微かな疑惑を探りに ー3ー
マルリーに教えてもらい、アルノーの部屋まで辿り着く。
扉を叩こうとするマルリーはその手を微かに震わせていて、ノックをしたくても出来ないようだった。
意外だ。私の想像するマルリーは、今にでも扉を叩きまくって「お兄様!ご無事ですか?!体調は?!」と何度も尋ねてそうなのに。
震える彼女に代わって、私が扉を叩いてアルノーに話しかける。最初に私だと伝えれば、中の人物は扉越しに話しかけてくれた。
『ミラ……。無事に目が覚めて良かったよ……。体調の方は平気なの?』
「はい。はじめから何もなかったかのようにピンピンしています」
『それは良かった……。でも、どうして僕の部屋を知っているんだい?もしかしてだけど……』
「お兄様!私もいます!それで、お身体の方は?!」
『…………マルリー』
アルノーの声は、彼女を諌めるようなものだった。
けれどマルリーはそれに臆せず、顔を見せてほしいとずっと兄に訴えかけている。
「お願いします……少しだけでもいいですから、お顔を見せて下さい」
『それは……』
「なら!ミラの顔を見て下さい!今ではもう、びっくりするくらい血色も良くなって、」
『アハハ、それは彼女の声を聞いただけでもわかったよ』
どうしてもアルノーの顔が見たいマルリーは、よくわからないことを言っている。しかしそれでも、兄は妹に顔を見せようとしない。
「アルノー様、私もあなたから聞きたいことがあります。ですので、扉を開けていただけませんか?」
『それはここでもダメな話なのかい?』
「ダメというわけではありません。ただ、もしかするとお話が長くなってしまうかもしれないので、寒い廊下にずっといると風邪をひいてしまう可能性があります」
『…………どんな話?』
私は、マルリーの方をチラリと見た。
「今この学園で流行っている、原因不明の体調不良についてです。ハルメート・シュルビアという人からその原因は病ではなく、誰かの魔法の仕業ではないかとお聞きしました。彼からの協力依頼もアルノー様は断ったそうですね」
『…………そのことについて、彼は何か言っていたかい?』
「協力は得られなくても、仕方のないことだと」
アルノーは少しの間だけ、黙っていた。
顔が見えないからよくわからないけど、きっと何かを考えている。
「私がお聞きしたいのは、ハルメート様の仮説をアルノー様がどうお考えになっているか。そして、どうして彼への協力を断ったかです」
『………………』
ほどなくして、扉が開かれた。
その扉の隙間から見えるアルノーの姿は、確かに体調が悪そうだと言われればそう見えるが、思ったより元気そうでもある。私はそれに少しだけホッとしたが、マルリーは痛ましそうにアルノーを見つめていた。
「確かにその話は、廊下でするものではないね。他の人にも聞かれるかもしれないし……。けど、僕の部屋も少しだけ散らかっていてゆっくり話せそうにはないんだ。だからと言って、君たちの部屋に僕がお邪魔するわけにもいかないしね」
「それなら何処で?」
「そんなの全く気にしませんわ!それに、アルノーお兄様は何かに夢中になるとよくお部屋を散らかしていましたから、私は慣れています!」
困ったように妹を見つめる彼を横目に、少しだけ部屋の中を扉の隙間から覗いてみた。パッと見、部屋が散らかっているようには見えないけど……。
「…………!」
「あ、ミラ!」
バタンとアルノーの手によってその隙間は閉じられてしまったが、私はしっかりと見てしまった。
『………………見た?』
「はい」
『……………………』
一体何を見たのだとマルリーは私に問いかける。
本当に一瞬だったけど、窓の近くに何か長い紐のようなものが落ちているのが見えた。ただの紐じゃない。多分だけど、布と布を縛り付けて作られたものだ。
よく火災とか起こったとき、2階や3階の窓から逃げるために緊急で作られるような……ロープ。
観念したように、アルノーは扉を開けて私たちを部屋の中へ入れた。
マルリーは床に落ちているそれが何なのかはわかっていないようだったが、しかしそれが何に使われるものかは直感的に感じ取ったらしい。すぐに窓を開けて下を覗き込んでいた。
「お兄様、まさかここから下へ飛び降りていたのですか?」
「飛び降りていたわけじゃないけど……」
「なぜそんな危険なことを?!」
アルノーの部屋の窓にはカーテンが掛かっていなかった。ベッドのシーツもない。結構長いロープが作られているから、いちいち解いて元通りにするということができなかったのだろう。だから、彼は誰も部屋の中に入れなかったのかもしれない。
「……でも、こんな大掛かりなことをしなくても、今の状況なら一階のエントランスからすぐに外に出られるのでは?」
「僕が部屋から抜け出しているのは、夜になってからなんだ。昼はたまに生徒にも出会ってしまうし、先生や救護棟の看護師も来るから安心できない」
「それで?お兄様はこんなものをお作りになって、わざわざ窓から外に出るような真似をして一体どちらへ行っているのですか?」
「………………森だよ。正確に言うと、森の中にある廃教会に行っている」




