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2 山から街へ、引き継ぎの師弟

 ──アルメイロ。

 レーリア王国南西部のヴェルネ州にある、人口一万七千人に及ぶ国内でも五指に数えられる都市。

 峻険な竜霜山脈が隣国トゥルケリアとの境をなし、その中でもひときわ高くそびえるパーチオップ山の麓にあるこの都市では、近年その話を聞いた誰もが驚嘆する事業が興されていた。

 すなわち、飛竜に騎乗して遠隔地へ行き来するという試み──


 竜という存在自体は珍しいものではない。ヒューマンやエルフなどの生存圏の内外に、大小さまざまな竜種が近在しているのだ。

 ときには害虫・害獣の駆除、ときには運搬・農耕の力強い働き手、そしてときには素早い移動力を生かした使者など、これまで細々とその力を借りる活動が試みられてきた。竜たちはもともと知能の高い生物ではあるが、言葉を用いた社会を形成していなかったため、単純な作業であっても共生し、共同で生活を営むためには、人と竜の双方が歩み寄り、長い時間をかけて信頼関係を育んでいく必要があった。


 むろん、どんな竜も穏健で協力的だということはない。むしろほとんどの竜は自分の縄張りにひきこもり、あるものは外敵を怖れて隠れ潜み、またあるものは侵入者に敵意を向け激しく攻撃を加えてきたりもする。

 ゆえに、竜を仲間として迎え入れるためには、まず交流を持てそうな相手を探し、友好的に接することができねばならない。竜たちの領域へ赴く竜境跨ぎ(リュグナ)の中でも、それを達成できるものはごく少数だろう。

 そして今、ここアルメイロにて、その成果の一つが結実しようとしている。

 空翔ける巡報士の誕生という形で──


「……と、立派なお話ではあるはずなんだけどなぁ……」


 粗末な荷馬車の荷台に揺られてぼやくおれに、同乗しているサムエルさんが片眉を上げて首を傾げた。


「何か不満でもあるのか?」

「いや、不満ていうか……しまらないスタートだなぁ、と」


 幌のないむき出しの荷台にごちゃごちゃと積まれた樽や木箱が並ぶ中、荷台後部の端っこに並んで腰かけている図は、ただの貨物輸送か買い出しの体だ。

 竜洞と関係者の暮らす集落とアルメイロの間は、歩いて片道およそ半刻(約一時間)のごく近い距離でしかない。だが、人や車の往来が多い主街道などと比べると、行き来の少ない道の整備はほどほどといった塩梅だ。荷馬車の通行にかろうじて不自由はない、と言える程度で、腰かけた荷台から細かな振動がひっきりなしに伝わってくる。

 速度の出せない荷馬車の横を、これまたのんびりとヴェイジが歩いている。翼竜(ワイバーン)はあまり歩き回るのに適した体形をしていないが、ペースがゆっくりなので同行も苦ではないようだ。


 ゆっくり、のんびり。


 牽き荷馬のカイの手綱を緩く手にして御者を務めてくれているグロウ・エルフのアイラムヤさんが、眠そうにあくびをする。荷馬車の隣を歩きながらだんだん頭が下がっていきてたヴェイジが、それにつられたかのように大あくびをして伸びあがる。

 いやはや、牧歌的っていうか何ていうか……。


「あんまり気負うと先々大変だぞ? 力が抜けてる方がいいだろ」

「そりゃそうかもしんないけど……こんなにのんびりでいいの?」

「銘板手続きなんて多くて一日に数件だし大して時間もかからん。そのうえ事前に話も通ってるんだ。もろもろ用事を済ませて出発しても、明るいうちにシェイベンターに着くのなんかわけないさ」

「まぁ、そうだけど……」

「それに、お前さんが急かしたせいで、今朝は全然“のんびり”って雰囲気じゃなかったろ? 竜洞と宿舎のみんなに、ろくな挨拶もしてこなかったじゃないか」

「いや、どうせシェイベンターまで行ったところで、次の巡報先へ随伴する鷲竜(グリフドラゴン)を連れに一旦帰ってくるんだし……」

「それでも“最初のイベント”として、もうちょっと盛大なセレモニーでもあって良かったと思うぞ? 気分もアガるしな」

「勘弁してよ……」


 努めて何でもないようにおれを諭しているが、本来はおれではなくサムエルさんが騎竜巡報士としての任に就くはずだったわけで、心中は複雑なんじゃないかと思う。

 サムエルさんは騎乗装具のテスト中にヴェイジの背中から落下して足を折り、腰も痛めてしまったせいで、泣く泣く任から降りて後事をおれに託したのだ。


 あれから二年──落ちた当人のサムエルさんと、乗り手が怪我を負ってしまったことに動揺したヴェイジの双方とも、気持ちの折り合いはつけたのかもしれない。それでも、騎竜事業を自分の手でお披露目できない残念さはまだあるだろう。

 その心中を思うと、自然とおれも姿勢を正さざるをえない。代理とはいえ初巡行を任されたからには、無様を晒すわけにはいかない。


「……なぁ、ジーン。シェイベンターに行ったら──」


 どことなくしっとりした調子で、サムエルさんが語りかけて口を止める。

 遠い眼をして、悄然とした佇まいで。

 柄にもなく、おれまで切ない気持ちになりかけて、問い返した。


「なんです?」

「いやその……あっちでリーデンさんとかホスロム様、もしかするとフォクセン様なんかに会った時に……その……俺の話はなるべく触れないように頼むわ」

「…………おれからは、話を振りませんよ。むこうから訊かれない限りは」

「……訊かれるかな、やっぱり」

「そりゃまぁ、こっちの責任者なんだし……」


 もともと、この計画を王都にまで持ち込んだのはサムエルさんとリーデンさんだ。空輸体制の前段階として伝文を運ぶ鷲竜便を整備して、すでに数日に一度の伝報のやりとりをシェイベンターとアルメイロの間で成立させている。おれが今日シェイベンターへ飛んで行くことも通達済みのはずだ。


 リーデンさんは、サムエルさんの竜境跨ぎの先輩というか師匠のような人で、今は王都で同業者の世話役みたいなことをやってるらしい。一度だけアルメイロへ竜洞の視察にやって来たこともある。

おれもそのときに顔を合わせており、温厚そうなおじさんだった、というのを覚えている。


 ホスロム様はここ、ヴェルネ州の領主で、今は王都に詰めている。フォクセン様はレーリア内外の折衝や統治の差配を行う、いわゆる宰相、とでもいう偉いひと──らしい。

 二人の貴族さまは、鷲竜便はもちろんのこと今回の騎竜巡報士の件も預かる、いわば組織の上司……というより取締役ってことになるんだろうか。ホスロム様は遠目に顔を見た程度でしかないし、フォクセン様に至っては、そうそう王都の外へ出歩けるような立場のひとじゃないので、まだ会ったことがない。


 ほとんど接点のない上役との邂逅に想いを馳せるおれを尻目に、名前を挙げたサムエルさんは沈痛そうにため息をついた。


「なんとか、名誉の負傷、みたいな感じの美談として伝わっててくれないかなぁ……ヴェイジの背中から落っこちた理由が、“ちょっと飛行に成功して、はしゃいだら装具から身体が抜けたせい”とか、大きな声で言いふらさないで欲しいんだけどなぁ……」


 ……センチな気持ちになりかけてたのに、何かしょうもないこと言い出したぞ、この責任者……。


「えと、サムエルさん……おれ、あのときは本気で焦って……新入りにはトラウマものの事件だったと思うんだけど?」


 そう、おれが竜洞に来た当日、歓迎も兼ねたデモンストレーション飛行ののち、ヴェイジの背中から落っこちたサムエルさんの介抱で、竜洞周辺は大騒ぎだった。

 それだけでも衝撃だったのに、数日後、打ちひしがれた様子のサムエルさんが「このタイミングでお前が来たのは運命だ」とか言い出しておれを後任に指名したのは、まさに世迷言とでも言うべき事態だったと今でも思う。


「……そのへんの報告書を書いて送ったの、サムエルさんでしょ?」

「そうなんだけど、あの頃は怪我の重さに動揺してて……なに書いたかよく覚えてないんだよな」

「リーデンさんは一度こっちに来たこともあったよね? そのときはどう説明したのさ」

「そりゃまぁ…………試験的に作った飛竜鞍を使用した際の事故で…………鞍自体に若干の問題もあったけど、俺の不注意のせいだったと…………嘘はついてない」

「不注意……」


 まぁそれは確かに。

 あのとき、ヴェイジが竜洞から宿舎まで飛んできて、おれの目の前に着地して。

 歓迎の挨拶で、飛竜鞍の上で大きく両手を振ったサムエルさんが、ヴェイジが不用意に姿勢を変えたのに振り回されて──


「そういや、ヴェイジはなんであのとき、急に姿勢を変えたんだ?」


 ちらり、と視線を荷馬車と並んで歩く翼竜へ向けると、ヴェイジはついっと顔をそらして、何も聞いてないとでもいうように小声で鼻唄を唸りだした。


「なにその反応……サムエルさん?」

「いやその…………一発ハデなパフォーマンスを見せようと思って、ヴェイジを唆(そそのか)して、な?」

「……はぁ?」

「その場でくるっと回転してポーズを取ろうと思って……そしたら、バランスを取ろうとしたヴェイジの身体の傾きと翼の動きが予想外で……」

「えええぇ、なにやってんの、二人とも……」


 呆れ声を上げて荷馬車の横を見ると、いつのまにかヴェイジはひょいひょいと足を早めて先行している。知らんぷりしてるあたり、あいつにとっても気まずい話だったのかもしれない。

 唆されたっても、あいつも調子に乗った結果なのは間違いないしなぁ。


 ──ギャ。


 少し首を持ち上げて短く啼くと、ヴェイジはおれたちの方をちょっとだけ振り返り、再び遠くを見るかのように伸びあがって前方に目を向けた。


「〈寄せ場〉が見えてきたんか、ヴェイジ?」


 御者台のアイラムヤさんが隣を歩く翼竜に声をかけると、ウルルル……と喉を鳴らして応え、弾むような足取りで荷馬車の斜め前の草地を跳ねていく。

 ヴェイジの向かう先でまばらな木立とうねる斜路が途切れ、少し先で開けた草原とその中を走る細い馬車道が、遠くの街壁のある街へとまっすぐ続いているのが見えた。

 おれたちの目ではまだ判別できないが、この道の先の街の西門のすぐ外に〈竜寄せ場〉(ドラゴタイドスクエア)と名づけられた囲い場がある。内外の竜の待機場所、という触れ込みで整備されつつあるスペースだが、実のところ常駐している竜なんてものはまだいない。実際のところは、単なる馬宿として使われているのが現状だ。

 すでに鞍職人のガンツ親方が、〈寄せ場〉に先入りしているはずだ。責任者のサムエルさん以上の熱心さでヴェイジの騎乗装具づくりのために、竜洞にも何度も足を運んでいるくらいなので、今日も先に来て待っていることだろう。

 そういえば先日も、本番用と言いながら何種類も装具を試すのに付き合わされて、ヴェイジもうんざりしていたな。さすがに当日なんだから、ちゃんと決定版を一つ持ってきてくれてればいいんだけど……。


「前回あれだけ入念に採寸してたんだから、今回は大丈夫だろ。これで不備があって出発出来ないとかいうことになったら、それこそ“締まらない”話になっちまうからな。主に装具的に」

「うわ、しょーもな」


 サムエルさんがドヤ顔で言うところに、アイラムヤさんが投げやりに突っ込んだ。

 ベテラン竜境跨ぎにしてグロウ・エルフのアイラムヤさんは、エルフたちで言うところの“ツッコミ属性”であるらしい。まだ教練所通いだった頃のおれが、それを聞いて大真面目に「それってどんな魔法系統なんですか?」って訊いて、即座に「なんでやねん!」って返されたのが、おれの竜洞関係者との関わりの始まりだったと思う。

 以来、サムエルさんとアイラムヤさんの双方から妙に気に入られて、今のおれがここにいる。

 そんな馴れ初めの若造が、史上初の騎竜巡報士として羽ばたく日を迎えたのだ。

 

「……ま、確かにこんくらい気楽な方がいいか。あんまり仰々しく扱われるのは柄じゃないし」

「ははっ、そうだな……とりあえず今は力抜いとけ。どうせこのあとはあちこち振り回されることになるんだからな」

「振り回されるって……まぁ巡報士は、あちこち飛び回るのが仕事だろうけどさ──」


 軽いぼやきのつもりでそう言ったとき、サムエルさんと目が合う。そのなんというか、面白がるような、いたずらっぽいような視線に、なんだか背筋が冷えた。

 ふと気付いて振り返って見ると、御者台のアイラムヤさんの方は、呆れたようなジト目でサムエルさんの顔を見ている……なんだこの態度。なんか不穏な予感が……。

 

「ちょ……サムエルさん、このあと何かあるの?」

「なに、着いてのお楽しみだ」


 ダメだこのひと。なんだか知らないけど、おれを驚かせる気満々だ。

 何やらされるんだ、おれ……?

 

〇補足、蛇足、画蛇添足

 「竜境跨ぎ」

 竜境跨ぎは、主に竜の領域とされる未開の土地に赴く野外探索のプロのことです。一般的なファンタジーでは「冒険者」に相当する職ですね。

 素材採取や狩猟・討伐などがポピュラーな仕事ですが、加えて「交流可能な竜の発見、関係構築」や「自然に還る竜の看取り」のような大きな仕事も受け持ちます。アルメイロの竜洞や、鷲竜便の整備などの活動も、その延長上にあるものです。

 ただし、組織維持するほどの人数はいないので、いわゆる「冒険者ギルド」のような組織は存在しません。表題の“ギルド”が何の組織なのかは、物語後半までお待ちください。



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