踏み込めなくなったその事情(マルリー視点)
その言葉を聞いたとき、胸の中で嫌な予感が芽生えた。
鼓動が少しずつ速くなるような気がして、指先が少しずつ冷たくなるような気がして、必死に抑えた。
どうして自分がこんなにも衝撃を受けているのか、全くわからなかった。
船旅で疲れただろうからと気を遣われ、部屋で休むように言われた。久しぶりに会えた両親とまだまだ話していたかったが、疲れているのも事実。それに夏休みの間なら両親ともいつでも会えるのだから、と言われた通り今日は早く休むことにした。
久しぶりの我が家。たった数ヶ月だというのに何だか数年振りに帰って来れたような気がして、部屋へ戻るだけだというのに胸がすごくドキドキした。
身支度を整える前に、ソファで一休み。
そこでようやく、私はよくわからぬ高揚感の正体を悟った。
ちょうど窓から綺麗な三日月が見えたからだと思う。
(きっと、アルノーお兄様と昔のように過ごせるようになったからだわ……)
数年前、カルゼインお兄様が王太子という身分を捨て、そしてその姿までも私たちの前から隠してしまったあの日から、アルノーお兄様と私の距離も少しずつ離れていった。
アルノーお兄様が遠い国にあるアメシティオーズ学園へ入学すると、その距離はより一層酷く。いくつか便りを送ったけれども、それに返事が返ってくることはなかった。
だから、私は静かに誓った。
私がこの国を出国するとき、アルノーお兄様ともう一度昔のような仲のいい兄弟に戻れるように頑張ろうって。
その誓いの日にも、窓から綺麗な三日月が見えた。
私はゆっくりと窓辺へ近付き、静かに窓を開いた。
温かな風が部屋の中へと入っていったけれど、それが無性に心地いい。
「綺麗……」
数多くの星が、夜空を飾ってる。
——あぁ、嬉しい。
アルノーお兄様と和解できたことが、何よりも。
あの日、この部屋で一人誓った私に教えてあげたい。
そんなことを思いながら、ずっと三日月を眺めていた。
(いけない、早く休まないと……)
明日は、母上と一緒にお庭でお茶を飲もう。
そこで話したいことがたくさんある。
そう思ってベッドに横になるのに、まだ胸がドキドキしていて眠れない。明日が楽しみで仕方ない、でも今この幸せな時間も楽しんでいたい。
「まだ、お兄様たちは起きているのかしら……」
ムズムズとした気持ちが抑えられなくなって、寝る前に家族に会いたくなるって少し幼すぎるかしら、と考えたがやはりこのままでは寝れそうにない。
それでもやっぱり嬉しいの。
もし、お母様が起きていらしたらお部屋で少しだけこの胸の内を明かしてしまおうかしら。
今日だけは、今日だけは幼い頃の私に戻ってもいいよね?
静かに胸の中でそう呟く。
ええ、いいわ。いいでしょう。仕方がないわね。
ワクワクした足取りで部屋を抜け出し、もう一度皆と別れた食堂へ向かった。
大きな扉からは微かな明かりが漏れていて、まだその中に誰かいることがわかった。きっと、お兄様にも2人にいろいろ話したいことがあって、そしてお父様もお母様もお兄様の話が聞きたかっただろうから、盛り上がっているのだろう。
その中に、眠れないと言って顔を出す勇気があるかと言われれば、少し恥ずかしい。
(どんな話をしているのかしら……)
少しだけ中を覗いてみる。
意外なことに、お父様とアルノーお兄様の2人だけしかおらず、お母様はいらっしゃらなかった。
やけに真剣そうな表情をしているアルノーお兄様の姿に疑問を抱きつつも、じっと耳を澄ませた。
「父上は……黒いオーラについて何か知っていますか?」
(え…………?!)
黒い、オーラ?
確かにお兄様はそう仰っていた。
(何、それ……)
そんなもの、聞いたことがない。
私はお兄様のような力を持っていないから、オーラとやらがどういう風に見えるのかはわからない。でも、幼い頃に教えてもらったことがある。
まさか、私たちの中で5つしかないと考えられていた属性の他に、知らない属性が存在していた——?
(まさか、そんなはずないわ……)
「黒いオーラ?いや、聞いたことがないな。それは一体どこで目撃したのだ?」
父上も私と同じく困惑しているようだ。
「……アメシティオーズ学園です」
「それは“人”が発しているものなのか?」
「はい、そうです」
「其奴は一体何者だ?」
「他の人より特別な力を持つ人です。私自身そのような力を持った人に出会うのがその人が初めてなので、そのせいかもしれませんが……」
(え……、お兄様が話してる“その人”って……)
頭の中ですぐに思い浮かんだ人物、5つの属性魔法を使うことができる、特別な力を持った少女。
アルノーお兄様と仲直りさせてくれて、私達の命を救ってくれた……恩人。
いや、まさか。
でも仮にそうだとしたら……、黒いオーラって……。
ここまで考えて、ふと合点する。
そうよ、確か前に王室に来た画家が言っていたわ。色はたくさん混ざると段々と黒色に近くなるって。
アルノーお兄様のオーラを見る能力は、その人の持つ属性魔法がそのままオーラに映し出される。赤魔法を扱う人なら、赤いオーラといったように。
そしたら、5つ全ての魔法を扱う彼女のオーラは何色になる?
(きっと、その全てが混ざって黒色に見えるだけだわ)
「だが、その話を私にしたということはそれだけで払拭できぬものがあるからだろう?」
「……はい」
「それは良からぬものか?」
「………………はい」
心臓の鼓動が、やけに速くなる。
お兄様はその黒きオーラに嫌な予感を抱いているとお父様に告げた。
「それはつまり、その人物が何かを企んでいる可能性が高いということか?」
「いえ、それはないと思います。むしろ僕は、彼女に何かしらの呪いがかけられているか、何者かにその力を利用されているのではないかと考えています」
「……………………あくまでも本人は無関係、もしくは望まぬことを強いられていると?」
「はい。彼女がそのようなことをする人ではありません。それに、黒いオーラがいつも彼女から発せられているわけではないのです」
部屋の中から、フーッと長く息を吐き出す音が聞こえる。
母上が教えてくれた、父上の癖だ。何か緊張したことがあるとき、あのように一回だけ息を長く吐き出して気持ちを整えているのだと。
「この話を私以外に話した者は?」
「いません。まずは魔法に精通する我が国で黒いオーラについて調べるべきかと」
2人が立ち上がる音が聞こえ、慌ててその場を離れる。
自分の部屋に向かいながら、必死に先ほどまでの話を頭の中で整理した。
つまり、ミラからたまに黒いオーラが発せられて。
それがお兄様にとってよくないものに見えて。
ミラが何者かに、その特別な力を悪用されている可能性があって……。
もし本当にミラの力が何者かに悪用されているのだとしたら、それは彼女の身近にいる可能性が高い。
それは学園内?それとも、公爵家?
彼女はそれを知ってるの?それとも何も知らない?
ギュッと目を瞑る。
瞼の裏には、痩せ細ったミラの姿が思い起こされた。
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結局、私が不安に過ごした夏休みが終われば、ミラはいつも通りに気の抜けた顔を私に見せて来た。私の心配した気持ちを返して欲しいと思うほど、彼女の体は健康体に近くなっていて、公爵家では問題なく過ごせていたようだ。
……それでも、少しだけやつれた顔をしていたから。
私達の顔を見た途端、とても安心したように笑うから。
その理由を聞きたかったけど、どこまであなたのことに踏み込んでいいかわからない。私の暴走が、またあなたを危険な目に遭わせてしまう気がするの。




