「あそこの店より安く買えるとこ知らね?」とか「ぶっちゃけ、どこの宿の娘がいちばん可愛いと思う?」みたいな──
……いや、最後のはちょっとアレだ。まぁ、その……そもそも、竜連れで泊まれる場所なんて限られてるんだし、意味のない質問だな。ははは。
それ以前に、選べるほど宿屋が存在する街なんてものも、そうそうありはしない。交易商や流れの行商、そして巡報士でもない限り、他所の街へ旅するひとはめったにいないのだから。
そう、この「街から街へ移動する」というのも、巡報士の一般的ではない一面である。
街から離れて活動することが多い竜境跨ぎですら、拠点となる街から別の街へ移ることはめったにない。たとえ野外活動が主な仕事であったとしても、生活のリズムというものは場所とそこに付随する社会に依存するからだ。
──馴染みの店。
──取り引きする相手とその傾向。
──場所ごとに存在する暗黙の了解と禁忌。
ひとたび居を変えれば、生活の基盤ほか、あらゆる変化に対応せざるを得なくなる。たとえそれが一時的なものであったとしても、居所を変えるのはおいそれと選択できないものなのだ。
物見遊山で旅行に出る、なんてのはよっぽど酔狂な趣味人ぐらいのもので、一生の間に生まれ育った土地から離れたことのない者のほうが普通である。なので、おれが巡報士に任命されたことは、一般的な街の住人にしてみれば、竜境跨ぎ以上の冒険家と見られるかもしれない。
まぁ、実際のところは王都や一部の街を行き来するだけだし、ヴェイジに乗って移動するので、かかる時間も旧来の巡報士に比べればごくわずかだ。
都市間を移動する、という点だけ見れば人生の大部分を移動に費やすように思われるかもしれない。なので、母さんは周囲のひとたちから、一人息子がそんな漂泊者のような生活になるということを不安視され、いたわりの言葉をかけられていた。
『巡報士って、ずっと街と街の間を行ったり来たりする仕事だろ? めったに会えなくなるんじゃないのかい?』
『そうかもね……でも一人前と認められて、単独でやる仕事を任されたってことだろう? 大した下積みもなく、成人したてでそれだけ信用されてるってんなら、あたしとしちゃ、気持ちよく送り出してやりたいかね』
さっきもそう笑って周囲に答えていたが、実のところ母さんの胸中はわからない。
竜境跨ぎと協力して鉱山開発を行っていた父さんが事故で亡くなってから、母さんは女手一つでおれを養ってくれた。さすがにおれが教練所に通えるような年齢になってからは、世話することの多くの部分を教導役のひとに委ね、自身は親子二人ぶんの日々の糧を得るための仕事に専心していたのだが、情が薄いと感じたことはない。
まぁ、割り切った性格というか、さばさばしている気質のおかげで、おれを送り出すというこの場においても、とくに湿っぽい空気もなく、けろりとした顔で周囲に応対している。
周囲の不安をよそに、さっぱりと送り出してくれるのは、ありがたいような寂しいような、複雑な気分に──
(……おれの方が不安になってんのかね……こんな堅苦しい場に引っ張り出される覚悟とか、なかったもんな……)
ヴェイジに乗って空を飛ぶ訓練は、すでに二年近く行っている。最初は高所に慣れずに体調を崩したりもしたが、今では雲に届きそうな高さまでにも飛び回ることができる。今となっては、それを仕事とすることに特に疑問も無い。
空を飛んで都市間を素早く行き来することを生かすなら、伝令のような仕事を振られるのは当然の帰結といっていい。だから、サムエルさんから騎竜巡報士になるよう指示されたときも、やはり疑問は抱かなかった。
竜洞はこれまでも、鷲竜によって軽い伝報などをやりとりすることは成功させてきた。おれが今回巡報士という役割を振られたのは、言葉を喋れない竜だけでなく、直接受け答えのできる人間を行き来させるためでしかない、とサムエルさんはおれに説明した。
『伝報は情報は伝えてくれるが、その紙っ切れに質問しても答えを返しちゃくれないからな』
つまりは、伝報の内容に関して質問があるときに、ある程度受け答えのできる人間を一緒に送る、という程度の話だった──だと思っていた。
(もしかして、巡報士って、思ったよりも重たい仕事だったりする……のか?)
単にシェイベンターやディープムーアの間を行き来する運び屋を送り出すだけにしては、やけに仰々しい式の真ん中で、いまさらながらそんなことを考える。
心中穏やかでないおれを前に、壇上に立つライオス様は重々しく訓示を述べている。そこには下で会ったときの軽さは無く、芯に響くしっかりとした声音の街長の威厳が込められていた。
「成人したばかりでまだ経験も浅いだろうが、騎竜巡報士は全く新しい役職となる。先駆けとして多くのものに触れ、後進の助けになるよう努めよ。広く物事を見、多くの声に耳を傾け、深い理解をもって職務を遂行することを期待する」
「……肝に命じます」
……ものすごく大層な役目を負わされてるみたいに聞こえるんだけど、おれ、別に貴族じゃないんですけど? なんでそんな為政者側みたいな働きを期待されてんの? もしかして、何か盛大な勘違いがあるんじゃ……。
問題なのはその勘違いしてるのが、仰々しいことを言ってるライオス様なのか、おれに巡報士っていう役目を振ったサムエルさんなのか、あるいは、考えが軽すぎなおれなのか──
壇上のライオス様の隣に領事館どのが進み出て、黄土色っぽい革製の書類入れ鞄を差し出した。ライオス様はそれを受け取ると、おれの顔を見て頷く。
「ジーン=ミラドウェイン、前へ」
領事館どのが促すのに従い、おれは壇のそば、ライオス様のすぐ下へと進み出た。
「巡報士の証である鞄だ。今回の伝報はすでに中に入っている──確認せよ」
「はい」
ライオス様から鞄を手渡され、言われた通りに中を改めると、きっちりと封を施された簡素な書状が一通入っている。取り出してみると、封印にはアルメイロの《山と鷲竜》の印章が押されていた。
(うーわ、こうして印章を押された公文書ってのを実際に目にすると、こんな薄いヤツでもだいぶ緊張感が湧いてくるな)
文書の内容は、シェイベンターへの試験飛行の確認と、おれの巡報士任命の証文であることは事前に聞いている。新規ルートの開設とそこに就任した人員の通達、つまりは単なる到着確認書だ。
取り出した書状を「確認しました」と宣告して鞄に仕舞い直し、二重のフラップを間違いなく閉じる。そのまま書類鞄を、自分の身体の前面の騎乗衣ベルトにしっかりとストラップで固定した。
さあ、いよいよだ──おれは一歩下がり、壇上に向けて敬礼する。
「確かにお預かりしました。これより、シェイベンターへ出立します」
「うむ……いつごろ着くのだったか? サムエル?」
敬礼を返したところで、態度を崩したライオス様が、壇上左手に控えていたサムエルさんに問うた。
「シェイベンターまでは、ざっと30リーグですから……まぁ半刻(約一時間)ほどでしょう。今からなら緑の刻のうちに着くと思いますよ」
「陸路なら四、五日かかるところを昼前に着いてしまうのか……空を征くというのは大したものだ」
感嘆のため息をついて、ライオス様はヴェイジの方を見る。
ヴェイジは愛嬌のある顔に笑みのような表情を作り、「クァ」と短く啼いてライオス様に応えた。ヴェイジのやつは陽気な上にやたらと表情豊かだから、人間側も接すると楽しいんだよな。
ライオス様もなんだか嬉しそうに頷いて、ちょっと芝居がかった仕草で手を振り上げた。
「よし──では両名、出発したまえ! ん……良い風に当たることを祈る!」
「え? あー……ありがとうございま、す?」
──グァ!
突然、なにやら決まり文句っぽいことを言われたんですけど、初耳ですよそんな文句? ライオス様、ノリノリですね!?
ヴェイジも力強く啼き声を上げると、街壁の外に身体を向けて翼をひと打ちする。そして、姿勢を低くしてくいっ、と首を背後のおれに向けた。どことなくキメ顔っぽい表情で──お前もノリノリだね? まぁいいけどさ……。
騎乗体勢のヴェイジに歩み寄りながら、おれは飛行帽を被り、あご紐を絞め、飛行眼鏡とマスクを確認する。今日はそこそこの速さで飛ぶだろうから、防護装備を怠ると酷い目に遭う。
ヴェイジの背中側に回ると、ハーネスの前部から伸びた二本のベルトを留め具から外す。騎竜装具のステップに足をかけて身体を持ち上げ、そのままハーネスの上に腹ばいになって、二本の固定ベルトをたすき掛けで背中に回し、固定具に差し込んでロックする。
保持把を掴んでちょっと身体を動かしてみて、きちんとヴェイジの背の上に落ち着いたのを確認する。準備ヨシ、だ。
……まぁ、傍目には、ただ竜の背に括り付けられただけの荷物みたいに見えるだろうな。
みたい、っていうか、そのものだけど……。
「行くか、ヴェイジ」
──カゥッ!
鋭く気合の入った声を上げたヴェイジは翼を広げ、ゆっくりと翼腕を上下させる。
──ゥルルル……
羽ばたきながら発せられる唸り声と共に、翼膜が微弱な魔力の“波”を起こし、翼を、身体を、やんわりと浮かばせようとする。
そして、そのまま滑るような助走とともに──
街壁の縁から空中へ──街の西へと飛び出した。
ヴェイジは翼を二度、三度と打ち羽ばたかせ、ぐんぐんと推進力生み出し、速度を上げてゆく。
「よし、ヴェイジ──そろそろ回頭=緑、よろしく。アルメイロの上を通ってシェイベンターへ向かうぞ」
──クァゥッ。
設置されたアルメイロの〈着台〉は街の西側に面していたが、目的地のシェイベンターは東にある。ヴェイジは俺の指示に従い、大きく弧を描いて進路を反転させ、アルメイロの街の上を通過してゆく……。
〈竜寄せ場〉が見える。街壁が見える。〈着台〉が見える。その上で手を振っている人たちが見える──
街の上にさしかかると、ヴェイジの背の上に腹ばいになっているおれには、下の様子は見えなくなる。だが──音は聞こえる。
歓声、雄たけび、拍手、そして──
「ジーンっ! おみやげ、よろしくねーーっ!」
楽しげな、母さんの声。
──クァ。
思わずがっくりと項垂れたおれの頭突きを背に受け、ヴェイジは苦笑めいた啼き声を上げた。
〇補足、過不足、画蛇添足
『翼竜と鷲竜』
いまさらながら竜について。
この世界におけるワイバーンは、フォルムは前肢が翼になっている竜、という点は一般的なスタイルを踏襲しています。尾に毒針はついておらず、性向は友好的なものが多いです。
魔法を併用しない限り攻撃的なブレスを吐いたりもしません。ただし、火を吐く器官を備えた翼竜種も存在しており、そちらは区別してファイアバーンと呼称されます。そちらは基本、攻撃性が高めです。
グリフドラゴンは、外見的にはグリフォンです。鉤爪状の前肢と羽毛の翼を持ちます。胴体は羽毛が生えている種もありますが、ほとんどはドラゴンらしく鱗に覆われた身体になっています。精悍な外見とは裏腹に、狩猟以外では攻撃性は低く、どちらかといえば臆病なものが多いです。
他にも竜種はいますが、そちらはまたの機会に。




