1 竜洞の夜、旅立ちの背景
当面、毎週木曜日の0時に投稿しようと思っております。
※この物語はフィクションであり、実在の人物・団体・名称などとは関係はありません。
各種情報を参照した結果、あるいは単なる偶然にて、何かと符合する事物が登場することはありますが、誹謗中傷や権利侵害の意図は無いことを明言します。
『青の前節、八日、褐の刻、実の時分
ようやく明日でおれも十五歳。
「俺よりたった三日早いだけで」というリンツの文句からも、明日の出発でしばらく解放される。
ただ、出発前に、これからしばらく顔を会わせないぶん、まとめて絡まれそうな気がしないでもない。せっかくの旅立ちの日に、ぐだぐだと絡まれるのはうんざりなので、できるだけさっさと出発したいんだが──こればっかりはサムエルさん次第。
出発前に、いろんなひとたちに挨拶とかしないといけないっぽいし、できるだけ早く街に降りて銘板と伝報を受領したいんだけど──どんだけ時間を取られちゃうのやら。
最初の行先はたぶんシェイベンターだろうから、ヴェイジに乗っていくならあっという間に着く。だからといって出発を遅らせられるのは勘弁してほしいもんだ。
いっそ、朝早く起きて、もろもろの支度を済ませちまえば、とっとと出発できたりしないか──』
「なんだ、まだ起きてたのか、ジーン」
竜洞の待機部屋のベッドに寝転がって、手記に他愛のない愚痴を綴っていると、いつの間にか入ってきた同室のファーベンが、呆れのにじむ声音で、おれをたしなめてきた。
同室といっても、竜洞のそばに建てられている宿舎でおれたちに割り当てられた部屋は、実のところおれはあまり使ってない。この待機部屋よりちょっといい寝台があるだけで、日当たりの悪さも風通しの悪さもここと大して変わらないからな。
今は私物もほとんど整理しちまったから、なおさらあっちで過ごす理由がなくなってる。
「また日記か。まめなのはいいけど、もうそろそろ色を失う時分(灰の刻=二十二時ごろに相当)だぞ?」
「知ってるよ。そっちこそこんな時刻に竜洞に何か用があるのか?」
「俺はロキのご機嫌伺いだよ。明日からまた竜洞の拡張作業の予定だからな」
丸椅子に腰かけたファーベンはそう言って、くいくいっと右手の親指を外へ振る。ただ、ロキのいる竜室はここよりずっと下のはずだ。
「わざわざここまで上がってきて小言か?」
「外へ出たら明かりが見えたからな。明日出立のはずの新任巡報士どのが、無駄な夜更かしをしてる気がして来てみれば、案の定だ」
「無駄はひどいぞ。日々の記録を綴るのだって大事なことでだな──」
「ただの愚痴日記じゃないか……それが記録として役に立つ日が来るのは想像できん」
くっ……見てもいないくせに愚痴だと見抜かれている。確かに宿舎で書いてるときに覗き見られたこともあったけど、毎度毎度愚痴ばっか書いてるわけじゃ……なくもない、かもしれない。くそぅ、胸を張って反論できん。
ファーベンはおれのふたつ年上で、竜洞の仲間内ではまとめ役みたいな立ち位置にいる。過干渉と言うほどじゃないが、責任感が強いせいで他の訓練生連中を気にかけて、こんな風に声をかけてくる──かけてくれる。
リンツみたいに理不尽に突っかかってくるのとは違って、気遣いからの行動だから無視もしにくい……無視すると意外と拗ねるんだよな、コイツ。
「明日に備えてきちんと宿舎の寝室のベッドで寝たらどうなんだ」
「こちとら今後しばらくは旅の空だ。毎日ちがう寝床の世話になるんだから、いまさら寝心地なんかこだわんないよ。だいたい──」
もう、あまり手記を書き続けられなさそうな流れっぽいので、おれは青い革表紙の小さな手帳を閉じて、枕元に放った。
「あっちにいるとリンツのやつがうるさいんだ。出発前にゆっくり休む、ってんなら、宿舎よりこっちのがよっぽどいい。だよな、ヴェイジ?」
壁の向こう、隣の竜室に向けた開口部に声をかけると、「んーーー」という気のない返事が返ってきた。数年来の相棒である星照らしの翼竜は言葉を発することはしないものの、おれたちの会話はだいたい理解していることがわかっている。
寝台のそばに設けられた交話口へひょいと首を突っ込んで竜室を覗き込むと、一段下がった竜室の床に寝転がった相棒の深緑の翼と胴がよく見える。出入り口の方へ伸ばされた頭は後頭部の反り返った角しか見えないけど、おれが見ているのに気付いたのか首をもたげて──
──くぁぁぁ……
……アクビだった。別におれが覗いたのに反応したわけじゃなかった。 ヴェイジは“星照らしの”なんて名前が冠されるぐらいで、夕方から夜間にかけてが主な活動時間という、翼竜の中でも珍しいタイプだ。ただ、狩猟スタイルが“ねぐらに帰る獲物を狙う”というスタンスであるだけで、昼間は活動できないとか暗がりでないと本領を発揮できないなんてことは全くない。
なので、この竜洞でおれたちと共同生活しているヴェイジは、普通に夜、寝る。
種族アイデンティティ? まぁ、竜の名称はヒューマンとかエルフが勝手にそう呼んでるだけだし……。
背後でため息の気配がして振り返ってみると、ファーベンが頭が痛そうなしかめ面をしていた。
「まったくお前らときたら、いつもいつも……」
「ちょ、絡んで来てんのはリンツの方だろ? こっちは受け流してんのに、まとめて問題児扱いはなくない?」
「受け流してるつもりなら、もっと上手くやれ。リンツは煽られてるとしか思ってないぞ」
「えぇ? ……っとに、面倒くさいヤツだな」
「……そういうとこだぞ」
呆れたような視線を向けられて、二人でそろって渋面になる。
なんだこの状況。おれ、気遣われてんじゃないの? ただ呆れられてるだけ?
「……あーもう、明日出立だってのに、今さら対応改善とかやってらんないって。しばらくほとぼりを冷まして、帰って来てから考える」
「いや、考えるのは道中でやってくれ……帰って来てから考えるんじゃ、改善するか怪しいぞ」
「いっそ、おれが帰って来る前に、アイツが第二陣で出発してくれててもいいんだけど?」
「さすがに、リンツの奴はまだ……なぁ」
ファーベンは肩をすくめて首を振る。やっぱり、そんな評価なのか、リンツは……。
「そもそも、ジョーイの方が体格ができてないし、ヴェイジよりだいぶ若いせいか……落ち着きが無いしな」
「いたずら好き、ってはっきり言やいいだろ。戯れ翼竜とはよく言ったもんだと思うね。リンツのヤツがおれに突っかかって来るのも、ジョーイの悪戯の影響もあるんじゃないか?」
「まぁ……それは、な」
言葉を濁すけど、ジョーイの悪戯の被害を直接受ける連中が、陳情を持ち込むという間接的な被害をリンツとファーベンに与えているからな。それぞれ、パートナー当人と訓練生のまとめ役だから仕方ない面もあるんだが……いらん気苦労にしか見えないよな、やっぱし。
「まだまだ若い竜だからな。もともとの種の気質もあるのかもしれないが──」
「ジェーンおばさんのとこで育ったわりには、な……まさかおばさんも手を焼いてたから、ジョーイをおれたちに押し付けたとかじゃ……」
「めったなこと言うな……こっちだって世話してもらってる立場だぞ」
このパーチオップ山の反対側に棲んでいる霧隠れ翼竜のジェーンは、主に飛行種の仔竜の世話をしていることから、おれたち竜洞の仲間内では親しみを込めて“おばさん”と呼ばれている。十年ぐらい前にサムエルさんが、岩堀竜のロキとともにヴェイジをジェーンおばさんから仲介されたのが、この人工の竜洞のはじまりだ。
彼女の元で育った竜は、おおむね穏やかな性向になる。ロキもヴェイジも、他の鷲竜たちも落ち着いた性格なんだが、ジョーイだけは当てはまらない。
そのやんちゃな性向を是正するのも共同生活する上での訓練って見方もできるから、文句は出るけど問題視まではされてないのが現状ではある。
で、結果的に面倒ごとを押し付けられた格好になってるわけだから、リンツの不平不満が多いのもわかる──んだがなぁ……。
──おれがアイツより三日早く十三歳になってこの竜洞で生活するようになって。
──来た当日にサムエルさんがヴェイジの背から落っこちて骨折して。
──リンツがやって来たときにはすでにおれが後任ってことになってて……。
んで、間が良かったのか悪かったのか、ジェーンおばさんのとこからちょうど巣立ちの仔竜の斡旋が来て、新しい候補生として来たリンツとメイプルとジャスティの三人に紹介された竜の中にジョーイがいて……。
「顔合わせのとき、アイツが翼竜にこだわんなきゃ、こうはならなかったんじゃないかねぇ」
「リンツはサムエルさんとヴェイジが訓練してるのをよく見に来てたからな。憧れもあったろう」
「ヴェイジの装具を完成させてくれたガンツ親方の協力には感謝してるけど、はねっ返りの息子の方も面倒みて欲しいよ」
「……装具づくりの過程で、リンツも協力してただろう。そこは察してやれ」
……それでも絡まれるのは、おれのせいじゃないと思うんだよね。
ジョーイもおれたちが候補生になったころよりは身体もデカくなってはいるから、もうそろそろ装具を着け慣らしていい頃合いとは思う。おれたちが出発すれば、訓練場も人手もそっちへ全部回せるわけだし。
ただ、なぁ……。
「そもそも、ジョーイは人を乗せて飛べるようになるのかよ?」
「…………安全対策は、する」
「いやそこは当然だけど──あのコンビを外へ出すこと自体、なんか不安があるぞ」
「さっき、自分が帰ってくる前に出発してて欲しいとか言ってなかったか?」
「……それはそれ、おれの個人的な希望ってだけだから」
「まぁ、お前らが出発して、訓練に集中すればいくらか変わるだろ……お前らがいるとリンツは意識するし、ジョーイもやたらとヴェイジにかまいに行くからな」
「……なんか、さっさと出てけ、って言われてる気がするんですけど?」
おれが口を尖らせて言うと、ファーベンはにやりと笑って椅子から腰を上げた。
「ちゃんと明日出立できるように、さっさと寝ろよ」
「えー、否定しないのかよ。ひっど」
ひらひらと手を振るファーベンを睨みつけたが、まったく取り合わずにさっさと待機室から出て行ってしまう。
──くぁぁぁ……
無人の戸口を眺めやる俺の背後の交話口から、我関せず、とでもいうような相棒のアクビの音がまた聞こえた。
チクショー、おれが拗ねるぞ!
〇補足、蛇足、画蛇添足
今回、一人称で異世界ものを書き始めたわけですが、「異世界の住人」が語ると、「その世界では当たり前であっても読者には当たり前でないこと」を説明してくれないので、だいぶわかりにくい話になってしまいそうで気が気ではないですね。
異世界転生や異世界転移は、異世界を語るための説明役を送り込む手法だというのを、実感することしきりです。
つまり──今作のあとがきも、まぁまぁ言い訳です。
もし理解しにくかったら……ゴメンなさい。




