3 〈寄せ場〉の集まり、字と集う者たち
「え、何て『字』だって?」
「ミラドウェイン──だってさ。ジーン=ミラドウェイン」
「へぇ……なかなか格好良いじゃないか」
「いや、仰々し過ぎでしょ……なにさ、“領界を見渡す”って」
成人の登録と巡報の任での旅立ちにあたって、普段はアルメイロの街区に住んでいる母さんと領事館で合流した。街の施療院で働いている母さんは、息子の門出とあって意気込みも高く、おれたちが着く前から登録窓口のある領事館の入口で待ち構えていた。
すでに事前準備が整っていたこともあり、成人に際して付けられる『字』の銘板への刻銘処理だけで登録はあっさり済んだ。現在、おれたちは領事館から西門へと青区大通りを歩いているところだ。
サムエルさんは杖を突いての歩みとしては精一杯の軽い足取りで、おれたちと肩を並べている。
「サムエルさん、うちの息子に良い字をありがとうございます。アタシやうちの旦那の字を引き継ぐのはどうにもしっくり来なかったから、助かりました」
「ははっ、まぁ大任に就く弟子に贈る名前だからなぁ。だいぶ悩んだよ」
肩を寄せて腕を小突くように触れ合わせてくる母さんは、成人の証としておれに付けられた字が気に入ったらしい。
おれの字をどうするか、という話が出たときに、サムエルさんは勢い込んで「俺に付けさせろ!」と立候補してきた。あまりの勢いに皆はちょっと引いていたが、それでもサムエルさんのこの事業への入れ込み方を考えると、最初の任に就く弟子にいい名前を付けてやりたい、という気持ちは分からないでもない。
なので、下手な名前は付けないだろうということで納得して任せたわけだけど、思った以上に仰々しい語感の選択に、改めておれ自身引いている、というか──どうにもむずむずする。
「自分でコレ名乗るの、だいぶ恥ずかしいな……痛い奴だと思われたりしないだろうな……」
「まぁ、自分で付けてたら痛いかもしれないねぇ」
苦笑しつつ、母さんはまんざらでもない調子でおれの頭をぽん、と叩いた。
「独立する成人の字は、たいがい別の誰かに付けてもらうもんだよ。格好いいのを付けてくれる人がいる、ってのを誇りゃいいさ」
「そうだぞ。それに初の騎竜巡報士なんだ。少しぐらいハッタリが効いてる方がいい」
「実績もないのに、名前で目立つのはちょっとなぁ……」
ぼやいても、いまさら字の撤回はできない。せめて早く慣れようと、おろしたての新しい自分の名を、何度も口の中で転がしてみる。
──ミラドウェイン。ジーン=ミラドウェイン……。
くぅぅっ、猛烈に酸っぱい物を食わされた気分というか……目元と口元が引き攣れるのを止めらんないぞ。
本当に、慣れんのかね、コレ……。
◇
西門をくぐるとすぐに〈竜寄せ場〉がある。もともとは各地を行き来し一時逗留する竜や、まだ人境に来たばかりで共生学習中の竜を留め置く目的で用意された施設だ。
──なのだが、今はまだその構想の起ち上げ段階で、常駐している竜も世話役の〈境渡し〉もいない。市外で働いている竜はいるらしいが、農園の蛩食いたちや、運送役に従事している数頭の獣竜たちは、みな主な職場の近くに棲み処を定めているため、ここにはいない。
居るのは、他所の街からやってきた馬と馬車。おれたちが竜洞から乗ってきた荷馬車と荷馬のカイ。
そしてもちろん──
──ゥル、ゥル、ルゥ。
今日の主役とも言うべき星照らしの翼竜、ヴェイジ。
おれたちが〈寄せ場〉に戻ってくると、すでにヴェイジは騎乗用装具を身に着けており、翼を上下に動かしながら頭をあちこちへと動かして、装具の具合を確かめている。
「おいこらヴェイジ! あんまり動き回るな! まだ〈旗封缶〉を付け終わってないんだぞ!」
大声で頭上の翼竜の頭に向けて叱り声を張り上げているのは、言わずと知れた鞍職人のガンツ親方だ。騎竜装具なんていう聞いたこともない代物を作るために、構想段階から十年近く付き合ってくれている協力者にして趣味人である。
親方に叱られたヴェイジは、肩をすくめるような仕草で翼を上下させ、おとなしくガンツ親方とアイラムヤさんの二人がかりでの足元の作業に身を任せている。
そんな作業中の〈竜寄せ場〉の外周で、彼らの様子を面白そうに眺めている人たちがいるのを見つけ、サムエルさんと母さんとおれは、挨拶のためにそちらへ足を向けた。
「ご足労いただきありがとうございます、ライオス様──ライオス=リオヴェイン様」
「堅苦しいのはこのあとの式典のときだけでいいぞ、サムエル」
「いや、男爵さま相手にそうもいかんでしょ。こちとら竜境跨ぎなんていうヤクザもんですよ?」
言葉の内容はともかく、口調は砕けまくっているサムエルさんに対し、アルメイロ街長であるライオス男爵さまはにやりと笑みを返す。お付きの領事官や衛士たちは遺憾の念からか口を引き結び、おれの隣に立つ母さんは苦笑いだ。
それにしても──ライオス様、今、なんつった?
「あの、サムエルさん……このあとの式典、って……何です?」
「うん? お前の任命式と出発式を……あー、別に大がかりなヤツじゃないぞ? 単に責任者立ち合いで出発を見送る、何ていうか……決起集会、みたいな?」
「けっきしゅうかい」
思わず棒読みで繰り返したおれの顔、たぶん呆けてると思う。
そこの口を引き結んでる街長のお付きのひとたち、笑いを堪えてないか?
「ちょっと、サムエルさん、師匠、聞いてないんですけど、おれ?」
「ここが公式なスタート地点になるわけだからな。これぐらいのことは当然だろ。後世のために、きちんとした記録を残して語り継いでいかないとな」
「なんですかそりゃーーっ!」
いやいや、ちょっと勘弁してよ。何その大げさな扱い。
確かに初の騎竜での行き来だけど、やることは巡報士よ? 都市間を行き来して伝報をやりとりしたり、道中の様子を記録して報告したりするぐらいよ?
しかも、まだ行き来できる区間はここアルメイロとシェイベンター間くらい。あとはせいぜいディープムーアあたりまでなのでは?
「せっかく竜洞の方はさっさと出てきたのに……」
「まぁ諦めろ? 心配しなくても、見物人はそんなに多くないって──たぶん」
「って、いるんですか、ギャラリー」
「まぁ、手すきの暇人だけだ。ヴェイジの騎乗飛行自体はここでは珍しいわけじゃないし、わざわざ時間を作って見に来るヤツもいないだろ」
「……あー、っと……まぁ、うん。そうだね……」
「ちょっと母さんその歯切れの悪い相槌はなに」
サムエルさんの怪しい保証に、なぜか挙動不審な態度で相槌を打つ母さん。
つい早口になって追及すると、ちょっと視線をそらした母さんは、手指をもじもじと弄びつつ言いにくそうに口を開いた。
「えっと、ご近所さんとか職場とかの知り合いにね、今日のことをちょっとね……」
「いや、“ちょっと”何? え、母さんは式典のこととか知ってたの?」
「出発式はやる、って聞いてたから。みんなに見送りよろしくー、って……」
「なんでだよっ! え、これから人、集まんの?」
周囲を見回してみるけど、居るのは竜洞の面子以外はライオス様とそのお付きぐらい。背後を振り返って西門の方を注視してみるが、こちらに人が集まってくるような様子は見えない。
──どうやら、そこまで暇人は居なかったらしい。
ほっと胸を撫で下ろしたおれだったが、なんだかサムエルさんとライオス様が、揃っていたずらっぽい顔をしているのに気付いた。
「よし、それじゃ、我々は先に“上”へ行ってる。そっちも準備が終わったらすぐに来いよ」
「……は? 上?」
疑問の声を上げるおれを尻目に、ライオス様たちの一団は西門の方へ歩いてゆく。
おれは西門を見て、そのまま視線を上げる。特に変わったことは──
「……んんん?」
街壁の上、西門より一区画左側に、なんだか人だかりがある。普通、街壁の上に用なんかないはずだが……。
その人たちは、こちらを見て指さしたり、おれが見上げているのに気付いて手を振ったりして──嫌な予感がしてきたぞ。
「サムエルさん…………まさか」
「いやー、はははっ。けっこういるなぁ、暇人」
「ちょっとーっ!? ……いや待って。ライオス様、さっき「上に来い」とか言ってましたよね? おれたちも……?」
「おう。上り下りするための坂路が先節に完成してな。デッキはまだ仮設なんだが、十分な広さの〈着台〉が出来上がったそうだ」
「……そこで、任命式と出発式とかいうのをやる、と……?」
「だな」
「そののち、街壁の上からおれらが飛び立つ、ってこと……?」
力なく街壁の上を指さす俺に、サムエルさんはうんうんと頷いて見せる。
いやそれはもう、ただの見世物では!?
「それじゃ、母さんも集まってくれたひとたちに挨拶がてら先に上がってるから、また後でね」
「俺もこの足だから、坂路はちょいと時間かかるから先に行ってるわ。あんまり待たせんなよ?」
「あー……ハイ」
二人は脱力したおれにお構いなしに、連れだって西門へ歩いてゆく。街壁内でそっちに目を向けなかったから気付かなかったけど、たぶん内壁沿いに坂路が新設されてるんだな……いや、なんで気付かなかったんだ、おれ? 見物人が集まって来てたんだったら、門から外へ出る前に坂路の存在に気付きそうなもんだが……。
──まさか、緊張でもしてるのか?
朝はバタバタと慌ただしく竜洞を出て、街まではやたらとのんびりと荷馬車に揺られ、領事館ではあっさりと登録が済み、他愛のない話をしながら〈竜寄せ場〉まで戻ってきて──
……あんまり、緊張するような流れじゃなかったと思うんだが……してないよな、緊張?
……いや、今はしてる、かも……。
「おーい、ジーン! ヴェイジの装備は終わったぞ! お前用の装備と合わせて最終確認をするからこっち来いや!」
──グァ。
「おー……了解」
〈寄せ場〉の真ん中の広場にいるガンツ親方とヴェイジの呼び声に応えて、彼らの方へ歩み寄る。
緊張感が次第に肚の底に渦巻いてゆくのを感じる。いよいよ出発の時が近づいてきた──からではなく、きっとお偉いさんと暇人衆の好奇の目にさらされる式典に対してだ。
(まさか、行く先々で同じような式典とか、用意されてたりしないだろうな……)
確かに、飛竜の背に乗って都市を巡るというのは、これまでどこでも聞いたことのない移動法だ。けど、これはまだ、あくまで試験運用で、巡報士も便宜上くっつけた役割だって話だったはず……。
……気楽な試験飛行のつもりだったけど、なんか、おおごとになってる……?
やばい、腹、痛くなってきた、かも……。
〇補足、過不足、画蛇添足
『「あざな」というルビ』
レーリア王国では成人した者に『字』が付けられる、という設定なわけですが、本文に「字」という漢字が一文字で入っていても、なんとなく「あざな」と読みにくい気がして、今回は全部にルビを振りました。
ただ、振ったら振ったで今度は煩い感じもして……いまだにどっちが良いのか迷ってます。
今回は、話の中に話題として『字』が出る頻度が高かったせいかもしれませんが、次回以降は話の中の一回目だけにルビを振る形にしようと思います。
たぶん、これ以降はそんなに頻出しない、はず。




