6 シェイベンター城、任命と実地
……まぁ、いつまでも現実逃避しているわけにもいかないわけで。
屋外にお偉い方々と衛兵っぽいひとたちが並んでいる様は、なんだか閲兵式みたいな趣がある。いや、話に聞いたことがあるだけで、そんなもん見たことないけど。
しかも、今回閲兵の対象になるのって……たぶん、おれ一人なんじゃないかと……。
そんな雰囲気の中、あんまりもたもたしてると怒鳴られそうな気がしたので、火急的速やかにヴェイジの背から降りて出頭しなければ──
出頭? いやほんと、なんでこんな仰々しいことに……。
ともかく、固定ベルトを外して身体を起こし、固定具をヴェイジの背の装具に戻しておれは地面に降り立つ。
マスクを下げ、飛行眼鏡と飛行帽を外して脇に抱え、きょろきょろと辺りを見回す。
──咳払いの音。
城館──というか、宮殿を背にいかにもお偉方という感じのひとが三名立ち並んでいる。三人ともこちらをじっと見ており、左側の一人──たぶん咳払いをしたひとだ──が、ちょっと顎をしゃくって近くに寄るように促していた。
あたふたと小走りで近づきながら、おれは三人の顔を確認した。
左のおれを促したひとは、よくわからないけどたぶん式武官とか、そんな感じのひとだろう。この閲兵式……というか、この大仰なおれの着任の式を取り仕切る役だと思う。
右側の穏やかな顔つきの年嵩のひとは見覚えがある。ヴェルネ州の領主ホスロム子爵、ライオス様の上司だ。
ヴェルネ州は大きな都市はアルメイロしかないので、基本的に領政はアルメイロの行政官で概ね事足りる。なのでホスロム様は年間を通してほとんどの期間、王都に詰めている。鷲竜便の国内展開が活発になりつつある今、他領との折衝を引き受けてくださっているからだ。
それでも各種行事や税収処理のときは領事館にやってくるので、おれも顔だけは知っていた。ただ、話した事はないし、向こうがおれの顔を知っているかは、ちょっと自信がない。
そして真ん中に立つひと──瘦せ型で神経質そうな顔に、いかにも業務用の微笑を貼り付けたような佇まい。
この場で一番上位そうなひとだけど、たぶん……たぶん、国王陛下ではないと思う。噂だけは聞いたことのある国王、マルス=レイジ陛下は、常に厳しい表情を崩さず、威圧感を伴って静かに場を睥睨する、という感じのひとらしい。
と、なると……この真ん中のひとが宰相のフォクセン様、だろうな。
そこまで考え至ったところで、三人との距離が十歩ぐらいにまで近づいていた。再び式武官らしきひとが咳払いをする。
(つまり、ここで止まれってことか)
立ち止まると、合図してくれたひとは頷いて見せた。どうやら合っていたらしい──ここまでは。
(いや、この後の段取り知らないんだけど……?)
ぶっつけ本番で台本もなく舞台に上げられた役者の気分だ……いや、役者だってそんなこと、そうそう経験しないだろうけどさぁ!?
戸惑うおれに対しても、前に居並ぶお三方は何も言わない。
つまりこれは──
(おれが先ず何か言わなきゃいけない、ってことか?)
となれば、任務を帯びて到着している身として、期待されている動きは……なんとなく読めた。
おれは身体の前面に装備した書類鞄を開け、出発前に預かった伝書を取り出しつつ、びしりと敬礼とかしてみる。
すると目の前のお三方も表情を引き締めて返礼をしてくる。よしよし、イイ感じ──と思った瞬間、がしゃりっ! という音があたりに響く。うお、びびった!
どうもおれたちの敬礼に合わせて周囲の衛兵たちが一斉に居住まいを正したため、彼らの装備が擦れ合った音らしい。それは予想してなかった……。
何とか声は上げずに堪えたものの、すくみ上がったおれに対してお三方が黙ったまま厳しい目を向ける。
あ、まだおれの行動待ちなのね……え、口上とか言うの? 定型文とか知らないよ?
えーと、まぁ伝報を持って来る任務だったわけだし……こんな感じか?
「二級巡報士ジーン=ミラドウェイン、アルメイロより伝報を請けて参りましたっ」
「──ご苦労。こちらへ」
──っしゃっ。こんなもんでいいっぽい!
一歩前に進み出た式部官らしきひとに、せいいっぱい恭しく書状を差し出すと、何ともいえない顔をされた。おう、もっと普通に渡していいんですか。むつかしいなー。
書状が、推定フォクセン様の手に渡るのを見ながら、とりあえずおれは一歩下がって……膝まづいたりした方がいいのかね? でも、あんまりやりすぎると、また変な顔されるかも……。
あーもう、こういう流れは事前に教えといてくんないと困るって……まさかサムエルさん、コレも知ってて黙ってたんじゃないだろうな……?
「──確認した。では、このまま任命も執り行う。ジーン、前へ」
「任……命?」
はて?
すでに巡報士の任命はアルメイロで終えているし、銘板への職分の刻印も字と同時に事前に済ませている。この上何があるんだ? 巡報士以外の肩書は聞いてないんだけど……?
「では、騎竜巡報士ジーン=ミラドウェイン。君を一級巡報士に任ずる」
……………。
……は? 一級? 一級と言いましたか?
思考が止まったおれは、呆けて口をぱくぱくさせるのが精一杯だった。
再度、式武官さんが咳払いしたことで、返事をしなければならないと気付き……いや待って! 何も聞いてない! ていうか、二級と一級ってどう違うの!? おれ、何やらされんの!?
あたふたと視線をさまよわせるおれを、目の前に並ぶお三方が訝しそうに見る。
いや、そんな目を向けられても、おれも何がなんだか──?
「あー、すみません──おーい、ジーン」
戸惑うおれ──だけではなく、その場の面々に、おれの背後からのんびりとした声がかけられた。
首だけで振り返ってみると、居心地悪そうに佇むヴェイジのそばに見知った顔がある。王都付きの竜境跨ぎのリーデンさんが、苦笑気味に小さく手を振っている
「だいたい状況は察したよ。とりあえずあとで説明してやるから、今はおとなしくお役を受けておいてくれ」
「ええ……?」
……まぁ、このままじゃ、話が進まないだろうし、断ったりできるわけもない……もんな?
ええい、なんだか知らんけど従うしかない!
「は、拝命、いたしましゅ……」
噛んだーーっ!
周囲から、わずかにがちゃがちゃと装備の揺れる音がする。
見なくてもわかるぞ。周りのひとたち、笑いを堪えてるだろ! てゆか、なんだったら前の三人のその引きつった顔も、吹き出すのを我慢してるんじゃないの!?
もうイヤ……どうしてこうなった……。
◇
ひとまず謎の式は終了になったらしく、フォクセン様……と思しき人と式部官さんは宮殿へと引き上げて行った。いかん、紹介されてないから、本当のところ誰なのかわかってないぞ。
一人残ったホスロム様は、手でちょいちょいとヴェイジとリーデンさんの居る方を指し示し、自分もそちらへ歩いていく。
立ち並んでいた衛兵さんたちは、半数ほどは通常業務に戻っていったみたいだが、残り半数が遠巻きにヴェイジを囲んで何事か囁き合っている。
うん、まぁ翼竜とか普段は近くで接することとかないもんな。わかる。
「おーい、ジーン。まずは識別旗を片付けておいてくれ」
「あ、はーい。今やりますよー」
リーデンさんが、ヴェイジの脚に繋がっている細長い旗を持ち上げておれを呼んでいる。
シェイベンターに入る前に展開した識別旗は、上空から都市に接近する飛竜がどこの所属の個体なのかを表すためのものだ。鷲竜たちは前脚を使って自分で広げた識別旗をしまい直せるのだが、前肢が翼になっていて手として使える部位の無い翼竜のヴェイジはそうもいかない。
おれはリーデンさんからアルメイロの旗を受け取ると、土埃を払いながらくるくると巻き取って、ヴェイジの脚に括り付けられている旗封缶に押し込んでいく。
旗の先端に繋がっている錘を兼ねた缶蓋をはめ込んだところで、リーデンさんはおれの肩を叩いて笑いかけた。
「とりあえず、ご苦労さん。その様子じゃ、サム坊からあんまり詳しい話を聞いてないな?」
そろそろ五十歳近いリーデンさんにかかると、サムエルさんも「サム坊」呼ばわりだ。竜洞の責任者すら子供扱いするこの国の竜境跨ぎの重鎮の指摘に、おれは不本意そうに見える顔を作ってみせた。
「出発の時も、わりと仰々しい式が執り行われたんですけど……これ、事前にわかってたことなんですか? 急に決まったことじゃなくて?」
「まぁ、事業の内容が内容だったからな。騎竜で行き来する伝令に“巡報士”の役を与えることになった時点で、ある程度はこういう権威付けの場が求められたんでな」
「巡報士って、そんなに大層な役職なんです? おれ、見回りと情報収集を兼ねた伝令ぐらいの認識だったんですけど?」
おれのその問いには、隣に来てヴェイジの身体を撫でているホスロム様が答えてくれた。
「けっこう由緒正しい役職だぞ? 元々は“上”から下達される内容を、人境の末端まで届けるのが仕事だったということだ。今じゃ下達はほとんど来ないし、たいがいの情報は各領で伝達の手配がなされるようになったから、専任の巡報士なんてのは珍しいのは間違いないがな」
「はぁ……」
巡報士って、そういうものなんだ……あ、いや待て、他にも疑問があるぞ?
「一級巡報士ってのはどういうことです? 二級と何が違うんですか?」
「国内の決まったエリアを巡るだけの二級と違って、一級巡報士は国外へも出張する国家承認の役職だ。任命は王都でしかできないから、ジーンとヴェイジにはまず最初にシェイベンターに来てもらったわけだが……」
「…………最初から、一級巡報士に任命されることになってたんです、か、おれ?」
「うん、せっかく竜に乗って高速で移動できる巡報士なんだから、広域をカバーできるようにした方がいい、という具申があったから」
「………こんな、ポッと出の若造に?」
「具申したサムエルからも、強い推薦があったからね。もともとこの任に就く予定だった責任者の推薦だし、特に反対は出なかったはずだよ」
推薦があったって、成人したての新人に振る役職とは思えないんですけど!?
ていうか、具申したのがサムエルさん、ってことは……。
「あンのクソ師匠は……全部知ってて黙ってたのかよ……」
「ははは、サム坊もその役職については、そんなに重く考えていない風だったからな。悪戯のつもりだったんじゃないかね」
「国家資格をネタに悪戯するのはおかしいでしょ! いくらなんでも!」
「まぁ、実際、そんなに忙しい仕事でもないし、そもそも試験運用だからね。ただ、その運用可能範囲が広いことから国外へ出る可能性もある以上、権限がある肩書だけは付けておかないといかんからな」
「……とりあえず、理解はしました……サムエルさんはあとでギュウと言わせる」
ぶすくれた顔をしたおれに、リーデンさん、ホスロム様に加えて、ヴェイジまでもが笑い声を上げる。
さすがにもう隠し事はないよな? これ以上はキレるぞ?
「──おい、一級巡報士になったってのはどいつだ?」
不意に、横手から声が掛かった。
声の出所に目をやると、小太りで少々頭髪の薄い……ドワーフみたいな見た目のおっちゃんがこちらを睨みつけている。
また何か追加の案件発生っぽいんだけど……今度は何だー?
さすがにそろそろ辟易しかけているおれの、腹がぐぅっ、と空腹を主張した。そういえばこれでやっと昼になった頃合いなんだった。
……今日はまだまだ、長そうな気がするな……。
〇補足、過不足、画蛇添足
『貴族と爵位』
一般のファンタジー物と同様に、爵位階級は公候伯子男の順で階級が分かれています。わかりやすさ優先でそのまま流用しました。
レーリア王国辺りの貴族の認識は、権限の強い公務員、ぐらいで極度に怖れられているわけではありません。教育体制に力を入れていることもあり、貴族平民双方が“弁えている”空気になっています。モラル高めのナーロッパ世界ですね。
それ以外の国はまたそのときに。




